第28話 カクテル
オレはライラと共に、バー営業に切り替わった食堂車へとやってきた。
アークティク・ターン号の食堂車は、夜の9時になるとバーのような営業スタイルに切り替わるようになっている。お酒を楽しみたい乗客も多く、遅くまでやっていることからバー営業の食堂車は人気がある。
だが、オレたちはお酒を飲みに来たわけじゃない。
「夜のお茶会なんて、久しぶりね」
「そうだな。レイラと一緒だったときは、よくやったけど、最近はやってなかったな」
オレたちがやってきたのは、夜のお茶会をするためだ。
フルーツサンドと紅茶で、更けていく夜の時間を楽しむ。お酒があまり飲めないオレたちが、夜を楽しむために考え出した楽しみ方だ。
紅茶とフルーツサンドを注文して待っていると、見覚えのある男がまたしても現れた。
「やぁ、君たち!」
「「カリオストロ伯爵!!」」
カリオストロ伯爵だった。
貴族風の衣服に身を包み、腰には剣を携えている。剣を携えていると、まるで冒険者のように見えた。貴族だということを知らないと、冒険者だと思ったに違いない。
「君たちも、宵の一飲みを?」
「いえ、今夜は夜のお茶会なんです」
「夜のお茶会?」
ライラの返答に首をかしげたカリオストロ伯爵に、オレたちは説明した。
説明を終えると、カリオストロ伯爵は納得したように頷く。
「なるほど、それもまた一興だ。それなら私も、ご一緒させてもらってもよろしいかな?」
「どうぞ、どうぞ!」
オレたちがそう云うと、カリオストロ伯爵はそっとオレたちと向かい合う形で掛けた。
そしてカリオストロ伯爵も、紅茶を注文した。
少しして、3人分の紅茶とフルーツサンドが運ばれてきた。
こうして、カリオストロ伯爵を交えて夜のお茶会が始まった。
「んむ……紅茶とフルーツサンドが、こんなにも合うとは知らなかった。新たなる発見だな」
どうやら、カリオストロ伯爵も気に入ってくれたみたいだ。
「カリオストロ伯爵も、紅茶をよく飲むんですか?」
「あぁ。私は紅茶と酒が好きなんだ。だが、紅茶のときにつまむのは、クッキーやケーキが多かった。フルーツサンドも合うとは知らなかったよ」
ライラの問いに、カリオストロ伯爵はそう答える。
携えていた剣は邪魔になるためか、左側に置かれていた。どうしても剣が置いてあると、オレは緊張してしまう。
「夜には酒だと思っていたが、紅茶もいいものだな」
「そういえば……お酒を飲むつもりだったんですか?」
オレが訊くと、カリオストロ伯爵は頷く。
「うむ、久々にカクテルをと思ったが……ビートとライラのおかげで、夜に紅茶も良いと知れた。それに最近飲み過ぎたらしく、従者から休肝日を作るように云われていた。だから、ちょうど良かったのかもしれないな。そういえば、ビートとライラはカクテルは飲んだことがあるかね?」
「あります。アスタ領イシュー地方のドライタウンで、飲みました」
「わたしがXYZを飲んで、ビートくんがカミカゼっていうカクテルを飲みました!」
ライラ、よく覚えていたな。
オレは飲んだカクテルが何だったかなんて、すっかり忘れてしまっていたよ。
「ほう……『永遠にあなたのもの』と『あなたを守る』か。ビートとライラはよほど仲がいいのだな」
「えっ?」
オレが言葉の意味に首をかしげていると、カリオストロ伯爵は微笑んだ。
「カクテル言葉のことさ。カクテルに込められた意味なんだよ。XYZに込められた意味が『永遠にあなたのもの』で、カミカゼに込められた意味が『あなたを守る』なんだ」
「へぇ……そんな意味が……」
「ビートくん、忘れちゃったの? わたしは、ちゃんと覚えていたよ?」
ライラが少しだけ、呆れた様子でオレに云った。
「実はカクテルの中には、作ることが禁止されているものがあるんだ」
紅茶を飲んでいる途中で、カリオストロ伯爵が云った。
作ることが禁止されたカクテル?
