第2話 ジオストの女神
アークティク・ターン号がジオスト駅のホームに滑り込んでいき、ゆっくりと停車する。
これからまた24時間ほど、停車するはずだ。
その証拠に、次々と乗客たちは降りていく。
そんな様子を見ていたオレとライラも、立ち上がった。
「オレたちも降りて、ジオストの街に出ようか」
「うん!」
オレの提案に、ライラは頷いた。
オレはトキオ国防軍の戦闘服を身につけ、ライラはオレが贈った白いマントを羽織る。北大陸ではすっかりおなじみになった、オレたちの外出着だ。
最小限の荷物を持ち、オレとライラは個室を出た。個室に鍵をかけると、そのまま列車から降りてホームへと飛び降りた。
ホームに降り立つと同時に、強烈な寒さが襲ってきて、オレは思わず身を縮める。
「うっ、寒いっ!!」
サンタグラード以来の北大陸の強烈な寒気が、オレの身体にまとわりつく。
南大陸で育ったオレにとって、どれだけ北大陸で時間を過ごしても、一向に慣れることのないものだ。早くもオレは、温暖で安定した気候の銀狼族の村が、懐かしくなってきた。
しかし隣にいるライラは、あまり寒さを感じていないらしい。マントのフードも取っていて、風でマントの前が開いているのに、いつもと変わらない表情だ。それにスカートの下はタイツなどは身につけておらず、生足だ。寒風にさらされているのに、寒そうな素振りは全く見られない。
「ねぇ、ビートくん」
オレが手を擦り合わせていると、ライラが口を開いた。
「あそこで、駅員さんの周りに人が集まっているの」
「えっ?」
ライラの視線の先を、オレは見つめる。
確かに、駅員の周りに何人か人が集まっていた。一体、何があったのだろうか?
「本当だ。何かあったのかな?」
「わたしたちも行ってみよう。もしかしたら、重要なことかもしれない」
「そうだな。まずは確かめに行くか」
オレたちは、駅員のところへと近づいていった。
「「えーっ!? また3日間停車!?」」
駅員から説明を受けたオレたちは、ほぼ同時に叫んだ。
自分の耳を疑ったが、何度聞いても返答は変わらなかった。
「大変申し訳ございません、お客様」
駅員は残念そうな顔をして、オレたちに頭を下げてくる。
「3日間も停車するなんて……この先で吹雪が吹き荒れているんですか?」
確か、オレたちが初めてジオストに来たときのことだ。
あの時は、猛烈な吹雪がジオストとサンタグラードの間で吹き荒れ、アークティク・ターン号が走れなくなってしまったために停車となった。
もしかしたら、今度も猛烈な吹雪のせいで、停まったのかもしれない。
オレにはそうだとしか考えられなかった。
しかし、駅員から返ってきたのは、予想外の言葉だった。
「吹雪ではありません。実は、北大陸のゲリラ組織『北方革命大陸軍』がこの近辺に潜伏している可能性があることが、先行する列車からの情報で判明いたしました」
駅員からの言葉に、オレは耳を疑った。
北方革命大陸軍だって!?
