第18話 ベル・スターことマイラの悩み
話は、ベル・スターが生まれた頃に始まった。
ベル・スターことマイラは、西大陸の西部にあるグレートケンゼスにて、大規模な牧場の娘として生を受けた。
マイラは牧場主の娘として、そして令嬢として高い教育を受けてきた。
語学や数学、歴史学に地学などを習得していき、やがてレディとしての教養も修めていった。
家庭教師から、オウル・オールド・スクールへの入学も夢ではないと評され、マイラの両親にとっては自慢の娘であった。マイラの父が雇っていた牧童たちからも、お嬢として大切にされ、実の妹のように可愛がられていた。オウル・オールド・スクールに進学する際には、牧童たちは泣きながら別れを惜しんでいた。
マイラはその後、何不自由ない生活を送れるはずであった。
だが、その幸せな環境も長くは続かなかった。
マイラがオウル・オールド・スクールを卒業して実家に戻ったと同時に、家が傾いてしまった。
マイク・ヘーウッドという高利貸しの男に、借金の代わりとして農場を差し押さえられてしまったのだ。家や農具は、差し押さえられてしまった。
マイクが農場を差し押さえたのは、マイラの父に貸していたおカネよりも、農場の方に価値があると見込んだためであった。本来なら、借金が返済できなくなったときに、農場は差し押さえられて失う。そう借用書に書かれていたにも関わらず、マイクは約束を一方的に破り、アウトローを使ってマイラの父を闇討ちした。
そして家族を奴隷商人に売り払い、反抗した牧童を殺害して、マイクは農場を手に入れた。
オウル・オールド・スクールから戻って、そのことを知ったマイラは、憤慨した。
そして、父が所有していた形見の拳銃で、マイクを射殺した。マイラは拳銃と家族写真だけを持ち、着の身着のまま家を飛び出した。
逃走する中で、マイラはある考えを頭の中でまとめていった。
自分は、人殺しをしてしまった。
騎士団に捕まったら、殺人犯として監獄に入れられる。
それに高い教育を受けていたとしても、殺人をしてしまったら、もう元には戻れない。
だけど、せめて奴隷にされた家族だけは、なんとかして取り戻したい。
奴隷になった者を再び自由の身にするためには、奴隷所有者から奴隷を買い取るしかない。
そうだ。
これから、この拳銃で家族を取り戻そう。
そのために、あの忌々しいマイク・ヘーウッドのような奴らからおカネを奪おう。
奪ったおカネで、家族を買い戻せばいい。
マイラは父の形見である拳銃に近い、その日からマイラという名前を封印し、ベル・スターと名乗った。
ベル・スターとは、幼い頃に読んだ本に出ていた、獣人族の女傑の名前だった。
マイラはベル・スターの名で強盗団を結成し、頭領として数々の悪事に手を染めた。
あいこちの大陸で列車強盗や駅馬車強盗を行い、特にマイク・ヘーウッドと同じ高利貸しからは『命以外の持ち物を全て奪われる』と恐れられる存在になっていった。
部下の強盗に分け前を与えつつ、マイラは家族を買い戻すためのおカネを作り続けた。
おカネを貯めたマイラは、少しずつ家族を奴隷の身分から解放していった。
1人、また1人と買い戻して自由の身にしていき、最後には亡くなった父以外の家族全員を取り戻した。
しかし、家族を取り戻したということは、今後は自分が家族を養っていくことになる。
家族を養うために、マイラは強盗団の頭領を続け、各地で強盗を繰り返していった。
そしていつしか、マイラには大金貨30枚という破格の懸賞金がかけられるようになった。その破格の懸賞金を掛けたのは、いつ自分が標的にされるか分からずに怯えている、高利貸したちだった。
マイラにとっては、その懸賞金さえステータスに思え、次から次へと高利貸しを中心に強盗を続けていった。
だが、そんな日々に区切りをつけようと、マイラは考えるようになっていった。
マイラが強盗を始めたのは、家族を取り戻すためであったからだ。
決して強盗で、日々の生活を支えていくために始めたわけではない。
そのため、マイラは強盗を辞めて強盗団を解散することを宣言した。
