第22話 ライラvs巡回説教師
「いい加減にしてよ! 何様なのあなた!!」
巡回説教師の態度に、ライラが怒りの声を上げた。
オレの前に出たライラの尻尾はピンと立ち、毛が逆立っている。ライラが、本気で怒っていることが、オレにはすぐに分かった。
だがおそらく、この巡回説教師はそれを理解していないだろう。
ライラを怒らせると、どういうことになるか。
オレは一緒に長く過ごしてきたからこそ、よく分かっている。ライラが本気で怒ると、どんなに怖いか……。
今から巡回説教師は、それを理解するはずだ。
「何様だと……!?」
巡回説教師は、眉間にシワを寄せた。
自分よりも圧倒的に年下のライラにそう云われたことが、気に食わなかったのだろう。
「食事をしに来ただけなのに、どうして興味もない話を聞かなくちゃいけないのよ!?」
「小娘、相手が誰なのか分かって云っておるのか!?」
「わたしは小娘じゃなくて、ライラっていう名前があるの! ビートくんの奥さんなのよ!!」
ライラ、名前はともかく、その後の情報は必要なのか?
オレは疑問になったが、ライラにとっては重要なのだろう。
巡回説教師は、一瞬だけ驚いたように目を見張ったが、すぐに元の表情に戻った。
一瞬だけだったから分かりにくくかったが、今のは何だったのだろう?
「美味しい食事を食べてから、ビートくんと一緒に夜遅くまで楽しもうと思っていたのに、あんたのせいで予定が狂っちゃったじゃない!!」
「ちょっと、ライラ、それは止めて……!」
辺りを見回して、オレは顔を真っ赤にした。
周りには大勢の人が居る。あえて何がとは云わないが、この状況下でそんな発言は控えてほしい。それもまるで当然のことのように云うのは、聞いているこっちが恥ずかしくなってしまう。
相変わらず、ライラは当然のことを云ったと考えているようで、恥ずかしがっている様子などどこにも見られない。
巡回説教師に対して、ライラはさらに続けた。
「そもそも、どうして巡回説教師が来ているだけで、食堂車が使えなくなるのよ!? おかしいじゃない! この列車には食事をしたい人が大勢いるのに、他の人のこと、まるで考えてないじゃない!! 食事がしたかったわたしとビートくんは、すごくガッカリしたのよ!? そんな時に興味のない話を強制的に聴いていくように云ってくるとか、どういう思考をしているのよ!?」
「私の話には、それだけの価値があるものだからだ!!」
巡回説教師は、当然のこととばかりに云う。
その価値ってものが、具体的に分からないんだけどな……。
「そんなこと、こっちとしてはどうでもいいわよ! わたしにとって大切なのは、ビートくんと一緒に過ごす時間! その時間の方が、大金貨よりも価値があるものなんだから!!」
恥ずかしいが、ライラの言葉は最もだった。
オレにとっても、ライラと共に過ごす時間の方が大切だ。大金貨が手に入るよりも、ライラと一緒に居られる時間の方を優先する。大金貨は後でも手に入れられるのに対して、ライラと一緒に居られる時間は限られているからだ。
いつどこで死ぬか分からない。だからオレは、ライラと一緒に居られる時間を大切にしたい。
それにしても、早くライラと個室に戻って食事がしたい。おまけにこれ以上続くようなら、どこかでライラが危険にさらされるかもしれない。
オレはそっと、リボルバーに手をかざした。
すると、巡回説教師が口を開いた。
「小娘、貴様は先ほどその男の妻だと云ったな!?」
「そうよ! ビートくんとわたしは、どこに居てもいつまでも一緒に居るの!!」
ライラが堂々と宣言すると、巡回説教師は目を見開いた。
間違いなく、これまで以上に怒りを抱いている。
「こ……この汚らわしい畜生女め!!」
巡回説教師は顔を真っ赤にして、叫んだ。
「畜生の女なんかが、誇り高き人族の男の妻になることなど、あってはならないことだ!! すぐに人族の男と別れて、二度と近づくな!! 汚らわしい畜生が!!」
こ……こいつ、ライラのことを畜生呼ばわりしやがった!
