第140話 旅の終わり
オレはそっと、部屋の目立つ場所に、写真額を置いた。
写真額の中には、ミーケッド国王とコーゴー女王。シャインさんとシルヴィさん。そして赤ん坊のオレとライラが写っている。
トキオ国の跡地から持ち帰ってきた、唯一の形見。
オレの父さんと母さんこと、ミーケッド国王とコーゴー女王が写っている、きっと唯一の写真だ。
持ち帰ってくるのは気が引けたけど、オレにとっては唯一の家族写真だ。それに、父さんと母さんだけでなく、シャインさんとシルヴィさんに、ライラも一緒に写っている。それを置いてくるなんてことは、オレにはできなかった。
持ち帰ったとしても、きっと罰は当たらないだろう。
両親の顔を知らずに育ったのだから、これが両親の顔を知る唯一の手段だ。
こちらを見て微笑む、ミーケッド国王とコーゴー女王。
お墓はトキオ国の跡地にある。
だけど、そこに父さんと母さんはいない。
オレは、トキオ国の跡地で聞いた、父さんと母さんの言葉を思い出す――。
『ビート、あなたはもう、私たちに直接会うことはできないの。私たちは、あなたとトキオ国を守ろうとして、アダムに命を奪われてしまったわ。でも、私たちは命を失った後、天の国に行ったの。そこから毎日、あなたとライラちゃんを見守っているのよ』
『ビートよ、アダムを倒してくれて、本当にありがとう。これで私たちの無念も晴れた。それに悲しむことは無い。私たちは天の国と、ビートの心の中で、いつまでも生き続けるのだからな!』
『ビートとライラは、トキオ国で生まれた。それは紛れもない事実だ。しかし、ここはもうお前たちの帰ってくる場所ではない。トキオ国は、滅ぼされてしまって、もうないのだからな。それに、私たちもここにはいないんだ』
『じゃあ……オレたちは、これからどこに帰ればいいの?』
『心配することはないわ。これからは、あなたたちが、自分の力で自分の帰るべき場所を作っていくのよ』
『母さんの云う通りだ。ビートよ、お前はもう1人前の男だ。帰るべき場所を、自分で作っていくことができる。ライラちゃんとそこで、いつまでも仲良く暮らすんだ』
『グレーザーでも、銀狼族の村でもいいわ。そしてそこを、トキオ国より素晴らしい場所にしていくのよ。ライラちゃんと、いつまでも仲良く暮らしてね』
『……うん、分かったよ!』
父さんと母さんは、トキオ国の跡地にはいない。
今は、天の国に行った。そう云っていた。
そしてオレは、父さんと母さんに約束した。
自分の力で自分の帰るべき場所を作っていく。そしてそこを、ライラと共に、トキオ国よりも素晴らしい場所にしていく。
父さんと母さんにできる、せめてもの親孝行だ。
「父さん、母さん……」
オレは写真に向かって、語り掛けた。
今となっては、この写真に向かって語り掛けるのは、日課のようになっていた。
「……オレはライラと共に、この銀狼族の村を、トキオ国のような素晴らしい場所にしていきます。シャインさんとシルヴィさんから聞いた限りでは、トキオ国は国民が笑顔で過ごせる場所だったと聞いています。どうか父さん、母さん……見守ってください」
オレは写真に向かって、そう云った。
その直後だった。
「ビートよ、よくぞ云った。しかし無理は禁物だ。身体に気を付けて、頑張るんだぞ」
「困った時は、すぐに周りの人に相談して、力を借りるのよ。決して急がなくていいわ」
父さんと母さんの声が、聞こえてきた。
「父さん、母さん!?」
オレは顔を上げたが、そこには写真があるだけで、誰もいなかった。
だけど、オレは写真を見ると、心が落ち着いていくのを感じた。
きっと、父さんと母さんが、オレにエールを送ってくれたんだ。
そう思うと、オレの目は熱くなってきた。
そっと零れ落ちそうになった涙を、オレは指で拭った。
父さん母さん、ありがとう。
「ビートくん?」
その時、背後から声をかけられた。
「ライラ……?」
振り返ると、そこにはライラがいた。
「どうかしたの?」
「ビートくん、何か忘れているんじゃないの?」
「えっ?」
何かを忘れている。
ライラからそう云われて、頭の中にあるタスクを1つずつ思い出していく。
しかし、オレは何を忘れているのか、分からなかった。
今日はゴミも捨てたし、洗濯物も干した。薪はまだたくさんあるし、食べ物も購入する日じゃない。
オレが首をかしげていると、ライラが口を開いた。
「これから、村の男の人総出で、スノーシルバーの採掘に行くんじゃなかった?」
「……やっべ!」
スノーシルバーの採掘。
その言葉で、オレは記憶の彼方に飛び去っていたことを、思い出した。
銀狼族の村の近くには、スノーシルバーが採掘できる鉱山がある。
その鉱山は、銀狼族の村が所有していて、月に何度か採掘に出かけることがある。一般的に鉱山での採掘は危険なために、鉱山奴隷や囚人を使うことが多い。しかし、銀狼族の村では鉱山奴隷も囚人も使わない。男が総出で、採掘に取り掛かることになっている。産出されたスノーシルバーは、連絡員によってサンタグラードで売りに出され、銀狼族の村の収益になるのだ。
大切な事なのに、すっかり忘れていた。
「すぐ準備しないと!!」
「だから云ったのに!」
慌てて準備するオレを見て、ライラは呆れていた。
準備をしながら、ふとオレはグレーザー孤児院で、似たようなやり取りをしたことを思い出した。
確かあの時は、オレが本を読んでいて、授業に遅れそうになったっけ。
「懐かしいな、このやり取り」
オレは呟きながら、準備を進めていった。
「それじゃ、行ってくるよ!」
「行ってらっしゃい!」
玄関を出ると、ライラが見送りに出てくれた。
「みんなでレモンスカッシュを用意して、待っているからね」
「楽しみにしているよ!」
そうだ、レモンスカッシュ。
スノーシルバーの採掘から戻ってきた男たちには、村に残った女たちによって、レモンスカッシュが振舞われることになっている。明確に決まっているわけでは無くて、習慣のようなものだ。しかし、たかがレモンスカッシュとバカにすることはできない。
そのレモンスカッシュを飲んで、男たちは再び活力を取り戻すのだ。
「それと……」
ライラはそこまで云うと、オレと唇を重ね合わせた。
突然のことだったから、オレは心の準備ができないまま、ライラと唇を重ねた。
「……ライラ……?」
驚いているオレに、ライラは顔を紅くして告げた。
「夜には、ビートくんだけの……お楽しみが、待っているからね!」
「……おぉっ!?」
オレだけの、お楽しみ。
それが何を意味するか、もう考えなくても分かる。
それなら、今夜はオレだってライラを寝かせないぞ!
「たっ、楽しみにしているよっ!」
「うんっ!!」
そんな会話を交わして、オレはスノーシルバーの採掘に向かっていく。
出発する時、オレとライラが暮らしているログハウスの中から、父さんと母さんの写真が見えた。写真に写っている父さんと母さんは、オレたちを見て微笑んでいるような気がした。
なんだか……ちょっとだけ照れるな。
夜のお楽しみに思いをはせながら、オレは第2のトキオ国を、歩き出していた。
幼馴染みと大陸横断鉄道~トキオ国への道~ ~完~
幼馴染みと大陸横断鉄道 第212話「大団円」へ続く
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
またお会いしましょう!
ルト





