第47話 大荒野地帯の夜
空には満天の星が輝き、西大陸の大荒野地帯を見下ろしていた。
センチュリーボーイはその中を蒸気を上げて、巨大な動輪を動かしながら、アークティク・ターン号を走らせていく。停まることなどを知らないように、夜の闇をアークティク・ターン号は走り抜ける。
辺りには何もなく、夜の闇に包まれた荒野だけが広がっていた。
オレは1人、アークティク・ターン号の車内を歩いていた。
いつも賑わっている食堂車。
本を読みに来る人も多い図書館車。
子供から大人まで人気がある展望車。
買い物を楽しむ人で溢れる行商人車。
そのどれもが、今夜は閑散としていた。
理由は分かっている。列車が大荒野地帯に入ってしまったためだ。
大荒野地帯の景色ほど、寂しくてもの悲しさをあおるものはない。
夜になると、満天の星空を見る人以外は、眠りについてしまう。
あまりにもの悲しい景色を見続けるのが嫌になり、さっさと寝てしまおうと考えてしまうためだ。
なぜ、そうだと分かるのか?
それはオレも、同じ考えをしているためだ。
「あー……今夜は早めに寝よう」
オレはそう呟いて、2等車の個室に戻ってきた。
個室の中では、ライラがすでにインナーキャミソール姿で、ベッドに腰掛けて待っていた。
「ビートくん、早く寝よう」
いつもなら誘惑してくるライラも、今夜ばかりは早く寝たいらしい。
今夜中に、アークティク・ターン号は大荒野地帯を抜ける。大荒野地帯を抜けたら、次の停車駅のオレウジュまですぐだ。
「そうだな。今夜は早い所、眠ってしまうほうがいいかもしれないな」
オレはジャケットを脱ぐと、読書灯を点けて天井の灯りを消した。
ライラが先にベッドに寝転がると、オレがその隣に寝転がる。
「おやすみ、ビートくん」
「おやすみ、ライラ」
オレたちはそう云うと、そっと読書灯を消した。
個室の中は闇に包まれ、オレはライラの匂いを嗅ぎながら、そっと目を閉じた。
どれくらいの時間が流れただろう。
暗闇の中でよく見えないが、1~2時間は経っているはずだ。
どういうわけかオレは、目を覚ましてしまった。
隣からは、スースーという寝息が聞こえてくる。ライラの寝息に間違いない。ライラはどうやら、よく眠っているみたいだ。
いつもなら、ライラと一緒に朝までぐっすりなはずなのに、今夜に限って目が覚めてしまうとは。
暗闇に目が慣れてくると、オレはそっと身体を動かして、隣で眠るライラを見た。
ライラは仰向けになって、寝息を立てて眠っている。
頭より少し下の辺りでは、上を向いた山が上下に動いている。それが胸であることは、すぐに分かった。そして時折、頭の上で動くものが見える。動く狼耳を見ると、つい触りたくなってしまう。だが、今はダメだ。ライラを起こしてしまうと、怒られる。
ライラ……。
オレはふと、ライラと過ごしてきた日々を振り返ってみることにした。
――ライラと出会えたのは、いつ?どこで?
――ライラとオレが出会ったのは、トキオ国でこの世に生を受けてからすぐ。記憶に残っている限りでは、グレーザー孤児院だ。
――満月の夜に、特別なことがあった?
――あった。ライラがオレに初めて、自分の夢を教えてくれた。
――事件はあった?
――あった。強盗がグレーザー孤児院に押し寄せてきて、ライラが人質になった。そして人質になったライラを、オレが助けた。
――お礼はされた?
――泣きながら、お礼の言葉を貰った。
――それから変わった?
――変わった。ライラはいつもオレと一緒に居るようになり、オレもライラのことが少しずつ好きになっていった。
――告白した?
――した。そしてライラが銀狼族だと知った。そのまま、オレはライラに婚約のネックレスを贈って、ライラと婚約した。
――それからどうした?
――オレとライラは、共に暮らしながらライラの両親を探すためのおカネを作った。3年掛かった。
――結婚はした?
――オレはライラと結婚した。恩師に立会人になってもらって。そして……共に初めてを経験した。
――結婚した後は?
