第34話 赤ずきんライラ
朝、オレとライラはホテルのレストランで朝食を食べていた。
ライラは肌がツヤツヤとしている。
対するオレは、少しだけ目の下にクマができていた。
「ビートくん、このベーコンエッグ、美味しいね」
ライラは食欲もあるらしく、ベーコンエッグにサラダ、そしてスープも取ってきて食べていた。
オレも食欲が無いわけではないが、眠気が強くてコーヒーが無いと眠ってしまいそうだった。そのため取ってきたベーコンエッグやトーストよりも、コーヒーが進んでいた。
「そうだね。いい卵とベーコンを使っているよ……」
オレはそう答えながら、コーヒーをすすった。
「ビートにライラ、おはよう」
突然、名前を呼ばれてオレたちは振り返る。
そこには、スパナがいた。
「スパナ! おはよう」
「おはよう、スパナくん」
「昨日はご馳走様。ところで、相席してもいいか? 他に空いている場所が無くって……」
「もちろん、いいよ!」
ライラが勧めて、スパナがオレとライラの向かいに座った。
どうやら仕事に行く前に、ここで朝食を食べていくようだ。このホテルのレストランは、朝食時だけ宿泊していない人も、料金を支払うことで利用できる。スパナが持ってきた食事用プレートには、すでに大量の朝食が乗っている。トーストにベーコンエッグにスープ。さらにソーセージやサラダにマフィンまで乗っている。肉体労働をするために、それだけの量を食べると考えると納得できた。
「それにしてもビート、昨日寝不足だったのか? 目の下にクマができているぞ?」
「あぁ、ちょっと遅くまで起きてたからかな……」
「ライラはやけに肌がツヤツヤしているみたいだけど……?」
「そう? ありがとう!」
「ビートも、よく眠ったほうがいいぜ。寝不足でいいことなんて、何ひとつとして無いからな」
本当はライラもオレも、睡眠時間は同じくらいなんだけどなぁ……。
オレはそう思いつつも、昨夜何があったのかスパナに気づかれなくて良かったと、胸を撫でおろした。あえて何があったのかは云わないが。
そんなやり取りをしつつ、オレたちはスパナと共に朝食を食べた。
「そうだ! 大事なことを伝え忘れていた!」
食後にコーヒーを飲んでいたスパナが、思い出したように新聞を取り出した。
「ビートにライラ、これを見てくれ。一番下にある、横長のベタ記事だ」
スパナから新聞を受け取り、オレは新聞の指示された場所に目を通す。
そこには、こんな記事が載っていた。
『奴隷商館にて、銀狼族の価格高騰。ギアボックス奴隷商館において、獣人族銀狼族の取引価格が高騰している。前日の取引価格は、1人につき買値が大金貨30枚で売値が大金貨100枚。今後も上がる見込み有』
記事の内容に、オレは緊張が走った。
銀狼族の取引価格が上がっている。つまりは、ライラのことが銀狼族だと知られたら、大変なことになるかもしれない。
記事を読んだライラの表情にも、不安の色が浮かんでいた。
「ありがとう、スパナ」
オレは新聞を、スパナに返した。
「教えてくれて、ありがとう。なるべく、出歩かないようにするよ」
「いや、出歩くなとは云わない。俺にビートとライラの行動を縛る権利なんて、持っていないからな。俺は、何か対策をしておいたほうがいいと思っているんだ」
スパナはオレとライラを見て、そう云った。
対策とは、何をすればいいだろう……?
オレが悩み始めると、スパナが口を開いた。
「例えばだけどさ、銀狼族の特徴って云ったら、銀髪と狼系の獣人に共通の狼の耳だろ? だからフードとかずきんでそれを隠したりすれば、気づかれにくいんじゃないかな?」
「……そうか!」
フードかずきん。
そうだ、その手があったじゃないか!!
どうしてすぐに気がつかなかったのだろう?
