第14話 ビートの賞金稼ぎ
夜が明けた。
そしてヨルデムの町が動き出し、店が開いて人通りが活発になっていく。
そんな中、オレはアークティク・ターン号から降りて改札を抜け、ヨルデムの町に出た。
「えーと、ドラッグストアは……」
オレは、ドラッグストアを探していた。
風邪をひいたわけではない。オレはいたって健康だ。
それなのに、なぜドラッグストアに用事があるのか?
それは、少し前に遡る――。
オレが目を覚ました時、ライラはまだ眠っていた。
着替えずに寝ているライラに驚くが、すぐに昨晩のことを思い出した。
「昨日は飲みすぎたな……」
オレは起き上がり、少し個室の中を歩く。
頭がグラグラしたり、鈍痛がするといった様子はない。
どうやら、二日酔いにはなっていないようだ。
そういえば、ライラは大丈夫だろうか?
「うう……ビートくん……」
呻き声とオレの名を呼ぶ声に、オレは振り返る。
ライラが苦しそうに顔を歪めて、ゆっくりと起き上がった。
「頭が……ガンガンするぅ……」
ライラが答えを教えてくれ、オレはため息をついた。
完全な、二日酔いの症状だ。
オレはライラにそっと、駅員さんからいただいた水が入ったボトルを手渡す。
「ライラ、大丈夫?」
「頭が痛い……気持ち悪い……」
「水をたくさん飲んで、とにかく早く溜まったアルコールを出さないと。あと横になっていて。オレは、これから頭痛や吐き気に効く薬を買ってくるから」
「ビートくん……ありがとう……」
オレはライラを横に寝かせると、財布を手に個室を出た。
「あっ、あった!」
昨日訪れた保安官事務所の隣に、ドラッグストアはあった。
オレはすぐにドラッグストアに入ると、二日酔いの薬を購入した。代金は銀貨で支払った。
「ありがとうございましたー」
店員の声を背中に受けて、オレはドラッグストアを出る。
二日酔いの薬が入った紙袋を持って、保安官事務所の前を横切ろうとしたとき、オレはふと保安官事務所の方を見た。
「ん……!?」
保安官事務所の壁を見て、オレの目に1枚の手配書が飛び込んできた。
オレは足を止めて、その手配書を見つめる。
お尋ね者。
名前:ゴードン。
性別:男。
種族:人族。
賞金:大金貨5枚。
奴隷の違法取引を生業としている。生死問わず。腰に二丁拳銃を提げた髭面の男。
手配書にはそう書かれていて、顔写真が乗っていた。
奴隷の違法取引。
オレはその一文に、顔をしかめた。
これは警戒しないといけない。
奴隷の違法取引をしている奴が、近くに居るかもしれない。そうなると、ライラが銀狼族だと知られたら厄介だ。銀狼族は奴隷市場では相当な価値がある。
白銀のダイヤと呼ばれていて、時と場合によっては1人取引するだけで、一生遊んで暮らせるだけのおカネが入ってくることだってあるほどだ。
もしもこのお尋ね者が、ヨルデムの町にいるとしたら……。
オレは手配書の内容を覚えると、駆け出した。
ライラを1人にしておくわけにはいかない。ライラは今、二日酔いでまともに動けない身体だ。
それにオレは、何があってもライラを守り抜くと誓った。その誓いを果たせないのなら、オレはライラの夫としてライラの隣にいる資格がない!
オレは通勤する労働者をかき分けながら、駅へと急いだ。
アークティク・ターン号の2等車の個室に戻ってくると、ライラはベッドで横になっていた。
いなくなっていないことに安心したオレは、ベッドの脇に腰掛けると、紙袋から二日酔いの薬を取り出した。
「ライラ、二日酔いの薬を買ってきた。これを飲んで、また横になっているといいよ」
「ありがとう……ビートくん……」
ライラは身体を起こし、オレから薬を受け取って、水で飲み下した。
水を多めに飲んでから、ライラは再び身体を横にする。
「気持ち悪いのは無くなったけど、まだ頭が痛いよぉ……」
「水を多めに飲んで、横になっていれば大丈夫だよ。薬も飲んだし、明日には元気になれるよ」
「ビートくん、ゴメンね。今夜はちょっと無理かも……」
「きっ、気にしなくても、いいって!!」
ライラの言葉に、オレは顔を紅くしてそう答える。
さすがにこんな状態のライラに、お願いするわけにはいかない。オレは、そこまでケダモノではない。あえて何がとは云わないが。
「何か食べられそう?」
「うん……」
「良かった。食欲があるのはいいことだ」
オレは少しだけ、安心した。
薬の効果も出てきたのかもしれないが、ライラに食欲があるのはいい兆候だ。
異の中は空っぽだろうから、何か食べておいたほうがいい。
「スープか何かを、食堂車に行ってルームサービスできるか調べてくるよ」
オレがそう云って、ベッドから立ち上がった時だった。
ダァン!!