――ライラと共に、アークティク・ターン号でライラの両親を探す旅に出た。そして北大陸で、ライラの両親を見つけた。
――両親を見つけた後は?
――ノワールグラード決戦を経て、オレはライラと共に銀狼族の村で暮らすようになった。
いくつも思い出していく中で、オレには1つだけ自信を持って云えることがあった。
これからもオレは、ライラと共に生きていく。
どこに行っても、いくつになっても、オレはライラと一緒だ。
そしていつか、オレとライラの間には、子供が産まれる。
オレとライラの血を分けた、子供が……。
「……って、はっ!?」
オレは、何を考えているんだ!?
ライラがオレとの子供まで望んでいるかどうかなんて、分かるわけがない!!
そもそも結婚した夫婦に、必ず子供が産まれるわけじゃない!
今、そんなことまで考える必要なんかない!!
「ダメだ、頭を冷やして来よう……」
眠れるどころか、考えても仕方がないことを、考えてしまう。
こういう時は、クールダウンしたほうがいいこともある。
オレはライラを起こさないようにベッドを抜け出すと、そのまま個室も抜け出した。
やってきたのは、展望車だった。
懐中時計を見ると、深夜1時。
当然のことのように、辺りには誰も居ない。展望車はオレの貸し切り状態になっていた。
上を見上げると、ガラス張りの天井から、天の川が見えた。
ちょうど今夜は雲一つない空で、さらに人工的な灯りが全くない、大荒野地帯を走っている。
天体観測をするには、持って来いだ。
だが、天体観測をする人はいない。
世界中が寝静まってしまったかのように、静かな空間に、オレは1人だ。
ふとオレは、大荒野地帯について聞いたことを、思い出した。
鉄道が今ほど発達していなかった時代。
大荒野地帯を進む手段として多かったのが、馬車だ。
だが、何もない荒野を進むのは孤独な旅そのものだった。
寂しさは容赦なく襲い掛かり、それは時として心を蝕むものとなっていった。
そんな寂しさを紛らわしてくれるのが、歌だった。
流行りの歌。
誰もが知っている有名な歌。
故郷の歌。
愛しい人を想う歌。
様々な歌を旅人は歌い、孤独と寂しさを紛らわせた。
今のオレは、大荒野地帯に1人だけだ。
「……誰も来ないなら、いいかな?」
オレは辺りを見回して、誰もいないことを再度確認する。
そしてそっと、歌い出した。
ライラへの想いを込めた歌を、オレは口ずさんでいく。
演奏は、オレの頭の中で流れていた。
歌詞も、オレの頭の中にある。
頭の中で流れる旋律に乗せて、オレは歌い続けた。
「……ふぅ」
歌い終えると、オレはそっとため息をついた。
久しぶりに、思いっきり心の底から歌えたような気がする。
それに歌に乗せることで、自分の気持ちを表に出せた。
とてもライラの前では、恥ずかしくて歌えないな。
でもいつか、ライラにも聞いてほしいなぁ……。
さて、個室に戻るとするか。
そう思って振り返ると、そこには誰かが居た。
「!?」
オレは相手を確認して、目を見張った。
ライラだった。
「ライラ……? いつから、居たの……?」
「……最初から、居たよ。ビートくんが個室を出てから、すぐに後をつけてきたの」
ライラが顔を紅くしながら、答える。
つまり、ライラはずっとオレの背後にいた。
――ということは、もしや!!
「まさか……さっきのオレの歌も、全部聴いてた……?」
オレの問いかけに、ライラはそっと頷いた。
その返答に、オレは身体中が熱くなっていくのを感じる。
なんということだ。
恥ずかしいから、目の前で歌えないと思っていたのに、本人に聴かれていたなんて!!
しかも、最初から最後まで通して。
ライラは尻尾をブンブン振りながら、オレに近づいてくる。
そしてオレの身体に手をまわし、尻尾を振りながら、オレに抱き着いてきた。
「ビートくん、大好き!!」
ボフンッ。
ライラから直球で気持ちを伝えられたオレは、頭の中がオーバーヒートした。
もう今夜は、身体が熱すぎて、眠れそうにない。
そんなオレたちを乗せて、アークティク・ターン号は大荒野地帯を夜の間に抜けた。
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