第48話 九尾族の女性
アークティク・ターン号は大荒野地帯を抜け、オレウジュに到着した。
カロライナ領クーツ地方オレウジュ。
最初に訪れたのは、ボニーとクライドを冒険者協同組合に行くよう案内した時だ。そしてライラが美容院に行っている間に、オレがありえない夢を見た。
夢の内容は、今思い出しても夢で良かったと、思える内容だ。
「ビートくん」
速度を落としていく列車の中で、ライラが云う。
「オレウジュって、美容院があったでしょ?」
「ん……あぁ、ライラが髪の毛と尻尾の手入れをした、あの?」
「うん!」
ライラが頷いた。
「わたし、また美容院に行きたいの。そろそろ髪の毛と尻尾の手入れをしたいの」
「そういえば、だいぶ伸びているし、あちこちくせ毛があるな」
オレはライラの全体を見て、云った。
長い髪と尻尾は、ところどころ毛がはねている。オレとしてはそれもまたいいと思っているが、ライラにとって髪の毛と尻尾の状態は、とても大切なものだ。常にセットしておき、毎日手入れを欠かさない。
それほど、大切にしていることなんだろう。髪は女の命と聞いたことがあるから、ライラもそう思っているのかもしれない。
それに、ライラにはいつもきれいで美しくいてほしい。
「それじゃあ、手入れが終わるまでオレは待っているよ」
「うん! もちろん、美容院で待っていてくれるんでしょ?」
「……え?」
ライラの言葉に、オレは目を丸くした。
オレとしては、オレウジュの街を散策しながら待つと考えていた。終わるころぐらいに、美容院に迎えに行くつもりでいたのだが……。
「オレも美容院まで?」
「ビートくん、わたしはいつだって、ビートくんと一緒よ?」
そうなると信じて疑う様子のないライラ。
どうやら、またオレは美容院で待つことになるらしい。
そんなやり取りを繰り返している間に、アークティク・ターン号はオレウジュの駅に到着し、ゆっくりと停車した。
久々にやってきた、オレウジュの街。
そしてオレとライラは、以前ライラが髪の毛と尻尾の手入れをした、美容院へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー、こちらへどうぞー」
ちょうど空いていたらしく、獣人族豹族の女性美容師が、ライラをイスへと促した。
「じゃあビートくん、ちょっとだけ待っててね!」
「うん、待ってるよ」
オレはそう云って、順番待ちのイスに腰掛ける。他に待っている人はいないから、付き添いで来たオレが待つくらい、許してくれるだろう。
オレは雑誌を手に取り、パラパラとめくり始めた。
雑誌を読んでいる途中で、オレは思い出した。
以前、ここで眠ってしまって、ライラがオレの元を去っていく悪夢を見たんだった。
今度は絶対に眠らないようにしないと!
また悪夢を見たら、たまったものじゃない。
そんなことを考えていると、表が騒がしくなってきた。
「すっごーい!」
「なんて美しいんだ!」
「モフモフだぜ、モフモフ!」
美しい?
モフモフ?
一体、何が起きているんだろう?
オレは雑誌を置いて、表に出た。
美容院を出て表通りに出たオレは、騒がしさの理由が分かった。
「あれは……!」
オレは目を見張った。
獣人族の中でも珍しい、九尾族の女性が歩いていた。その名の通り、9本のモフモフした尻尾を持つ、狐系の獣人が九尾族だ。銀狼族ほどではないが、数があまり多くないため、珍しい獣人族でもある。スレンダーかつスタイルの良い身体をしていて、なおかつ9本のモフモフした立派な尻尾。
なるほど、歓声が上がるわけだ。
いいなぁ。
オレも一度でいいから、あんなモフモフした尻尾に包まれてみたい。9本の尻尾で包まれたら、どんな世界がそこには待っているんだろう。
オレがそんなことを考えていると、いつの間にかオレの目の前に、九尾族の女性が立っていた。
高いヒールを履いているせいか、その身長はとても高く感じられた。そして両側にスリットが入ったドレスを着ていて、太ももから足が見えていた。
「あなた、私の尻尾に触ってみたいんでしょ?」
「えっ?」
女性の問いに、オレは動揺した。
とても妖艶な声だ。メラさんの声と似ている。だけどメラさんの安心できる声とは違って、どこか緊張と刺激を与えてくるような声だ。
「いや、そんなことは……」
本音を云うと、触ってみたい。
9本のモフモフした尻尾に囲まれるなんて、夢のようだ。
だけど、それを云ってはいけない。
変質者と認定されて、騎士団を呼ばれたりしてはたまらない。それに見ず知らずの女性に、そんなことを云えるほど、オレは正直じゃない。
「顔に書いてあるわよ」
九尾族の女性はクスクスと笑いながら、そう云った。
「私の名前はタマモ。あなたとっても可愛いから、特別に触ってもいいわよ」
可愛い。
オレはそう云われて、戸惑う。メラさんやこのタマモと名乗った九尾族の女性のような、年上の女性から云われると、戸惑ってしまう。どうして、オレのことを可愛いと思うのだろう?