オレの大切なライラを畜生というとは、いい度胸だ!
こうなったら……決闘だ!!
オレがリボルバーに手を掛けようとした時、オレは空気が凍りつくような視線を感じた。
そっと辺りを見回すと、先ほどまで熱心に巡回説教師の話を聞いていた人々が、冷たい視線を向けていた。
しかしその視線が注がれている先は、オレとライラではない。
オレたちの目の前にいる、巡回説教師だ。
「おい、説教師様はなんと云った……?」
「汚らわしい畜生女と、云っていたぞ……!?」
「おかしいじゃない。神は人族と獣人族は平等であり、どちらかが上や下といった優劣はないって、話していたじゃないか!」
「説教師様の言葉は、博愛と人族と獣人族の平等を謳われた神の教えに、明らかに反していたぞ……?」
あちこちでひそひそと話す声が聞こえ、疑念に満ちた目が増えていく。
そしてついに、誰かがこの言葉を放った。
「まさかこいつ……巡回説教師じゃないんじゃないか……?」
その言葉に、巡回説教師の顔色が変わっていく。
しまったという気持ちが、隠すことなくにじみ出ていた。
ふと思ったオレは、ライラを抱き寄せ、巡回説教師を指さした。
「こいつは、詐欺師だ!!」
オレが叫ぶと、巡回説教師の周りにいた人々の目が、敵意むき出しのものへと変わった。
その視線は巡回説教師へと注がれ、巡回説教師から先ほどまでの威厳と威勢の良さは消え失せた。
「い……今のは口が滑っただけじゃ……」
弱々しい声で、言い訳をする巡回説教師。
しかし、それが逆効果になることは、誰だって想像がつく。
人々は立ち上がると、巡回説教師に詰め寄った。
「ふざけんな!」
「お布施を返しやがれ!!」
「宗教を使って詐欺を働く罰当たり野郎!!」
巡回説教師は怒りに満ちた人々によって、次から次へとどつかれていく。
そして受け取っていたお布施は、奪い取られていった。
これ以上、この場に留まるのは危険だ。
そう判断したオレは、どさくさに紛れてライラを連れて、食堂車を脱出した。
少ししてから、誰かが呼んだのか食堂車の方に走っていく鉄道騎士団と、オレたちはすれ違った。
「あ……あの巡回説教師め、ライラのことを畜生呼ばわりするなんて……!!」
落ち着いてきたオレは、巡回説教師への怒りが沸き上がってきた。
ライラのことを畜生呼ばわりした奴は、過去に何人かいた。そしてオレは、その度に大激怒してきた。最愛の女性であるライラを畜生呼ばわりするのは、オレに対する宣戦布告と同じだ。
「絶対に許さない! 今度会ったら、絶対にライラに謝罪させてやる!!」
「ビートくん……」
怒りに燃えているオレに、ライラが抱き着いてきた。
ライラのいい匂いが、オレの鼻孔をくすぐり、オレから怒りの感情は消えていく。
「わたしのために、ありがとう……」
「ライラ……」
そうだ、もう視界から消えた相手のことに怒りを抱く必要はない。
オレにはライラがいる。どうでもいいことで怒るよりも、ライラとの時間を共有しないと!
グウウーッ。
いい雰囲気の中、オレのお腹が盛大に鳴った。
そうだ、すっかり忘れていたけど、オレたちは食堂車へ食事をしに来たんだった。
そして今の今まで、何も食べていない。
お腹が鳴るのも、当たり前だ。
「夕食……まだだったね」
「そうだな。売店で、何か買っていこう」
オレの言葉に頷いたライラは、抱き着いていた手を離して、オレの右手を握り直した。
売店で食事を購入したオレたちは、個室に戻って夕食を済ませた。
そして夕食後、オレとライラは遅くまで個室の中でお互いを求め合った。
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次回更新は12月26日の21時となります!





