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幼馴染みと大陸横断鉄道~トキオ国への道~  作者: ルト
第4章 ホープへの道
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第39話 エッジの娼館

 ポオーッ!


 センチュリーボーイが汽笛を鳴らし、それがオレたちの耳にまで届いてきた。

 それに反応するかのように、オレとライラは窓から前方を見る。


 前方に見えてきたのは、ダラヤ領スカサハ地方のエッジ。

 刀剣類の製作が盛んに行われている街であり、騎士団に所属する騎士が持つサーベルを始めとした刀剣は、そのほとんどがここエッジで生産されている。

 そしてこのエッジでは、1つ忘れられない出来事があった。


「エッジの街だ……」

「ビートくん、エッジに着いたら師匠に会いたい!」


 ライラの云う『師匠』とは誰のことなのか。

 それはメラという、黒狼族の娼婦だ。


 エッジでの忘れられない出来事の1つが、メラさんとの出会いだった。

 銀狼族の娼婦かもしれないと知り、娼館に確かめに行ったオレたちに、とても親切にしてくれた。

 その日に、メラさんはライラに『旦那が一生浮気をしなくなる方法』を知りたくないかと、持ち掛けてきた。ライラはメラさんの弟子になり、メラさんを師匠と呼ぶようになった。

 そしてたった一晩で、ライラはメラさんが持っている技術を全て習得し、免許皆伝を云い渡された。習得の速さには、メラさんも驚いていた。

 おかげでオレは、毎日のように搾り取られることになった。あえて何がとは云わないが……。


 オレは懐中時計を取り出した。

 到着予定時刻は、13時頃の予定だ。


「ライラ、まだ昼間だ。娼館は開いてないかもしれないよ?」

「とりあえず、行くだけ行ってみようよ! 師匠に会えるかもしれないから!!」


 ライラの答えに、オレは肩をすくめて、懐中時計をポケットに戻した。

 今のライラは、きっとテコでも動かないだろう。


 そんなオレたちを乗せて、アークティク・ターン号はエッジへと向かって行った。




 エッジの駅に到着すると、出発予定時刻が告げられた。


「エッジに到着致しました。出発予定時刻は、明日の夕方17時となります。16時頃までには列車にお戻りいただきますよう、お願いいたします」


 駅員さんが出発予定時刻を叫びながら、ホームを歩いていく。

 メラさんと出会える時間は、多分にある。


 オレとライラは個室に鍵をかけて、2等車からホームに降り立った。

 向かう場所は、メラさんがいる娼館だ。


「ビートくん、師匠が待っているよ、急いで!」

「まっ、待ってくれよ!!」


 すぐに駆け出していくライラを、オレは慌てて追いかける。

 メラさんに早く会いたい気持ちは分かるけど、そんなに急がなくても……。


 改札を抜けて駅の外に出ると、オレたちは娼館へと向かって進み始めた。




 かつてライラと共に足を踏み入れ、メラさんと出会った娼館の前に、オレたちはやってきた。


 娼館は初めて来たときと変わらず、近寄りがたい異様な雰囲気を醸し出していた。

 エッジの男たちは、みんな一度は娼館のお世話になると云うが、それは本当に正しいのだろうか?

 オレはエッジで生まれ育ったとしても、娼館のお世話になっていたかどうか、分からない。


 そして娼館の入り口の近くには、客引きをしている娼婦の姿も見える。

 昼間だというのに、濃い化粧をしていて、派手なドレスを着ている。正直、嫌でも目に入ってくる。


 相変わらず、オレはこの雰囲気に馴染めない。


 娼館に入ると、オレたちはすぐに受付に向かった。


「あら、昼間から女連れで娼館に来るなんて、珍しいねぇ」


 受付にいる女性が云った。ネームプレートには「バビロン」と書かれている。それが本名か源氏名かは分からないが、おそらく何らかの関係はあるだろう。


「すいません、メラっていう娼婦は居ますか? 空いていたら、氏名したいんですが……」


 オレは、バビロンに尋ねる。

 しかしその後、予想外の返答がバビロンの口から飛び出した。


「あぁ、あの銀狼族だと云われているメラね。彼女ならもう辞めたよ」


 彼女ならもう辞めたよ。

 その一言に、オレたちの思考は一瞬だけフリーズしてしまった。


「……えっ?」

「……辞めた?」


 オレたちは信じられず、確認するようにバビロンに尋ねた。


「あの……メラさんが辞めたって、本当ですか!?」

「本当よ。あんたのように、これまで何人もの男たちが、同じように驚いては肩を落として帰っていったよ」


 バビロンの言葉に、嘘は無さそうだった。

 メラさんは、どうやら本当に辞めてしまったらしい。


「あの、辞めた後はどこに行ったんですか!?」


 オレが驚いていると、ライラが受付に身を乗り出して、云った。


「教えてください! どうしても師匠……いえ、メラさんに会いたいんです!!」

「悪いけど、それは教えられないよ」


 バビロンは首を横に振った。


「どうしてですか!?」

「元娼婦のところに、かつての客が押しかけてしまうことになるかもしれないからね。辞めた後のことは、プライバシーを守るためにも、知っていても一切教えられないのさ。それに、本当のことを云うと、私たちにもメラが今どうしているのかは、分からないのさ」