この人も、メラさんと同じように、年下の男が好きなのだろうか……?
い、いや、そんなことはどうでもいい!
いくら相手がいいと云っていても、見ず知らずの女性の尻尾を触るなんて!!
「そ、そんな……僕とあなたとは、親しい間柄ではありません。それに、ここは娼館でもありません。女性の尻尾を触るなんてことは……」
なんとかして、切り抜けないと!
そう思っていると、タマモがオレに近づいてきた。オレは逃げることもできず、壁際へと押し込まれていく。そしてあと少しで顔が触れそうなところまで、タマモは近づいてきた。
タマモは、オレの耳元でこう囁いた。
「本当に、いいの? 九尾族の女性の尻尾なんて、そうそう滅多に触れないわよ? それに、とーっても、モフモフなのよ?」
とーっても、モフモフ。
その言葉にオレは、手がウズウズとし始めてきた。
触りたい! 触りたい!! 触りたい!!!
モフモフした尻尾に、触って癒されたい!!
「……あの」
オレは恐る恐る、口を開いた。
「……本当に、触っても、いいんですか? 触った瞬間に、痴漢だとか騒いだり、しませんか?」
失礼だとは思ったが、ハニートラップということもある。
オレは万が一に用心して、尋ねる。これで怒ったりしたら、すぐに逃げ出そう。
しかし、オレの予想は裏切られた。
「騒いだりしないわ。だってあなた、好みのタイプだもの。いくらでも、満足いくまで、モフっていいのよ?」
騒がない。
その言葉を聞いたオレは、そっとタマモの尻尾に、手を触れた。
「あふっ……ふふ、いいわよ」
タマモの言葉に、オレはそれまで抑えていた理性が飛んだ。
次々に両手で尻尾を触っていき、尻尾に囲まれていく。
生まれて初めて触った九尾族の女性の尻尾に、オレはすっかり虜になってしまった。
「す……すごい……!」
「ふふっ、可愛いわね。もっともっと、触ってもいいわよ……?」
タマモの好意に甘え、オレは尻尾をモフモフしていく。
そこに待っていたのは、桃源郷だった。
それからしばらくして、満足したオレは、尻尾から手を離した。
そしてタマモに、頭を下げる。
「あの……ありがとうございました。尻尾、素晴らしかったです。尻尾に囲まれて、幸せでした」
「そう、喜んでくれて良かったわ。あなたの手つき、なかなか上手だったわよ。また触りたくなったら、いつでもここに連絡してね」
タマモはそう云って、小さなカードを差し出してきた。カードには連絡先となる住所やタマモの特徴などが書かれていた。
オレはそれを受け取ってから、タマモと別れた。
「いやぁ~、いい思いをしたなぁ……」
オレはフワフワした気分で歩きながら、先ほどの9本の尻尾を思い出していた。
まさにあれは、モフモフの暴力。
獣人族の中でも、あれほどのモフモフを発揮できるのは、九尾族以外にはいないだろう。
九尾族を愛人にしたいと考える金持ちがいることが、なんとなく分かった。
「また今度、お願いしてみようかな……?」
そんなことを考えていた時だった。
オレの目の前に、騎士団が現れた。
「お前だな?」
「はい?」
何のことだろう?
オレが首をかしげると、騎士が叫んだ。
「お前を、逮捕する!!」
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