第3話 サウナ&ノーザンライツ
ホテルの部屋に戻ってきて、オレたちはようやく落ち着けた。
「ふぅっ……疲れたなぁ」
オレは戦闘服を脱ぎ、ソードオフとリボルバーを下した。
北方革命大陸軍は全員逮捕されたのだから、当分の間武器は必要ないだろう。
ライラもフード付きマントを脱いで、コート掛けに掛けた。
「ビートくん、今日は夕食を食べたら早めにゆっくり寝ようよ」
「そうしよう。ちょっと疲れちゃったな」
さすがにライラも疲れたみたいだ。
オレはそう思いながら、ベッドに腰掛けて、そのまま横になる。ライラも同じようにベッドに腰掛けると、オレの隣で横になった。
「……なんだか、このまま寝ちゃいそう」
ライラのその気持ちはよく分かった。
部屋の中が暖房で暖まっているせいで、オレも気を抜くと眠ってしまいそうだ。
顔を横に向けて窓の外を見ると、吹雪が吹き荒れている。
外に食べに行くのは、やめた方が良さそうだな。
……そうだ!
このホテルには、宿泊者が利用できるレストランがある!
それにサウナもある!
サウナで疲れを落としてから、ゆっくりと食事をしたほうがいい。
もしレストランが混みあっていたとしても、レストランはルームサービスも行っている。
混んでいたら、この部屋で食べたほうがいい。
気兼ねする必要もないし、ライラと2人でゆっくりと食事ができる。
「……よしっ!」
オレはベッドから、身体を起こした。
そのまま立ち上がり、身体をほぐすように動かす。
それにつられたかのように、ライラも起き上がった。
「ビートくん?」
「ライラ、オレはこれからサウナで汗と疲れを落として、それからレストランかルームサービスで食事をしようと思うんだ。ライラはどうする?」
答えは聞かなくても分かっていたが、オレは聞いてみた。
「もちろん! 私も一緒に行く!!」
ライラはそう答えて、ベッドから身を起こした。
いつ見ても大きなライラの胸が、たゆんと揺れる。
「だって、ビートくんのやりたいことが、私のやりたいことだから!」
「そう云ってくれると、思ったよ」
「えへへ……」
ライラはニヤニヤと笑いながら、尻尾を振った。
やることが決まったオレたちは、まずはサウナに向かった。
オレはライラと共に、サウナへと入った。
サウナに入るのは、久しぶりだ。銀狼族の村には、サウナはない。気温が安定しているためか、オレも入りたいという欲求すら湧いてこなかった。
だが、今はそうじゃない。
北大陸の寒いジオストに来たためか、サウナで暖まりたかった。
そして暑いのが苦手なライラも、それは同じだったらしい。
サウナにオレと一緒に入り、オレの隣に腰掛けた。
「あー、外が寒かったからか、染み入るみたいだ」
「暑いけど……それが今はなんだか安心する……」
それからしばらくの間、オレたちはサウナの中で過ごした。
10分後に、一度サウナから出たオレたちは、水風呂に入る。
水風呂で身体を冷ましてから、再びサウナへと戻った。
「今回は、のぼせないように気を付けないとな」
オレは前回利用したときに、ライラがのぼせてしまったことを思い出す。
慌ててサウナから連れ出したからなんとかなったが、少しでも遅れていたら危なかっただろう。
「うん。ここで倒れちゃったら、夕食が食べられなくなっちゃう!」
「そうだな」
ライラの云うことも、最もだ。
オレも他人事ではないから、気を付けないと。
その後オレとライラは、2~3回サウナと水風呂を行き来してから、サウナを出た。
サウナから出た後は、身体全体が暖まったらしく、薄着でホテルの中を歩いても平気だった。
レストランに入ると、思いのほか空いていた。
「いらっしゃいませ」
ウエイターから挨拶され、オレとライラは空いている席へと案内される。
食事をしている人たちも落ち着いていて、騒がしい雰囲気はどこにもない。
これなら、ゆっくりと食事ができそうだ。
オレは安心して、イスに腰掛けた。
「ご注文がお決まりになられましたら、こちらのベルでお呼びください」
ウエイターはメニューとベルを置くと、その場を離れていく。
「さて、何にしようか……」
オレはメニューを開いて、悩み始めた。
お腹は空いているから、たっぷりと食べたい気持ちはある。しかし同時に、これから冷え込んでくることを考えると、身体が温まるようなものが食べたかった。
ホットミートはもういいが……。
オレが悩んでいると、ライラがもう決めたらしく、ベルを手に取って鳴らした。
すぐにウエイターがお冷を持って飛んできて、お冷を置いてから、ペンを手にする。
「ご注文を、お伺いいたします」
「グリルチキン!」
「シチューで」
ライラとオレが料理を注文すると、ウエイターは伝票にそれを書き込んでいく。
「グリルチキンがおひとつと、シチューがおひとつですね。承知いたしました」
ウエイターは注文を確認してから、厨房の方に向かっていった。
「ライラ、本当にグリルチキンが好きだなぁ」
オレはお冷を口にしながら、ライラに云う。
グリルチキンは、チキンを焼いた料理だ。チキンステーキと似ているが、少し違う。そしてライラはこのグリルチキンが大好物で、それは孤児院で共に暮らしていた頃から、変わらない。
「迷ったら、いつもこれにしているの。グリルチキンは何回食べても、飽きが来ないから」