そんなものがあるなんて、聞いたことが無い。
「禁止されたカクテル……?」
一体、どんなカクテルなのだろう?
いろいろな酒を混ぜて、極端にアルコール度数が高くなって、アル中になりやすくなるものだろうか?
「どんなカクテルなんですか?」
「たいていは悪酔いしやすいとか、相性が悪いとか、そういう理由で作るのが禁止されるんだ」
あぁ、やっぱりそういう理由なんだ。
オレは納得して、胸をなでおろす。
しかし、カリオストロ伯爵の表情は明るくはならなかった。
「いや、むしろ本題はここからだ。先ほどの理由以外に、中にはとんでもない理由で禁止されるようになったカクテルがある。そのうちの1つに、ハッピーバースデーというカクテルがある」
「ハッピーバースデー……?」
誕生日なんて、平和そうな名前のカクテルだ。
こんな名前のカクテルが、とんでもない理由で禁止されたカクテルだって?
疑問を抱いているオレに、カリオストロ伯爵は話してくれた。
ハッピーバースデーは、平和な名前に反して、飲める爆弾ともいえるカクテルだった。非常に引火しやすい上に、添加物や混ぜられた酒のアルコール度数で高い爆発性を持っている。まさに液体爆弾だと、オレは思った。
このカクテルは、かつて重税を課して悪事を働いていた悪徳領主を暗殺するために、調合されたものだった。悪徳領主の誕生日パーティーにて使われ、悪徳領主を跡形も残らないほど、木端微塵にしてしまったらしい。このことから、ハッピーバースデーという名前がつけられたという。
その威力の高さとテロに使われる危険性から、現在は全ての国や領地で製造販売が禁止されている。
「お……恐ろしいカクテルですね……」
跡形も残らないほど、木端微塵にできる威力を持っている。
そんなカクテル、間違っても飲みたくない。
「恐ろしいのはそれだけじゃない。ハッピーバースデーは獣人族……特に狼系の獣人に対して、相当に酔いがまわりやすいという特徴もある」
「それって、本当ですか……!?」
「本当だ。ビートくん、君の妻のライラは狼系の獣人だ。用心するに越したことは無い」
カリオストロ伯爵が、ライラに視線を向けていることに、オレは気づいた。
ライラは、酒に弱い。さらに獣人族銀狼族だ。
もしも知らなかったとはいえ、ライラがハッピーバースデーを飲んだりしたら……。
考えただけでも、恐ろしい。
木端微塵になる前に、急性アルコール中毒になってしまうことも考えられる。
「でも……どうしてそんな話を……?」
「実は……」
カリオストロ伯爵は少し辺りを警戒するように見回して、小声で語りだした。
「この列車で、ハッピーバースデーを無差別に振舞っている男が出没しているという噂を耳にしたのだ。根も葉もない噂ならいいが、本当にいたとしたらそいつは犯罪者だ。だから、用心しておいたほうがいいと思ってな……」
「そうなんですね……あの、ありがとうございます!」
オレが頭を下げた時、1人の男が、ライラの前にカクテルグラスを置いた。
注文など、頼んでいない。
しかも今夜は、夜のお茶会だ。お酒の注文など、一度だってしていない。
オレが顔を上げると、通路に1人の男が立ち、ニヤニヤと笑いながらオレたちを見降ろしていた。
「こちらは、ハッピーバースデーでございます」
男はカクテルの名前を、読み上げた。
バーテンダーでもウエイターでもない男が、突如として現れた。
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次回更新は1月6日の21時となります!
明けましておめでとうございます!!
今年もアークティク・ターン号は元気に走り、ビートとライラも旅を続けます!
ルトくんも頑張って執筆を続けていく所存でございます。
どうぞ本年もよろしくお願いいたします!!





