第44話 ニューオークランド・パイレーツ
アークティク・ターン号は、東大陸と西大陸の間に架けられた大陸間鉄道橋を渡り終えた。
それは同時に、ニューオークランドへの到着を意味していた。
ニューオークランドは、かつては西大陸と東大陸の商船を襲撃する海賊たちが作り上げた街だった。
もちろん今は海賊はいないが、海賊の子孫が多く暮らし、街のあちこちに海賊をモチーフにした銅像が立っていたりする。今となっては、海賊が街のシンボルになっている。
そしてニューオークランドは、アークティク・ターン号の補給駅でもある。
そのためニューオークランドでは、補給のために48時間停車することになっている。
アークティク・ターン号が、ニューオークランド駅のホームに入ってきて、ゆっくりと停車した。
48時間の停車となっては、外に出ない乗客はほとんどいない。
次から次へと、乗客は列車から降りていき、ホームは一気に混雑した。
そして混雑が落ち着いてくると、オレたちは最小限の荷物を持ち、列車から降りた。
「ビートくん、行こう!」
「ライラ、待ってよ!」
オレは先を急ぐライラに向かって叫ぶ。
ライラには念のため、深紅のケープを身につけさせたが、フードは被っていない。
「せっかくだから、またホテル・バッカニアに泊まりたい! 早くしないと、埋まっちゃうよ!」
「わかった。じゃあ、急ごうか!」
オレは以前、ライラが「次の停車駅では、ホテルの部屋に泊まりたい」と云っていたことを思い出した。そして『ホテル・バッカニア』は、以前宿泊したことがある宿屋だ。ライラとしては、48時間という長い停車時間の間に、ホテルでオレとゆっくりしたいのだろう。
そういえば、一緒にシャワーを浴びたいとも、云っていたな……。
そんなことを考えつつ、改札を抜けて駅を出ると、駅前の広場に人だかりができていた。
それを見て、オレたちは足を止めた。
「なんだろう……?」
「ビートくん、懐かしい匂いがするよ!」
ライラが、鼻をすんすんとさせて云った。
「ニューオークランド・パイレーツだと思う!」
「そうか!」
なるほど、それで人だかりができていたのか。
つまり、この向こうには、ニューオークランド・パイレーツがいる!
「きっとショーが行われているんだ! ライラ、見て行こうよ!」
「うん!」
オレの提案に、ライラはすぐに頷いた。
ホテル・バッカニアに行くよりも、こっちのほうが優先度は高い。
オレたちは人だかりをかき分けて、少しずつ前に進んでいった。
人だかりを抜けると、そこにニューオークランド・パイレーツがいた。
ニューオークランド・パイレーツは、ニューオークランドで活動する劇団だ。
団員たちは船員で、団長が船長という設定で古の海賊をテーマとした演劇をやっている。船長はジャックさんといって、オレたちの知り合いだ。ノワールグラード決戦でも、オレの緊急電報を受けて駆けつけてくれた。
ちょうどショーをやっている最中で、模造刀を使って海賊の戦いをイメージした演劇が、行われていた。
その中にはもちろん、船長のジャックさんもいる。
駆けて、飛び跳ねて、模造刀で戦う船員たち。
その流れるような美しい動きに、観客はすっかり魅了されていた。
そして演劇が終わると、船長と船員が一列に並び、一礼する。
観客からは惜しみない拍手と喝采が送られ、船員たちの足元に金貨や銀貨が投げられた。もちろんオレとライラも、銀貨を投げた。
観客が去り始めると、船員たちは投げられた金貨や銀貨を集め、片づけを始めていく。
オレたちはジャックさんを見つけ、近づいた。
「ジャックさん!」
「ん……おぉっ、ビートくんにライラちゃん!」
ジャックさんがオレたちを見て、声を上げた。
それに気づいた船員たちも、オレたちを見て顔を明るくしていく。
みんな、覚えていてくれた。
そのことに、オレは嬉しくなった。
「久しぶりだな! 前に会ったのは……2人の結婚式以来か!」
「お久しぶりです。ノワールグラード決戦と結婚式では、ありがとうございました!」
「気にすることは無い! 2人の結婚に立ち会えて、私たちも嬉しかったよ!」
ジャックさんの言葉に、船員たちも頷いた。
「そうだ! 今夜、共に食事などいかがかね?」
