第49話 オレウジュの無法者
「お前を、逮捕する!!」
騎士から突然そう告げられたオレは、心臓が口から飛び出るかと思った。
オレは、何も悪いことをした覚えはない。
それなのに、なぜ逮捕されなくてはならないのか!?
「なっ、なんでだよ!?」
もしかしたら、騎士のフリをしたカツアゲかもしれない。
そう思ったオレはリボルバーを手にしようとした。
しかし、オレは手を止めた。
騎士の胸に光っているのは、盾の形をしたバッヂ。
それは目の前にいる騎士が、オレウジュの騎士団に所属する正真正銘の騎士であることを、証明していた。
「マダム、この少年で間違いありませんか?」
「はいっ! 間違いありません!」
オレを睨んでいる騎士の背後で、もう1人の騎士と誰かが、話している。
騎士が相手をマダムと呼んでいたことから、女性であることに間違いはないだろう。
一体誰だ!?
オレが騎士の後ろに目を向けると、そこには見覚えのある女がいた。
九尾族のタマモだった。
「あっ、あんたは……!」
「貴様!」
オレが叫ぶと、オレの前にいた騎士がオレを殴った。それも拳で。
避けることもできず、オレは騎士の右ストレートで、吹っ飛ばされた。
「被害者に向かって、無礼な口を利くな!!」
その時、オレは確かに見た。
タマモが、勝ち誇ったような顔をした瞬間を。
しかしすぐに、タマモの表情は元に戻った。
「あの少年が、私の尻尾を無理矢理触ってきたんです! とっても怖くて、されるがままになるしかありませんでした!」
涙声で、タマモは騎士団に話していく。さっきまで、オレを見下した目をしていたくせに!
こいつは、まるで女優だ!
「あんた、さっき自分から誘ってきたじゃないか! しかも痴漢だとか騒いだりしないと、云ったじゃないか!」
オレが叫ぶと、タマモは一瞬だけ顔を青くした。
間違いない、タマモは嘘をついている!
「違います! 誘ってなんかいません!!」
「ウソをつくな!!」
しかし、オレの言葉は騎士団に受け入れられなかった。
「この変態野郎が!!」
倒れていたオレを、騎士は足で蹴ってきた。
騎士がブーツで蹴ってくると、足が腹や顔に食い込んだ。
「ぐはっ……!」
痛い。とても痛い。
「マダムは、これで5回も同じ被害に遭っているんだ! そのたびに、貴様のような奴をしょっ引いてきた! お前みたいな変態野郎は、死んで当然なんだよ!!」
騎士から蹴られながら、オレは理解した。
そうか。タマモはこうやって自分で触らせておきながら、後で騎士団に被害を受けたと嘘をついて、相手の男を逮捕させてきたんだ!
同意を取ったのに、まるで無かったかのように振舞う。
タマモは、とんでもない無法者だ!!
「二度と、牢屋から出てこられないようにしてやる……!」
騎士は吐き捨てるように告げると、荒縄を取り出した。
マズい!!
このままじゃ、逮捕されてしまう!
逮捕されたら、ライラが独りぼっちになってしまう。それだけはダメだ!
それにこのまま、あのタマモという無法者の女狐を野放しにするなんて、許せん!!
駅に逃げ込めば、騎士団には手出しができなくなる。
こうなったら、イチかバチかだ……!
オレは覚悟を決めると、立ち上がった。
「濡れ衣で捕まって……たまるか!!」
リボルバーを取り出し、オレは素早く連射した。
3発の弾丸を、荒縄を持った騎士に撃ち込む。騎士は一瞬で動かなくなり、その場に倒れ込んだ。
正当防衛ではない。
信念に反する形で、オレは銃を使ってしまった。
「キャアアアアア!!!」
タマモが叫び、逃げ出す。
逃してたまるか! あの女狐め!!
オレはすかさず、残っていた3発の弾丸を、タマモに向けて撃った。
タマモは前のめりになりながら、地面へと倒れる。その直後に流れ出した血の量で、オレはもう助からないと悟った。
よし、逃げよう!
無法者の女狐は、始末した!
