第51話 アルト・フォルテッシモ楽団との再会
ポォーッ!
センチュリーボーイの汽笛に気づいたオレとライラは、前方を見た。
アフチスを出発してから、夜通し走ってきたアークティク・ターン号の前に、次の停車駅がある街が見えてきた。
西大陸特有の石造りの街。
アルトだった。
「ビートくん、次はあのアルトね!」
「あぁ。久しぶりに、アルトまでやってきた」
オレたちは、心が躍った。
アルトは別名、音楽の都とも呼ばれている街だ。
ほぼ毎日演奏会が開催されていて、オレとライラは初めて訪れた時、有名なアルト・フォルテッシモ楽団の演奏を聴いた。アルト・フォルテッシモ楽団は、常にどこかに演奏に出かけていることが多く、演奏が聴けるだけでも幸運と云われることもある有名な楽団だ。
もしできることなら、今回もアルト・フォルテッシモ楽団の演奏を聴きたい。
「次はどれくらい、停車するのかしら?」
「48時間だって。さっきトイレに行ったとき、車掌さんから聞いたよ」
オレはトイレに行ったときに、車掌さんと出会っていた。
次の停車駅であるアルトでは、48時間停車すると聞いていた。
「本当!? じゃあ1回くらいは、演奏会を聴きに行こうよ!」
「うん、そうしよう!」
オレたちは個室の中で、アルトに到着するのを楽しみにしていた。
そんなオレたちを乗せて、アークティク・ターン号はアルトへと猛進していった。
アルトの駅に到着したオレたちは、迷うことなく列車から降りた。ホームではあちこちで、駅員たちが『アークティク・ターン号は48時間、アルトにて停車いたします』と書いたプラカードを手にしてうろついている。
オレとライラは改札を抜けると、まっすぐにアマデウスホールへと向かった。
「ビートくん、ヨハンさんたちが居るといいね!」
「そうだな。ヨハンさんが居れば、アルト・フォルテッシモ楽団もきっといる。会えるといいな!」
あちこちから聞こえてくる音楽を耳にしながら、オレたちはアマデウスホールまでの道のりを急いだ。
アマデウスホールの前に到着したオレたちは、壁に張り出されているここ最近のプログラムを確認した。
しかし、そこにアルト・フォルテッシモ楽団は載っていなかった。全て、他のアーティストで埋め尽くされている。空いている日もあるが、それは休館日だった。
アルト・フォルテッシモ楽団の公演は、やっていない。
その事実に、オレたちはガッカリした。
「でも……仕方ないか」
オレはそう呟くように云った。
「アルト・フォルテッシモ楽団はすごい人気があるんだ。今ここに居ないということは、どこかに呼ばれて演奏を披露しに行っているんだろう」
「ビートくん……?」
「便りの無いのは良い便り、っていう言葉があるだろ? きっとこれは、そういう意味なんだと思うよ」
オレの言葉に、ライラの顔が少し明るくなった。
「ビートくんがそう云うなら、きっとそうね……!」
「またいつか、どこかでバッタリと会えるかもしれないな」
そう云って、オレはライラの手を取る。
アルト・フォルテッシモ楽団に会えなかったのは残念だけど、きっとまたどこかで会えるはずだ。
オレはそう自分に云い聞かせて、ライラと共に列車に戻ろうとした。
そのときだった。
「やぁ、そこに居るのは、ビートくんにライラちゃんではないか!?」
聞き覚えのある男性の声がして、オレたちは振り返った。
「やっぱり! ビートくんにライラちゃん!」
「「ヨハンさん!!」」
オレたちは目を丸くして、共に叫んだ。
そこに居たのは、アルト・フォルテッシモ楽団の団長、ヨハンさん本人だった。
「久しぶりだね! 会いたかったよ!!」
「ヨハンさん、どうしてここに!?」
オレたちは目を丸くしたまま、ヨハンさんに歩み寄った。
よく見ると、ヨハンさんの首からは見覚えのあるネックレスが下がっていた。
「今は公演が無いからね。アルトでゆっくりしているんだ」
「他の団員さんたちは、どうしているんですか?」
「中に入れば、分かるよ」
ライラの問いにヨハンさんはそう答えると、アマデウスホールの扉を開けた。
「ちょうど今、他のアーティストの公演が行われているんだ。是非、聴いていくといいよ」
ヨハンさんがそう云うなら、是非聴いていこう。
そう思ったオレたちは、アマデウスホールの中に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー」
受付に立っていたのは、アルト・フォルテッシモ楽団の団員だった。
「あの、チケットは――?」
「どうぞ、本日のアーティストは無料で誰でも鑑賞できます。奥へとお進み下さい」
そう云われて、オレたちはメインホールへと入っていった。
そこでオレたちは、複数のアーティストたちによる演奏を楽しんだ。
