第40話 黒狼族のメラとの再会
郊外までやってくると、メラと名乗った女性は、ある一軒家の前で立ち止まった。
パッとしない、どこにでもある東大陸の典型的な一軒家だ。
オレたちが追いつくと、メラと名乗った女性は振り向いた。
「ちょっとだけ待ってて。私が合図をしたら、入ってきて」
メラと名乗った女性の言葉に、オレたちは頷く。
メラと名乗った女性が1人で家に入っていき、しばらくしてから少しだけドアが開いて、手が出てきた。
手が、こっちへと合図しているのを確認したオレたちは、一軒家の中に足を踏み入れた。
オレが後ろ手にドアを閉めると、メラと名乗った女性がそれまで被っていたフードを取った。
「お久しぶりね。ライラちゃんに、ビートくん」
フードの下から現れた銀髪と狼の耳。
そして、オレたちの名前を呼ぶ、懐かしい声。
そこに居たのは、間違いなくかつてエッジの娼館で人気だった黒狼族の娼婦、メラさんだった。
「メラさん!」
「師匠! お久しぶりです!」
ライラはメラさんに頭を下げた。
そして顔を上げると、ライラはメラさんに駆け寄り、そのまま抱き着いてメラさんの胸に顔をうずめた。
「師匠! お会いしたかったです!!」
突然抱き着かれて驚いたようだったが、さすがは元娼婦。
ライラの行動にも怒ることなく、そっとライラの頭を撫でた。
「ライラちゃん、本当にお久しぶりね。私も会いたかったわ。お父さんとお母さんには、会えたの?」
「師匠! 実はですね……」
ライラはメラさんに、これまでのことを説明していった。
両親と再会できたこと、ノワールグラード決戦でオレが死にかけたこと……。
そしてオレと結婚式を挙げたこと。
「まあ! 結婚式を挙げたなんて、驚いたわ!」
結婚式と聞いて、メラさんは目を見張っていた。
「ライラちゃんは、女の子として最高の幸せを掴めたのね!」
「はい! 師匠から教わった技術のおかげで、ビートくんもわたしに夢中です!」
「ちょっ、ライラ!!」
ライラの言葉に、オレは顔を真っ赤にした。
確かに夢中になっているのは事実だが、人前でそんなことを話すのは勘弁してほしかった。だがライラは、恥ずかしいとは思っていないらしい。
メラさんから離れると、ライラは再び口を開いた。
「もっともっと、ビートくんに喜んでもらうために、師匠からもっと色々と教わりたいです!」
「ライラちゃん、私を慕ってくれて、本当にありがとう。でも、それはできないの」
メラさんの言葉に、ライラは首をかしげた。
「どうしてですか……?」
「ライラちゃん、あなたはあの夜……私が持っている全てのテクニックを教えた夜に、全てをマスターしたわ。つまり、免許皆伝したの。そして今は、それをビートくんという、結婚した大好きな相手のために使っている。私がライラちゃんに教えられることは、もうないの。今のライラちゃんは、1人の立派な女性よ。これからは、自信を持って私が教えたテクニックを使っていけばいいのよ」
「師匠……」
ライラの目が、潤んでくる。
「ライラちゃんは、私の唯一の弟子よ。胸を張って、大好きなビートくんを喜ばせてあげてね!」
「……はいっ、師匠!!」
ライラは浮かんでいた涙を拭って、元気よく答えた。
オレはこれからも、ライラによって搾り取られる運命にあるんだと、オレは悟った。
オレたちは、メラさんの家にある部屋へと案内された。
そこには応接スペースがあり、部屋の奥にはオフィスで見るような立派な机や、書類を保管しておく棚が置かれている。
応接スペースに腰掛けると、メラさんは紅茶を出してくれた。
「それにしても、師匠ほどのお方が娼館を辞めたと聞いて、驚きました。どうして、辞めちゃたんですか?」
「目標となる金額を、稼いだからよ」
ライラの質問に、メラさんが答えた。
メラさんはオレたちの向かいに腰掛け、紅茶を飲む。
「元々、目標としている金額があって、それを稼いだら辞めるつもりでいたの。そして今は、この自宅兼事務所で新しい仕事を始めたのよ」
「どんなお仕事なんですか?」
オレが問うと、メラさんは微笑んで答えた。
「娼婦として働けなくなった女性たちに、新しい仕事を紹介することよ」
メラさんは紅茶を一口飲んでから、オレたちに語ってくれた。
「娼婦になる女性って、みんな借金を背負っていたり、男に貢いでいたりといった事情を抱えて娼婦になっている。そんな何らかの事情があって娼婦をしていると、思ったことは無い?」
