第50話 アフチスでの朝食
次の停車駅である、エノク領のアフチスに到着したことに、オレとライラは最初気がつかなかった。
それはきっと、アークティク・ターン号がアフチスの駅に停車したのが、早朝だったためだろう。朝早くに到着するときは、機関士たちはかなり慎重に停車するように心掛けている。眠っている乗客がほとんどだから、少しでも眠りを妨げることがないようにと、配慮してくれている。
おかげでオレとライラは、ゆっくりとした朝を迎えることができた。
オレとライラは2等車の個室から出て、ホームに降り立った。
「んーっ、よく寝たぁ……」
たっぷりと寝たおかげか、オレの頭はスッキリしていた。
やっぱり良く寝ることは、大切だなぁ。
「ビートくん!」
オレの後ろから、ライラがオレを呼ぶ。
ライラも共に良く寝たためか、元気いっぱいだ。
「ねぇ、今日の朝食はどこで食べる?」
尻尾を振りながら、ライラがオレに訊いた。
オレたちはまだ、朝食を食べていない。
朝早くに起きたわけではないから、食堂車で食べてもいないし、売店で買ってきて食べたりもしていない。
完全な空腹だ。
もちろん、このまま過ごすわけにはいかない。第一、ライラを空腹のままにしておくなんてことは、オレは絶対にしたくなかった。
オレは懐中時計を取り出し、時刻を確認した。
時刻は、朝の9時半だ。
「駅を出て、アフチスのカフェで食べようか」
「賛成!」
オレが懐中時計をポケットに戻すと、ライラがオレの腕に抱き着いてきた。
「ビートくん、行こう!」
「わっ、わかったよ!!」
列車を待つ人たちの視線が、オレたちへと注がれる。
どの人も、オレたちを生暖かい目で見ていた。
そんな視線にさらされると、オレは体温が上がってしまう。
だがライラは、いつも通りオレ以外のことは眼中にないらしい。
とにかく、ライラを連れて早くカフェに行こう!
オレはライラと共に、改札に向かって歩きだした。
アークティク・ターン号の乗車券を見せると、改札はすぐに抜けられる。
もちろん、入るのも自由にできる。
そのためオレたちは、身分証明書と共に乗車券を携行している。
本当に便利なものだと、オレはつくづく思っている。
そして便利なのは、それだけじゃない。
駅の近くにあるカフェやレストランで、料金の割引が受けられることもある。
世の中には、料金の割引を活用する男をセコいとみなす女性が多いという。
だがライラは、オレがいくら料金の割引を使っても、それをセコいなどと思ったことは無い。むしろやり繰りが上手として、褒めてくれたことがあるくらいだ。
「いらっしゃいませー」
カフェに入ると、店員がオレたちを空いている席に案内してくれる。
向かい合わせで腰掛けると、オレとライラはメニューを開いた。
「ご注文はお決まりですか?」
店員の問いかけに、オレたちは答えた。
「「モーニングメニューで!」」
2人同時に、全く同じ注文。
店員は一瞬目を丸くしたが、すぐに注文を確認して、厨房の方へと去っていった。
「お待たせいたしました。モーニングメニュー2セットです」
店員が運んできたのは、トースト2枚とゆで卵、そしてサラダにソーセージとオレンジジュースがついたセットメニューだった。
店員が伝票を置いて立ち去ると、オレたちは朝食を食べ始めた。
「ビートくん、このソーセージ美味しいね」
ライラは早速肉料理であるソーセージにかじりついて、幸せそうな表情をしている。
「あぁ、薄めだけど味がついていて、ちょうどいいな」
「サラダも……ドレッシングがあっさりしていて、すごく美味しい」
オレとライラは感想をかわしつつ、モーニングメニューを食べていく。
オレンジジュースで口の中をリセットしては、次から次へと食べ進めていく。
モーニングメニューを食べていると、オレはあることに気がついた。