 寂しそうなバビロンの横顔に、オレは嫌な予感がした。


「本人からの連絡は無いし、むしろこっちが知りたいくらいなんだよ。あんたたちは、メラの知り合いなのかい? もしメラのことが分かったら、些細なことでもいいから、教えておくれよ。あたしたちはメラには世話になったからね。このまま一生の別れなんて、あまりにも寂しすぎるのさ」

「そうですか……」


 ライラが残念そうに、耳をペタンと垂らす。

 オレはそんなライラの肩を抱くと、バビロンに向き直った。


「ありがとうございました。僕たちは、メラさんを探しに行きます」

「そうかい。見つかることを、祈っているよ」


 バビロンの言葉に背中を押されて、オレたちは娼館を後にした。



 娼館をビートたちが去った後、バビロンはタバコに火をつけて、煙を吸い込んだ。

 ゆっくりと吐き出すと、煙は空中に待って、霧のように消えていく。


「やれやれ……あの答えで本当に良かったのかね……メラ」


 バビロンは、煙を見つめながらつぶやく。


「あんたのこと、あの子たちに教えることだって、できたのにさ……」


 そう云うと、もう一度煙を吸い込で、吐き出した。




 オレたちは娼館を出た後、駅まで戻ってきた。


「ビートくん……わたし、諦めきれないよ!」


 ライラが、オレを見て云った。


「せっかくエッジまで来たのに、師匠に会わずにエッジを後にしたら、絶対に後悔しちゃう!」

「ライラの気持ちは、よく分かったよ。だけど、どうやって探せばいいのか、まるで分からない」


 オレはそのことで、頭を悩ませていた。

 メラさんについてオレたちが知っていることは、エッジの娼館に勤めていたことと、毛の色が薄い銀狼族のような黒狼族ということだ。連絡先などは知らない。


「それになんだか……嫌な予感がする」


 あまり考えたくはないが、オレは娼館を辞めた後、元娼婦だった女性たちがどうなるのかある程度知っていた。

 客として訪れていた男と結婚して妻になったり、貯めたおカネで新しい事業を起こしたり、ひっそりと余生を送っているのならいい。問題は、そうならなかった場合だ。

 浪費癖が直らずに借金まみれになったり、病気を移されて私娼としても働けなくなることだってある。そして治療法がない病気を移された場合、行く場所はもう救貧院しかないということだって珍しくは無い。救貧院に行けば、当然治療は受けられないし、過酷で意味のない労働が義務付けられる。救貧院に入ると、もうそこから抜け出すことは難しいと云われている。だから救貧院に行きたい者など、いない。

 そうなってしまうと、もう下手すると……。


「ビートくん!!」


 ライラの叫びに、オレは驚いてライラを見た。


「考えていても、仕方ないよ! とにかく、師匠のことを知っている人を探そう! 師匠は人気娼婦だったから、エッジの男の人で、知らない人はいないはず!」

「そ、そうだな……! よし、とにかく聞き込みをしてみよう!!」


 そうだ。最悪の状況ばかり考えていても、メラさんが見つかるわけじゃない。

 そんなことを考えて、時間を浪費していても、何の得にもならないんだ。


 それならライラの云う通り、考えていても仕方がない。

 何か少しでも、メラさんを見つける手掛かりになることを得るために、動くほうがいい。


 オレとライラは、早速動き出した。




 夕方になって、オレたちは駅まで戻ってきた。


 結果は、惨敗だった。

 メラのことを知っている人は大勢いたが、娼館を辞めた後のことを知っている人は、誰ひとりとして見つからなかった。


 ライラが、銀狼族だとバレるかもしれないリスクも冒した。

 銀髪と狼耳を見せて「白銀の狼耳と尻尾を持った、銀狼族のようなメラという娼婦を知りませんか?」と尋ねたのに、徒労に終わった。

 救貧院にも聞いてみたが、救貧院にも身持ちを崩した元娼婦はいなかった。


 エッジを歩き回って、足が疲れたオレたちは、待合室にあるベンチに腰掛けた。

 買ってきたビン入りの紅茶を飲んで、オレたちは一息ついた。


「師匠……どこに行っちゃったんですか……?」


 ライラは姿の見えない師匠に向かって、つぶやいた。


「少しの時間だけで構いません。師匠、会いたいです……」

「ライラ……」


 なんとかして、見つけてあげたい。

 そんな思いとは裏腹に、オレたちのやっていることは、徒労に終わった。


 もう諦めようかと思っていた時だった。




「あら? あなたたちは、もしかしてビートくんにライラちゃん?」


 突然、オレたちの頭上から声がした。


「えっ?」

「はい、そうですが……?」


 オレたちが見上げると、そこにはライラと同じ赤いケープを被った女性がいた。


「あなたたちが、メラっていう女性を探していると、聞いたんだけど……?」

「そうですが――」


 オレが云いかけた時、ライラが立ち上がった。

 そして何度か鼻をクンクンとさせて、匂いを嗅ぐ。


 匂いを嗅いだライラは、目を丸くした。


「し、師匠――!!」


 師匠!?

 もしかして、この女性が――!?


「私は、黒狼族のメラよ。ついてきて」


 メラと名乗った女性は、そう云って歩き出した。

 オレたちは慌てて、女性の後を追って駅を出て、歩き出す。




 そしてオレたちは、エッジの郊外まで、やってきた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、1月31日の21時更新予定です!

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