突如として、銃声が轟いた。
オレは銃声の大きさと聞こえてきた大まかな方角から、近い場所で発砲が起きたと見当をつけた。
「キャアッ!」
突然の銃声に、ライラは驚いてベッドに伏せた。
嫌な予感が、オレの全身を駆け抜けていく。
このままでは、ライラが危ない!!
すぐに発砲した奴を黙らせないと、ライラと永遠に会えなくなる!!
どうしてなのか分からないが、オレの頭の中にそれが目標となって現れる。
「……よし!」
オレはリボルバーに弾丸が装填済みになっているか確認し、ホルスターに戻す。
そしてソードオフにも、対人戦闘用のショットシェルを装填し、背中に隠した。さらにはボウイナイフもある。AK47が無かったとしても、恐れるものはない。
「ビートくん……!」
「ライラ、ここで待ってて。必ず戻ってくるから!」
オレはライラにそう告げて、個室を出て云った。
オレがホームを抜けて改札の方へ向かうと、騒ぎ声が聞こえてきた。
やっぱり、こちらで間違いなかった。
「中には入らないでください!」
「入りたいのなら、切符か入場券を買ってください!!」
「うるせえ! 入れろって云ってんだろ!!」
駅の改札の前で、駅員と1人の人族の男がもみ合っている。
「列車に乗らないのなら、立ち去りなさい!!」
「やい! ここに銀狼族がいると聞いたぞ! さっさと中に入れろ!! 隠したりしたら、承知しねえぞ!!」
「!!」
銀狼族がいる。
その言葉に、オレの心臓がドクンと飛び上がった。
あの男は間違いなく、ライラがいることを掴んでいる。
きっと昨晩の酒場で、誰かがライラのことを銀狼族と見抜き、あの男に伝えたに違いない。
「何があったんですか!?」
オレは駅員に問う。
「きっ、君! すぐに鉄道騎士団を――」
「おらあっ!!」
駅員が云った直後。
男が太い腕を振り下ろし、駅員の後頭部を殴った。
駅員は気絶してしまい、その場に倒れ込んだ。
「おうらあっ!!」
「うわっ!」
「あっ!!」
さらに男は身体を震わせ、身体を掴んでいた駅員を振り払う。
駅員は数メートル飛んで、地面に叩き付けられた。
なんてパワーの持ち主だ。
なんとしてでも、止めないといけない。
オレは改札を飛び越えて、背中のソードオフに手を伸ばそうとした。
しかし、その男の顔を見て、オレは手を止めた。
「お前は、お尋ね者のゴードンだな!?」
「ほう、お前は俺の名前を知っているんだな?」
ゴードンがオレを見下ろす。
身の丈は2メートルはありそうな、大男だ。
「保安官事務所の手配書で顔は覚えた。それにその髭面に腰の二丁拳銃!」
オレはゴードンの腰を指し示す。
二丁拳銃用のホルスターをつけていて、ホルスターにはそれぞれにリボルバーが収まっていた。手配書に書いてあった通りの特徴。ゴードンで間違いない。
「ゴードン! 銀狼族が居るなんて、どこで知ったんだ!?」
「酒場でだ! 淡い色のドレスに身を包んだ、若くて美人な銀狼族の女が、ヨルデム駅から出てくるのを見たって云う奴が居た。俺はそれを確かめに来たんだ!」
若くて美人な、銀狼族の女。
ライラに間違いない。
「銀狼族の女は、奴隷として高く売れる! お前、知っているのなら案内しろ! もちろんタダでとはいわねぇ! ちゃんと分け前を与えてやる」
「断る!」
オレはゴードンを睨みつけて、叫んだ。
「その銀狼族の女は、オレの妻だ! どこの世界に、妻を奴隷として売り飛ばす奴が居る!? どんなに大金貨を積まれたとしても、応じることなんかできない!!」
「なんだと!?」
ゴードンは荒い鼻息を出して、オレを睨んできた。
