第36話 連絡船
オレたちは朝早くから、ギアボックスの港に来ていた。
今日は朝9時に、連絡船が到着することになっている。
そしてその連絡船には、ミッシェル・クラウド家のナッツ氏とココ夫人が乗っている。
レイラと共に、ナッツ氏とココ夫人を出迎えるために、オレたちは港までやってきた。
港が近づくにつれて、潮の匂いが濃くなっていき、波の音も聞こえてくるようになる。
港に来るのは、久しぶりだ。
懐中時計を取り出して、時刻を確認する。
現在の時刻は、8時ちょうど。
あと1時間後に、連絡船が到着する。
オレたちは、連絡船専用の埠頭へと向かった。
「レイラちゃん!!」
連絡船専用の埠頭で、ライラがレイラを見つけて、声をかける。
埠頭にはすでに、多くの人が集まっていた。
荷下ろしのために集められた労働者に、警備をするための騎士。そして出迎えに来た、乗客の関係者。
その乗客の関係者の中に、レイラはいた。
昨日とは違って、ドレスを身にまとっている。
「ビートさんにライラさん、おはようございます」
「おはよう、レイラ」
「おはよう!」
オレたちは挨拶をして、昨夜のお礼を云った。
「お礼なんて、いいんですよ。お2人が無事でいてくれたのなら、私はそれで充分です。美味しいサーロインステーキも、ご馳走になりましたし……」
尻尾を振りながら、レイラは云った。
それからしばらくして、連絡船が水平線の向こうから、朝日を浴びて現れた。水の上をすべるように進む連絡船から、大勢の人がこちらに向かって、手を振ってくる。
周りの人が降り返すのを見て、オレたちも手を振り返した。
あの連絡船に、ナッツ氏とココ夫人が乗っている。
もうすぐ、会えるんだ。
そして9時ちょうどに、連絡船は埠頭に接岸した。
連絡船と埠頭の間にタラップが掛けられ、荷物と乗客が下船を始めた。
労働者たちは揚貨装置や人力で荷物を下ろしていき、馬車や荷車へと荷物を運んでいく。
乗客は船から降りると港湾管理組合の確認を受けて、出迎えに来た人々の元へ向かって行く。中には長いこと離れて暮らしていた人もいたらしく、誰かと再会しては抱き合う姿が、あちこちで見られた。
そしてオレたちは乗客の中に、探し求めていた人々を見つけた。
「旦那様!」
レイラが声を上げると、大柄な貴族の紳士と、その妻らしき女性が振り向く。
その2人には、オレたちも見覚えがあった。
ナッツ・ミッシェル・クラウド氏と、その妻ココ・ミッシェル・クラウド夫人だった。
「レイラ!」
「旦那様、お迎えに参りました!」
「うむ。よく来てくれた」
「それと、ご報告があります!」
レイラが合図すると、オレとライラはレイラのところまで移動する。
オレたちに気づいたナッツ氏とココ夫人の表情が、すぐに驚きの表情へと変わっていった。
「ビートさんにライラさんと、再会いたしました!!」
「ナッツ氏にココ夫人、お久しぶりです」
「銀狼族の村では、お世話になりました!」
レイラが紹介し、オレとライラは挨拶をする。
「おぉ、ビートくん!」
「それにライラちゃんも!」
ナッツ氏がオレたちの前に立ち、オレたちを大きな両腕で抱きしめてきた。
力強い腕の中で抱かれると、不思議なことに安心してしまう。
「久しぶりだな、ビートくんにライラちゃん」
「ナッツさん……」
「……すまない、少々力が強かったかな」
ナッツ氏が腕を放し、オレたちは広い空間へと戻っていく。
「これから私たちの荷物を運ぶから、ちょっと待っていておくれ」
「それでしたら、手伝います!」
オレは、手伝いを申し出た。
「鉄道貨物組合で鍛えた、腕がありますから!」
「それは助かる! 実に心強いぞ!!」
ハハハハッ、とナッツ氏が笑う。
その高らかでカラッとした笑い声は、懐かしく感じられた。
荷物を運び終えると、オレはその量に驚いた。
馬車が2台も用意され、その2台ともが積載量ギリギリになってしまった。
もちろん運び終えるころには、オレは腕が痛くなりかけていた。
「ハハハハッ!! いやあ、助かったよビートくん!!」
「お……お役に立てて……何よりです」
オレは腕を揉みながら、答えた。
「それにしても、すごい量の荷物ですね……」
「半分は私たちの荷物だが、もう半分は同行した使用人のものなんだ」
ナッツ氏の言葉に、オレは納得がいった。
なるほど、使用人の分か。確かに使用人を同行させているとなると、これだけの荷物になるのも分かる。着替えや私物を含めると、使用人の人数によっては、もっと多くてもおかしくはない。
「船旅は優雅に過ごせるのがいい。しかし、船というものは大きいから、どうしても移動には時間がかかってしまう。だから暇つぶしのために、たくさんの本やお菓子などを持ちこんでいたんだよ。それは使用人たちも同じ。そしてもちろん、我がクラウド茶会の紅茶も、忘れてはいないのだ!!」
ナッツ氏は高らかに笑いながら、どこからか取り出したビン入りの紅茶を開封し、ラッパ飲みする。
豪快に飲み干すと、執事のセバスチャンが空っぽになったビンをすぐに回収した。
「さて……手伝ってくれたお礼に、お2人を昼食にご招待しよう」
「えっ、いいんですか!?」
オレの言葉に、ナッツ氏は頷いた。
「もちろんだ! それに、久しぶりに友人を招いての昼食もしたかったところだ。いかがかね!?」
「よっ、喜んで!!」
「嬉しいです!!」
オレとライラが答えると、ナッツ氏は嬉しそうな表情になった。
「よしっ、では決まりだ! セバスチャン!!」
「かしこまりました、旦那様」
セバスチャンが動き出すと、他の使用人たちも動き出した。
すぐにレストランを手配し、荷物を運ぶのだろう。
「それでは、ビート氏にライラ夫人。また後で迎えに行こう。宿泊している場所はどこかね?」
ナッツ氏の問いかけに、オレは宿泊しているホテルの名前を告げた。
「久しぶりに、楽しい昼食になりそうだ!」
「一緒に美味しい昼食が食べられるのを、楽しみに待っているわ」
ナッツ氏とココ夫人の言葉に、オレたちは頷いた。
その後、レイラと共にナッツ氏とココ夫人は、使用人を連れて高級ホテルがある方角へと向かって行った。
お昼前にやってきた馬車で、オレとライラはナッツ氏が予約したレストランへと案内された。
「うわぁ……!」
「すごーい……!」
レストランは、誰が見ても高級店だとひと目で分かるような佇まいをしていた。
入り口にはボーイが常に立っていて、人の出入りがあるたびにドアを開閉している。
オレたち、いつもの服装なんだけど、ドレスコードとか大丈夫だろうか?
