第43話 紳士の会話
東大陸のアスタ領イシュー地方にある街、ドライタウン。
アークティク・ターン号が通ることもあるこの街は、かつて酒類が一切禁止されていた。
領主のホイーラー・ネイションの方針により、バーなどの営業はもちろん、酒類の持ち込みや販売が全て非合法となっていた。それゆえに、バーはスピーキージィーとして営業しなくてはならなかった。
だが、それはもう過去のこと。
今は酒類は合法化され、バーも表立った営業を再開している。
そんなドライタウンの1つのバーで、2人の男が酒を飲んでいた。
トクトクトク……。
大きめの氷が入ったグラスに、ウィスキーが注がれていく。琥珀色をしたウィスキーは、グラスの中で氷を浮かべ、チリンと音を立てた。
注がれたウィスキーは、男によってゆっくりと飲み干されていく。幾分か少なくなって、ウィスキーの入ったグラスはカウンターの上に戻ってくる。傍らには、ニシンの塩漬けが数切れ乗った皿が置かれていた。
「旦那、今日も独りかい?」
酒を飲んでいた男に、後ろから1人の男が声をかけた。
男は獣人族の特徴である、獣耳と尻尾を持っていた。小さな獣耳と、長い尻尾。
「隣、失礼するよ」
獣人族の男は、先に居た男の返事を待たずに、隣に腰掛けた。
バーテンダーに男は注文を告げる。バーテンダーはすぐにグラスを用意し、そこにバーボンを注いでいった。
「ありがとよ」
バーテンダーにそう告げ、獣人族の男はグラスを手に、バーボンを飲んだ。
「……あんた、今夜も何か話を持って来たのか?」
そこで初めて、ウィスキーの男が口を開いた。
「ご明察といったところだね、旦那」
「一体今夜は、どんな話なんだ?」
ウィスキーの男が訊くと、バーボンの男がニヤリと笑った。
「……象撃ち銃についての話、さ」
「――!」
ウィスキーの男の目が、一瞬だけ光ったのを、バーボンの男は見逃さなかった。
ジャズの演奏が流れ、他の客がジャズの演奏とアルコールに酔いしれている。
その中で、ウィスキーの男とバーボンの男は、カウンターで会話を続けていた。
「それで、象撃ち銃とは?」
「その名の通り、象のようなものでも、撃ち殺せる銃のことさ。とんでもねぇ威力を持っていて、その威力はあの巨人族さえも倒せるんじゃないかって、云われているんだぜ?」
バーボンの男は笑って、バーボンを飲む。
「で、象っていうのはなんだ?」
「分からない。馬鹿でかい魔物みたいなもんだろうよ」
「そうか……。それで、象撃ち銃はどこで作られたんだ?」
ウィスキーの男が訊くと、バーボンの男は答えた。
「トキオ国さ」
バーボンの男は答えると、追加で注文したピーナッツを口に放り込んだ。
「なんだと……あの西大陸にあったとされる、滅ぼされた……」
「そう、そのトキオ国さ。トキオ国は元々、とある軍事組織を壊滅させるために、戦争の準備を行っていた。その中で、象撃ち銃は作られたのさ。見た目は旧式ライフル銃そのものだが、耐久性と扱いやすさは旧式ライフルなんてレベルじゃない。強力な弾丸を撃てるから、あれなら巨人族でさえ仕留められる。そもそも、巨人族だってトキオ国が決戦兵器として、秘密裏に開発していた存在なんだぜ?」
「それを、どこで知ったんだ?」
「西大陸で巨人族の研究をしているという少女から、教わった。トキオ国の崩壊と共に、制御を失った巨人族は西大陸に散らばって、今もトキオ国が戦っていた軍事組織を探しているという。そして象撃ち銃も、トキオ国崩壊に伴って、各地に散らばったんだ」
「なるほどな。それで、その散らばった象撃ち銃は、どこへ行ったんだ?」
ウィスキーの男は、すっかり赤くなった顔で訊く。
辺りはジャズが流れているが、ウィスキーの男にはそれは聞こえていなかった。
「中古品として流れているらしいが、滅多に出てこないんだ。唯一分かっているのは、そのうちの1挺がとある銀狼族によって、持ち去られたらしいことだけだ」