そう思った直後、オレの身体は騎士たちによって取り押さえられた。
リボルバーの回転式弾倉を交換することもできず、オレは騎士たちによって体重を掛けられ、息ができなくなる。
「人殺し!!」
「変態野郎!!」
「人間の屑が!!」
様々に罵られながら、オレは意識が遠のいていった。
ゴメンよ、ライラ。
オレが軽はずみなことをしたばっかりに……。
もう二度と、ライラ以外の女性の尻尾を触ったりしないから、オレを許して……。
オレはそっと、目を閉じた。
不思議と、どこからかオレの名を呼ぶ声が、聞こえてきた……。
「ビートくん!!」
「わあっ!?」
オレは顔を上げ、辺りを見回す。
そこはさっきライラと共に入った、美容院の中だった。
オレの足元には雑誌が落ちていて、目の前にはライラが立っていた。
どうやら、また眠ってしまったらしい。
そして先ほどまでのは、夢だったみたいだ。
またしてもオレは眠って、しかも悪夢を見たということか……。
「ビートくん、また眠っちゃったの?」
ライラが呆れた声で云った。
もう手入れは終わったらしく、髪の毛と尻尾はツヤツヤになっていた。
尻尾に触りたくなったが、夢の内容を思い出して、オレは止めようと思った。
「ゴメン。ついいい陽気だったから、ウトウトしてたら……」
「ビートくん、寝るなら列車に戻ってから、2人で一緒に寝ようよ」
「そ、そうだな……」
ライラが云い、オレは頷いた。
そんなやり取りをしてから、オレたちは美容院を出て、アークティク・ターン号へ戻っていった。
2等車の個室に戻ってくると、ライラはベッドに腰掛けて、尻尾を自分の前に持って来た。
オレはそれが何を意味しているのか、よく分かっている。
「ビートくん、わたしの尻尾、モフモフしていいよ」
ライラの言葉に、オレは心が躍った。
手入れしたばかりで、ツヤツヤかつモフモフになった、ライラの尻尾!
オレはこれに触るのが、ひとつの生きがいだ!
ライラの隣に座り、オレは尻尾へと手を伸ばしていく。
しかし、その途中で、またしても先ほどの悪夢を思い出した。
「……!」
オレは伸ばしかけた手を、引っ込めた。
「ビートくん、どうしたの……?」
ライラが不思議そうな目で、オレに訊いてくる。
なぜいつも嬉々として触ってくるのに、なぜ今日は触ってこないのか。
ライラの気持ちが、オレには分かるような気がした。
このまま黙っていても、仕方がない。
オレはライラに、悪夢のことを話すことに決めた。
「実は、悪夢を見ちゃって」
「悪夢?」
「話すと長くなるんだけど……」
オレは覚えている限りのことを、ライラに話した。
話し終えると、ライラは頷いた。
「それで、手を引っ込めたの?」
ライラの問いに、オレは頷く。
「もちろん、ライラがオレに尻尾を触られたからといって、騎士団に通報するなんて思っていないよ。だけど、さっきの悪夢の内容がすごく鮮明で……。触りたいのに、どうしても躊躇しちゃうんだ……」
「ビートくん……」
するとライラは、オレの手を握った。
「ビートくん、心配しないで。わたしは身も心も、ビートくんだけのものだから。ビートくんの夢の中に入ってきた女のことなんか、全て忘れさせてあげるから……」
そう云うと、ライラはオレの手を、そっと自分の尻尾に当てた。
「いいよ、好きなだけ、モフモフして」
ライラの言葉に、オレの鼓動は高鳴った。
初めて、ライラが自分からオレの手を、尻尾に当ててくれた。
相手の尻尾に触るのは、よほど信頼関係があっても難しい。
触るのを許している相手であったとしても、自分から触らせにいくことは、まずない。
それなのに、ライラはオレの手に尻尾を当てた。
「ライラ……」
オレはライラの尻尾を、恐る恐る触った。
モフモフした尻尾を触っていると、少しずつ恐怖や不安が消えていった。
「あんっ、ビートくん……んっ」
ライラは時折変な声を出しつつも、決して怒ったりせずに、オレに尻尾を任せていた。
それが嬉しくて、オレはいつしか両手で、尻尾を触っていた。
そのまましばらく、オレはライラの尻尾を楽しんでいた。
「ありがとう、ライラ」
オレはライラの尻尾から、手を離した。
もうオレの中には、先ほどまでの恐怖や不安などは、どこにも無かった。
ライラの尻尾を触り続けている間に、すっかり消え失せてしまった。
「ビートくんが元気になってくれて、良かったわ」
ライラは嬉しそうに、そう云った。
「ビートくん、尻尾触るの上手になったね。くすぐったいけど、なんだか気持ちよかったわ」
「ありがとう。それにしても、ライラも尻尾触られるの、好きなんだね」
オレは、ちょっとだけ意外に思って云った。
ほとんどの獣人族にとって、尻尾を触られるのは嫌であることが多い。尻尾は敏感だから、進んで触ってほしいと思う人は少ないのだ。
だが中には、尻尾を触られるのが好きな人も居る。獣人族全体から見れば、かなりの少数派であることは間違いないが。
「ビートくんに触られているうちに、癖になっちゃった」
ライラが顔を赤らめる。
「でも、やっぱりビートくんだけに、触ってほしいわ。大好きな人に触れられるのって、すごく気持ちがいいの」
「ライラ……」
オレは再び、ライラの尻尾に触れた。
「ひゃんっ!?」
「ふはぁ~、やっぱりモフモフだぁ……!」
もう、他の尻尾に触るなんて、考えられなかった。
オレには、ライラの尻尾があれば、それでいい。
そのまま夕方になるまで、オレはライラの尻尾を触り続けた。
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次回更新は、2月10日の21時更新予定です!
ビートが浮気したと思ったあなた、残念!
夢オチでした!!
ライラのモフモフは、九尾狐にも勝るようです!
ルトくんも、ライラの尻尾をモフりたいです(ボソッ





