第31話 3日間のメンテナンス
「スパナ!!」
「スパナくん!!」
オレとライラがほぼ同時に名前を呼ぶと、スパナは人懐っこい笑顔で応えた。
獣人族黒狼族のスパナ。
ギアボックスに来て、初めてできた友達だ。エンジン鉱山で発破技師として働きながら、センチュリーボーイの整備士を目指している。ギアボックスに来たオレたちに、色々と教えてくれ、ディナーにも招待してくれた。もちろん、ノワールグラード決戦でもオレの緊急電報に応じて、駆けつけてくれた。
ちなみに趣味は、ダイナマイトの作成というかなり物騒なものだ。スパナの家に行って、初めてダイナマイトが部屋に置かれているのを見た時の衝撃は、今だに忘れられない。
「ビートにライラ、久しぶりだな! また旅をしているのか?」
「そうなんだ。今は、トキオ国の跡地に向かっているんだ」
オレが答えると、スパナは首をかしげる。
「トキオ国……? 跡地……?」
「あぁ、ゴメン。実は……」
オレは自分がトキオ国の国王の息子であること、ライラの両親が国王に仕えていたこと、オレとライラがトキオ国で生まれたこと……などを話した。
全て話し終えるまでに、スパナが何度か声を上げそうになった。しかし、スパナはオレが話し終えるまで声を上げることなく、最後まで聞いてくれた。
「ビートにライラ……そりゃ本当か……!?」
「全て本当なんだ。ねぇ、ライラ」
「うん!」
ライラが頷くと、スパナは目を真ん丸にした。
「じゃあビートはトキオ国の王子様で、ライラは王女様だったのか……!?」
「王女様だなんて、そんなぁ……」
「いや、もうトキオ国は滅ぼされちゃったし、オレは自分が王子だなんて思ったことは無いよ」
ライラが顔を紅くしながら嬉しそうに尻尾を振る。
その横で、オレは苦笑しつつ自分が王子であることを否定した。オレは自分が王子だなんて、思ったことは一度だってない。
「……すげぇや! 俺は知らない間に、そんな高貴な出自のダチができていたなんて!!」
「あはは……」
王子なんかじゃ、ないんだけどなぁ。
そう思いつつも、嬉しそうにしているスパナを見ると、強く否定するのが気の毒になってきた。
「そういえば、これから仕事なのか?」
「あぁ! そうだぜ!!」
スパナは工具箱を指し示した。
「実は夢が叶って、センチュリーボーイの整備士になれたんだ!!」
「本当か!?」
「すごーい!!」
オレとライラは、驚きを隠せなかった。
センチュリーボーイの整備士は、スパナがずっと憧れていた存在だ。
それになるまでに、スパナはどれほどの苦労を重ねてきたのだろう……。
「頑張ったのね!!」
「ありがとう。実は引退する人が出て、たまたま声が掛かったんだ。お前は前からやりたがっていたから、いい機会だからやらせてやるって云われてな……」
スパナの答えに、オレたちは少しガクッとなった。高い競争倍率を突破したかと思っていたら、棚からぼたもちだったとは……。
しかし、運も実力のうちともいう。
スパナには、その運があったのかもしれない。
「これから仕事だから、3日後に出発するまでの間、メンテナンスはまかしてくれ!!」
「ありがとう、頼んだよ……えっ、3日後!?」
3日後に出発する。
スパナは、確かにそう云った。
つまり、オレたちは3日ほど、ギアボックスに足止めとなってしまう!
