第5話 カリオストロ伯爵
アークティク・ターン号は、北大陸最南端にある港町、ノルテッシモに到着した。
ライラの両親を探して、北大陸までやってきた時。
オレたちが最初に降り立った北大陸の街が、このノルテッシモだった。
深い雪の中に停車したアークティク・ターン号は、24時間停車することが決まる。
列車の中に閉じ込められていた乗客たちの中には、停車時間の間にのびのびと羽を伸ばす者が多い。
もちろん、オレとライラも、その中に加わる。
「久しぶりね、ノルテッシモに来るなんて!」
「せっかくだから、新鮮な海鮮料理を食べに行こうか?」
そう、このノルテッシモは港町であることから、海鮮料理が美味しい町としても知られている。
北の海の冷たい水で育った魚介類は、まさに絶品の美味しさだ。その美味しさは、普段魚介類を好んで食べないライラが、進んで食べるほどだ。
「賛成!! すぐに行こうよ!」
ライラは二つ返事で、オレの提案に賛同した。
その直後、オレの手を掴んで引っ張り始める。
「ビートくん、早くしないとお昼になっちゃうよ!」
懐中時計を取り出して見ると、確かに昼食時に差し掛かっていた。
少し早いが、お昼にしてもいい時間だ。
「そうだな。お昼にするか」
オレはライラと共に、雪が降り積もった道を進んでいった。
レストランに入り、オレとライラは海鮮料理をいくつか注文した。
注文して運ばれてきた海鮮料理は、どれも北の海の幸を使った美味しそうなものばかりだった。高級料理というわけではないが、空腹になりつつあったオレたちにとっては、どんな高級料理よりも美味しそうに見えた。
空腹は最高の調味料という言葉は、間違ってはいない。
オレとライラは、運ばれてくるとすぐに、ナイフとフォークを手にした。
「「いただきます!!」」
オレはライラと共に、数々の海鮮料理を食べ始めた。
食事を始めてからしばらくした時だった。
「……ん?」
オレは店内の一部に、人だかりができていることに気づいた。
人だかりの奥に誰かいるみたいだが、オレたちが食事をしているテーブルからは、誰がいるのかは見えない。しかしあれだけの人だかりができるなんて、一体どんな人が居るのだろう?
気になったオレは、口の中にあるものを紅茶で流し込むと、立ち上がった。
「ビートくん?」
「あそこに人だかりができている。ちょっと様子を見てくるよ」
「待って、わたしも行く!」
ライラはナイフとフォークを置いて、財布だけを持って立ち上がった。
伝票はまだ、テーブルに置いておいた。そうしないと、会計に立ったとみなされて、片付けられてしまうためだ。
オレとライラが人だかりの後ろから、奥を覗く。
そこでオレたちが目撃したのは、1人の貴族が食事をしていた。
貴族の食事なんて、珍しくもないじゃないかと思ったオレだったが、テーブルの上を見て目を見張った。
何枚ものお皿が、重ねて置かれていたのだ!
しかもそのお皿には、ソースや汚れがある。つまりは、料理が盛られていたお皿ということになる。
貴族の他に、食べている人は見受けられない。
もしかして、あの貴族は1人であれだけの量を食べているというのか!?
だとしたら、ものすごい食欲だ。しかも見た限り、太っているようには見えない。いったいあの身体の、どこにあれだけの量が入るのだろう?
さらに、ワインも飲んでいた。北大陸では、ブドウが育たないためにワインは貴重品だ。それを何杯もガブガブと飲み干していく。そしてワインを飲んでは、さらに料理を追加注文し、食べ続ける。
「ビートくん、あの貴族すごいね……」
「あぁ。あんなに食べる人、初めて見た……」
オレとライラは、人だかりができている理由を理解した。
これほど食べる人なら、ギャラリーができてもおかしくはない。
そしてついに、大食い貴族が食事を終えた。
「ふぅ、美味しかった! ごちそうさまでした!」
最後のワインを飲み干して、貴族はナプキンで口元を拭う。
テーブルの上には、何段にも積み重ねられた大量のお皿と、空になったワインボトルが残された。そして周りのギャラリーからは、拍手が貴族に送られる。拍手が起こるのも納得だ。こんなに食べられる人は、そうそういるものじゃない。
食事が終わると、ギャラリーは去っていく。オレたちの前から1人、また1人と去っていき、食べていた貴族の人がよく見えるようになった。
そのとき、大食いの貴族がオレたちに気づいたらしく、立ち上がってオレたちの前にやってきた。
あれだけの量を平らげたのに、苦しそうな様子は全く見えない。
「おや、旅の者かね? 私はカリオストロ伯爵だ。こちらも旅の途中でね、ここで出会ったのも何かの縁かもしれない。よろしく」
カリオストロ伯爵と名乗った貴族は、丁寧に挨拶をした。
「僕は、ビートといいます」
「わたしは、妻のライラです」
オレたちは自己紹介をしてから、カリオストロ伯爵に尋ねた。
「すごい食欲でしたけど、何日間も何も食べていなかったんですか?」
「いいや、今朝の朝食もしっかり食べたぞ?」
カリオストロ伯爵は、当然とでも云うように答えた。
信じられないオレとライラは、目を丸くした。
「ど、どうしてそんなに食べられるんですか?」
「貴族は大食いで大酒飲みであると、出世していくんだ。位が高い者は大食いで大酒飲みであると、人々が支持してくれるんだよ。私が伯爵になり、領地を離れて旅行をしながらのんびりと過ごせるのも、大食いだったおかげなんだ。だから貴族は大食いで大酒飲みでなければ、務まらないんだ」
カリオストロ伯爵の言葉に、オレはなんとなく納得がいった。