「あります」
オレが答えると、メラさんは頷いた。
「正直ね。もちろんそれは間違いではないわ。でも、それは娼婦になる女性たちの、一部でしかないの。娼婦になる女性は、その生い立ちも娼婦になる理由も、様々なの。家庭の事情や、別の仕事をして合わなくて流れ着いたり、時にはこの仕事がしたくてなる人もいるわ。女性なら誰でも、その気になればできるのは事実ね。でも、ずっと娼婦を続けられる女性は、いないのよ」
そこまで云うと、メラさんは一息つくように紅茶を飲んだ。
「いつかは、誰しもが働けなくなって引退する。引退する時期は、早かったり遅かったりとこれも様々。その時に、娼婦を辞めた彼女たちが路頭に迷ったり、奴隷に身を堕としたりしないように、娼婦を引退してもできる仕事を紹介する。そして雇ってもらえるように取り計らう。それが、私の新しいお仕事なの」
「どうして、メラさんは今のお仕事を始めようとしたんですか?」
「私が、人気の娼婦だったからよ」
メラさんは微笑んで答えた。
「私はたくさんのお客さんやお得意様を持っていたけど、それを持てずに娼館を去っていく娼婦が大勢いたの。だから、私にできないことはないかと考えて、これを思いついたの。私は人気の娼婦だったから、あちこちのお偉いさんにも顔が利くの。私の評判はエッジだけじゃなく、かなり遠くの人にまで伝わっていたから、遠くからわざわざ会いに来る人も居たわ。そうしてできた繋がりを使って、娼婦を引退した女性たちを紹介しているわ。私が紹介する女性たちは、気が利いてよく働いてくれるって、評判がいいのよ」
オレたちに語ってくれるメラさんの表情は、とても楽しそうだった。
娼婦だった頃に見た表情とは、全く異なる表情。心底から今の仕事を楽しみ。目標を持って取り組んでいることが、オレたちにも伝わってきた。
「でも、順調に新しい仕事を始める女性ばかりじゃないわ。中には、お客さんから病気を移されちゃった女性もいるの」
「その場合は、どうするんですか?」
「いい質問ね、ビートくん。病気があることが分かったら、まずは提携している医者に診てもらうの。薬で治療できる場合もあれば、入院しなくちゃいけないこともあるわ。医者の診断に従って、まずは病気を治療するの。治療に関する費用は本人に負担してもらうか、手持ちがない場合は、私が肩代わりして支払うこともあるわ。肩代わりした時は、仕事を始めてからローンで返済してもらうことになっているの。後は……」
メラさんは立ち上がると、ガラス戸のついた棚を開けた。
そこから何かを取り出して、またオレたちの前に戻ってくる。
メラさんはテーブルの上に、丸薬の入ったビンを置いた。
「娼婦向けの避妊と病気予防の薬も、販売しているのよ」
「それは、すごい……!」
こんなに手広く色々な事業をしていたなんて、知らなかった。
メラさんさんは娼婦から、実業家へと変貌を遂げていたんだ。
オレが驚いていると、ライラが尻尾を振りながら、身を乗り出した。
「やっぱり、師匠はすごいです!」
「ありがとう、ライラちゃん」
「少しでも、わたしにお手伝いさせていただけませんか!?」
ライラの申し出に、オレは驚いた。
もしかしてエッジに留まって、メラさんの手伝いをするつもりなのか?
「ありがとう、ライラちゃん。気持ちはとっても嬉しいわ。だけどライラちゃんは、ビートくんと夫婦だから、一緒に居なくちゃいけないからねぇ……そうだわ!!」
メラさんが少し考えてから、何かを思いついたように叫んだ。
そして立ち上がり、机の上から何かを手にして、オレたちの所へと戻ってくる。
メラさんが持って来たのは、1通の手紙だった。
封蠟が施されていて、すぐにでも出せる状態になっている。
「この手紙は……?」
「私の書いた手紙よ。これを、西大陸にあるトキオ国のミーケッド国王とコーゴー女王に、届けてほしいの」
トキオ国。
ミーケッド国王とコーゴー女王。
その2つの言葉がメラさんの口から飛び出したことに、オレたちは衝撃が走った。
「ミーケッド国王とコーゴー女王は、とっても優しい王様と女王様だと聞いているわ。トキオ国で娼婦を引退した女性たちに、きっと私のことを紹介してくれるはずよ。ミーケッド国王とコーゴー女王について、悪い話を聞いたことが無いわ。娼婦を引退した女性たちにも、気を掛けてくれるはず……」
メラさんが、トキオ国とオレの両親について、知っていたなんて……!!