「そんなこと知ったことか!! とっとと銀狼族の女をよこせ!!」
「ダメだと云っているだろう! これ以上騒ぎを起こすのなら、鉄道騎士団を呼ぶ!」
「呼べるもんなら、呼んでみろ!!」
そう叫んだ直後、オレの近くにあったタルに弾丸が数発撃ち込まれ、タルが粉々になった。窓ガラスや照明のシャンデリアにも弾丸が撃ち込まれ、次々に破片が辺りに散らばった。
ゴードンが両手に持ったリボルバーを、連続して撃ち続ける。オレは動こうにも、動けなかった。動いたら、確実に弾丸によって命を奪われる。それにゴードンは、わざと外して撃っていることが、オレには分かった。わざとオレを外して撃つことで、それだけの腕を持っていることを、オレに見せつけているのだ。
12発の弾丸があちこちに撃ち込まれて、ゴードンのリボルバーは火を吹かなくなった。
リボルバーは特別なものを除いて、だいたい6発までしか弾丸は装填できない。オレが知っている唯一の例外は、グレイシアが持っていたレマットリボルバーだけだ。
「見たか小僧!!」
ゴードンが叫んだ。
「これが俺様の力だ! このガン捌きに恐れない者はいなかった! どんな奴でも奴隷になったし、俺の云うことに従わない奴はいなかった! さぁ、銀狼族の女を差し出せ!!」
ゴードン、お前の実力はよく分かった。
リボルバーを両手でここまで連射できる奴は、そうはいない。そしてワザと外して撃ち、相手を恐れさせるほどの射撃の腕前を持っている者となれば、なおさら少ない。
だが、オレはこれくらいで驚いたりはしない。
ノワールグラード決戦という地獄を見てきたオレにとって、ならず者なんか怖くもなんともない。
「断る!!」
オレが叫ぶと、ゴードンは怒りで顔を真っ赤にしていった。
そしてリボルバーに素早くリロードすると、再び銃口をオレに向けた。
「ほう……この俺様の二丁拳銃に驚かなかった奴は、初めてだ。気に入ったぜ……!」
「保安官だ!!」
その時、誰かが叫んだ。
オレとゴードンが、声がしたほうを同時に見ると、ゴードンの後ろに保安官助手が並んでリボルバーを構えていた。そして保安官助手たちの間から、保安官が歩み出てくる。
「見つけたぞ、ゴードン! 大人しく武器を捨てて、両手を上げろ!!」
保安官が叫ぶが、ゴードンは命令に従おうとしなかった。
「るっせえっ!!」
ゴードンは振り向きながら、リロードしたばかりのリボルバーを連射した。
「ぎゃあっ!」
「うわあっ!」
「ぐあっ!!」
「がはあっ!」
保安官助手たちが撃たれていき、リボルバーを落としていく。
撃たれた場所を手で庇いながら、保安官助手たちは膝をついて倒れていった。
「くっ……!」
保安官が腰のリボルバーに手を伸ばすが、ゴードンはそれを見逃すはずがなかった。
ダァン!!
銃声が鳴り響き、保安官の動きが止まる。
その一瞬、オレは本当に時が止まってしまったのではないかと、思えた。
そしてゆっくりと、保安官がその場に倒れた。
それを見届けたゴードンは、ニヤニヤしつつリボルバーにリロードをしていく。
何の罪もない、仕事をしているだけの保安官を、こいつは撃った。
保安官の命を、こいつは奪い去った。
昨日、オレがガルさんから預かった手紙を渡した保安官。
オレの腕前を評価して、保安官事務所にスカウトしたいと云ってくれた保安官。
その保安官を、こいつは虫けらのように殺した!!
オレの中に、怒りと悲しみの感情が、ふつふつと沸き上がった。
このまま、こいつを野放しにしておくことなんて、できない!!
なんとしても、この場で引導を渡してやる!!
