第19話 駅馬車
レミントンを出発して、アークティク・ターン号は次の停車駅のコンコードに向かって走っていく。
オレは2等車の個室で、ライラに膝枕をしてもらいながら、ウトウトしていた。
ライラの膝枕は温かい。さらにライラが、オレの大好きな尻尾を掛けてくれている。こうなるとオレは、もうその魅力に抗えなくなってしまう。
スカートの下に確かに感じるライラの太ももを感じながら、モフモフの尻尾を堪能する。
これはもう、最高の贅沢だ。
しかしこれには、1つだけ難点がある。
オレが眠くなってしまうことだ。
そのためオレは、ウトウトする状態でなんとか自分を留めようとしていた。
もっと、もっとこの天国を味わっていたい……!!
「ビートくん、眠いの?」
ライラがオレを覗き込むようにして、訊いてくる。
ライラとオレの間には、ライラの大きな胸があって、ライラの顔はそこから少しだけ見えた。
「眠くなってきたけど……もうちょっと起きていたい。ライラの膝枕と尻尾布団……もうちょっとだけ堪能したいんだ」
「ビートくんってば……!」
ライラが顔を赤らめ、尻尾がうずうずとしている。
嬉しさで動きそうになっているのを、必死に堪えているのかもしれない。
しかし、オレのそんな希望は長くは続かなかった。
いつしかオレは眠りへといざなわれ、ライラの膝枕で深い眠りへと落ちてしまった。
オレが目を覚ましたのは、列車がコンコードへ到着してからだった。
「ビートくん、コンコードってどんな町かな?」
ライラがオレに、訊いてくる。
オレたちはアークティク・ターン号から降りて、コンコードの駅の改札を通った。
すぐに駅前に出ると、そこには多くの馬車が待ち構えていた。
「コンコードは……一言で云うと、馬車の町かな」
オレは駅前に停車している、多くの馬車を見つめて云う。
停まっている馬車のほとんどが、駅馬車だ。屋根の上にはトランクなどが積み込まれ、中には旅人らしい乗客が、何人も乗り込んでいる。
「確かに、これだけの馬車を見たのは初めてかも……」
「ここに停まっている馬車は、ほぼ全部駅馬車だな」
「駅馬車?」
オレの言葉に、ライラの耳がピクンと動いた。
「ビートくん、駅馬車って何?」
「乗合馬車の中でも、鉄道が通っていない地域を走っている馬車のことさ」
オレはそう答えた。
駅馬車については、鉄道貨物組合で学んでいる。
「鉄道が通っていない地域にも、村や町はあるよね? その村や町に置かれた駅を行き来している馬車が、駅馬車だよ。鉄道のように、決まったルートを走ることが多いんだ。昔は鉄道が通っていない地域も多くて、そうした地域にとっては数少ない交通手段だったんだ」
「そうなんだ! ビートくん、物知り!」
「それほどでもないよ。グレーザーにもあったし、近隣の小さな村には鉄道が無かったから、グレーザーでもけっこう駅馬車は走ってたよ」
ライラから褒められて、オレはつい口元が緩んだ。
近くのレストランに入り、オレたちは食事をすることにした。
オレはパスタを注文し、ライラは大好きなグリルチキンを注文する。
グリルチキンはセットメニューになっていて、パンやスープにサラダもついていた。栄養のバランスが取れているから、オレは満足した。ライラは肉料理が多めで、あまり野菜を食べない傾向がある。栄養に偏りがあると、体調を崩したり、肌に悪影響が出てしまう。
銀狼族の村なら何とかなったとしても、旅の間に病気になったりしたら大変だ。
食事をしながらレストランの窓から外を見ると、駅馬車がいくつも発着していくのが見えた。
荷物や人が入れ替わり、馬も代えて駅馬車は走り出していく。
駅馬車に乗り降りする人も、様々だ。見るからにお金持ちそうな外見の人もいれば、オレたちのような旅人もいる。中には親子連れもいるし、老夫婦もいる。
もしも大陸横断鉄道を使わずに、駅馬車で旅をしていたとしたら、かなり違った旅になっただろう。
大陸横断鉄道を使わなくても、駅馬車でも北大陸まで行くことはできる。
だが、かなりの苦痛を伴う旅になったはずだ。馬車の揺れはお尻が痛くなるし、他の人も乗り合わせるから気を遣う。おまけに狭いし、女性が1人で他が男だけの場合、安全が保障されないこともある。
快適さでは、大陸横断鉄道には敵わない。
とてもライラと一緒に、駅馬車で旅をすることは無理だったはずだ。
「ねぇ、ビートくん」
「うん?」
「もしも馬車で旅をしたら、どうなっていたのかな……?」
ライラのその言葉に、オレは口元を緩める。