オレは、云われるまで気がつかなかったそんな自分を、少し恥じた。
「ありがとうスパナ! さっそく買いに行ってくるよ!」
「そうか。俺はこれから仕事に行くから、何事もなく平和であることを、願っているよ」
スパナはそう云うと、空っぽになったプレートを返却して、レストランを去っていった。
オレたちはスパナに深く感謝して、レストランを後にした。
「いらっしゃいませー」
ブティックの店員が、入ってきたオレたちに挨拶してくる。
オレとライラは、ブティックが開店すると同時に、足を踏み入れた。
目的は、ライラに似合うフード付きケープか帽子を入手することだ。
北大陸で使っていたフード付きのマントは、北大陸と東大陸の北部以外では、着用すると暑すぎて使えない。それに、ライラは暑いのが苦手だ。ここから先、西大陸に向かうにつれて気温が上がることはあったとしても、下がることはない。そんな中で、北大陸の寒さに対応したフード付きのマントを、着させるわけにはいかなかった。
そして西大陸には広大な荒野や砂漠になっている場所もある。ライラの美しい白魚のような肌を守るためにも、帽子やフードがついたコートがどうしても必要になる。
だから、フード付きケープか帽子を新調しないといけない。
「ビートくん、本当にいいの?」
ライラが、オレに確認するように訊いてくる。
フード付きケープか帽子を新調することに決めた直後、その代金はオレが支払うと決めた。もちろん決めたのは、オレ自身だ。
しかしライラは、自分で代金を支払おうと考えていた。何度かオレが出すと云って納得してもらったが、まだ気にしているみたいだ。
「もちろん。ライラの好きなものを選んでよ」
「でも、もし高かったら……?」
「ライラが安心して歩けるようになるなら、安いもんだ」
「ビートくん……ありがとう」
ライラがそっと、目元を拭う。
やっぱり、ライラは可愛い。
「じゃ、じゃあ、早速ライラに似合うものを探そうか!」
このままだと、オレがライラを抱きしめてしまいそうだ。
だけど、ここではそれは避けないといけない!
ここは、プライベートな場所ではないのだから。
「うん!」
オレの言葉にそう返したライラと共に、オレはブティックの中を物色し始めた。
「ビートくん、これ可愛い!!」
ライラがそう云って、ひとつの商品を手に取った。
深紅の、フードがついたケープだった。
「真っ赤なケープか……ライラ、試着してみたら?」
「うん!」
オレの言葉に頷き、ライラはその場でケープを羽織り、フードも被ってみた。
ドレスの上に深紅のケープは少し目立ったが、銀狼族の特徴でもある狼耳と美しい銀色の髪は上手く隠せている。
「ビートくん、どう?」
フードの下から、ライラが顔をのぞかせる。
「よく似合っているよ」
「本当!?」
ライラが笑顔になると、そこには無垢な少女がいた。
まるで、童話の中に出てくるような、花も恥じらうような乙女だった。
オレはすぐに店員を呼び、その場で代金を支払った。
大銀貨8枚といういい値段がしたが、惜しいとは思わなかった。
「珍しいね、ライラが深紅のケープを選ぶなんて」
ギアボックスの通りを歩きながら、オレはライラに云った。
「そう?」
「うん。いつもと少し違うように見えるよ」
「……実はずっと、赤いケープには憧れていたの」
ライラはそっと、語りだした。
「グレーザー孤児院で読んだ絵本に、フードがついた赤いケープの女の子のお話があったの。家に帰るために、夜道を進んでいくお話。その絵本を読んでから、ずっと赤いケープには憧れていた。だから、ずっと使ってみたかったの」
「そうだったんだ。よく似合っていて、まるで絵本の中から出てきたみたいだ」
「本当!?」
オレが褒めると、ライラは尻尾をブンブンと振った。
「嬉しい!」
「これで銀狼族だと気づかれにくくなったから、安心だ」
すると、ライラの表情が少しだけ曇った。
「ビートくん……」
「どうしたの?」
「奴隷商館には今、銀狼族っているのかな……?」
その言葉で、オレは今朝の新聞記事を思い出す。
銀狼族の取引価格が、上がっているという記事。これに警戒して、オレはライラにケープを買ったんだ。
