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幼馴染みと大陸横断鉄道~トキオ国への道~  作者: ルト
第3章 ギアボックス
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第32話 整備士スパナ

 夕方になって黄昏時になると、オレは夕陽を見つめる。


 1日の終わりを象徴するような夕陽が、オレは好きだ。

 沈んでいく太陽が贈ってくれる暖かな日差しは、オレの心を落ち着かせてくれる。そしてこの後には、夜が待っている。

 夕食は美味しいし、食べ終えたらシャワーを浴びてからゆっくりと本が読める。


 そして夜中には……。


 いやいや、それはまだ早い。

 夜には夜の、お楽しみがあるんだ。


 そんなことを1人で考えている途中で、オレはアークティク・ターン号の個室に、忘れ物をしてきたことに気がついた。




「あっ……しまった!」


 オレが声を上げると、雑誌を読んでいたライラが、顔を上げた。


「ビートくん、どうしたの?」

「時計を、忘れてきた!!」


 オレはポケットを探って、いつも使っている懐中時計を忘れてきたことに気づいた。

 あの懐中時計は、ライラと旅立つ前に購入したものだ。


 ハズク先生から旅人としての心得を教わった時、オレは時計を購入するように熱心に云われた。


『ビートくん、いいですか? 旅人にとって、時計はとても重要なものです。列車の発車時刻を確認するだけではなく、自分に残された時間を知るためにも必要不可欠です。そしてどうしてもおカネに困った時には、売り払って当分の間を凌ぐためにおカネに替えることもできます。少しでもいいものを、身につけておくといいですよ』


 オレはハズク先生の言葉に従い、貯めてきたおカネを使って、懐中時計を購入した。

 ネジを巻く必要はあるが、ゼンマイが動く限りは時計は動いて時間を教えてくれる。それに駅にはどこにも時計があるから、時刻合わせには困らない。それに、純銀で作られた正真正銘の銀時計だ。

 いざという時には、高く売り払っておカネに替えられるよう、わざわざ鑑定までしてもらった。最後に鑑定してもらったときの金額は、大金貨8枚には相当する鑑定価格だった。

 あれを目の届くところに置いておかないのは、マズい。

 時間が分からないし、鑑定価格は大金貨8枚だ!!


