第21話 巡回説教師
アークティク・ターン号は、コンコードを出発した。
オレはなんとかして、コンコードを出発するまでに、消費した弾丸を補充しておきたかった。今のアークティク・ターン号には、ハッターさんのように武器弾薬を扱っている行商人が乗り込んでいない。弾丸が枯渇することは、万が一の時に死を意味するからだ。
だが、オレは補充しておきたかった弾丸の半分程度しか、補充できなかった。
駅馬車強盗が現れたことで、コンコードの人々が弾丸をイナゴのようにかっさらっていったためだ。
こうなってしまうと、オレにできることは限られてくる。
弾丸を自作するか、悪いことが起こらないことを祈るだけだ。
弾丸を自作することはできる。
ドーラさんから教えてもらったし、自作するための道具も持っている。
しかし今は、材料がない。弾丸を自作するために必要な材料は、アークティク・ターン号の行商人は取り扱っていない。
オレにできることは、悪いことが起こらないよう祈るだけとなった。
「もうしばらく、強盗と戦うなんてこりごりだ……」
オレは窓の外の景色を眺めながら、つぶやく。
景色はどう見ても平和そのものなのに、どうしてオレの周りは物騒なのか……。
「ビートくん」
ライラから声をかけられて、オレは振り返る。
「ライラ、コンコードでは本当にありがとう。助かったよ……」
そうだ、ライラが居なかったら、オレはあそこで命を落としていただろう。
あの時、ライラがリボルバーを投げてくれなかったら、本当にヤバかった。今のオレがこうして生きていられるのは、ライラのおかげのようなものだ。
「無事で良かったわ。ビートくんにもしものことがあったら、わたしはミーケッド国王とコーゴー女王に合わせる顔がないから……」
「ライラ、そこまで考えなくてもいいよ」
オレはそっと、ライラの頭に手を置いた。
「オレはこうして生きてる。そしてこうして、ライラを撫でることができる。それで十分じゃないか?」
「うん……ビートくぅん……」
ライラはオレに身体を預けながら、尻尾をパタパタと振る。
尻尾をゆったりと振るのは、親愛の証だって聞いたことがある。おそらくそれは、間違ってはいない。
いつだって、オレに頭を撫でられている時のライラは、尻尾をゆったりと振っていた。笑顔で尻尾を振るライラを見ていると、ライラのためならなんだってできそうな気持ちになってくる。
いや、実際なんだってできるはずだ。
ノワールグラード決戦でアダムを殺し、銀狼族を守り抜いたのだから。
すると、ライラがオレを見上げた。
目がトロンとしていて、ライラが何を考えているのか、すぐに分かった。
「ビートくん……」
「ライラ……」
オレはライラに応えるように、顔を近づけていく。
ライラはそっと目を閉じて、唇を差し出した。
あともう少しで、ライラの唇に触れる……!!
その直前。
グゥーッ……。
オレとライラのどちらかのお腹が、音を立てた。
「あ……」
ライラが顔を真っ赤にする。
どうやら、ライラのお腹が鳴ったようだ。
「えへへ……お腹空いてきちゃった」
「そういえば、昼から何も食べていなかったな」
駅馬車強盗のおかげで、オレとライラはティータイムを楽しむことができなかった。
それにもう、夜の7時を回った。お腹が空いてきても、おかしくはない。
混んでいるかもしれないが、食堂車に行こう。
空腹の状態で我慢したとしても、得られるものは何もない。
「食事が先だな。食堂車に行こうか」
「うん!」
ライラはオレから離れて、財布を手にした。
オレも財布を手にすると、共に2等車の個室を出て食堂車に向かった。
「……あれ?」
食堂車に近づいてきたオレは、様子がいつもと違うことに気がついた。
食堂車の中を覗くと、奥に誰かが立っている。そして中にいる人々のほとんどは、奥にいる人物を見つめているようだ。
何かの集会でも、やっているのだろうか?
それにしても、どうして食堂車で……?