その単語に、オレは自然と手が震えてくるのを感じた。
まさか、こんなところで……。
「ねぇビートくん」
ライラが、オレの服を軽く引っ張った。
「北方革命大陸軍って、何?」
「……ゲリラ組織だ」
「ゲリラ組織?」
首をかしげるライラに、オレは向き直った。
「ゲリラ組織ってのは、少人数で一国の軍隊に相当する戦力を持っている奴らのことだ。歴史上では、大国の軍隊を壊滅に追いやり、歴史を塗り替えたこともある。だけど、その多くはならず者の冒険者や荒れ地に逃れた犯罪者、山賊となった元軍人で構成された犯罪組織なんだ」
「……!!」
ライラが絶句する中、オレは続けた。
「そして北方革命大陸軍は、北大陸で活動するゲリラ組織だ。元々は貧民たちを救うために重税を課す有力者を相手に戦っていたんだが、いつからか凶悪犯罪に走り始めた。今では自分たちの利益のために、邪魔な奴は身内や仲間でさえ殺害を厭わない危険分子になっている」
「そんな人たちが、近くにいるの……?」
ライラが怯えた目で、オレに訊いてくる。
オレは頷いた。
「下手に動かないほうがいい。北方革命大陸軍は、オレでも相手にするのは嫌だ」
震えているライラの手を、オレはそっと握る。
「とにかく、3日後まではホテルで大人しくしていよう。こういうときは、動かないほうがいいって、ドーラさんも云っていたじゃないか」
ドーラさんというのは、銀狼族の村にいた元冒険者の女性だ。
グレイシアや他の連絡員たちに、冒険者としての技術や心構えを伝授していた。オレたちも銀狼族の村にいた頃に、会ったことがある。豪快な女性で、過去に先立たれた夫から贈られたペンダントを、いつも身につけていた。
「そ……そうね!」
「とにかく、ここは寒いからホテルに行こうか」
オレの言葉に、ライラは頷いた。
オレたちは以前にも宿泊したホテルの部屋に、チェックインした。
暖かいホテルの部屋に荷物を置くと、オレたちは食事をするために部屋を出た。
本当なら、ホテル以外の場所にあるレストランで、ジオストの名物を食べたかった。だが、暖かいホテルにチェックインした直後に、極寒地獄ともいえるジオストの街に繰り出す気分にはなれない。幸い、ホテルの中にもレストランはある。しかも、ジオストの名物であるイモと肉料理がある。これを利用しない手はない。
オレとライラはレストランに入ると、メニューを開いた。
名物料理として『モココロイモ』と『ホットミート』というイモと肉料理がメニューに載っていた。
人族のウエイトレスがやってきて、オレたちはモココロイモとホットミート、そして紅茶を注文する。
ウエイトレスは注文内容を確認すると、厨房の方に向かっていった。
しばらくしてから、料理がテーブルに運ばれてきた。
「お待たせしました! モココロイモとホットミートです!」
ウエイトレスがテーブルの上に、オレたちが注文した料理を並べていく。
モココロイモは、蒸したイモにバターを乗せた料理だ。そしてホットミートは、辛い調味料をつけて食べる大きめのステーキだった。どんな料理か分からず、名前だけでイメージを膨らませていたオレたちは、出てきた料理に目を丸くした。
これが名物料理なのか……?
オレは疑問に思っていたが、ライラは空腹も手伝ってか、すでに目の前に置かれたモココロイモとホットミートに目を光らせている。
「ご注文は以上で……まぁ、お客様、素敵な銀髪ですね!」
ライラを見たウエイトレスが、ライラの髪を褒めた。
「そ、そうですか?」
「えぇ、とっても! まるで伝承にある女神様みたいです!」
「ありがとうございます。もしかして女神さまって、ゴリラの化け物からジオストの街を守ったという、あの女神様ですか?」
お礼を云ってからライラが問うと、ウエイトレスは頷いた。
「そうです! よくご存知ですね。お客さんだけではなく、ジオストに銀髪の女性が来ると、女神様の生まれ変わりじゃないかって、騒ぎになることがあるんですよ。特に酒場ではよく起こります。巻き込まれるとちょっと厄介だから、気を付けてくださいね」
「はーい!」
返事をするライラに、ウエイトレスは伝票を手渡して去っていった。
「さて、冷めないうちに食べようか」