ジャックさんの言葉に、オレたちは顔を見合わせた。
「いいんですか!?」
「あぁ。再会を祝して、我が海賊船のブラックウォーター号に招待するよ。ホテル・バッカニアの近くにあるんだ」
「それでは、是非!」
オレが云うと、ジャックさんは頷いた。
「それでは、夜の7時にブラックウォーター号で待っているよ。地図は、これだ」
ジャックさんはそう云って、小さな地図をオレに手渡してくれた。
「楽しい夜にしような」
ジャックさんの言葉に、オレたちは頷いた。
夜の6時半になると、オレとライラはホテル・バッカニアの部屋から出た。
近いとはいえ、初めて向かう場所だ。そろそろ、向かっておいたほうがいいだろう。もし万が一迷ったとしても、十分な時間があるから、たどり着けるはずだ。
「ビートくん、いつもの服装だけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。かしこまったパーティーじゃないから」
心配そうなライラにそう云うと、ライラの表情が柔らかくなった。
ホテル・バッカニアを出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。特に海には港周辺以外に灯りが無く、漆黒の闇になっている。昼と夜で、ここまで表情が変わるのだから、海は不思議だ。
すると、ライラがオレの手を掴んできた。漆黒の海を見て、少しだけ不安になったのかもしれない。
オレがそっと握り返すと、ライラは安心したらしく、笑顔になった。
「さて、ブラックウォーター号に向かおう」
「うん!」
オレは片手にジャックさんから貰った地図を持ち、片手でライラの手を握りながら、ニューオークランドの街をライラと共に歩き始めた。
海賊船ブラックウォーター号には、思ったよりも早く辿り着いた。
港に係留された大きな船に、灯りが灯されている。船名を見ると、ブラックウォーター号と書かれていた。
この船で、間違いない。
船に近づくと、甲板からタラップが架けられているのに気がついた。
そしてタラップの前に、1人の船員が立っていた。
「ビートさんにライラさんですね?」
船員からの問いかけに、オレたちは答えた。
「そうです」
「ジャックさんに呼ばれて来ました」
すると、船員が頷いて、タラップを示した。
「お待ちしておりました。どうぞ、ご乗船下さい」
指示された通りに、オレとライラはタラップを渡って、海賊船ブラックウォーター号に乗り込んだ。
タラップを使って、オレとライラは船の中腹から船内へと入り込んだ。
「ようこそ、我がブラックウォーター号へ!」
中に入った瞬間。
ジャックさんが船長の衣装で出迎え、船員たちが拍手を贈ってきた。船員たちも衣装を身にまとっていて、私服姿の人はどこにも見えない。
「ゲストのビートくんにライラちゃん、心から歓迎するよ!」
「ジャック船長、お招きいただきありがとうございます」
「ありがとうございます!」
オレとライラがお礼を云い、ジャック船長はそっと左胸に右手を当てて、オレたちへ敬意を示してくれた。
「夕食会の準備はできているよ。さぁ、こちらへ」
ジャックさんが先に立ち、オレたちは船員たちからの歓迎の中、船の中を進んでいった。
そして奥にあるサルーンへと、オレたちは案内された。
サルーンには、白いテーブルクロスを張ったテーブルが並んでいた。
そしてそこには、ついさっき出来上がったかのような料理が並んでいた。今も船員たちが次々に、厨房から料理を作っては運んでくる。
「ビートくんとライラちゃんの場所は、あそこさ」
ジャックさんが指し示した場所は、一番の上座だった。
本来ならジャックさんが座るような場所を、今回はオレたちが使えることになっている。
「さ、掛けておくれ」
「ありがとうございます!」
オレとライラが席に掛けると、船員たちもオレたちを取り囲むように座っていく。
船員たちに順序などは無いらしいが、必ず上座にはジャックさんが座るようになっているらしい。その辺りが徹底しているところは、なんとも海賊らしい。規律や掟を重んじるところが、伝説の海賊とそっくりだ。
すると、ワイングラスが置かれ、そこにワインボトルからワインらしき飲み物が注がれた。
もしかして、お酒だろうか?
