第29話 危険な酒
突然、バーテンダーやウエイターでもない男が、ハッピーバースデーを出してきた。
「だっ、誰だお前!?」
オレは警戒心をむき出しにして、叫んだ。
注文していないカクテルを、バーテンダーでもウエイターでもない男が出してきたら、誰だって警戒するだろう。何が混ぜられているか、分からない。そんな危険なカクテルを、飲んだりはしない。
「誰でもいいだろ」
男はぶっきらぼうに云った。
「その獣人族の女を、こっちによこせ」
「なんだって!?」
オレは叫んだ。背後にいるライラを見ると、怯えた表情へと変わっていく。
ライラに逃げろというのは、無理だ。なんとしても、オレがライラを守らないといけない!
オレは男に向き直ると、口を開いた。
「できるわけないだろ! これを見ろ!!」
自分の婚姻のネックレスを指して、オレは云う。
「どこの世界に自分の妻を差し出す奴がいるか!!」
「そうか。では、このハッピーバースデーを飲んでもらおう」
男はグラスを手にすると、オレたちに近づけてくる。
グラスまで30センチくらいしかないのに、アルコールの臭いが漂ってくる。
「ビートくん、酔いそう……」
ライラが背後から小声で、オレに云う。
オレでさえ、この距離でアルコールの臭いを感じたんだ。ライラはいつ酔っ払って倒れても、おかしくないだろう。
「ほう、こんな近距離でもう効果が現れるとは……! 狼系の獣人にハッピーバースデーがよく効くというのは、本当だったんだな」
「野郎……!」
オレはリボルバーを取り出し、男に銃口を向けた。
「とっとと失せろ! さもないと撃つぞ!!」
オレが叫ぶと、食堂車の中は騒然となった。
ここで発砲したら、大変なことになるかもしれない。
間違いなく鉄道騎士団を呼ばれるし、逮捕されて次の停車駅で強制的に下車させられるかもしれない。
だが、それ以上にライラを失いたくはない!
「ほう、撃つ気なのか?」
男は顔色一つ変えることなく、オレに訊く。
「最終手段としては、発砲もあるぞ」
「撃てるものなら、撃ってみろ」
男はバカにしたように告げると、グラスを指し示した。
「これが見えないのか? お前も死ぬことになるぞ?」
「なんでそんなカクテルが、オレの死と関係があるんだ!?」
「もう忘れたのか? アルコールの臭いが、しなかったか?」
確かに、アルコールの臭いがした。今も漂ってくる、強いアルコールの臭い。
……もしかして!
オレの表情に曇りが浮かぶと、男はニヤリと口元を吊り上げる。
「撃ってみればいい。俺は死ぬが、お前も死ぬことに間違いはない。このハッピーバースデーは、銃口から出るわずかな火花でも引火し、爆発するようになっている。後ろの獣人族の女は、まあお前が縦になって助かるだろうな。もちろん、飲んでしまえば影響はない」
だったら、オレが飲み干して、それから撃ってやる!!
そう考えたが、すぐにその考えは否定された。
「だが、これは元のレシピよりもアルコール度数を高めてある。飲んだら最後、立ち上がれなくなるぞ?」
「くっ……!」
アルコール度数がどれくらいあるのかは分からないが、ライラなら急性アルコール中毒になるかもしれない。オレでも間違いなく、昏睡状態になってしまうだろう。
撃つのもダメ、飲むのもダメ。
一体、どうすれば……!?
オレは男とグラスを睨んで、しばらく対峙していた。
すると、カリオストロ伯爵が男の首元を掴んだ。
「なんだお前!?」
「失せろ。私が誰だか、分かっているのか?」
カリオストロ伯爵は左手で男の首元を掴み、右手は剣の柄を握っていた。
いつでも抜ける。カリオストロ伯爵の右手は、無言のままそう訴えていた。
「ああ!?」
「その2人は私の客人だ。もう一度聞く。私が誰だか、分かっているのか?」
カリオストロ伯爵は静かにそう男に云うと、じっと相手を見つめた。
そんなことをして、この男を止められるのだろうか?
オレはいつ、男の首が飛ぶか、それともこちらに向かってくるかで緊張していた。
しかし、オレの目の前で信じられないことが起こった。
先ほどまで威勢の良かった男が、みるみるうちに青ざめ、怯えた表情に変わっていった。
そして信じられないことに、手にしていたグラスの中身を、自ら飲み干した。
カリオストロ伯爵が手を離すと、男はその場に座り込む。
完全に酔っぱらっているようで、頭をフラフラとさせながら、呂律の回らない言葉を発している。
「鉄道騎士団だ!」
誰かが呼んだらしく、鉄道騎士団が食堂車に入ってきた。
鉄道騎士団はオレたちの前まで来ると、オレたちとカリオストロ伯爵、そして座り込んだ男を見た。
「この男を、お願いします」
カリオストロ伯爵が鉄道騎士団に告げると、鉄道騎士団は男を抱えた。
「後は、よろしくお願いいたします」
「通報と逮捕へのご協力、感謝します」
そんな短いやり取りを経て、鉄道騎士団は男を連行していった。
「ふぅ……なんとか、穏便に済んでくれたな」
カリオストロ伯爵はそう云うと、服についたホコリを手で払った。
「カリオストロ伯爵、今あなたは何をして、あの男を黙らせたんですか?」
オレはリボルバーをホルスターに戻して、訊いた。
あの男を黙らせるために、カリオストロ伯爵が何かをしたことに間違いはない。一体、どんなことをしたのだろう?
「うーん……いや、君たちは知らないほうがいい」
カリオストロ伯爵は少し考えてから、そう答えた。
「世の中、知らないほうが幸せなこともある。これはきっと、そういう類のものだ。知ること全てが、幸福な結果を招くことばかりではない。不幸になることもあるからね。申し訳ないが、答えられないよ」
「そうですか……」
カリオストロ伯爵がそう云うのなら、無理に聞き出すことは止めよう。
オレはそう思った後、頭を下げた。
「カリオストロ伯爵、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
オレに続いて、ライラも頭を下げる。
カリオストロ伯爵はオレたちに、微笑みを向けた。
「何、礼には及ばないさ。ビートにライラ、また会おう」
カリオストロ伯爵はそう云うと、会計を済ませて食堂車を去っていった。
それに続くように、オレたちも会計を済ませて食堂車を出る。
しかし、先に出たはずのカリオストロ伯爵の姿は、どこにも無かった。
「不思議な人だ……」
オレの言葉に、ライラも頷いた。
オレたちは2等車の個室に戻り、朝まで眠りについた。
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