そんな不安を抱いていると、ナッツ氏が口を開いた。
「服装についてなら、心配はいらない。ここはクラウド茶会の直営店だ。私と一緒なら誰も文句はいわない」
「はっ……はいっ!」
やっぱりナッツ氏は、心の中が読めるのだろうか?
オレはライラと共に、ナッツ氏についてレストランの中を進みながら、そう思った。
「ナッツさん、メイヤさんとラーニャさんは、今回はいないんですか?」
食事をご馳走になっている最中に、オレは尋ねた。
メイヤにラーニャ。
ライラを「自分たちを助けてくれる救世主」と考えて、以前助けを求めてきたメイドの親子。ライラからの紹介で、ミッシェル・クラウド家に奉職することになった。
だが同行してきたという使用人の中に、メイヤとラーニャの姿は無かった。
「あっ、それわたしも気にしていました!」
ライラも思い出したらしく、グリルチキンを食べていた手を止めた。
「うむ。今回は、私のカントリーハウスで留守番をさせているんだ」
ナッツ氏は、そう答えた。
カントリーハウスとは、貴族が普段の生活を営むための大邸宅だ。大規模なカントリーハウスとなれば、それこそ何百人という使用人を抱えていることも珍しくは無い。カントリーハウスの大きさは、そこを所有している貴族のステータスに直結する。
茶豪ことミッシェル・クラウド家なら、それこそとんでもない規模のカントリーハウスを持っていても、全くおかしく感じない。
「メイヤとラーニャは優秀だからね。屋敷の鍵を安心して預けておける」
「そうなんですね、ありがとうございます」
「もしよかったら、今度西大陸にある私のカントリーハウスにご招待しよう!」
ナッツ氏はそう云って、ワインを口に運んだ。
「ところで今ビート氏とライラ夫人は、また旅をしているのかね?」
「はい。実は……」
ナッツ氏の問いかけに、オレはこれまでのことを話した。
シャインさんとシルヴィさんが、トキオ国に居たこと。
そこでライラが産まれたこと。
オレは、トキオ国のミーケッド国王とコーゴー女王の間に産まれた子供であること。
アダムによって、トキオ国が滅ぼされたこと。
そして今、トキオ国を見るために旅をしていること。
「なんと……ビート氏はあのミーケッド国王とコーゴー女王のご子息……つまりは王子様だったなんて……!」
「これは驚きましたわ……あのとってもお優しかった、ミーケッド国王とコーゴー女王の息子さんなんて……」
王子じゃあ、無いんだけどなぁ……。
「トキオ国のミーケッド国王とコーゴー女王も、我がクラウド茶会の紅茶をお好みであってな……。トキオ国では、王室御用達になっていたんだ」
「父さんと母さんも、クラウド茶会の紅茶を飲んでいたんですか……!?」
「間違いない。王室のお得意様は何件も居るが、ミーケッド国王とコーゴー女王は毎回多くの紅茶を買い求めていった。それこそ毎日のように飲んでいたと聞いている」
ナッツ氏はカトラリーを置いた。
「ビート氏よ、トキオ国まで無事に旅ができることを、私たちは祈っている。また危機に陥るようなことがあれば、いつでもクラウド茶会の各支店に助けを求めるといい」
「ありがとうございます!!」
こうして、ミッシェル・クラウド家との夕食は終わった。
帰りもナッツ氏が手配した辻馬車で、ホテルまで送迎してもらえた。
こんなにお世話になって、申し訳ないな。
今度またたくさん、クラウド茶会で紅茶を買おう。
オレはそう思いながら、眠りについた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!
次回更新は、1月28日の21時更新予定です!
大変長らくお待たせしてしまいました!!
更新再開が遅れてしまい、誠に申し訳ございませんでした!
仕事が予想以上に忙しくなってしまい、1月後半まで4日しか休みが取れなかったり、何度もプロットを書き直したりしておりました。
おかげで予想以上にプロットの作成が進んでおらず、今も書き進めながらプロットも作っています。
本日からまた更新していきますので、お見守りいただけますと幸いです。
そして休載中に、ユニークアクセスが400を突破しました!!
多くの方々に読んでいただき、本当にありがとうございます!





