第24話 水の補給
アークティク・ターン号の先頭にあり、アークティク・ターン号を牽引する超大型蒸気機関車、センチュリーボーイ。
そのセンチュリーボーイの運転室では、機関士と機関助士がセンチュリーボーイの運転を行っている。
「圧力を下げるな! 次の駅までは停車するなよ!!」
「はい!」
アークティク・ターン号の総責任者の言葉に、機関士が答える。
機関士は汗を拭うと、反対側に立つ機関助士に目を向けた。
「計器に異常は無いか!?」
「今のところ何も……いえ、ちょっと待ってください!」
機関助士がいくつもある計器を見つめ、ある計器で目を止めた。
針の動きを見て、表情を曇らせる。
「ヤバいです! ボイラーに供給する水が足りません!!」
「持ってあと、どれくらいだ!?」
「次の駅までは持ちません! あと50キロくらいです!」
機関助士の答えに、機関士は路線図を見た。
目でこれまでに停車した駅や通過した駅を追っていき、現在位置を探し出す。
そしてある地点で、機関士は目を止めた。
「ここだ……!」
機関士は機関助士と総責任者に、目を向けた。
「次の給水地点で、臨時停車します!」
オレがライラと個室で過ごしていると、急にアークティク・ターン号の速度が落ち始めた。
「あれ……?」
オレは窓に駆け寄り、外の景色を確認する。
列車が本線から離れていき、給水塔が設置されたループ線に入っていく。
「おかしいな……」
「ビートくん、何がおかしいの?」
雑誌を読んでいたライラが、雑誌を閉じてオレに訊いてくる。
「どうやら、水の補給をしていくみたいなんだ」
「水の補給? それくらいするんじゃないの?」
「そりゃあ、することはあるけど……」
ライラは知らなくても無理はないかもしれない。
だが、オレは鉄道貨物組合でクエストを請け負っていた経験から、知っている。
長距離を走る鉄道の機関車には、途中で水の補給をしなくてもいいように、十分な量の水が出発前に積み込まれるのが常識だ。
もちろん、主要な駅や線路脇には、給水設備は必ず設けられている。駅に停車中に水を補給することは、当たり前のことだ。
だが大陸の間を移動するような長距離を、ノンストップで走ることも珍しくない。そうなると、水の補給をせずに走らなくてはならなくなる。
ましてや、アークティク・ターン号のような大陸横断鉄道になると、水が尽きることは時として命取りになりかねない。水の補給が、乗客乗員全員の生死に関わってくることだってある。
そのために、十分な量の水が最初に積み込まれる。
アークティク・ターン号には、十分な量の水が積み込まれているはずだ。
つい今朝、駅を出たばかりだ。水が積み込まれていないなんてことは、あり得ない。
「ビートくん、考え過ぎよ」
ライラがオレの隣から、近づいてくる給水塔を見て云った。
「お水を補給していくだけでしょ? すぐに終わるし、何も起こらないわよ」
「だといいけど……」
何故だかオレは、不安を拭い去ることができなかった。
ソードオフを取り出すと、オレはショットシェルが装填されているかを確認する。
対人戦闘用のショットシェルが入っていることを確認すると、リボルバーの回転式弾倉も確認した。6つの全ての薬室に弾丸が装填済みになっていると、オレは回転式弾倉を戻してリボルバーをホルスターに戻した。
何事も、起こりませんように……!
オレの不安が残ったまま、給水作業が始まった。
給水作業が始まってから、しばらくした頃。
ドアがノックされるような音が、聞こえてきた。
「ん? 誰か来たのかな?」
立ち上がったオレに、ライラが声をかけてきた。
「ビートくん、おかしいよ」
「何が?」
「ドアの向こうから、誰の臭いも気配もしないの」
ライラの言葉に、嘘は無いとオレは思った。
じゃあ一体、誰がドアをノックしたというのだろう?
「……開けて、確かめないと」
オレはドアノブに手をかけ、ドアを開けた。
その直後、部屋の中に水が流れ込んできた。大した量ではないが、廊下を見ると雨が降った後のように、しっとりと濡れている。
「み、水!?」
ライラが驚いて、土足のままベッドの上に上がった。
「なんだこりゃ……?」
オレは廊下に出て、辺りを見回す。
トイレの故障だろうか? それにしても、嫌な臭いがしない。つまり、トイレの故障ではなさそうだ。
一体何が原因で、こんなに水が……?
そう思いながら窓の外を見た時、オレは水が入ってきた訳を理解した。
同時に、自分の目を疑った。
「なっ……!?」
オレの目の前に広がっていたのは、信じられない光景だった。
列車の外が、水に浸かって、大洪水が起きたようになっていた。
南大陸の大鏡のような、美しい光景はどこにもない。濁った水が列車はおろか、建物まで飲み込んでいて、水面には誰かの落とし物らしき小物があちこちに浮かんでいる。
給水塔を見ると、給水塔からは噴水のように水が噴き出している。どうやら、あの給水塔が全ての元凶のようだ。
あの給水塔から吹き出る水を止めないと、このままではいつまで経っても出発できない!
それに濁って汚れた水は、伝染病の発生源になりかねない!
ライラが病気になってしまったりしたら、シャインさんとシルヴィさんに合わせる顔がない!!