「うん!」
オレとライラは、フォークとナイフを手にすると、食事を始めた。
モココロイモはホクホクしていて、熱で溶けたバターとよく絡んで美味しかった。熱くて火傷するんじゃないかと思うほど、熱いこともあり、口に入れるとついハフハフとしてしまう。
そしてホットミートは、辛い調味料がとにかく辛かった。しかも肉自体にもトウガラシがまぶしてあるらしく、調味料をつけていなくても、汗が噴き出るような辛さだった。オレは水を飲みながらなんとか食べられたが、ライラはあまりの辛さに、舌を出してハァハァしながら食べ進めていた。
まるで舌を出した犬みたいだ。
しかし、そんなことを指摘する余裕は無かった。
ホットミートにかけてしまった調味料が、オレの口の中で猛威を振るっていたためだ。
なんとか完食することはできたが、オレたちは紅茶よりも水を多く飲んだ。
会計を済ませるときには、食事ではなく水でお腹を膨らませたという気持ちの方が強くなっていた。
ホテルの部屋に戻ると、オレはイスに腰掛け、ライラはすぐにベッドに寝転がった。
そしてライラは横になったまま、動かなくなってしまった。
いつもなら、汗をかいたオレの臭いを嗅ぎに来るのに、それさえしない。ライラにとっても、ホットミートは応えたようだ。
今日はもうこのまま、どこにも出かけたくないな。
オレは天井を見つめながら、そう思った。
翌日になって、オレたちは部屋から出た。
アークティク・ターン号の出発は、あと2日後だ。まだゆっくりしていても、問題は無い。
「昨日の夕食は応えたなぁ……」
「うん。しばらくはステーキはいいよ」
オレはともかく、肉料理が大好きなライラでさえ、しばらくはステーキを控えたいようだ。
モココロイモはともかく、名物料理としてホットミート以上に凶悪なものは、そうそうないだろう。東大陸の工業都市、ギアボックスで食べた『ギアとシャフトのオイルベトベト和え~ゼンマイとハグルマを添えて~』のほうが、見た目のインパクトは上だが味は美味しかった。
ホテルのレストランで朝食を済ませ、オレたちは外に出た。
すでに吹雪は収まっていて、外では子供たちが雪合戦をして遊んでいる。
オレたちは、雪合戦をする気にはなれなかった。
寒さが厳しいから、ホテルに戻って本を読んでいたかった。それにもう、雪合戦で大はしゃぎするような年齢ではない。グレーザー孤児院に居た頃なら、違ったかもしれないが。
そのとき、どこからか銃声が轟いた。
「ビートくん!?」
「今のは、銃声だ!」
人々の叫び声が続き、逃げてきたであろう人たちが叫ぶ。
「大変だー!」
「ジオスト銀行に、強盗団だ!」
男たちが叫びながら、逃げていく。
オレは自然と、ソードオフに手が伸びていた。
「助けてくれぇ!!」
突然、1人の男がオレたちの前に倒れ込んだ。
「おい、しっかりしろ!!」
オレは慌てて、男を抱え上げる。
「強盗団と聞いたぞ。いったいどんな奴らだ!?」
「ほ……北方革命大陸軍だ!!」
「北方革命大陸軍だって!?」
オレは驚いた。
ゲリラ組織の北方革命大陸軍が、まさかこんなところにやってきていたなんて。
できれば、出会いたくなかった。
ペジテの街で戦った強盗連合なんかとは、比べ物にならない連中だ。
強盗連合のように、剣や単発式の銃器で武装しているのならまだいい。だが北方革命大陸軍はゲリラ組織だ。旧式とはいえライフル銃を装備しているし、もしかしたら新式ライフル銃を持っていても、おかしくはない。
戦うなら、AK47が欲しい。だが、AK47はアークティク・ターン号の貨物車に置いてきた。
オレの手元にあるのは、ソードオフだけだ。
北方革命大陸軍の人数によっては、苦戦を強いられそうだ……。
そんなことを考えていると、誰かがオレの手を握った。
ライラだった。
「ビートくん、行こう!」
ライラはオレの手をグイグイと引っ張る。
「このままだと、みんなの大切なおカネが盗まれちゃう! それに、もしかしたら傷つく人が出ちゃうかもしれない。そうなる前に、北方革命大陸軍を止めよう!」
「ライラ、オレは――」
「大丈夫! 私も戦うから!!」
ライラはスカートをたくし上げ、リボルバーを取り出した。