「ビートくん、何か話しているみたい」
「そうだな。だけど、食事くらいはできるんじゃないかな?」
オレは淡い期待を抱きながら、食堂車の中に足を踏み入れた。
「つまりである。この世界では誰しも罪を背負って生きているのである」
食堂車に入ると、奥に立っている者の声がよく聞こえてきた。
話している内容から、巡回説教師だとオレは見当をつけた。
巡回説教師は、各地を回って宗教の教義や哲学を説いている存在だ。そしてお布施を貰って、生活をしている。娯楽が少ない村や町では、ありがたがられることも多いと聞いている。かつてグレーザー孤児院にも来て、説教をしていったことがある。オレはライラに誘われて、別の場所で遊んでいたため、何を話していたのかは記憶にない。
食堂車で説教をしている巡回説教師は、主に宗教のことを話しているようだ。
しかし、今は巡回説教師のことなどはどうでもよかった。
オレたちは食事をしに来ただけで、巡回説教師の説教を聞きに来たわけではない。
それにオレとライラは、銀狼族の村で銀狼族に広く信仰されている、自然信仰をしている。
特別信仰心を持っているわけではないが、巡回説教師の説教は、今のオレたちにはあまり関係ない。
オレたちはカウンターの空いている場所に腰掛けた。
「すいません、メニューを――」
オレがウエイターに向かって云いかけたが、ウエイターは申し訳なさそうに首を振った。
「お客様、大変申し訳ございませんが現在は食堂車としての営業を一時取りやめております」
「どっ、どうして!?」
「ご覧の通りです」
ウエイターが小声で云い、オレは辺りを見回す。
誰もが皆、巡回説教師の話に耳を傾けていて、食事をしている者などどこにもいない。
「巡回説教師が来て説教をしている時は、説教が終わるまで食堂車として営業はできないのです。食事の提供をしてしまいますと、巡回説教師や説教を聞いている方から苦情が来てしまいます。申し訳ございませんが、説教が終わるまでお待ちいただくか、売店をご利用ください」
「そんな……」
なんということだ。
巡回説教師が来て説教をしている。たったそれだけのことで、食堂車そのものが営業できなくなってしまうなんて……!
全く予想外だ。
しかし、オレたちは食事をしないわけにはいかない。
オレもライラもお腹が空いているし、このまま巡回説教師の説教が終わるまで待つことはできない。
「ライラ、しょうがない。売店で何か買って、部屋で食べようよ。このままだと、いつ食事にありつけるか分からない。どう思う?」
「うん、わたしもそれがいいと思う。売店なら夜の11時まで空いているし、急ごう」
ライラの答えに、オレは頷いた。
カウンターを立つと、オレはライラと共に食堂車の出入口に向かおうとした。
そのとき、オレたちは声をかけられた。
「そこの君たち!!」
オレたちが振り返ると、いつの間にかオレたちの後ろに、巡回説教師が立っていた。
「な……何か用でしょうか?」
オレは、巡回説教師に尋ねる。
ながい髭を持つ、長身の老人。ローブに身を包んでいて、いかにも堅物そうな感じの顔つき。
面倒な説教師に絡まれたな。
そっとため息をついた。
「君たちも、私のありがたい説教を聴いていきなさい」
巡回説教師の言葉に、オレは再びため息をつく。
ありがたい説教って、自分でいうものなのか……?
オレもライラも、巡回説教師の話に興味はない。
一刻も早く、食事をしたい。そして個室でゆっくりと、ライラの尻尾をモフモフしたい。
オレが考えていることは、それだけだった。
「いえ、お気持ちは大変ありがたいのですが、遠慮します。僕たちは食事をしに来ただけなので」
なるべく丁重に、お断りしたつもりだった。
だが、オレの言葉を聞いた巡回説教師の表情に、怒りの色が鮮明に現れた。
「ワシのありがたい話が聴けぬというのか!?」
巡回説教師はオレに近づいてきて、見下ろした。
近づいたせいか、先ほどよりも背が高いように感じられる。
「ワシの話には、食事を抜いてでも聴く価値があるのじゃぞ!! 父なる神からのメッセージと、数々の逸話はどんなことを後回しにしても聴くに値するものだ。それをタダで聴けるなど、滅多にないことなのじゃぞ!?」
一気に畳みかけるように、巡回説教師が云ってくる。
こんなに近くで、口角泡を飛ばしながら話さないでくれ。
「いえ、遠慮させていただきます」
これは一度、はっきりと云っておいたほうがいいな。
そう思ったオレは、本音を全てぶつけることにした。
「僕は孤児院で先生から『衣食足りて礼節を知る』と学びました。オレたちは食事をしたい気持ちで来ただけで、説教を聴きにきたわけではありません。興味のない人に対して説教をするのは、失礼だと思います。それが巡回説教師のやることではないはずです。僕たちはこれ以上争う気もありません。早く食事がしたいので、これにて失礼します」
オレがそう云うと、一瞬静まり返った。
これでやっと、オレたちが食事をしに来ただけで説教を聴く気は無いと、理解してくれただろうか?
「こ、このガキ!!」
巡回説教師は、顔を真っ赤にして怒り始める。
本音をぶつけたせいか、余計にヒートアップしてしまったみたいだ。
「ワシの説教を聴くよりも、食事のほうが大事だとは、薄汚い欲にまみれておる!! これからたっぷりと説教をしてやるから、その欲をすべて捨てていけ!!」
ヤバい。これは面倒くさいことになってきた。
鉄道騎士団を呼んで、対処してもらったほうがいいだろうか。
ソードオフは個室に置いてきてしまった。
リボルバーはあるが、弾丸を無駄に撃つことはできない。それに、この巡回説教師を撃ったとしても、直接的に危害を加えられたわけではない。つまり、正当防衛にはならない。
対応を誤れば、鉄道騎士団に捕まることになる。
どうしようか悩んでいると、オレの前に獣耳の少女が飛び出した。
ライラだった。
「いい加減にしてよ! 何様なのあなた!!」
ライラの声は、怒りに満ち溢れていた。
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