第38話 地下工場
夜が明けた頃、オレたちはアンプに到着した。
アンプは、インダスト領モトオル地方にある街だ。東大陸の中でもあまり工業的な面影が無いため、実用一辺倒な建物が多い東大陸の街の中でも、西大陸に近い街並みをしている。
しかし、それでも東大陸の街であることに変わりは無い。
アンプの駅に停車したアークティク・ターン号から、オレたちはホームに降り立った。
「うーん……なんだか微妙な天気ね……」
「雲が多いからかな……」
空を見上げたオレたちは、そんな感想を口に出す。
天気はあいにくの、曇り空だ。おかげで気温は安定しているが、気分はイマイチ乗り気ではない。本当はよく晴れて青い空が広がっている天気が一番好きだ。オレたちが幼少期を過ごしたグレーザーや、今暮らしている銀狼族の村は晴れた日が多いからかもしれない。
そんなことを考えていると、汽笛の音が聞こえてきた。
「ん? 貨物列車かな?」
オレが汽笛がした方向に目を向けると、小さな機関車が走ってきた。
小さな機関車は、10両ほどのトロッコを牽いていて、貨物用のホームを通過していく。トロッコの中には何も載っていない。これから、どこかへ何かを取りに行くのだろうか?
目で追っていくと、トロッコは地下へと続く線路を辿り、地下に向かって開いたトンネルへと消えていく。
それを見て、オレは思い出した。
アンプの街の地下には、工場がある。
アンプの地下工場と呼ばれているそこでは、日夜製品を作るために工場が稼働している。そしてギアボックスとは隣同士であり、地下鉄で繋がっている。地下鉄で繋がっているのは、天候の影響を受けずに製品や物資の輸送ができるためだ。そのため天気の変化を受けやすいデリケートなものでも、地下鉄を使えば運ぶことができる。そのため、アンプはギアボックスにとって無くてはならない街の1つとなっている。
きっとあのトロッコは、これから地下工場に入って何かを運ぶのだろう。
ギアボックスかどこかは分からないが、それを必要としている場所に運んでいくに違いない。
「すっかり忘れていた。アンプには、地下工場があるんだった」
「地下工場?」
首をかしげるライラに、オレは説明した。
「アンプの街の地下にある、大規模な工場のことさ。ほら、前に来た時に食事の大盛りサービスに驚いただろ? あれは、労働者たちからの要望で、あそこまでの大盛りになっていったんだ。その労働者たちが日夜働いている場所が、地下工場だよ」
「その通りだ。よく知っているじゃないか」
そうでしょ?
オレだって、ちゃんと勉強しているんだ。
……って、今の声は誰だ!?
なんだか妙に、懐かしい感じのする声だったけど……。
「ハッターさん!!」
オレが振り返ると同時に、ライラが叫んだ。
そこには、あの行商人のハッターさんがいた。
オレたちが、アークティク・ターン号で出会った行商人のハッター。
コートの下に、いくつもの商品を仕込んでいる行商人で、オレたちに様々な商品を売ってくれた。ノワールグラード決戦でも、強力な武器をオレたちと銀狼族に提供してくれた恩人だ。
どんなものでも、商品として取り扱うことをモットーにしている。
「よぉ、お2人さん! 久しぶりだな!」
「ハッターさんじゃないですか! どうしてここに!?」
「西大陸に向かう途中なんだ。今回は、アークティク・ターン号での行商はできないんだ。そこで、アンプで商品を仕入れて、西大陸で売ろうという考えってわけさ」
そういうことか。
オレは納得して、頷いた。
「お2人さんは、どこへ行くんだ?」
「西大陸のトキオ国です。話すと長くなりますが……」
オレはハッターさんに、トキオ国を目指しているわけを話した。
話し終えると、ハッターさんは頷いた。
「そうかぁ……。トキオ国には、若い頃に行商に行ったことがあるが、それっきりだ。まさかトキオ国の王子様相手に、俺は商売をしていたとはなぁ……」