お酒だと嬉しいが、ライラが酔いつぶれると迷惑をかけてしまうかもしれない……。
「ご安心ください。ブドウジュースですよ」
ワインボトルを手にした船員が、笑顔で告げた。
「我が海賊船では、酒類はトラブルの元となるので、調理以外では禁止なんです。飲むときは、街に出て飲んでいますよ」
「そうなんですね……」
酒でなくて良かったという思いと、酒じゃなかったという少し残念な気持ちが、オレの中で渦巻いていた。
全員にブドウジュースが行きわたると、ジャックさんが立ち上がった。
「それでは、早速乾杯と行こう! 我が友である、ビートくんとライラちゃんの乗船を祝して、乾杯!!」
「乾杯!!」
ジャックさんに続いて船員たちが乾杯を叫び、ブドウジュースを飲む。
こうして、海賊船ブラックウォーター号での夕食会が、始まった。
サルマガンディーやグリルチキン、各種のスープ、海鮮料理……。
普段はなかなか食べられないような料理ばかりが、オレたちの前に並べられては、次々に胃袋へと入っていく。ライラは目をキラキラさせながら、運ばれてくる料理を食べ続けていた。
そして食事をしながら、オレたちはジャックさんや船員たちと会話を楽しんだ。銀狼族の村での出来事、ライラとの馴れ初めなどに、船員たちは興味津々だった。
「ビートくんは、今はどんな理由でライラちゃんと旅をしているんですか?」
1人の船員からの問いかけに、オレは答えた。
「トキオ国を目指しているんです」
「トキオ国を?」
ジャックさんが、ナプキンで口元を拭って云った。
「どうしてまた、トキオ国へ?」
「実はですね……」
オレはトキオ国を目指す理由を、ジャックさんと船員たちに話した。
オレがミーケッド国王とコーゴー女王の間に生まれた、王子であること。
オレとライラが、トキオ国で生まれたこと。
ノワールグラード決戦で戦ったアダムが、トキオ国を滅ぼしたこと。
そして今、トキオ国がどうなっているのかを知るために、旅をしていること。
それらを話し終えると、ジャックさんが頷いた。
「そうか……トキオ国の王子様だったとは、知らなかったとはいえ、これは驚いた」
すると、ジャックさんが立ち上がった。
「おーい、キンザル!!」
「はいっ! 船長!」
ジャックさんが叫ぶと、1人の船員がジャックさんの隣までやってきた。
「船長、お呼びですか!?」
「キンザル、確かパイラタウンの出身だったな。トキオ国とパイラタウンは確か近いと、前にそう云っていなかったか?」
ジャックさんの問いかけに、キンザルは頷いた。
「はい! パイラタウンの隣がトキオ国ですから! パイラタウンからは、歩いて行けますよ!」
「ほっ、本当ですか!?」
キンザルの言葉に、オレは叫んだ。
ライラもそれには驚いたらしく、食べる手を止めて、キンザルの方を見た。
「キンザルさん、詳しく教えてください!」
「いいですよ!」
キンザルは気前良く、オレたちにパイラタウンまでの行き方を教えてくれた。
パイラタウンは小さな町だが、鉄道が通っていて、しかもホープから鉄道が出ていることも教えてくれた。もちろんこれは、シャインさんからも聞いていて、オレたちも知っていた。
「キンザルさん、ホープからパイラタウンまでは、鉄道でどれくらい掛かりますか!?」
「そうですねぇ……鉄道の路線は1本だけだし、そこから各駅停車しか出ていませんから……早ければ1~2週間で、遅くても1ヶ月以内には到着できますよ!」
キンザルはそう云うと、ブドウジュースを飲んだ。
「初めて行く場所なので、不安もあるかもしれません。でも、パイラタウンはとってもいいところですよ! トキオ国を見た後で、是非パイラタウンも見て行ってください! お2人の道中の安全を、願っています!」
「ありがとうございます! キンザルさん!」
遅くても、1ヶ月でトキオ国に行ける!
そう思うとオレは、あと少しだという気持ちになってきた。
「ありがとうキンザルさん! わたしたち、必ずトキオ国まで行きます!」
ライラが笑顔を向けると、キンザルは少し固まった。
そして顔を紅くして、慌てたようにブドウジュースを飲み干す。
「が、頑張ってくださいね! それではっ!」
キンザルはそう云うと、ウキウキした様子で元の席に戻っていく。
ライラのような美少女からお礼を云われて、上機嫌になったに違いないな。
オレは食べかけだったサルマガンディーを、口に運んだ。
夕食会が終わると、オレたちは再び船員たちに見送られながら、海賊船ブラックウォーター号を降りた。
そして夜道は危ないからと、ジャックさんがホテル・バッカニアまで同行してくれた。
「今宵は、いい時間を過ごせたよ」
ジャックさんの言葉に、オレは頭を下げた。
「こちらこそ、美味しい料理と楽しい時間を、ありがとうございました!」
「ジャックさん、ありがとうございました!」
「どういたしまして……そうだ!」
突然、何かを思い出したように、ジャックさんが叫んだ。
「すっかり忘れていた! 実は明日、ブラックウォーター号の前でショーを行うんだ。もし時間が空いていたら、是非見に来てもらえたらと……」
「本当ですか!? 行きます!」
オレは二つ返事で答えた。
「駅前の広場でやっていたショーは、時間の関係で途中からしか見れませんでした。なので明日は、最初から最後まで見たいです!」
「ありがとう! 開演は10時だ。ブラックウォーター号の前で、待っているよ! それでは、おやすみ!」
ジャックさんは一礼をして、ブラックウォーター号の方へと去っていった。
オレたちは姿が見えなくなるまでその場で見送ると、ホテルの部屋に戻った。
ライラと共にシャワーを浴びた後、オレたちは広いベッドの上で、共にぐっすりと朝まで眠った。
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