オレは嬉しくなったが、同時に気分が少し落ち込んでいった。
そしてそれは、ライラも同じらしかった。
ミーケッド国王とコーゴー女王が今どうしているのか、オレたちは知っている。トキオ国は滅ぼされて、ミーケッド国王とコーゴー女王はアダムによって、殺されてしまった。
だが、オレはまだ少しだけ、本当は生き延びていてほしいとも考えている。
「そうですか……これを、ミーケッド国王とコーゴー女王に……」
「ライラちゃん、どうしたの……?」
ライラの声のトーンが低くなったことに、メラさんは首をかしげた。
ここは、こちらから本当のことを話さないといけない。
「メラさん、実はですね……」
オレはゆっくりと、話し始めた。
オレたちが今、トキオ国を目指して旅をしていること。
オレが、ミーケッド国王とコーゴー女王の間に生まれた存在であること。
トキオ国は過去に、アダムによって滅ぼされ、ミーケッド国王とコーゴー女王も殺されたこと。
そのアダムを、ノワールグラード決戦で倒して、オレが両親の仇を討ったこと。
そしてトキオ国を目指して旅をしている理由が、トキオ国の跡地がどうなっているのか確かめるためであること。
オレが話し終えると、メラさんはオレたちを悲しそうな目で見つめていた。
「そうだったの……まさかビートくんが、ミーケッド国王とコーゴー女王の間に生まれた王子だったなんて……そして知らなかったとはいえ、悲しい思いをさせちゃって、ごめんなさい」
「いえ、いいんです。父さんと母さんの仇は討ちました。それに、メラさんのように父さんと母さんのことを知っている人がいてくれて、嬉しいです。優しい王様と女王様だったことが、また分かりました」
「私も、人から聞いたことしか知らないの。かつてトキオ国を訪れたことがあるお客さんが、ミーケッド国王とコーゴー女王のことを何度も、優しい王様と女王様だって話していたの。きっとそれは、真実だったのね」
「分かるんですか!?」
「ビートくんの優しさを見ていると、ミーケッド国王とコーゴー女王が優しい王様と女王様だったことが、伝わってくるように思えるの」
すると、メラさんは立ち上がった。
メラさんはオレの隣まで来ると、そっとオレに両手を伸ばしてくる。
マズい!!
メラさんはこのまま、オレを抱きしめるつもりだ!!
「めっ、メラさん! それはダメです! ライラに怒られちゃいます!!」
初めてメラさんと出会ったとき、オレはメラさんに真正面から抱き着かれた。
だが、そんなことをしたら、ライラが機嫌を悪くしてしまう。
せっかく師匠と再会できたのに、険悪なムードになってしまうのはダメだ!
ここはなんとしても、断らないと――!!
「ビートくん、いいよ」
「――へっ?」
ライラがそう云ったことに驚き、オレはライラを見つめた。
ライラはいつもの笑顔で、オレを見つめている。
「ライラ……?」
「他の女性に抱き着かれるのはダメだけど、師匠だけは特別! だって、わたしの師匠だから!!」
ライラは笑顔でそう云うと、メラさんに向き直った。
「師匠! 好きなだけビートくんを抱きしめていいですよ!」
「ありがとう、ライラちゃん。それじゃあ遠慮なく……」
「えっ、あのっ、ちょ――!」
オレが意見を述べる前に、オレはメラさんによって抱きしめられた。
オレの顔は、メラさんの大きな胸に埋もれてしまい、声が出せなくなる。ライラとは違ったいい匂いと、柔らかい感触に包まれて、オレは何も考えられなくなってしまう。
「やっぱり、若い男の子っていいわねぇ……。可愛くて、時にカッコよくて……」
「師匠、ビートくんはカッコよさでは世界一なんですよ!」
「そうねぇ。ライラちゃんが云うのなら、間違いないわねぇ。可愛さでも、きっと世界一ね」
「間違いありません!」
ライラとメラさんは、オレについてそんなガールズトークを始めた。
そんな中オレは、メラさんに抱きしめられたまま、放してくれるまで待つことになった。
メラさんから解放された後、オレはメラさんがミーケッド国王とコーゴー女王に渡す予定だった手紙を引き取った。
そしてオレは父さんと母さんに代わって、身寄りのない女性や娼婦を引退した女性と出会ったら、メラさんの所へ行くように伝えることを約束した。
それがオレにできる、唯一の協力だと考えたからだ。きっと父さんと母さんも、同じことを約束しただろう。
「そうだわ! ライラちゃんも、この薬を持っていく?」
メラさんとの約束後、メラさんはライラに娼婦向けの丸薬を差し出した。
「娼婦向けの避妊と病気の薬だけど、ライラちゃんはビートくんとしかしないから、必要ないかしら?」
「もちろんビートくんとしかしませんが……せっかく師匠が勧めてくれたので、ください!!」
ライラはそう云って、財布を取り出した。
「お買い上げありがとう、ライラちゃん。ライラちゃんは唯一の弟子だから、定価の3割引きでいいわ」
「ありがとうございます!!」
ブンブンと尻尾を振りながら、ライラはメラさんから薬の入ったビンを受け取り、代金を支払った。
こうしてオレとライラは、メラさんと別れて駅に戻っていった。
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次回更新は、2月1日の21時更新予定です!
読んでいただいた方はお分かりかと思いますが、メラさんはショタコンです!(裏設定
少年や若い男が好みらしいですよ!?