以前、護身用にといつの間にか行商人のハッターさんから購入していた、6連発のリボルバー。回転式の弾倉ごと交換でき、素早いリロードが可能な優れものだ。今はこうして、太腿にホルスターを取り付け、スカートの下に隠して持ち歩いている。
取り出す時に毎回、オレはライラの太腿を拝むことになる。オレだけならいいが、他の人に見られるのは、正直な気持ち嬉しくは無い。
これからは、隠し持つ場所を考えたほうがいいかもしれないな。
オレがそんなことを考えていると、ライラは回転式弾倉に入っている弾丸を確認し、回転式弾倉を元の位置に戻した。
「ビートくん!」
「よし、行こう!」
オレも背中から、ソードオフを取り出して、ライラと共に走り出した。
ジオスト銀行の内部では、武装した北方革命大陸軍のメンバーが、縛り上げた銀行員たちに銃を突きつけていた。
一部のメンバーが金庫を開けようといじっていて、残りのメンバーは外部を警戒している。すでに外には、騎士団が集まっていて、銀行を包囲していた。
「おい、まだ金庫は開かないのか!?」
ベレー帽を被った北方革命大陸軍のリーダー、トポが云った。
「はっ! 見た目は古いですが、なかなか手強い金庫であります!」
「必要なら、爆薬を使っても構わん。急げ!」
トポは指示を出す。
「すでにこの銀行は包囲されている。騎士団の包囲網を破って逃走しないと、我々に明日は無いぞ!」
「はっ! 可及的速やかに金庫を打破いたします!」
トポの指示で、部下たちは再び金庫と格闘を始める。
やがて、ダイヤルがピタリと合い、金庫が開いた。
「ご覧ください! すごい量です!」
「よし、手はず通り全て持ち出せ!」
部下たちが金庫の中身を袋に詰めていく様子を、トポは見ている。
人民から税金という名で財産を奪い、肥え太った薄汚い豚野郎共め。
お前たちの蓄えは、全て人民のための闘争のため、我々の血肉となる。
金庫の中身が空っぽになると、部下が袋をサンタクロースのように担ぎ上げた。
「隊長、完了しました!」
「よし、ずらかるぞ!」
トポはそう云うと、縛り上げた銀行員たちに銃を向けている部下たちに告げた。
「もう十分だ。しばらくそのままにしておいてやれ」
「はっ!」
部下が引き下がると、トポは銀行員たちを見下ろした。
「この金は、北大陸で革命を待ちわびている全ての人民のために使われるのだ。ありがたく思えよ」
「こ……この腐れ外道が!」
パンッ!
銃声が鳴り響き、トポを罵った銀行員の隣の壁に、弾丸がめり込んだ。
「腐れ外道だと……? それは人民から奪った金をしこたまため込んで肥え太った、お前らのことだ! 今外したのは、わざとだ! もう一度言ってみろ! 今度は外さないからな!!」
銃口から立ち上る硝煙が、本当に弾丸が発射されたことを証明する。
銀行員たちは、恐ろしさで何も云えなくなった。
「あばよ。しばらくじっとして――」
「隊長!」
部下の1人が叫び、トポはそちらに顔を向けた。
「どうした?」
「騎士団に、囲まれています!!」
窓の外を見ると、確かに正面には騎士団がいた。
正面はすでに固められていて、逃げ出したとしてもすぐに捕まってしまうことは明白だった。
雪でブロックを作り、そこからマスケットライフルを持った騎士が覗いている。
「フン、あんな骨董品でどうにかできると思っているのか。情けない」
「しかし、数が多いです。一斉射撃を食らったら、いくら新式ライフルを持っている我々でも、厳しいのではないでしょうか?」
「心配することは無い。そもそも、銀行を襲撃して正面から逃げていく奴など、いやしない。こっちだ」
トポはそう云うと、動き出した。
裏口から外を見ると、そこには雪で覆われた道路しかなかった。
人通りは全くない。当然、見張っているはずの騎士団もいない。
やっぱりな。だから騎士団は甘いんだ。
トポは音を立てないように外に出ると、部下たちに続くように指示を出す。
次々に銀行内から部下が出てきて、雪の上に足を下ろしていく。
これで後は逃げれば、作戦は成功だ。
全く、騎士団の連中と来たら、本当に甘くてどうしようもない。
これまでに骨のある騎士団もいなかったわけじゃないが、ジオストは本当にザルだ。