「今は、違いますけどね……」
トキオ国は滅びてしまったのだから、オレは王子ではない。
だけど、どうやらほとんどの人は、オレを王子だと認識してしまうようだ。
「そうだ! これから地下工場に仕入れに行くんだが、お2人さんも一緒に来てみないか?」
「いいんですか!?」
「……本音を云うとな、手伝いが欲しいんだ」
ハッターさんは気恥ずかしそうに微笑みながら、本音を打ち明けてくれた。
「アンプで多めに仕入れておけば、当分は商品には困らないからな。だけど、それを1人で運ぶのは大変なんだ。だから、ちょうど人手が欲しかったってわけよ。もちろん、タダ働きはさせない。仕入れ前だから日当は出せないが、代わりに食事をご馳走する。どうだい?」
オレはライラと視線を交わした。
日当は出なくても、食事はご馳走してもらえる。
食費が浮くことと、アンプの大盛りサービスでお腹いっぱいに食べられるのなら、結果としてはプラスに働くかもしれない。
それなら手伝いをしても、時間の無駄にはならないはずだ。
ライラが頷くと、オレも頷き返した。
これで、決まりだ。
オレは、ハッターさんに向き直った。
「是非、お手伝いさせてください!」
「おぉ、それは助かる。よろしく頼む!」
こうしてオレたちは、アンプで再会したハッターさんの、仕入れのお手伝いをすることになった。
ハッターさんの後に続いて、オレたちはアンプの街を進んでいった。
アンプの地下工場への入り口は、実はアンプの街中にいくつもある。
地下道の入り口にそっくりな出入り口が、道路わきに設置されていて、そこから労働者たちは出入りしていく。
オレたちはハッターさんと共に、そのうちの1つから、地下工場へと足を踏み入れた。
階段を下りていくと、通路に出る。
そしてそのまま通路を進んでいくと、大きな地下道に出た。
「ここが、アンプの地下工場だ」
ハッターさんの言葉に、オレたちは目を見張った。
大きな地下道かと思っていたそこは、地下道を中心としてその両側に工場が設置されていた。工場は見通しをよくするためか、壁はほとんどない。あちこちを労働者が行き交い、ベルトコンベアや工作機械が動いている。地下だからうるさいと思っていたが、思っていたよりもうるさくは感じない。
労働者たちはその中を動きながら、自分たちの仕事をこなしていく。労働者は男性だけではなかった。女性も男性と同じように働いているし、子供まで働いていた。子供は身体が小さいためか、大人では入れないような狭い場所に入って、そこで機械を直したり、掃除をしたりしているようだ。
そしてベルトコンベアの上を、次から次へと製品が運ばれていく。工場はブロックという単位で区画が区切られているらしく、そのブロックごとに全く異なる製品を作っていた。あるブロックでは工業製品を作り、別のブロックではその工業製品に使われる部品を作っている。
さらに別のブロックでは、どこかで見たことがあるような日用品や衣服、食器や工具なども作られていた。
そんななんでも作る工場が、地下に所狭しといくつも配置されている。
オレたちの見たことない世界が、そこには広がっていた。
「すごいや……まるでこの場所で作られていないものは、ないみたいだ」
「本当ね……なんでもありそうに見えてきたわ……」
オレとライラが啞然としていると、ハッターさんは笑みを浮かべる。
「すごいだろう? 俺も最初に足を踏み入れた時は、ビックリしたもんだ。ギアボックスに負けずとも劣らないのが、アンプの地下工場なんだ。そして実はな、アンプで作られたもののほとんどは、これからギアボックスに運ばれていくんだ」
ハッターさんの言葉に、オレたちは驚いた。
ここで作られたもののほとんどが、ギアボックスに行くのか!?