「奴隷商館に行ってみないと、分からないな」
「ビートくん、行ってみよう!」
ライラが、フードの下から云い、オレの腕を引っ張る。
「うん、分かった!」
行ったところで、何かができるわけじゃない。
だけど、銀狼族が奴隷商館に居るのか否か、確認しないと気が済まなかった。
オレとライラは、奴隷商館に急いだ。
「えーと、銀狼族の取引価格と、現在の仕入れ状況の確認ですね」
奴隷商館の窓口で、係員がオレたちが確認したいことを復唱する。
「そうです、間違いありません」
「かしこまりました。現在の銀狼族の買い取り価格は、買値が大金貨10枚で、売値が大金貨100枚です。そして直近の取引は……過去1年の間、取引記録がありません」
「そうですか……」
係員の告げた内容に、オレたちは安心した。
ライラもフードの下で、安心した表情になったらしく、少しだけ口元に笑みが見えた。
「しかし、これだけ買い取り価格が上がりますと、奴隷商人たちは血眼になって探すでしょう。さすがは白銀のダイヤといわれる銀狼族です。ところで、そちらの女性は銀狼族でしょうか?」
「「!!?」」
係員の問いかけに、オレたちの身体に衝撃が走った。
もしかして、バレたのか!?
「その尻尾から、狼系の獣人であることは、間違いなさそうですが……?」
「銀狼族じゃないですよ! 彼女は白狼族です!!」
「はっ、はい! そうです!!」
オレが白狼族だと告げ、ライラがフードの下で頷く。
もちろんこれは、万が一に用意しておいた嘘だ。
「彼女は私の妻でして、恥ずかしがり屋なのでフードを被らないと外出できないんです!」
「そうなんですか。銀狼族の女性でしたら、それこそ一度男に抱かれた身でも、高く買い取りできたのですが……」
係員が残念そうに云い、オレたちは適当に笑ってごまかした。
「それ以外で、何かご入り用はございましたでしょうか?」
「いえ、それだけ確認できれば十分です」
「かしこまりました。またいつでも、お越しくださいませ」
多分、2度と来ないよ。
オレは心の中でそう告げ、ライラと共に奴隷商館を後にした。
フード付きのケープの効果は、確かにあった。
ライラはフードを目深に被っているためか、一度も視線を向けられることが無かった。いつもなら男はもちろん、女からも2回は見られるが、フードを被っている効果で景色に溶け込んでいた。
ホテルの部屋に戻って来てから、ライラは叫んだ。
「ビートくん! フードがあるっていいね!」
「まさかここまで景色に溶け込むとは、思わなかったよ」
通りを歩いていた時に、きっとフードを使っている女性が多かったからだろう。うまいこと景色に溶け込めたのには、運の良さもあったのかもしれない。
ひとまずこれで、奴隷商人から狙われる確率は減っただろう。
「フードのおかげで、可愛いライラを拝めるのはオレだけだな」
半分冗談でそんなことを云うと、ライラの目が輝いた。
「えっ、可愛い!?」
「うん、ライラは可愛いよ。ライラをずっと見てきたオレが云うんだから、間違いないって」
すると、ライラがオレに抱き着いてきた。
ライラはそのままオレを見上げながら、尻尾を振っている。
「ねぇ、もっと可愛いって、云って?」
「可愛いよ、ライラは可愛い」
「えへへ……嬉しい……!!」
オレを見上げながら喜ぶライラは、あどけない少女そのものだった。
フードを被っているから、見た目以上に幼く見えるためかもしれない。
あぁ、このライラの笑顔を独り占めできるのは、やっぱりオレだけだ!!
オレはしばらくの間、ライラに「可愛い、可愛い」と云い続けていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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次回更新は1月12日の21時となります!
一度はやってみたかった「狼娘 × 赤ずきんちゃん」の組み合わせです。
どう考えてもベタすぎると思いつつも、やりたかったネタです(笑
ライラは可愛いので、きっとどんな服でも似合います!!(親バカ