どうやら、今回の仕事も楽に終わったな。
トポがそう考えていた時だった。
「動くな!!」
若い男の声が、聞こえてくる。
トポが声のしたほうを見ると、人族の少年と獣人族銀狼族の少女が、こちらに銃口を向けていた。
オレはライラと共に、ジオスト銀行の裏側に向かっていた。
正面は騎士団が構えているが、裏側はどうなっているか分からない。
それを確かめるためにも、オレたちは裏側に向かわなくてはならなかった。
そして案の定、ジオスト銀行の裏側には騎士団がいなかった。
逃げるとしたら、裏側から外に出る以外に考えられない状況なのに、どうして建物全体を包囲しないのか。
騎士団の間抜けさに呆れつつも、オレは裏口から死角になる場所で、裏口を見張った。
「ビートくん、本当にここから、北方革命大陸軍が現れるの?」
「あぁ。間違いない」
オレはライラの問いに、そう答えた。
「正面から出ていけば、間違いなく騎士団は取り押さえようとする。わざわざ捕まりに行くようなものだ。それにジオスト銀行は、裏口が通りに面している。それなのに、こっちにはなぜか騎士団が来ていない。理想的な逃げ道だ」
「どうして、こっちには騎士団が居ないのかしら?」
「分からない」
そんなやり取りをしていると、ジオスト銀行の裏口が開いた。出てきたのは、戦闘服を着た数人の男たち。人族も獣人族もいる。数人は大きな袋を運んでいて、ほぼ全員が新式ライフルで武装している。北方革命大陸軍に、間違いなかった。
「ビートくん!」
「ライラ、出番だ!」
銃を取り出し、オレたちは北方革命大陸軍の前に躍り出た。
「動くな!!」
オレは叫んで、ソードオフ……ではなく、リボルバーを構えた。
少し前のことだ。
オレたちが再び旅に出る前、オレはライラの父親、シャインさんに呼び出された。
「ビートくん」
「お義父さん、何かご用ですか?」
「うむ。これはビートくんに深く関わることなんだ。まぁ、掛けなさい」
オレに、深く関わっていること。
その一言に、オレは生唾を飲み下した。
云われた通り、シャインさんの前に置かれたイスにオレは腰掛ける。
するとすぐに、シルヴィさんが紅茶を出してくれた。
ちなみにライラは今、グレイシアと共に酒造りに駆り出されている。若い女性が酒の素を丁寧に揉んで搾汁することで、酒が美味しくなるんだとか。
「それで、僕に関わる事とは……?」
「これだよ」
シャインさんはそう云うと、オレの前に1丁のリボルバーを置いた。
ライラが持っているリボルバーと、とてもよく似ている。
しかしグリップには、見覚えのある紋章のようなものが、刻み込まれている。ライラが持っているリボルバーには、それはない。
「これを、ビートくんに託そうと思ってね」
「これは……?」
「触ってみてごらん。弾丸は入っていないから、安心していいぞ」
シャインさんから云われ、オレはリボルバーを手にした。
実際に手にして、オレはライラが持っているリボルバーと同じだと確信した。
回転式弾倉は、すぐに取り外せるようになっている。装弾数は6発で、口径も全く同じ。
レミントン・ニューモデルアーミーだ。
「このリボルバーは、トキオ国の軍隊で制式採用されていたものなんだ」
「トキオ国で……!?」
オレは目を丸くした。
トキオ国。オレとライラが生まれた場所であり、同時にもう存在しない人族の国。
ミーケッド国王とコーゴー女王が治めていた国だ。そしてミーケッド国王はオレの父さんであり、コーゴー女王はオレの母さんだ。
そんなトキオ国で、ライラの両親のシャインさんとシルヴィさんは、オレの父さんと母さんに仕えていた。シャインさんは、近衛兵団の団長を任されていたという。
「今、ビートくんに手渡したものは、私がミーケッド国王から直々に手渡されたものなんだ。ミーケッド国王にお仕えしていた時から、常にそれを持ち歩いていた。だが今となっては、私は使うことが無い。だからビートくん、君が持つべきだと思うんだ」
「そんな……もったいないですよ!」
とても、受け取る気になれなかった。
これはシャインさんとオレの父さんの、友情の証のようなものだ。そんな大事なものを、オレが受け取っていい理由なんて、どこにもないはずだ。