「これがほとんど、ギアボックスに!?」
「そうだ。地下工場の中心部には、ギアボックスとアンプの間に作られた地下鉄の駅がある。そこにトロッコが引き込まれていて、ギアボックスにまで運ばれていくんだ」
「ギアボックスまで運んだ後は、どうなるんですか?」
ライラがハッターさんに訊いた。
「そのまま売るものもあれば、ギアボックスの工場が買っていくものもある。ギアボックスではアンプで作られた製品を使って、さらに別の製品を作ったり、あるいは付加価値をつけて販売されていく」
ハッターさんは得意げに解説していく。
まるで、アンプの街に暮らしていて、この地下工場の経営者のようだ。
「そして重要なことがある。ギアボックスでも買えるものがあるけど、アンプで買ったほうがギアボックスで買うよりも安く済んで、種類も豊富なことが多いんだ」
「どうしてですか?」
ライラが再び、首をかしげる。
だが、オレは安く済むことの意味が、分かった。
「そうか、ギアボックスまでの輸送費が含まれて来るんですね。その点、アンプで買えば輸送費はかからないから、ギアボックスよりも安く買えるというわけだ」
「そういうことだ」
ハッターさんは満足げに頷く。
「なにせ、ここは製造元だ。そして、ここでしか手に入らないものも多いんだ。ギアボックスでは別の製品に組み込まれて部品となってしまうものも、ここでは単品で販売してくれる。意外にもそういうものにも、需要があるから仕入れておいた方がいいおカネになることもあるのさ」
「本当に……なんでも揃っているんですね……」
オレは働く人々と、動き続ける機会を見ながら云った。
ここで作られたものの全てが、どこかで金貨や銀貨に変わっていく。そしてそれが、アンプの街におカネと次の仕事を運んでくるんだ。
まさにアンプは、地下工場に支えられていると云っても、過言ではない。
オレが感心していると、ハッターさんが口を開いた。
「そしてここではな、カネを出せば買えないものは無いと、行商人たちは呼んでいるんだ」
カネを出せば買えないものは無い。
オレはその言葉が、妙に耳に残った。
「カネを出せば……買えないものは無い……?」
「そう思えるほどに、色々と揃っているんだ。仕入れ先としては、まさに申し分ないってことだ」
そう云うと、ハッターさんは手をパチンと叩いた。
「さて、お話はこれくらいにして、これから仕入れだ! お2人さんには、俺が指示した通りに動いてくれれば、それでいい。心配することはない! 早く仕入れを終わらせて、美味しくて量が多い食事をしようじゃないか!」
確かに、その通りだ。
今はハッターさんの云う通り、仕入れを手伝おう。そのために、オレたちはここに来たんだから!
「はいっ!」
「お手伝いします!」
オレとライラは頷くと、ハッターさんと共に動き出した。
ハッターさんは、次から次へと工場のブロックを回り、商品を買いつけていった。
現金で支払うこともあれば、小切手や伝票で済ませることもあった。そしてその場で受け取るものもあれば、後日指定された場所へ納品するという約束で、仕入れたりもした。
オレたちは、ハッターさんから伝票の内容や小切手の金額をメモに残したり、仕入れたものを別の場所へ送るための手配を行った。
仕入れを手伝う中で、地下工場の中心部にある駅にも足を踏み入れた。
ちょうど、トロッコがホームに入ってきて、オレたちの近くで停車した。
トロッコが停まると、労働者たちがトロッコから荷物を下ろしていく。その様子は、鉄道貨物組合で見てきた景色とほとんど同じだった。
トロッコはギアボックスから来たらしく、下ろされる木箱には「ギアボックス」と書かれているものが多い。
そして運ばれてきたのは、生活物資や食料だった。それも食料の多くは缶詰や瓶詰であるらしく、金属やガラスのぶつかる音が木箱から聞こえてきた。
仕入れをしていく中で、確かにここで買えないものは無いのかもしれないと、オレは納得した。
仕入れが終わる頃には、オレたちも疲れを感じるようになっていた。
オレもライラも、地下工場の中を歩きまわったおかげで、足が棒になりかけていた。
ハッターさんが仕入れの終了を告げた時は、これで食事ができるという気持ちよりも、やっと解放されたという気持ちの方が強かった。