雑誌などで見る貴族の情報だと、ほぼ毎回のように大食いであることを自慢する貴族が少なからずいる。領主のような人の上に立つ人となると、大食いだと偉いという考え方は、確かにあるようだ。
「旅をして訪れた西大陸のある国でも、国王様から接待を受けて食事に誘われたとき、食事のほとんどを平らげて国王様からその食欲を称えられたこともある。とても優しい国王様と女王様だった。あれは確か、トキオ国という国でのことだったかな……」
「!!」
トキオ国。
カリオストロ伯爵の口から発せられたその単語に、オレとライラの耳は鋭く反応した。
「あっ、あの!!」
「ん? どうした?」
「今、トキオ国とおっしゃいました!?」
「うむ。それが、どうかしたか?」
「お話を、聞かせてください!!」
オレは頭を下げた。
トキオ国について知っているのなら、どんな些細な事でも知りたかった。
「わかった。しかし、まずは君たちの食事が先だ」
カリオストロ伯爵は承諾すると、オレたちのテーブルを指した。
「せっかくの美味しい料理だ。温かいうちに食べないと、もったいない。私は逃げたりしないから、まずは食事を済ませてきなさい」
「はっ、はい! ありがとうございます!!」
オレはライラと共にテーブルに戻り、食べかけの料理を口に運んでいった。
少し冷めかけてはいたが、まだ温もりは残っていて、とても美味しかった。
食事を終えてから、オレとライラは伝票を持って、カリオストロ伯爵のテーブルへと移動した。
カリオストロ伯爵は、オレたちを待っていてくれた。
「教えてください。カリオストロ伯爵がトキオ国に行ったのは、いつですか?」
オレが尋ねると、カリオストロ伯爵は答えた。
「もうずいぶんと昔のことだ。かれこれ、20年にはなるかもしれないな。その後、トキオ国を訪れたことは無いんだ。今頃、トキオ国はどうなっているのだろうなぁ……?」
20年前というと、オレが生まれる前。
その時の国王は、オレの父さんであるミーケッド国王で、間違いないだろう。
「君たちはもしかして、トキオ国を目指しているのかね?」
「そっ、そうです!!」
オレたちは、トキオ国を目指して旅をしている。
カリオストロ伯爵の言葉に、オレは正直に答えた。
「北大陸から西大陸まではかなりの道のりだ。またどうして、トキオ国を?」
「それは……僕の生まれ故郷なんです」
オレはそう答えた。
自分がミーケッド国王とコーゴー女王の息子であることは、あえて伏せておいた。
「今は違う場所に住んでいますが、どうしても生まれ故郷を見たくなって、それでトキオ国を目指しているんです!」
「なるほど。それはまた特別な場所への旅ということになるな」
カリオストロ伯爵は頷くと、立ち上がった。
「私はこれから約束があるので、申し訳ないがこれにて失礼するよ。トキオ国までの道のりは長い。きっとまた、どこかで会えるだろう」
カリオストロ伯爵はそう云って、会計を済ませて立ち去っていった。
オレたちもその場に長居する必要が無くなり、会計を済ませてレストランを出た。
不思議なことに、カリオストロ伯爵のすぐ後に会計を済ませて外に出たというのに、すでにカリオストロ伯爵の姿は見えなくなっていた。
まるで煙のように、カリオストロ伯爵は消えてしまった。
カリオストロ伯爵と別れたオレたちは、アークティク・ターン号の2等車に戻ってきた。
「トキオ国のことを知っている人が、お父さんとお母さん以外にもいたのね!」
ライラが嬉しそうに云い、オレは頷いた。
確かに、トキオ国に居たことがあるシャインさんとシルヴィさん以外で、初めてのことだ。
トキオ国はちゃんとあったということを、再認識できたような気がした。
「それはいいけど、あのカリオストロ伯爵って、何だか妙な人だったなぁ……」
しかし、オレはそれ以上にカリオストロ伯爵が何者なのか、気になって仕方がなかった。
ただの大食いで大酒飲みの貴族というわけでは、なさそうだ。
「そう? わたしには大食いの貴族にしか見えなかったけど……?」
「大食いは確かだけど、なんだかただの貴族じゃないような気がして……」
どう説明すればいいのか、オレには分からない。この気持ちを表現できるほどの語彙力なんて、オレにはない。それにあったとしても、これをどう表現すれば伝わるのかさえ、イメージできない。
ぼんやりとした霧の向こうに、カリオストロ伯爵の正体がある。
そこにいるカリオストロ伯爵は、ただの大食いで大酒飲みの貴族ではない。
だけど、それが見えてこない。
オレはベッドに腰掛けて考えを巡らせるが、分からなかった。
答えが出てこないと悟ると、オレは考えるのを止めて、寝転がった。
きっとまだ、情報が少なすぎるんだ。
カリオストロ伯爵と会ったのは、今日が初めてだ。それにもしかしたら、オレの思い過ごしかもしれない。
確証を得られるまでは、変な考えを巡らせるのは、やめておこう。カリオストロ伯爵に失礼だ。
それに、今度はどこで会えるかなんて、分からないのだから……。
突然、オレの鼻がいい匂いを感じ取った。
隣を見ると、ライラが同じように寝転がっていた。
「ビートくん、ビートくん!」
「ライラ……」
ライラが何を求めているのか分かり、オレはそっと、ライラを抱き寄せる。
いい匂いが強くなり、同時にライラの身体の柔らかさをオレは全身で感じ取る。
「ビートくん……」
ライラと1つになっていると、先ほどまでの考えなどどうでもよくなっていった。
オレはライラと共に居れるのなら、それでいい。
汽笛が鳴り響き、アークティク・ターン号が動き出した。
その先には、北大陸と東大陸を繋ぐ大陸間鉄道橋が待っていた。
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