どうやら、ライラもオレと同じことを考えていたみたいだ。
「そうだなぁ……。馬車で旅をするとなると、オレたちで馬車を所有したほうがいいかもしれないな。駅馬車は乗合馬車だから、他の人も乗る。気を遣うから、窮屈な旅になっていただろうな。馬車で旅をするなら、オレたちだけでゆっくりできる、個人所有の馬車がいいな」
「わたしとビートくんだけで馬車で旅をする……それも楽しいかもしれないね。でもビートくん、馬車を動かせるの?」
「できるよ。鉄道貨物組合でも、馬車を使って配達したこともある」
「すごーい! 馬車も動かせるなんて、ビートくんすごいよ!」
ライラから称賛され、オレは少しだけ鼻が高くなった。
「2人だけなら、誰にも気を遣うことはないし、色々な所に行けるね!」
「そうだな。ライラの尻尾も、いつでもどこでも触り放題になるな」
「ビートくんったら、本当にわたしの尻尾が好きなのね……」
呆れるライラに、オレは頷く。
「これだけは、止められないな」
「もうっ、エッチ!」
ライラが顔を真っ赤にして云い、グリルチキンを口に運んだ。
食事を終えたオレたちは、駅に戻ることにした。
コンコードの町は、どこを見ても駅馬車しか目に入らない。
いい加減、駅馬車ばかり見るのも飽きてきた。図書館車で本を読むか、2等車の個室で銃の手入れをしているほうが、有意義に過ごせそうだ。
駅に向けて歩き出したが、突然ライラが立ち止まった。
「ビートくん、ちょっと待って」
ライラがそう云って、狼耳をピクピクと動かした。
オレには何も聞こえてこないが、ライラの耳は何かをキャッチしたようだ。
「ビートくん、遠くから馬車の音が聞こえてくるの」
「馬車の音?」
ライラの言葉に、オレは呆れたような声が出てしまう。
「馬車の音なんて、そこら辺から聞こえてくるよ?」
「そうじゃないの。遠くからで、それに銃声も混じっているの」
「銃声……!?」
馬車の音と、銃声。
その2つに、オレは嫌な予感が急速に沸き上がってきた。
ライラが嘘をつくとは思えない。
だとしたら、これは……!!
そのとき、叫び声が聞こえてきた。
「キャーッ!!」
「駅馬車強盗だーっ!!」
叫び声がしたほうを見ると、1台の駅馬車が走ってきた。
駅馬車にはあちこちに弾痕があり、屋根の上には旧式ライフルを手にしたまま、息を引き取ったガードマンが横たわっていた。御者も重傷を負っているらしく、服が血で赤く染まっていた。
「ビートくん!」
「大変だ!!」
オレは駆け出すと、馬車の前に立った。
走ってくる馬車に飛びつき、御者から手綱を奪うと、思いっきり引いた。
「やっ!!」
手綱を引くと、馬は走るのを止めて止まる。
なんとか、他の駅馬車や人に衝突する前に、止められた。
しかし、この駅馬車の損傷は尋常じゃない。
窓も割られているし、ガードマンが殺されるなんて、何があったというんだろう?
「うう……」
オレが手綱を奪った御者が、呻き声を上げた。
「しっかりしてください! 何があったんですか!?」
「駅馬車……強盗だ……」
「なんだって!?」
駅馬車強盗。
御者は確かにそう云った。
「助けてくれぇっ!!」
その直後、駅馬車のドアが開け放たれた。
ドアから次々に乗客が飛び降りては、駅の方へと逃げていく。男も女も子供も、人族も獣人族も関係なく、駅馬車から降りていった。
「ビートくん!!」
ライラが、逃げ惑う人々をかき分けて、オレの所へ駆けてくる。
「一体、何があったの!?」
「ライラ、駅馬車強盗だ。駅馬車強盗が、この駅馬車を狙っているらしい!」
オレがそう云うと、ライラはリボルバーを取り出した。
すっかり、取り出すのが早くなったな。
オレは御者に向き直ると、口を開いた。
「どうして、この駅馬車は襲われたんですか!?」
「こ……これだ……」
御者は、自分の足元を指し示した。
そこには、緑色の金庫があった。金庫には鍵が掛けられ、厳重な錠前が下がっている。
「この馬車には、大金貨が積まれている……。駅馬車強盗が……大金を積んだ馬車を……見境なく……襲っているんだ……!!」
「なんだって!?」
オレが驚いていると、銃声が聞こえてきた。
銃声がしたほうを見ると、馬にまたがった男たちが、銃を手にしていた。
駅馬車強盗たちだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!
次回更新は12月20日の21時となります!