「これは、お義父さんが持つべきものではないでしょうか?」
「いやいや、これからはビートくんが持つべきだ」
シャインさんは首を横に振って、そう云った。
「平和な銀狼族の村では、銃の出番はない。このまま私が持っていて腐らすよりも、使ってもらえる人の手に渡るべきだ。そして今、その人が私の目の前にいる。しかもミーケッド国王の息子……つまりは王子だ。ミーケッド国王も、ご子息様が使うのであれば、きっと喜んでいただけるはずだ」
「王子だなんて、そんな……!」
オレは、自分が王子だと思ったことなど、一度もない。
ミーケッド国王の息子なのだから、王子であることは確かだけど、今はトキオ国は無い。ミーケッド国王も、アダムによって殺された。だからオレは、王子ではない。
だけど、今この場でシャインさんの気持ちを断ることは、できなかった。
「……わかりました。ありがたく、頂戴いたします!」
オレはリボルバーを置き、シャインさんに向かって敬礼した。
「シャインさん、ありがとうございます!」
「こちらこそ、受け取ってくれて、ありがとう」
ライラと同じリボルバーを、ライラの父であるシャインさんから譲り受けた。
今度の旅に、オレが持っていく銃が、1つ増えた瞬間だった。
そして今、オレはそのリボルバーを手に、北方革命大陸軍と対峙していた。
ミーケッド国王ことオレの父さんが、ライラのお父さんのシャインさんに託した銃。オレの父さんとライラのお父さん、2人の手を渡って、オレの元へとやってきた。
オレにとって、非常に心強い武器だ。
理由は分からないが、必ず勝てる。そう信じて疑わなかった。
「動くな! 動くと撃つ!!」
オレは目の前にいる、ベレー帽の男に向かって叫ぶ。
男は顔色1つ変えることなく、オレに向き直った。
「お前たちは、誰を相手にしているのか、理解していないようだな」
「いや、分かっている。北方革命大陸軍だ」
「ほう。よく分かっているじゃないか」
オレはベレー帽の男とにらみ合う。
この男が、北方革命大陸軍のリーダーなのだろう。
目つきから、オレはそう思った。
にらみ合っている時間が、とても長く感じられた。
「お前の名前は?」
「ビートだ。お前は?」
「私の名はトポ。北方革命大陸軍のリーダーだ」
やはりそうか。
オレの目は、間違っていなかったようだ。
「ビートくん!」
オレの隣にいるライラが、オレに身体をくっつけてくる。
そのときになって気がついたが、オレたちはいつの間にか囲まれていた。
オレたちの周りをぐるりと、新式ライフルを手にした者たちが囲んでいる。全員、白いローブを着ていて顔は分からないが、北方革命大陸軍のメンバーであることは分かる。
敵に囲まれた、絶体絶命の状況下。
一般人なら、もうすでにこの時点で命乞いをしていても、全く不思議ではない。
だが、オレも隣にいるライラも、命乞いをする気など、全くなかった。
もっと云えば、銃を持った者たちに囲まれているのに、全然怖さを感じていなかった。
それはきっと、オレがあのノワールグラードの戦いを生き抜いたからだろう。
あれ以上の地獄は、そうそうお目に掛かれるものではない。
「生かしては帰さない」
「人民の敵め」
「生かしては帰さない。生かしては帰さない」
「人民の敵め。人民の敵め」
まるで呪詛を吐くように、オレたちを取り囲んだ北方革命大陸軍のメンバーが唱え続ける。
オレはライラと、背中合わせになった。
「ライラ、怖い?」
「ううん、全然。だって、ビートくんがいるから」
その言葉に、オレは微笑んだ。
そしてリボルバーを構え直す。
「ライラ、背中は任せたよ!」
「ビートくん、私の背中もお願いね!」
「もちろん!」
ライラの言葉に頷くと、オレは叫んだ。
「よし、全員やっつけるぞ!!」
オレはリボルバーの撃鉄を下ろし、引き金を引いた。
雪の街に銃声が轟いた。
戦闘は、あっけないほどすぐに終わった。
オレはライラと共に背中合わせでリボルバーを撃ち、取り囲んでいる北方革命大陸軍のメンバーに次から次へと弾丸を撃ちこんでいった。
相手が銀行強盗をしたという事実からか、オレたちは躊躇することなく、弾丸を放つことができた。