「……どこのカフェに行っても、モーニングメニューでトーストとゆで卵は、絶対についてくるなぁ」
トーストとゆで卵を見て、オレはそう呟いた。
これまでにオレたちは、いくつかのカフェで朝食を食べた。どのカフェでも、モーニングメニューを注文すると、必ずといっていいほどトーストとゆで卵はついてきた。時にはコーヒーを注文しただけなのに、トーストとゆで卵がついてきたこともあった。そしてそれらは、朝の時間帯のサービスであって、追加料金などは取られなかった。
「これで、料金もお手頃なのが、嬉しいね」
ライラが、オレの言葉に頷いた。
「フリーランチみたいに、コーヒー2杯の注文で、食べ放題とかにしてほしいね。ソーセージとかベーコンとか、あとは甘いシリアルも!」
肉と甘いものって、ライラの好物ばっかりじゃないか。
オレは苦笑しつつ、答えた。
「追加料金で、トーストとゆで卵は追加できるみたいだよ」
「本当!?」
「ほら、このメニューに書いてあるよ」
オレがメニューを指し示す。そこには『銀貨1枚お支払いいただけましたら、トーストとゆで卵の追加ができます』と書かれていた。
ライラはメニューを手にすると、手を挙げた。
すぐに店員がやってきた。
「何かございましたでしょうか?」
「追加で、トーストとゆで卵を。それとあと……」
ライラは次から次へと、追加で注文をしていく。
「ライラ、それ全部食べきれるの……?」
「きっと、大丈夫!」
心配になって訊いたオレに、ライラは笑顔で答えた。
「食べられる時に、いっぱい食べておきたいの!」
ライラは尻尾をゆらゆらと揺らしながら、追加した料理が運ばれてくるのを待った。
そして運ばれてきたのは、追加のトースト2枚とゆで卵、それにサンドイッチのセットだ。オレが食べる量よりも明らかに多い。ライラは普段から大量に食べるわけではないのに、食べきれなかったら、どうするのだろう?
オレは少しだけ不安に思いつつも、美味しそうに食べるライラを見守った。
「ビートくん、ちょっと苦しい……」
ライラが、そう云った。
追加のトーストとゆで卵は完食したが、サンドイッチのセットには手を付けていない。
「どうするの……?」
「食べたいけど、今はちょっと無理かも……」
このまま残して退店するのは、正直気が引けた。
それにライラは、かつてレストランで働いていた。とても残していくとは思えなかった。
さて、どうすればいいのだろう?
オレが頭を悩ませていると、ライラが再び手を挙げて、店員を呼んだ。
「いかがなされました?」
「あの……」
まさか、まだ何か注文するのか!?
オレがそう思ったとき、ライラが口を開いた。
「食べきれなくなっちゃったので、持ち帰りしたいんですが……」
「かしこまりました、それでは持ち帰り用の紙袋をご用意いたします」
店員がそう云って、立ち去った。そして少しして、小さな紙袋を持って戻ってきた。
「こちらをお使い下さい」
「ありがとうございます!」
ライラはそれを受け取ると、サンドイッチのセットを紙袋の中に入れていく。
「持ち帰りができるの……?」
「そうよ」
オレがライラに訊くと、ライラは頷いた。
「余っちゃったら、店員さんにお願いすれば、紙袋を貰えるの。それに入れて持ち帰って、後で食べることもできるのよ。ボンボヤージュに勤めていた時に、教えてもらったの」
ボンボヤージュとは、かつてライラが働いていたレストランだ。
オレと共にグレーザーを旅立つ前、ライラはそこでウエイトレスをしていた。
なるほど、その時に持ち帰りができることを、知ったのか。
「それじゃあ、そろそろ列車に戻ろうか」
「うん!」
ライラは紙袋を手に、席を立った。
オレたちは会計を済ませてから、列車へと戻った。
列車に戻ってから、ライラは食欲が戻ってきたらしく、持ち帰ったサンドイッチのセットを食べ始めた。
「うーん、このサンドイッチ、美味しい~」
