第23話 遺跡
アークティク・ターン号が、ヨーク領マンハ地方ティーバリで停車した。
ティーバリは、遺跡があることで有名な町だ。
ギアボックスにあるエンジン鉱山のような、太古の遺跡が地上に露出している場所として有名だ。ほとんどの遺跡は、地下にある上にごくわずかしか発見されていない。このティーバリにある珍しい遺跡を一目見ようと、観光客は大勢やってくる。そのため、観光に乏しいとされる東大陸では、クォーツマリンと並ぶ観光地のひとつになっている。
ティーバリの象徴ともいえるのが、古代の女神像だ。太古の時代に作られたとされる女神像は、非常に大きくて間近で見るとすごい迫力があるらしい。
オレは是非、その女神像とやらを見てみたくなってきた。
「ライラ、せっかくだから遺跡を見ていこうか」
「うん、行ってみよう!」
オレとライラは準備を整えると、2等車を飛び出した。
ティーバリに出ると、大勢の観光客が歩いていた。
そして町のあちこちに、遺跡がある。どちらかというと、遺跡の間を縫うようにして、町が作られているといった印象だ。
ティーバリに訪れているのは、観光客ばかりではないらしい。
所々で、学者らしき人たちも見かける。彼らは遺跡を熱心に見ては、手帳に記入したり、スケッチをしていく。中にはカメラを持って写真撮影をしているグループもいた。
カメラを持っているなんて、お金持ちの学者さんだな。
オレはカメラを持っていたとしても、写す対象は遺跡じゃないけど……。
「ビートくん?」
学者のカメラを見ていたオレに、ライラが話しかけた。
「どうしたの?」
「あっ、ゴメン。ちょっとあのカメラを見ていたんだ」
オレが学者のカメラを見つめる。
「カメラ……高級品ね」
「うん。あの学者さんはすごいお金持ちらしい。そしてそのカメラで、遺跡の写真を撮っているみたいなんだ。好きなことにカメラを使えるっていうのが、ちょっとうらやましいなって……」
「ビートくんは、もしもカメラがあったら、何を撮りたいの?」
「オレが撮りたいものは……」
カメラがあったら、撮影したいもの。
それはもう、オレの中で決まっている。
「……ライラかな」
「わっ……わたし……!?」
ライラは驚いたように自分を指し示す。
オレが頷くと、ライラは笑顔になり、尻尾をブンブンと振り始めた。
「ビートくん……!」
「おうわっ!?」
突然抱き着かれ、オレは顔を真っ赤にする。
「ビートくん、嬉しい……!」
「ライラ、ここではちょっと……!」
周囲から生暖かい視線を感じる。
遺跡にカメラを向けていた学者までもが、こちらに視線を向けていた。
お願いですから、こっちにカメラを向けないでください!
こんな姿を撮影しても、面白くないですよ!?
オレはなんとかして、抱き着いてくるライラをなだめて引き離した。
「やぁ、旅の少年少女」
遺跡を見ていると、聞き覚えのある声がした。
まさか、この声は……。
オレが振り返ると、カリオストロ伯爵がいた。
「カリオストロ伯爵!!」
ライラが驚いて、相手の名前を呼んだ。
「ヨルデムでは、ご馳走様でした!」
オレがそう云うと、カリオストロ伯爵は微笑んだ。
「どういたしまして」
「カリオストロ伯爵も、遺跡を見に来たのですか……?」
「もちろんだ」
カリオストロ伯爵は頷く。
「私は考古学にも興味があるんだ。そしてここにある女神像も見に来た。君達は、エンジン鉱山を見たこともあるかね?」
カリオストロ伯爵の問いに、オレたちは頷く。
それを見て、カリオストロ伯爵は満足そうに頷いた。
「そうかそうか。あのエンジン鉱山に埋まっている遺跡や遺物と、このティーバリにある遺跡はよく似ているんだ。不思議だとは思わないかね?」
「確かに、そうですね。不思議です」
「これから女神像を見に行くが、君たちも一緒にどうかね? 場所は知っているから、案内するよ」
カリオストロ伯爵の問いかけに、オレたちは答えた。
「是非!」
「お願いします!」
オレとライラの答えに、カリオストロ伯爵は頷く。
「わかった。それでは、案内しよう!」
カリオストロ伯爵が歩き出し、オレたちはそれに続いて歩き出す。
歩きながら、カリオストロ伯爵はあちこちの遺跡の特徴を話してくれた。
どれも同じように見えた遺跡も、実は細部を見ると違うことを、カリオストロ伯爵は教えてくれた。
その解説はとても面白く、オレたちは退屈することなく、女神像まで辿り着いた。
「見たまえ、これがティーバリの象徴でもある、女神像だ」
カリオストロ伯爵がそう云いながら見上げ、オレとライラも見上げた。
ティーバリの女神像。
オレのイメージと違い、非常に大きかった。まるで巨人族のようだ。そして身にまとった布のような衣服。そして手に持った燭台と1冊の本。もしかして、本が好きな女性だったのかな? 足元にはどういうわけか、奴隷がつけるような足枷がある。だが、鎖だけは壊されていた。一体、それが何の意味を持っているというのだろう?