演奏が終わった後、オレたちはヨハンさんによって特別に事務室へと案内された。
「あら、ビートくんにライラちゃん」
事務室には、フルート奏者のマリアさんが居た。
前回会った時と違うのは、今のマリアさんの首からは、ヨハンさんと同じネックレスが下がっていた。
オレたちはヨハンさんとマリアさんが、結婚したことを悟った。
「マリアさん、結婚したんですね!?」
ライラが指摘すると、マリアさんは顔を赤らめながら頷いた。
「団長との結婚式にも、2人を呼びたかったわ。アルト・フォルテッシモ楽団の全員でお祝いしたのよ」
「素敵です! マリアさんなら、きっとウェディングドレスも似合っていたと思います!」
ライラとマリアが、結婚式についてのガールズトークを始める。
オレとヨハンさんは視線を交わし、2人のガールズトークが落ち着くまで、待つことにした。
「実はここ最近、少々暇なんだ」
ヨハンさんの言葉に、オレたちは驚いた。
全ての大陸から出演依頼が舞い込むほど人気のある、アルト・フォルテッシモ楽団でも、暇になるなんて……。
「それで今は、アマデウスホールの使用料でやりくりしているんだ。アマデウスホールは、アルトでも有数の大きなホールだし、我々アルト・フォルテッシモ楽団の本拠地。そこで演奏して、お客さんから拍手喝采を浴びたいというアーティストは、たくさんいるんだ」
「だから、使用料でもやっていけてるの」
ヨハンさんとマリアさんは、そう云った。
「そして団員たちには、アマデウスホールでの接客や掃除をしてもらったり、休日を振り分けたりしている。しかしやっぱり、お客さんに私たちの演奏を聴いてもらえるのが、なんといっても一番だ!」
「演奏する機会が無いから、ちょっとだけ寂しいの……」
マリアさんの視線を追うと、その先にカレンダーがあった。
カレンダーには、しばらく先まで何も予定が書かれていない。
何も予定がないということが辛いのは、オレにも分かった。
鉄道貨物組合で仕事が無かった時、あぶれ休日を過ごすことになってしまった経験を、オレは何度もしている。そうなってしまうと、家で掃除をしたり食事を作ったりしたが、ダラダラと何もしない時間を必要以上に過ごすことは退屈だった。
すると、ライラが手を挙げた。
「あの、明日って、何も無いんですよね?」
「あぁ、そうだけど……?」
ライラの問いに、ヨハンさんがそう答える。
「わたし、アマデウスホールでやりたいことがあるんです」
「どんなことなの?」
マリアさんが問うと、ライラは口を開いた。
「歌いたいです!」
「歌いたい……? ウチのホールの舞台で……?」
「はい!」
ヨハンさんの問いに、頷くライラ。
オレはその時、ライラが歌姫として、アマデウスホールの舞台に立ったことを思い出す。
高利貸しのディアブロから、アマデウスホールを守るために立ち上がった時だ。
ライラが歌姫として舞台に立ち、アルト・フォルテッシモ楽団の演奏で歌をうたった。かなりの収益を生み出し、その時はオレも誇らしかったことを覚えている。
「前に歌ったとき、すごく緊張しましたけど、すごく新鮮だったんです! あんな大きなホールで歌う機会なんて、滅多にありませんから。だからもう1度、歌いたいんです!」
「……それですわ!!」
ライラの言葉に、マリアさんが叫んだ。
「団長! ライラちゃんと私たちアルト・フォルテッシモ楽団で、コンサートを開きましょう! ライラちゃんの歌声を、私は今も覚えています! 明日は公演するアーティストも居ませんし、今からでも準備は間に合います!」
「ふむ……いい考えだ。だけど、ビートくんとライラちゃんの都合は、大丈夫かな?」
ヨハンさんの疑問には、オレが答えた。
「僕たちは、次にアークティク・ターン号が出発する2日後……正確にはあと40時間くらいですが、このアルトに滞在します。その間でしたら、大丈夫です。後は……」
オレはチラッと、隣に座るライラを見る。
「ライラがやりたいなら、僕はいいと思います」
そう云うと、ライラが尻尾をブンブンと振った。
ライラはどうやら、やる気に満ち溢れているらしい。
「よし、わかった!」
ヨハンさんが、立ち上がった。
「すぐに準備に取り掛かろう! ビートくんも、手伝ってくれるかな?」
「はい! できることでしたら、なんなりと!」
オレが答えると、ヨハンさんとマリアさんは、嬉しそうな表情を見せてくれた。
その日、夕方にアルト・フォルテッシモ楽団の団員たちが、アマデウスホールに集合した。
オレは団員たちと共に、ホールの清掃を行った。
ライラはヨハンさんたちと打ち合わせをして、選曲と披露する歌の練習を行った。
夜の9時に、オレたちは列車に帰り、明日を待つことになった。
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