何はともあれ、オレたちは仕事をやり遂げた。
「お疲れさん。これから、俺の奢りで昼食にしよう」
ハッターさんがそう云って、オレたちは階段を上がって地上へと戻っていった。
太陽の元に出た時、ずっと地下に居たせいか、少しだけ目が痛くなった。
食事を終えたオレたちは、ハッターさんと別れて2等車の個室に戻ってきた。
食後には眠くなると思っていたが、ガッツリと食べたおかげか、逆に眠気が飛んでしまったようだ。少しも眠くならないどころか、まだ地下工場の中を歩けるような気がしてきた。しかし、もう仕入れは終わったから、地下工場に行く必要はない。
それにしても、地下工場はすごいところだったなぁ……。
本当におカネさえあれば、手に入らないものなんて無さそうだった。
「ねぇ、ビートくん」
ベッドで地下工場のことを思い出していると、ライラが声をかけてきた。
「ん?」
「ビートくん、地下工場でハッターさんが『ここではおカネで買えないものはない』って、云ってたよね?」
「うん、確かに云ってたな」
オレは頷いた。
「ビートくんも、ハッターさんの言葉が正しいと思う?」
「うーん……。それは、おカネで買えないものはないってこと?」
オレの問いかけに、ライラは頷いた。
「そうだなぁ……。確かに、アンプの地下工場で仕入れをするなら、おカネで買えないものは無さそうだな。仕入れとなったら、どこのブロックの工場も、喜んで取引に応じていた。あそこではきっと、おカネをたくさん持っていて作った製品をたくさん買ってくれる人が、求められているんだろうな」
「やっぱり、ハッターさんの言葉は正しいのね……」
「うん、オレも正しいと思う。あくまでも、アンプの地下工場では、ね」
オレが後半を強調して云うと、ライラは不思議そうな顔でオレを見た。
「アンプの地下工場では、ハッターさんの言葉は正しいと思うよ。でも、ここではそうじゃない。おカネで買えないものは、確実に存在していると思うよ」
「例えば……?」
「まずは、命かな。いくらおカネがあって、医者から手当てを受けられても、寿命をおカネで買うことはできないからね。あと健康も、おカネじゃ買えないな。油断すると、怪我や病気で簡単に失っちゃう」
指を折りながら、おカネで買えないものを挙げていく。
他に何があっただろうか……?
オレは数えている途中でふと、目の前にある存在に気がついた。
そうだ!
オレにとって最も大切な、これがあったじゃないか!!
「他には?」
「後は……ライラ」
「わっ、わたし!?」
ライラが驚いて、自分の顔を指し示す。
「オレはライラを、おカネで買った覚えは無いんだけど……。ライラは、オレがおカネを出してくれたから、オレと結婚してくれたの?」
「違うよ!!」
オレの言葉に、ライラは強く首を横に振った。
「わたしは、ビートくんのことが好きで好きでたまらないの! いつも一緒に居たい!! ビートくんと離れ離れになったら、生きていけないの!! だから結婚したの!!」
ライラの言葉に、オレは身体が熱くなってきた。
そこまで云われてしまうと、2人だけしかいないとは分かっていても、恥ずかしい……。
「そ……そうでしょ? オレにとってライラの存在は、おカネで買えないもの」
オレは深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。
「だから、おカネで買えないものはある。オレはそう思うよ」
そう云うと、ライラがオレに抱き着いてきた。
「おわっ!?」
勢い良く抱き着かれたオレは、そのままベッドに押し倒された。
ライラはオレの上で、尻尾を振りながらオレの身体に頬をこすりつけてくる。
「ビートくん……好きっ……大好きっ……!!」
「やれやれ……」
オレはそっと、ライラの頭を撫でた。
個室で過ごしていると、出発時刻がやってきた。
再び走り出したアークティク・ターン号は、次の停車駅であるダラヤ領スカサハ地方エッジへと向かって、東大陸の大地を駆け抜けていった。
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