ライラは獣耳と尻尾をパタパタと動かしながら、サンドイッチを頬張っていく。
美味しそうに食べているためか、そんなライラを見ていると、癒されるような気持ちになっていく。
そしてライラは、サンドイッチのセットを全て1人で食べきった。
「美味しかったぁ」
ライラはすっかり満足したらしく、ベッドに寝転がった。
「ねぇビートくん、トーストとゆで卵だけでも、美味しかったよね?」
「あぁ、確かに美味しかったなぁ。どこに行っても、トーストとゆで卵は同じ味で安心して食べられるような気がするよ」
「どうして、トーストとゆで卵というシンプルなものなのに、あんなに美味しいのかな? それに、どこに行っても必ずメニューにあるよね?」
「そうだなぁ……」
ライラの言葉に、オレは天井を見上げて、目をつむった。
頭がくるくると回りだし、オレは思考を巡らせる。なぜトーストとゆで卵が、どこにでもメニューとして存在しているのか。
「うーん……食べなれているから、かなぁ?」
オレが思いつく理由は、それしかなかった。
なぜ、それが理由として出てきたのか。
それは、オレとライラの幼少期にあった。
「グレーザー孤児院でも、朝食ではトーストとゆで卵って、よく出ていたよね?」
「グレーザー孤児院……」
その言葉に、寝転がっていたライラが、起き上がった。
「グレーザー孤児院の朝食といえば……オレンジジュース!」
「そうだ! オレンジジュースもよく出ていたなぁ。確か、風邪予防にもなるとかで出ていたような気がする」
「それに、曜日によって変わっていた! 卵料理の日とか、必ずスープが出る日とか!」
「あったなあ。オレはスープの日が、楽しみだったな。ライラは?」
「わたしはもちろん、肉料理の日!」
オレとライラは、グレーザー孤児院での朝食で盛り上がった。
共に、グレーザー孤児院で過ごした間柄だ。グレーザー孤児院に関することでは、共通の話題しかないと云ってもいい。
ライラとグレーザー孤児院の朝食について話していくうちに、話題はグレーザー孤児院の食事全般へと、移っていった。
グレーザー孤児院では、朝食・昼食・夕食の3食を子供たちは食べることができた。
3食出されない日は無かったが、悪いことをしたりすると、懲罰の1つとして食事抜きになることもあった。
朝食はパンや卵料理、ベーコンなどのちょっとした肉料理といった、軽めのメニューだった。
昼食はパンの他にシチューや、サラダなどの野菜類が中心だった。他に魚介類も出ることがあった。
夕食は決まって、一般的な家庭料理だった。子供たちが、一般家庭の子供たちと同じものが食べられるようにという、ハズク先生の方針によってそう決まっていた。
「ハズク先生が、食事についてよく云っていたこと、覚えてる?」
「うん! 覚えてるよ。『子供はしっかり食事を食べないといけません。食べることは生きること。食べないと元気も出てこないし、勉強することも、友達と遊ぶこともできません。だから日々、しっかり食事を食べて健康でいられることが、大切なことなんですよ』でしょ?」
「それ!」
オレは頷くと、上を見上げた。
ハズク先生の顔が、まぶたの裏に浮かんでくる。
「今になって……ハズク先生の云っていたことが、すごく分かるようになったよ。ハズク先生……オレたちのために、ありがとう」
「うん。ハズク先生……ありがとうございました」
オレとライラは、今もグレーザー孤児院を切り盛りしているハズク先生に向けて、お礼を云った。
いつか、ハズク先生にも会いに行きたい。
でもまずは、オレたちが生まれた場所である、トキオ国に行かなくちゃ。
そんなことを考えていると、いつの間にか太陽は高く昇り、昼がやってきた。
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