しかし部下からの反対で、強盗団の頭領であり続けなくてはならなかった。
そしてマイラは、強盗団を解散するためにある方法を思いついた。
それが、今回のレミントン駅での列車強盗だった。
武器製造の町として有名なレミントンの駅は、鉄道騎士団による警備が特に厳重な場所でもある。
犯罪組織に武器を盗まれたら、大損害になるどころか、悪用されて大量の血が流れてレミントンの評判はガタ落ちになってしまう。
それを防ぐためには、鉄道騎士団による警備を厳しくするほか無かった。
あえて警備が厳重なレミントン駅の貨物列車を襲い、鉄道騎士団に逮捕される。
これで捕まれば、強盗団を解散することができる。
それがマイラの狙いだった。
しかし、突如として現れたビートによって、マイラの運命は大きく動き出すこととなった――。
「もう大丈夫だ、マイラ女史」
「えっ……!?」
オレは目の前にいるベル・スターに手を差し伸べて、ベル・スターの本名を呼んだ。
突然本名で呼ばれたベル・スターことマイラは、目を丸くしている。
「あなたは誰!?」
「オレはビート」
「どうして、私の本名を知っているの!?」
そう考えるのも、無理はないな。
オレとマイラは、面識なんてない。
知っていたとしても、ベル・スターという通り名だけのはず。マイラという本名さえ、知らないはず。
マイラがそう考えるのも、無理はない。
しかし、オレはマイラのことを知っていた。
賞金稼ぎとして、ベル・スターのことを調べていた時に、本名と生い立ちを断片的に知った。家族を取り戻すために、父親の形見となった銃で高利貸しを中心に強盗を行った。奴隷となっていた家族を買い戻すことを夢に見ていることも、知った。
鉄道騎士団にこのまま引き渡すのなら、簡単だ。
ソードオフで脅せば、たいていの人はオレに従う。ソードオフで至近距離から撃たれたら、まず助からないからだ。
だが、オレはそんなことをしたくはなかった。
マイラは根っからの悪人ではない。
ただ、家族と一緒に暮らしたかっただけなんだ。
そんな人を、このまま鉄道騎士団に引き渡すのが、正しいことといえるのか……。
考えた末に、オレは答えに辿り着いた。
「マイラ女史、もうすぐ別の貨物列車が、この駅を通過する。その貨物列車に飛び乗って、逃げるんだ。そして取り戻した家族と共に農場を立て直すんだ」
「そんなの、無理よ!!」
マイラが叫んだ。
「私は、人を殺しているのよ!? 裁判を受けたら、確実に監獄行きよ。そうなったら、誰が家族を養っていくというの!? あなたが養ってくれるわけじゃないでしょ!! 私は、このまま強盗団の頭領として、強盗を続けないといけないのよ……!!」
マイラは叫びながら、目から大粒の涙を流していく。
流れ落ちていく涙は、言葉の内容が本心から出たものではないことを、オレに教えてくれた。
「大丈夫だ、マイラ女史。あなたは最初から、家族に危害が及ばないようにして強盗をしてきた。それはあなたが、何が何でも家族を守ろうとした、何よりの証なんだ」
「どういうことよ!? どうしてそんなことが分かるの!?」
「あなたがベル・スターと名乗っていること。それが何よりの証拠だ」
オレがそう云うと、マイラは押し黙ってしまった。
マイラの様子が、オレの言葉が正しかったことを、裏付ける。
「どうして……どうして、私の本名を知っているの!?」
「オウル・オールド・スクールに体験入学した時に、オレはケイロン博士と知り合いになった」
マイラの猫耳が、ケイロン博士という単語にピクンと反応した。
間違いない。マイラはケイロン博士のことを、知っているはずだ。
確信したオレは、続けた。
「かつて熱心に授業を聞いてくれた生徒の中に、美しい白猫族の少女がいた。フィールドワークをする中で、家族を取り戻すために強盗に身を堕としたことを教えてくれた。高い教養を持った、大牧場主の一人娘のマイラという名前の少女だということも……」
「ケイロン博士が!?」
「あぁ。ケイロン博士は、できることなら強盗から足を洗ってほしいと、云っていたよ」
ピィーッ!