ライラは尻尾を振りながら、答える。
これまでに何度も食べるのを見てきたが、グリルチキンを食べている時のライラは、本当に美味しそうに食べている。その姿を見ると、グリルチキンが大好物なことは、誰だって信じて疑わないだろう。
「そういえばライラ、銀狼族の村に初めてきたときの歓迎会で、大きなグリルチキンに夢中になっていたな」
オレは、初めて銀狼族の村に来たときのことを思い出していた。
オレとライラの歓迎会が行われ、丸々1羽のチキンを使ったグリルチキンを、ライラは1人で半分も一度に平らげた。それを見た他の銀狼族の驚きは、今でも記憶に残っている。
そのことを指摘すると、ライラは顔を真っ赤にした。
「そ……それは、あんなに大きなグリルチキン見たの……初めてだったから……!」
「あの後、ローストビーフまで食べてたから、ビックリしたよ」
「――!!」
ライラが言葉に困っていると、ウエイターがやってきた。
「お待たせいたしました。グリルチキンとシチューでございます」
ウエイターが、オレの前にシチューを、ライラの前にグリルチキンを置いた。
運ばれてきたシチューとグリルチキンからは、湯気が立ち上っている。その湯気に載ってきた料理の匂いが、オレたちの食欲を刺激した。口の中に、唾液が溢れ出てくる。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
カトラリーと伝票を置いて、ウエイターは去っていった。
「た、食べるか!」
「うん!」
オレはスプーンを手にし、ライラはフォークとナイフを手にした。
そしてオレたちの夕食が始まった。
夕食後に、オレとライラは部屋に戻った。
「はー……食べたなぁ」
「美味しかったね」
オレたちはベッドに腰掛けながら、リラックスしていた。
「ねぇビートくん、これからどうする?」
ライラがそう訊いてくる。
「うーん……そうだ!」
オレは、あることを思い出して、起き上がった。
先ほど夕食を食べていた時に、近くにいた旅人らしき男女の会話を、少しだけ耳にしていた。
そのときその男女は、こう話していた。
『今夜、オーロラが見えるんだって』
『それって、本当?』
『あぁ。このレストランの主人が云っていた。今日のようなよく晴れて寒い夜は、オーロラの出現率が高いらしい。夜になったら、見に行ってみないか?』
『見てみたい! 行きたい!!』
オーロラを最後にオレたちが見たのは、前にジオストに泊った時だ。
「ライラ、オーロラを見に行ってみようか?」
「うん! 行きたい!」
ライラは即座に返事をして、ベッドから立ち上がる。
そして早くも白いマントに身を包んだ。
「ビートくん、行こうよ!」
「よし、行くか!」
オレは戦闘服に身を包み、ライラの手を取ってホテルの部屋を飛び出した。
外に出ると、月の光が雪が積もった街を照らし、思いの外明るくなっていた。
月の光は時として、陽の光以上の明るさを見せるというのは、本当なんだな。
オレはライラと共に、ジオストの町外れまで行ってみることにした。
町中を歩くよりも、建物の少ない町外れに行った方が、オーロラが見やすいと思ったからだ。
「寒いけど、綺麗ね」
ライラが月の光を反射して、輝く雪と満天の星空を見て云う。
「私、こういう月の綺麗な夜って大好き。ビートくんに、初めて私の夢を話した時のことを思い出すの」
「オレは、ライラと結婚した時の夜を思い出すなぁ」
「ビートくん!!」
「うおっ!?」
オレの言葉に反応するかの如く、ライラが腕に抱き着いてきた。
ちょっと驚いたが、辺りに人影はない。オレはホッとして、ライラを見た。
「あの時のビートくん、すごくカッコよかったよ! あ、もちろん今だってすごくカッコイイよ!」
「ライラも、すごく美しかった。もちろん、ライラはいつも美しいよ」
「もうっ、ビートくんっ!」
ライラは尻尾を振りながら、何度もオレの腕に顔をこすりつける。まるで犬が、自分の匂いをつけているかのようだ。
そしてそんなことをしながら歩いているうちに、オレたちはジオストの外れまでやってきた。
「おぉっ、ライラ! あれ!!」
「わぁっ……!!」
オレが指し示した先を見たライラが、目を見開いた。
オレたちの頭上には、光のカーテンがゆらめていた。
光のカーテンは七色に規則的に変化し、同時にその形も変えていく。そこに加わるのは、満天の星と月の光。
自然が創り出した芸術作品は、何度見ても美しく、そして飽きることはない。
初めて見た時から、オレたちは虜になっていた。
「ビートくん……」
ライラがオレに、そっと身体を預けてくる。
オレはそっと、ライラを受け止めた。
「私、とっても幸せ。ビートくんと一緒に、こんなに素晴らしいオーロラが見れたから……」
オレはあえて何も云わず、そっとライラを抱きしめる。
それでオレの気持ちは、ライラに十分伝わった。
ライラはブンブンと、尻尾を振っていたからだ。
オレたちはその場でしばらく、オーロラを見続けた。
しかし、何事にもいつか終わりはやってくる。
オーロラが見えなくなると、オレたちはホテルに戻った。
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次回更新は12月4日の21時となります!