弾丸を受けた北方革命大陸軍のメンバーは、次々に倒れていく。
新式ライフルをかろうじて構えた者もいたが、引き金に指をかける前に、新式ライフルを雪の上に落とした。
慌てて拳銃に持ち替えようとしても、もう遅い。
それよりも早く、オレたちが放った弾丸が食らいついたからだ。
ものの十数秒で、オレとライラは北方革命大陸軍のメンバーを倒した。
残ったのは、北方革命大陸軍のリーダー、トポだけだった。
「ひっ……ひいいっ!!」
トポが情けない声を上げて、その場に尻もちをつく。
この展開はどうも予想外だったようだ。
確かに、いきなり現れた2人組の男女が仲間を全滅させたのだから、驚くのも無理はない。
しかし、オレは安心してはいなかった。
まだ近くに、仲間が残っているかもしれない。それにトポは、まだ武器を取り出していない。隠し持っている可能性だって十分にある。油断し切った所を狙われたら、反撃する前にやられる。
トポから目を離さずに、オレはリボルバーの回転式弾倉を取り外した。
戦闘服のポケットから新しい回転式弾倉を取り出し、リボルバーに装着する。
リロードが完了して、弾数が元の6発に戻った。
「おい、他に仲間はいるか?」
オレはトポにリボルバーの銃口を向け、問う。
トポは声も出せなくなったらしく、首を左右に振るだけだった。
「いないんだな。ライラ、周りを囲んでいた奴らは?」
「ビートくん、もう大丈夫よ! 騎士団が来たわ!」
ライラの言葉に振り返ると、騎士団がこちらに向かってきていた。
オレたちが撃った北方革命大陸軍のメンバーに手当てを施してから、手錠をかけていく。
どうやらこの後は、騎士団に任せた方がよさそうだ。
オレはリボルバーを、ホルスターに戻した。
それと同時に、トポが騎士団に拘束される。
「北方革命大陸軍のリーダー、トポだな。逮捕する!」
騎士が手錠をかけ、トポの身体を探って武器を押収していく。
トポの衣服の下からは、小型リボルバーと数本のナイフが出てきた。
ナイフまで持っていたとは。
取り出してこなくて、本当に良かった。
オレはそっと胸を撫でおろし、連行されていく北方革命大陸軍のメンバーを見送る。
北方革命大陸軍のメンバーは、全員でたったの7人しかいなかった。
たったこれだけで、あちこちの領主を恐れさせていたなんて。
たったの十数秒で片付けられたのは、運が良かったのかもしれないな。
オレは自分たちの運の良さに、感謝した。
北方革命大陸軍のメンバーが連行された後、オレたちも騎士団詰所へと連れていかれた。
事情聴取で、たっぷりと拘束されてしまった。
しかし、事情聴取でオレとライラの正当防衛が認められた。
おまけに相手がお尋ね者の北方革命大陸軍だったこともあり、賞金も出た。
これでまた、オレとライラの懐が少しだけ温かくなった。
しかし、それだけでは終わらなかった。
騎士団詰所を出ると、街の人たちが待ち構えていた。
何事かと思ったが、オレたちを見た途端、拍手喝采が沸き起こった。
「ジオストの女神様だ!」
「やっぱりこの街を、女神様は救ってくれた!!」
「ありがたや、ありがたや!!」
「女神様、ありがとうございます!」
オレは思いだした。
ジオストには、街を救った女神様の伝説がある。
銀髪の女性が、街に現れた白いゴリラを退治して、自らを女神だと明かしたという伝説が。
そして銀髪の女性が、女神様の化身として街の人から見られることがあると。
以前にも、ライラが女神様の化身だとして、軽く騒ぎになりかけたことがあった。
それと同じようなことが、ここでも起きようとしている。
「ライラ、行こう!」
「う、うん!!」
オレの言葉に、ライラはすぐに頷いた。
手を取り合って、オレとライラは走り出す。
「まっ、待ってください、女神様!」
オレへの感謝の言葉は、無しかよ!!
そう思ったが、そんなことは云ってられなかった。
これ以上、寒い中に立たされたらたまらない。
早くホテルに帰って、暖かい部屋でゆっくりしたい。
オレとライラは、大急ぎでホテルへと向かっていった。
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