「どこに忘れてきたの?」

「きっと2等車だ! ベッドの近くに置いてあるはず!」


 オレはホテルの部屋のカギを、ライラに手渡した。


「ライラ、ちょっと2等車まで戻って取ってくる!」

「待って! わたしも行く!!」


 ライラは雑誌を閉じると、立ち上がった。


「えっ? 時計を取りに行くだけだよ?」

「いいの、いいの!!」


 オレの左腕に抱き着き、ライラはオレを見上げる。


「いつだって、ビートくんと一緒に居たいの!」

「……分かったよ、ライラ」


 ライラがそう云って来たら、もう止める術はない。

 オレとライラはホテルの部屋を出て、ギアボックス駅に向かって進み始める。


 すれ違う人に生暖かい目で見られるが、ライラは全く気にしておらず、尻尾を振りながら進んでいく。

 そんなライラが、オレは少しだけうらやましかった。




「あったぁ!!」


 オレは2等車の個室のベッドで、探していた懐中時計を見つけた。

 見つかって、本当に良かった。


「ビートくんってば、懐中時計1つなのに、大げさねぇ……」

「いつも身近にないと、困るんだよ」


 オレは懐中時計をポケットに入れる。

 確かに感じる、懐中時計の存在感。


「ライラと一緒で、身近にいつもあるからこそ、大切な存在なんだ」

「ビートくんってば……!」


 ライラは顔を真っ赤にして、尻尾をブンブンと振っている。

 あの尻尾を床につけたら、箒の代わりになりそうだ。


「さて、用事も済んだし、ホテルの部屋に戻ろうか」


 オレとライラがアークティク・ターン号の2等車から降りて、ホームに出た時だった。


「ビートにライラ!!」


 聞き覚えのある声に、オレたちは声がした方を見る。

 スパナだった。


「スパナ!!」

「やっぱり、ビートにライラだな!」


 スパナはオイルのついた作業服で、やってきた。


「相変わらず、いつも一緒だな」

「もちろんよ! ビートくんとは、いつでもどこでも一緒! わたしはビートくん一筋! だからスパナくん、わたしをデートに誘ってもダメよ?」


 おいライラ、何を云っているんだよ……。

 ライラの言葉に、スパナは笑う。


「ライラちゃんは魅力的だと思うけど、俺にはダチの女を奪う趣味は無いんだよ」


 ころころと笑うスパナに、オレは訊いた。


「仕事は終わったの?」

「あぁ! 今日の仕事はおしまいさ!」

「スパナ、良かったら今夜一緒に、食事でもしないか?」

「おぉっ! 本当か!? 是非お願いしたいぜ!!」


 スパナは尻尾を振りながら、頷いた。


「じゃあ、一緒に行こうよ」

「ありがたいけど、まだ油まみれだからな」


 そう云って、スパナは自分の作業服を見た。

 あちこちにオイルの汚れがついた作業服では、レストランには入れてくれないだろう。

 オレはそこに気がつかなかった自分を、恥じた。


「俺はこれから家に帰って、シャワーを浴びて着替えてくるよ。ダチと一緒にメシに行くのに、こんな格好じゃあ出られないからな」

「それじゃあ、駅前にあるホテルのロビーで待っているよ。何時ごろにしようか?」


 オレたちはスパナと打ち合わせをして、夕方の6時半頃にホテルのロビーで落ち合うことになった。

 スパナは尻尾を振りながら駅を後にしていき、オレたちは一緒にホテルへと戻っていった。




 約束の時間。

 オレたちがロビーで待っていると、スパナが現れた。


「よぉ、待たせたな!」

「スパナ……!!」


 現れたスパナを見たオレたちは、目を見張った。


 そこに居たのはスパナで間違いなかった。

 しかし着ている衣服は、ひと目でいいものと分かるシャツとズボンだった。典型的なストリートファッションに身を包んだスパナは、オレたちと同じくらいの少年そのものだった。

 これなら、レストランに入っても変な目で見られたりすることはないだろう。


「それが、スパナの私服……?」

「そうだけど……やっぱり変か?」

「いや、作業服のイメージが強かったから……なんだか新鮮だ」


 オレが答えると、スパナは笑う。


「そりゃあ俺だって、いつも作業服で過ごしているわけじゃないさ。それよりも、食事に行かないか? そろそろお腹が空いてこないか?」


 スパナに云われて、俺たちは目的を思い出す。

 そうだ、スパナとは食事に行く約束をしていたんだった!


「そうだな。よし、行こうか!」

「おぉっ、そうこなくっちゃあ!!」


 腕をぐるぐると回して、準備運動を始めるスパナ。

 食事の前に準備運動をする必要があるのかと、オレは疑問に思った。




 オレたちはスパナと共に、レストランでステーキを食べることになった。

 もちろんステーキは、オレの奢りとなった。食事に持ちかけたのがオレたちだから、オレたちが奢るべきだろうと、オレは思った。


「ほ、本当にいいのか!? ステーキなんて、高いものを……!」


 目を丸くして訪ねるスパナに、オレとライラは目を合わせて微笑む。


「あぁ、よく味わって食べていくといいよ」

「ステーキはわたしも大好きだから、美味しく食べてくれると嬉しいな!」


 他愛のない会話をしていると、ステーキが運ばれてきた。

 鉄製の熱い皿に乗せられたステーキは、ジュージューと美味しそうな音を立てている。それを見たライラとスパナが、目を輝かせた。同じ狼系の獣人だから、肉が好物というのは共通しているのだろうか?