遠くから、汽笛が聞こえてくる。
貨物列車が接近しているに違いない。
オレは一息置いてから、続けた。
「マイラ女史、あなたがベル・スターとして活動していたのは、東大陸だ。それも主要な街へ向かう途中で高利貸しを襲うことが、ほとんどだった。いくら賞金首になっていたとしても、大陸を超えてまで追うような賞金稼ぎはいない。割に合わないからだ。そしてあなたの出身は、西大陸だ」
「それが……それがどうしたっていうの……?」
「西大陸に、帰るんだ。西大陸まで逃げれば、東大陸の賞金稼ぎはほぼ追ってこない。それにあなたは、高等教育を受けている。オレのような孤児院を出てからすぐ仕事を始めた奴とは違って、学歴があるんだ。やり直せないなんてことはないはずだ。これからは賞金首ベル・スターの名前を捨てて、マイラ女史として生きるんだ」
オレの言葉を、マイラは黙って頷きながら、聞いてくれた。
遠くに、向かってくる蒸気機関車が見えてくる。オレは懐中時計を取り出して、時刻を確認した。
定刻通りだ。
「もう強盗団の頭領をする必要はない。取り戻した家族と共に、牧場を取り戻してもいい。商売を始めてもいい。旅をしてもいい。これからどうやって生きていくのかを決めるのは、マイラ女史自身なんだ!」
蒸気機関車の力強い振動が、オレにも伝わってきた。
線路に足を置くと、線路が振動していることが、よく分かった。
オレが線路から足をどけると、マイラはオレに笑顔を見せた。
「……ありがとう、ビートさん。私はこれから、家族の元に戻る。それから西大陸へ、家族と共に行くわ!」
「頑張ってくれ。オレは旅をしながら、マイラ女史のことを応援している!」
その直後、オレとマイラ女史の横を走る線路に、貨物列車が進入してきた。
貨物列車は線路に沿って走っていく中、全くスピードを緩めることなく進んでいく。
そんな貨物列車に向かって、マイラは駆け出した。
貨物列車の取っ手を掴んだマイラは、そのまま屋根のない貨車に飛び乗った。
後ろを振り返ったマイラは、オレに笑顔を向けてくる。
「ありがとうございました! ビートさん、お元気で!!」
「達者でな!」
オレは貨物列車で逃げるマイラに、右手を挙げて応えた。
そして貨物列車は、オレの目の前を走り抜けて、レミントン駅を通過していった。
駆けつけてきた鉄道騎士団に、オレはあと少しのところで、ベル・スターを取り逃したと伝えた。
鉄道騎士団は怒鳴ってきたりはしなかったが、あからさまにガッカリした表情を見せてから、去っていった。
銃撃戦で死傷した、強盗団のメンバーを調べるためらしい。
ガッカリするのは分かるけど、あそこまであからさまにガッカリした表情を見せつけられたら、へこむなぁ……。
「ビートくーん!!」
ライラの声が、オレの耳に届いた。
去っていく鉄道騎士団を押しのけて、スカートをなびかせながら、ライラがオレに向かって一直線に駆けてくる。
「ライラ!」
「ビートくん、無事で良かった!!」
ライラはオレに抱き着いてきて、そのままオレの匂いを嗅ごうとする。
そしてすぐに、オレの顔を見上げた。
「ビートくん、白猫族の臭いがする……」
「実は、ベル・スターに遭ったんだ」
「本当!?」
ライラが目を真ん丸にした。
「あの、ベル・スター強盗団の!?」
「あぁ。あと少しで、取り押さえられた。だけど、鉄道騎士団に引き渡すのは、止めることにしたんだ」
「どうして!?」
信じられないといった様子で、ライラは尻尾を立てた。
「大金貨30枚の賞金が掛けられていたのに、どうして逃がしちゃったの!?」
「実はね……」
オレはライラに、これまでにあったことを話した。
「……ということで、鉄道騎士団に引き渡すのは、止めたんだ」
「そうだったんだ……」
オレが話し終えると、ライラはそう云って頷いた。
「ゴメン、ライラ。本当は騎士団に引き渡せたら、大金貨30枚の収入があったのに……」
「ビートくん、どうして謝るの?」
ライラの言葉に、オレは驚いた。
大金貨30枚を目の前にして、それを逃すことをしたというのに、ライラは怒っていない。
「わたしは、ビートくんがマイラちゃんを逃したことは、間違っていると思わないよ? だって、ビートくんのしてきたことは、いつでもどんな時でも正しかったんだから!」
そう云うと、ライラはオレの左腕に抱き着いた。
「おカネが少なくなっても、わたしはビートくんと一緒に居られることのほうが、ずっと大事」
「ライラ……ありがとう」
個室に戻ったら、思う存分なでなでをするか。
オレはそう決めると、歩き出した。
それからしばらくして、オレたちはレミントンを出発した。
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次回更新は12月19日の21時となります!