「銀狼族によって……?」
ウィスキーの男は、ウィスキーを飲み干した。
「トキオ国に、どうして銀狼族が?」
「トキオ国の生き残りによる証言だ。しかも、王宮にて仕えていたらしい。大方奴隷か何かだったのだろうが、居たことは間違いない」
「なら銀狼族を探せば、良いのだな!?」
「いや、まだだぜ旦那。その銀狼族がトキオ国崩壊後にどうなったのかまでは、分からない」
バーボンの男はバーボンを飲み干し、ピーナッツを口に放り込んだ。
ボリボリとピーナッツを嚙み砕く音が、聞こえてきた。
「無事にどこかへ逃げ延びたのか、それとももうこの世にいないのか、それすらも分からないんだ」
「それでも、探す価値はありそうだ。銀狼族なら目立つから、もしかしたら見つかるかもしれない」
ウィスキーの男はすっかり酔いが回ったらしく、できそうもないことを豪語するようになっていた。
「見つけたらどうする? 交渉して、象撃ち銃を譲ってもらうのか?」
「できることなら、そうしたい。だが、もしも譲ってくれなかったとしても、無理矢理奪ってしまえばいい。そして銀狼族は奴隷として売り飛ばせばいい。銀狼族なら男でも女でも、高値で売れるからな」
「ハハッ、違いないな」
バーボンの男はそう云うと、カウンターの上に代金を置いた。
「久々に楽しい酒が飲めたよ、ありがとう」
「こちらこそ、面白い情報をありがとう」
ウィスキーの男が答えると、バーボンの男はそのままバーを出て夜の闇へと消えていった。
バーの中では、何事も無かったかのように、ジャズの演奏が続いていた。
西大陸に向かって疾走するアークティク・ターン号の車内で、オレは本を読んでいた。
「お父さん!!」
「んっ!?」
突然、オレの隣に居たライラが、叫んだ。
驚いたオレは、読みかけの本から顔を上げた。
「ライラ、どうしたの?」
ライラが急に叫ぶなんて、珍しい。
いつもは何かあった時にしか、叫んだりしないのに……。
「うん、なんだか急に寒気がして……なぜかお父さんのことが気になったの」
ライラのお父さん。
つまりは、シャインさんのことか……。
ガッチリした身体を持っていて、元冒険者のシャインさん。
オレの両親であるミーケッド国王とコーゴー女王とも、良き友人として付き合いがあった。
トキオ国の場所を教えてくれたのも、シャインさんだ。
「寒気に、シャインさんのこと……」
オレは少し考えてみたが、何を意味しているのか分からなかった。
「もしかして、ライラ風邪でもひいたの? それで心細くなって、シャインさんのことを思い浮かべたとか?」
「違うよ!」
ライラが強く否定した。
「風邪はひいてないの。それに心細くなっても、お父さんよりもビートくんの方を先に思い浮かべるはず!」
「そ……そうか……」
相変わらず、そういったところではライラはブレないな。
そう思っていると、ライラは窓の外を見た。
「お父さん……」
窓の外には、夜の闇と星空が広がっている。
そしてライラの向いている方角には、北大陸があった。
虫の知らせとかじゃないと、いいよな……。
オレはそんなことを思いながら、読みかけだった本を開いた。
その夜のうちに、アークティク・ターン号は東大陸を駆け抜け、大陸間鉄道橋を渡っていった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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次回更新は、2月4日の21時更新予定です!
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大変多くの方に読んでいただき、本当にありがたい思いでいっぱいです!
今後も、ビートとライラのことを見守っていただけますと嬉しいです!
ルトくんも頑張って執筆しますので、どうぞよろしくお願いします!!