「3日もメンテナンスをするの!?」
「あぁ。センチュリーボーイは信じられないような、超長距離を走るからな。あちこち熱を帯びて、部品は摩耗していくし、ちょっとでもメンテナンスに漏れがあると停まってしまうかもしれない。そうなったら大変だからな。停車中に乗り組み整備士が修理もするけど、定期的に大規模なメンテナンスが必要になる」
スパナは鼻の下を擦った。
「だから、俺のような腕のいい整備士が、ギアボックスでメンテナンスしなくちゃあならなんのさ! そしてそれには日にちがかかる。でも安心してくれ。3日ならすぐだし、それまでには絶対に駅のない場所で停まったりしないように、俺が責任を持って整備するよ!!」
そう宣言したスパナの目は、自信に満ち溢れていた。
なんだか分からないけど、スパナも成長したみたいだ。オレと同じ年の少年といった印象だったが、なんだか今は頼れるエンジニアのようだ。
「スパナ、アークティク・ターン号のことは頼んだよ」
「おう、任せておけ! ダチが乗る特別な列車だからな。そうだ!」
スパナは何かを思い出したらしく、改札の方を指し示した。
「良かったら、駅の近くにあるホテルに宿泊していくといいぜ。列車の中でもいいけど、せっかくならホテルで優雅に過ごすのも悪くないと思うぞ!」
「あっ、それ素敵!」
ライラがそう云うと、オレに向き直った。
「ビートくん、ホテルに泊まっていこうよ!」
「そうだな。たまには動かないベッドで眠るのもいいし、3日だけなら宿泊費もそんなに高くはならないか」
「スパナくん、ありがとう!」
情報を提供してくれたスパナに、ライラが満面の笑みを向ける。
スパナはその笑顔に見とれて顔を紅くしたが、すぐに仕事があることを思い出したようだ。
「おっ、おう、ありがとうよ!! じゃ、じゃあ俺は仕事があるから、またな!!」
スパナは顔を紅くしたまま、センチュリーボーイが停まっている前方に向かって、駆けていった。
その後、オレとライラは、駅の近くにあるホテルにチェックインした。
宿泊する部屋のドアを開けて、オレたちは部屋の中へと足を踏み入れた。
「わあっ、広い!!」
ライラが驚きの声を上げ、荷物を床に置いて窓へと駆け寄る。
部屋の中にはベッドが2つ置かれていて、窓は大きく取られていた。ホテルの中でも高い場所に部屋があることから、眺めは非常に良好だ。さらに駅の近くとだけあって、駅がよく見えた。発着していく列車が次から次へと、ギアボックス駅から出入りしていく。
遠くを見ると、海も見えた。港にはいくつもの船が停泊していて、潮風に乗って潮の匂いがここまで漂って来そうだ。
「ビートくん、わたしここ気に入った!」
「それは良かった。ここなら外から覗かれる心配も無いし、思いっきり羽を伸ばせるな」
オレがそう云うと、ライラが顔を紅くする。
「ビートくん、覗かれるなんて……まだお昼じゃない」
「ライラ、そ、そういう意味は……」
たじたじしていると、ライラが笑った。
「冗談よ、ビートくん!」
いたずらっ子のような表情で、ころころと笑うライラ。
オレはもしかして、ライラの手のひらの上で遊ばれているのだろうか?
「ここで3日間過ごすなんて、素敵ね」
「そうだな。ベッドも広いし……」
オレはベッドに腰掛けて、寝転がる。
確か、クイーンサイズっていうんだっけ?
こんな広いベッドで寝るなんて、生まれて初めてかもしれない。
しかも1人ずつある。
これはのびのびと、眠れそうだ。
そう考えていると、ライラがオレの隣に来て、寝転がった。
「本当ね。広いベッドでビートくんと一緒に眠れるなんて、幸せ……!」
「ライラ、ベッドはもう1つあるけど……」
「1人だけなんて、寂しいじゃない! これまでもずっと、一緒だったんだからぁ……!」
ライラはそう云うと、オレに抱き着いてきた。
ライラの柔らかい肌に包まれ、いい匂いが身体にまとわりついてくる。
「わあっ!?」
「えへへ……ビートくぅん……」
ライラに抱き着かれると、オレはもう動けない……!
オレはホテルでも、ライラと一緒に寝ることになった。
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