「それじゃあ、食べようか」


 オレがフォークとナイフを手にすると、食事が始まった。


 その後、スパナが満面の笑みでステーキを口に運んでいったことを、オレたちは決して忘れないだろう。

 あれ以上のスパナの嬉しそうな表情は、見たことが無かった。

 心の奥底から喜びが満ち溢れ、それが表にダダ洩れになっているスパナは、まるで子供のようだった。




「それにしても、驚いたよ」


 食後のコーヒーを飲みながら、オレは云った。


「スパナが、センチュリーボーイの整備士になっていたなんて」

「本当ね、ビックリしちゃった」


 オレとライラが云うと、スパナは目を細めた。


「ありがとな!」

「ついに長年の夢を叶えたなんて、すごいよ」

「いや、ビートとライラだって、ライラのご両親を見つけるという夢を叶えたじゃないか。オレは頑張ればなんとかなる夢だけど、ビートとライラは下手すると一生会えない可能性がある相手を探し出したんだ! そっちのほうがすごいぜ!」


 オレの言葉に、スパナはそう返してくれた。

 確かに、銀狼族の村にシャインさんとシルヴィさんが居なかったら、一生会えなかったかもしれない。

 すごいのは、スパナだけじゃない。オレとライラも、すごかったんだ。


「……ありがとう、スパナ」


 オレはそう云って、コーヒーを飲んだ。

 ほんのり、苦みが強くなった気がした。




「センチュリーボーイの整備士になるという夢は叶ったけど、実はまだ終わったわけじゃないんだ」


 スパナの言葉に、オレは首をかしげた。


「どういうこと?」

「今度は、アークティク・ターン号の乗り組み整備士を目指しているんだ!」


 乗り組み整備士。

 聞きなれない単語だった。鉄道貨物組合でも、聞いたことが無い単語だ。いくら記憶を遡っていっても、そんな単語を耳にした覚えはない。


「乗り組み整備士?」

「それって、どんなお仕事なの?」

「ライラ、いい質問だぜ!」


 ライラの問いに、スパナは嬉しそうに答えた。


「乗り組み整備士っていうのは、長距離列車に乗り組んで、整備を行う整備士のことさ」

「へぇ、走っている時にも列車の整備をするの?」

「いやいや、走行中には原則としてしないぜ」


 スパナが笑いながら、ライラの問いかけに返す。


「整備するのは、主に停車中だ。停車中に異常個所が無いかどうか調べて、異常が見つかったら停車中に整備して直すんだ。それが乗り組み整備士の仕事! 長距離列車には乗り組んでいることが多いけど、その中でもアークティク・ターン号の乗り組み整備士になるには、かなり難しいんだ。センチュリーボーイの整備士になるよりも、はるかに難しくて、試験をいくつもパスしないといけないんだよ。でも俺は、アークティク・ターン号の乗り組み整備士になりたいんだ」

「そんなに難しいんだ……!」

「スパナは、どうしてそこまでしてでも、アークティク・ターン号の乗り組み整備士になりたいんだ?」


 オレが尋ねると、スパナはニカッと笑う。


「アークティク・ターン号は、4つの大陸全てを走破する唯一の大陸横断鉄道だぜ。オレもアークティク・ターン号と共に、この世界を形作っている4つの大陸を、この目で見てみたいんだ。だから、アークティク・ターン号の乗り組み整備士になりてぇんだ!」

「それはすごい!」


 オレはスパナに、是非ともアークティク・ターン号の乗り組み整備士になってほしいと、思った。

 スパナは、ギアボックスで生涯を終えるような存在じゃない。もっともっと、新しい場所を目指して精進していくはずだ。

 それなら、オレたちは応援したい。


「スパナ、オレたちは応援している! だからきっと、いつかアークティク・ターン号の乗り組み整備士になって、オレたちのような旅人の手助けをしてほしい!」

「スパナくんならきっとできるよ。応援しているね!」


 オレとライラがそう云うと、スパナは顔を紅くした。


「あ、ありがとよ! ビートにライラ!!」


 スパナはコーヒーを一気に飲み干した。


「俺は絶対に、アークティク・ターン号で2人に出会うまで、諦めないぜ!!」


 スパナのガッツポーズに、オレたちはスパナの決意を感じ取った。




 それからしばらくして、レストランを出たオレたちはスパナと途中で分かれ、ホテルへと向かった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は1月10日の21時となります!

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