第45話 ニューオークランド・パイレーツ・ショー
朝が来た。
オレは朝日が昇りきってから、少しだけ時間が経ってから目を覚ました。
枕元に置かれていた時計を見ると、7時半を指し示している。
「ん……朝か……」
オレが起き上がろうとすると、オレの目の前を誰かが横切った。
それがライラであることに、オレはすぐに分かった。ライラからしか漂ってこない、あのいい匂いがオレの鼻孔をくすぐったためだ。
オレはゆっくりと、ベッドから起き上がった。
「おはよう、ライラ」
「あっ、ビートくん、おはよう!」
オレの声に気づいて、ライラが尻尾を振りながら、挨拶を返してくれた。
「これから洗面所で着替えて髪を整えてくるから、ちょっと待っててね」
ライラの手は、ドレスをしっかりと持っていた。
そして見ると、長い髪はところどころ寝ぐせがついていた。
「わかった。オレもこれから着替えるよ」
オレがそう返すと、ライラは洗面所に消えていった。
服を着替え終え、ガンベルトを装着してから少しして、ライラが洗面所から出てきた。
ドレスに着替え、寝ている時に着ていたインナーキャミソールは手に持っていた。
髪も整えてきたらしく、寝ぐせが消えていた。
準備が整ったオレたちは、ホテル・バッカニアのレストラン『ジョリー・ロジャー』で朝食を食べた。
9時半頃になると、オレたちはホテル・バッカニアを出た。
これからニューオークランド・パイレーツの本拠地、海賊船ブラックウォーター号の前で、イベントが行われる。
昨日ジャックさんが教えてくれた、ニューオークランド・パイレーツのショーだ。
オレはそれが昨日の寝る前から、ずっと楽しみで仕方がなかった。
初めてニューオークランド・パイレーツのショーを見た時から、オレはニューオークランド・パイレーツのファンになっていた。
「ビートくん、楽しみね!」
「ああ!」
ライラもオレと同じく、ニューオークランド・パイレーツのショーを楽しみにしていた。
「ジャックさんたちの演劇や曲芸を見れるんだから、楽しみだよ!」
「わたしも楽しみ!」
「そしてまた、ジャックさんから手伝いのお願いがあって、ライラが出演したりしないかな」
「ビートくんってば……あれはあの時の夜だけよ!」
ホテル・バッカニアで行われた、ディナーショー。
そのときにライラが助っ人として出演して、即興で演奏が行われた。その時の演劇が、今まで見てきた中で最も面白かった。そのときにライラが貰った羅針盤を、ライラは今も大切に持ち歩いている。
ライラも口ではそう云っていたが、どこかしら期待混じりの表情になっていた。オレとしては是非、またライラとニューオークランド・パイレーツがコラボした演劇を見たい。
舞台に立つライラは、いつものライラと違っていて、またそれも良い。
そんなことを考えているうちに、オレたちは海賊船ブラックウォーター号に、辿り着いた。
海賊船ブラックウォーター号の前では、ジャックさんと船員たちが設営の最終チェックを行っていた。
設営とはいっても、大掛かりな舞台などは用意されていない。バックに海賊船ブラックウォーター号があるのだから、そんなものは必要ないと見ても良かった。
用意されていたのは、イスの代わりとなるタルや木箱。
そして舞台と観客席の境界線となるロープ。
それだけで、十分舞台として整えられていた。
「ジャックさん!」
「やあ、ビートくんにライラちゃん!」
ライティングボードを手に、船長の衣装に身を包んだジャックさんが、オレたちの名前を呼ぶ。
「おはようございます! 昨夜はご馳走様でした!」
「おはよう。どういたしまして」
ジャックさんは笑顔で、オレたちを迎え入れてくれた。
「あともう少しで開演だ。2人とも空いている場所に座って、待っていて」
「はい!」
オレとライラは遠慮することなく、最前列に置かれていたタルに腰掛けた。
その後、ぞろぞろと観客が集まってきて、あっという間にタルと木箱は埋め尽くされた。後ろの方では、空いている席が無くて立ち見になっている人まで出てきた。早めに来て最前列を確保しておいて、本当に良かったと思いつつ、オレたちは演劇が始まるのを待った。
そしてジャックさんと船員たちが現れ、一列に並んで一礼する。
「レディースアンドジェントルメン! お集まりいただき、ありがとうございます! ニューオークランド・パイレーツです!」
ジャックさんが叫ぶと、周りから拍手と喝采が沸き上がる。
「本日もお集まりいただき、誠にありがとうございます! 海賊たちの戦いを、思う存分に見物していってください!!」
ジャックさんがそう告げると、リボルバーを取り出した。
海賊の銃として名高い、S&WM3というリボルバーを空に向け、引き金が引かれた。
乾いた銃声が轟くと、船員たちが動き出し、ジャックさんもその中に混ざっていく。
きっと、演劇用の空砲を入れたリボルバーだろう。
オレはそう思った。
その後に行われたニューオークランド・パイレーツのショーは、言葉を忘れて見入ってしまうほど、素晴らしいものだった。
昨日、食事を共にした船員たちが飛び跳ねて駆け、模造刀で戦う。
船の上ではないのに、まるで船の上で海賊たちが戦っているかのように、錯覚してしまった。
たっぷり1時間、オレたちはニューオークランド・パイレーツのショーを楽しんだ。
即興での演劇は無かったが、それでも終わった時には、惜しみない拍手を贈った。
もちろん、銀貨もおひねりとして投げた。
この後は、解散してオレたちはホテル・バッカニアに戻って昼食にする。
その時までは、そう思っていた。
「キャーッ!!」
突如として上がった悲鳴に、オレたちは驚いた。
「おうりゃあっ!!」
男の声がしたかと思うと、ニューオークランド・パイレーツが立っていた舞台に、女連れの男が躍り出てきた。
帽子を被った男は女を抱えていて、短剣を手にしている。
「放してえっ!」
「騒ぐんじゃねぇ!」
なんだこれは?
もしかして、演劇が始まったのか!?
そう思っていたが、様子がおかしかった。
ニューオークランド・パイレーツが、動かない。
ジャックさんも船員たちも、驚きの表情で男を見ている。
中には戸惑っている船員もいた。
これは、台本にあることじゃない!!
つまり、本物の強盗か誘拐犯だ!!
オレが直感した時、男がジャックさんを見て叫んだ。
「おい! 今すぐニューオークランド・パイレーツの売り上げを全て、ここに持って来い!! さもないと、この女の命は無いものと思え!!」
「助けて!!」
短剣を突きつけられた女性が泣き叫ぶが、男は怒鳴った。
「わめくな!! それと騎士団を呼んでみろ! その瞬間に、この女の首から血が噴き出すぞ!!」
その一言に恐れをなしたのか、周りにいた観客が後ずさりした。
無理もない。戦い慣れていない人なら、強盗だって恐ろしい存在だ。
だけど、誰かがなんとかしないと、あの女性は捕まったまま怯え続けなくてはならない。
そしてそんなことは、誰も望んじゃいない!
オレはガンベルトのリボルバーに、手を掛けようとした。
「そうはさせない!!」
その時、男の前に海賊風の衣装を身にまとった男が立ちふさがった。
ジャックさんだった。
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