顔は端正で整っている。人族の女性としては、かなり美しい部類に入るだろう。
もちろん、ライラには敵わないが……。
「美しいわね……」
「うん。だけど……ライラのほうが、美しいな」
オレがそう云うと、ライラは顔を真っ赤にする。
「ビートくん……もうっ、人の前で止めてよぉ、恥ずかしいじゃない」
顔は真っ赤にしているが、尻尾をブンブンと振っている。
すごく喜んでいる証拠だ。
「本当に仲の良い夫婦だな。太古の時代に生きた者の中には、共に埋葬された者も居るんだ。君達は、そうなるかもしれないな」
「カリオストロ伯爵って、考古学者なんですか?」
「祖父がそうだったのだ」
ライラの問いに、カリオストロ伯爵は答えた。
なるほど、だから考古学についてあんなに詳しかったのか。
「私は祖父から、様々な考古学の話を聞いて育った。だから興味があるんだよ。そして、この女神像は実に美しい。そちらの獣人族の少女には、負けるがね」
「えへへ……ありがとうございます」
ライラが嬉しそうに云い、オレは誇らしくなる。
カリオストロ伯爵も、ライラのほうが美しいと分かるなんて……!
確かな審美眼を、カリオストロ伯爵はお持ちのようだ。
「そしてあの女神像なんだが、実は作られた時代には、あるものの象徴として人々に親しまれていたそうだ」
「あるものの象徴……?」
「その象徴が何なのか、分かるかな?」
オレは問われて、もう一度女神像を見上げる。
燭台と本を持っていること以外では、ライラに負けず劣らずのグラマラスな身体を持った、美人ということしか分からない。
「うーん……本が好きな女性としか、分からないです」
「確かに、見た目ではそうだな」
カリオストロ伯爵はそう云うと、女神像の足元を指し示す。
「あの女神像の足元には、引きちぎられた鎖がある。鎖とは、奴隷や境界の象徴。それを引きちぎっているということは、自由を意味しているんだ」
「自由……?」
「引きちぎられた鎖が、自由を……?」
目を丸くするオレとライラに、カリオストロ伯爵は続けた。
「あくまでも、私の仮説ではあるがね。鎖には様々な意味があるから、もしかしたら別の意味かもしれない。しかし、足元に引きちぎられた鎖があり、さらに女神の足には足枷がついている。だから私は、束縛からの解放……つまり自由を象徴しているのではないかと、考えているのだよ。そして、自由の象徴として、人々に親しまれていたのではないかと、考えているのさ」
「なるほど……」
カリオストロ伯爵の深い洞察力に、オレはすっかり感心してしまっていた。
さすがは祖父が考古学者なだけある。
感心しているオレたちの前で、カリオストロ伯爵は懐中時計を取り出した。
文字盤を見ると、落ち着いた様子で懐中時計をポケットに戻した。
「さて、私はこれから用事があるんだ。また会おう、ビートにライラよ」
マントを翻すと、カリオストロ伯爵は歩き出した。
オレとライラが挨拶をすると、カリオストロ伯爵は振り返り、右手をそっと挙げて応えてくれた。
女神像の前に、オレとライラだけが残された。
カリオストロ伯爵と別れてからも、オレたちは女神像を見つめていた。
「自由の象徴……か」
オレは女神像を見上げながら、呟く。
「全ての人は、自由を手にして、自由に生きるべき……という意味なのかな?」
「わたしには……望まない運命からの解放、という感じがするわ」
「望まない運命からの解放?」
ライラの言葉に、オレは目を丸くする。
いつの間にか、哲学的な言葉を述べるようになっていたなんて……。
しかし、それはどういう意味なのだろう?
「どういうこと?」
「ビートくんが、グレーザー孤児院でわたしを強盗から助けてくれた時のことを、思い出したの」
ライラの言葉で、オレは過去の記憶を思い出す。
グレーザー孤児院に押し入ってきた強盗に、ライラが捕まった。銀狼族だと気づいた強盗によって、奴隷として売り飛ばされるところだったが、オレがライラを助けた。それ以来、ライラはオレにべったりになった。
ライラは、奴隷にだけは絶対になりたくないと云っていた。
あのままオレが助けなかったら、ライラは間違いなく奴隷になっていただろう。
「ビートくんが、わたしを奴隷になるという運命から、解放してくれた。わたしは今でも、そう思っているの。奴隷という望まない運命から、わたしを解き放ってくれたビートくんには、本当に感謝している」
「そんな、大げさな……」
オレは助けたい一心で、ライラを助けただけなんだけどな。
奴隷になる運命から解き放ったとか、そんなドラマチックなことは考えていなかった。ただ、助けるので必死になっていただけだ。
そんなことを考えていると、ライラがオレの右腕に抱き着いてきた。
そしてオレの右頬に、キスをした。
オレは驚いて、顔を紅くする。
「ライラ……!?」
「えへへ……自分を抑えられなくなっちゃった」
ライラも顔を紅くして、尻尾を振りながら答える。
やれやれ、ライラには敵わないな……。
オレはそんなライラに、そっと微笑んだ。
アークティク・ターン号の出発時間までに、オレたちは列車に戻った。
センチュリーボーイが汽笛を鳴らすと、アークティク・ターン号は再び走り出す。
オレとライラは再び、南へ向かって東大陸を進み始めた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!
次回更新は12月27日の21時となります!