「ビートくん、あの給水塔、おかしいよ!!」
ライラが、噴水のようになった給水塔を指し示す。
オレは頷くと、ライラに向き直った。
「ライラ、これからオレはあの給水塔を止めてくる。危険だから、ライラはここで待機して――」
「ダメ!!」
ライラがオレの言葉を遮り、オレの左腕を掴む。
「ビートくんだけ危険な目に合わせることなんて、できない!! わたしもビートくんと一緒に、給水塔を止めにいく!!」
「わかったよ、ライラ。……それじゃあ、十分気を付けて、行くぞ!」
オレはライラと共に、先頭へ向かって走り出した。
オレとライラは先頭車両から、センチュリーボーイへと乗り込んだ。
センチュリーボーイの運転室には、誰も乗っていない。ここに来るまでの間、乗客乗員には、誰とも合わなかった。いったい、どこへ行ってしまったのだろう?
だが、今はそんなことよりも、この狂ったように水を噴き出している給水塔を止めるのが先だ。
今もなお、おびただしい量の水が溢れ出ている。
すでに客車は半分ほど、水没していた。
早くしないと、机の上に置いてきた荷物が台無しになってしまう!!
オレはセンチュリーボーイにつなげられた給水管を見つけると、それに手を掛けた。
押して強度を確認する。どうやら、大丈夫そうだ。
「ライラ、オレはこれを伝って給水塔に入り、そこから止水栓を見つけて止めてくる。万が一に備えて、ライラはこの給水管を抑えていて」
「うん、気を付けてね……!」
ライラの言葉に頷くと、オレは給水管に抱き着き、給水管の上を進んでいく。
ボルトが緩んでいるところがあると、モンキーレンチで締め付けてから、先に進んだ。
センチュリーボーイに置いてあった道具箱から、モンキーレンチを持って来たけど、役に立ったな。
なんとかして止水栓を見つけて、列車が水没しないうちに水を止めないと……!
オレは給水管を伝っていき、ようやく給水塔に辿り着いた。
よし、あともう少しで給水塔に入れる!!
しかしその時、予想外のことが起こった。
「!?」
突如として、給水塔がこれまでにない量の水を吐き出した。
噴水どころか、もうそれは水柱と表現したほうが近いものになり、さらにそれは濁流となって襲い掛かってきた。
「うわあっ!!」
濁流に飲まれたオレは、給水管から手を離してしまった。
泳ごうとしても、濁流の勢いが強すぎて、手足が動かない。
当然、リボルバーやソードオフなんて、濁流相手では何の役にも立たない。
「ガポッ、ゴホッ!!」
「ビートくーん!!」
ライラがセンチュリーボーイの上から、オレに手を伸ばす。
しかし届くわけがない。
オレはあっという間に流され、濁流に飲み込まれる。
どうやら、これまでのようだ。
最後にもう一度、ライラを抱きたかった……。
濁流の中で、オレの意識は遠のいていった。
「うわあっ!?」
オレは飛び起きて、辺りを見回した。
そこはいつもの、オレとライラが使っている2等車の個室だった。
隣ではライラが眠っていて、辺りが水浸しになっている様子はない。
懐中時計を手に取り、わずかな明かりの中で見ると、午前3時を指し示していた。
そして窓の外には、激しい水の当たる音がする。
ブラインドを少しだけ上げて外を見ると、大雨が降っていた。
いや、大雨どころか、豪雨だ。
「……夢か」
ブラインドを戻して、オレは呟く。
夢で良かったが、実に嫌な夢を見たもんだ。
もう一度眠ろうと、ベッドに横になろうとした時だった。
「いやあっ!! ビートくん!!」
「うわおっ!?」
突然ライラが叫びながら起き上がり、オレは心臓が飛び上がった。
「はぁはぁ……」
ライラは髪が乱れたまま、大きく息を吸っては、吐き出す。
その様子は、いつものライラではない。
「ライラ……?」
「ビートくん!?」
オレを認識すると、ライラはオレに抱き着いてきた。
「どうしたの、ライラ……」
「夢を……怖い夢を見たの……!!」
ライラはそう云うと、オレに夢の内容を語ってくれた。
驚いたことに、オレとライラは全く同じ内容の夢を見ていた。
こんな奇跡が、本当に起こるなんて……!
悪夢だったのは、ちょっと嫌だったが。
「ビートくんが水に吞まれたときは……どうしようかと……!」
「夢で良かったよ。オレも夢の中で死を覚悟して、最後にライラを抱きたかったと、思ったほどだったから……」
「ビートくん……!」
ライラはオレに、身体を預けてきた。
オレはライラを抱きしめる。ちょっとだけ、力を込めて。
「わああん! ビートくん、怖かったよぉ!!」
「ライラ、夢だから……大丈夫だから……」
ライラはオレに抱き着きながら、泣く。
そしてオレはそんなライラをなだめつつ、ライラのぬくもりといい匂い、そしてモフモフを堪能した。
あぁ、癒される。
ライラのモフモフは、死んだとしても手放したくはない。
夜明け近くまでライラはオレに抱き着いて泣き、それからオレたちは再び眠った。
その頃には、豪雨も降り止み、窓の外には朝日が煌めいていた。
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次回更新は12月28日の21時となります!