「ゴードン!!」
オレは怒りで、叫んだ。
「決闘だ! そんなに銀狼族が欲しいなら、オレを倒してからにしろ!!」
「ほう、面白いじゃねぇか。なら表へ出な!!」
「いいだろう!」
ゴードンの指示に従い、オレは駅から出て駅前の通りに立った。
決闘が始まるとなると、ギャラリーが増えてくる。そして中には、決闘の勝敗を巡って、賭けを始めている者まで現れた。こんな命のやり取りで大金が動くなんて、世も末だな。
決闘のルールはただ2つ。
使う武器はリボルバーのみ。
そして撃たれた方が負け。
たったこれだけだ。
そしてオレはゴードンと向き合い、リボルバーを抜く時を待っている。
心臓が高鳴り、額に浮かんだ汗が頬を伝って、地面に落ちていく。
対するゴードンは、先ほどから顔色を1つも変えていない。
さっき保安官を撃ち殺したというのに、少しも表情を変えないなんて、こいつは人じゃない。人の姿をした悪魔に違いない。
「小僧、怖気づいたのなら今のうちだぞ。銀狼族を差し出せば、見逃してやってもいいぜ?」
「断る!!」
「そうか。それじゃあここが、お前の最後の場所となるんだ。お前のことは覚えておいてやる。心配することはないぜえ!」
こんな奴に覚えてもらう必要なんかない!
オレがそう思ったとき、ゴードンがリボルバーのグリップに手をかけた。
撃つ気だ!!
「死ねえっ! クソガキ!!」
ダァン!!
ゴードンが叫んだ直後、辺りに銃声が轟いた。
銃声が1回だけ響き渡り、銃口からは硝煙が立ち上る。
そして、1人の男が倒れていった。
「や……やるじゃねぇか、小僧……」
ゴードンがリボルバーを落として、その場に倒れた。
「こ……この俺様が……こんな……ところで……!!」
そこまで云うと、目から光が消えていき、ゴードンの身体からは力が抜けた。
重力に逆らえずに、腕と足が身体と同じように、地面に横たわった。
オレは、決闘に勝利した。
リボルバーをホルスターに戻すと、オレはゴードンに近づいた。
オレが引導を渡したゴードンは、何も云わずにその場で寝ている。もう2度と、この男は目を覚ましたりはしない。
オレの回りからは、ゴードンとの決闘に勝ったオレに対して、称賛が贈られてくる。
しかし、オレは称賛なんか欲しくは無かった。
命ってものはな、簡単に奪ったりすることは許されないんだ。
ゴードン。お前はこれまで多くの人の命を奪い、奴隷を違法に取引して、相手の人生を台無しにしてきた。
ましてや、オレの妻の銀狼族を奴隷にするなんてこと、許されるはずがないだろう……。
オレがその場を立ち去ろうとしたときだった。
「ビート!」
オレの名を呼ぶ声がして、オレは振り向く。
「……保安官!」
ゴードンに撃たれて死んだと思っていた、保安官がいた。
手製の担架に乗せられた保安官は、保安官助手の手で運ばれている。きっとこれから、病院に向かうのだろう。
「ゴードンを仕留めたようだな。ありがとう。君には賞金を出す。本来なら私が渡すべきなんだが、こんな身だ。許しておくれ」
保安官はそう云うと、近くに居た保安官助手に合図をした。
保安官助手がオレの前に出て、大金貨5枚を、オレに手渡した。
「賞金だ。受け取っておくれ」
「ありがとうございます、保安官。どうかお大事に……」
保安官が一命をとりとめて、保安官助手が軽傷で済んで良かった。
死んだりしていなくて、本当に良かった。
オレは少しだけ心が軽くなったのを感じて、駅の改札へと向かって行った。
2等車の個室に戻ってくると、ライラが水を飲んでいた。
オレに気がついたライラは、急いで水を飲み干し、オレを見て尻尾を振った。部屋を出る前に比べたら、かなり回復したらしい。
オレは口元を緩めた。
「ビートくん、大丈夫?」
「オレは心配いらないよ。ライラは?」
「薬が効いたみたい。それにトイレにも何回か行ったから、だいぶ良くなったわ」
よく見ると、顔色も良くなっていた。
とりあえず今日は様子見しないといけないが、もう大丈夫だろう。
夕食は、少し軽いものを食べて、明日からはグリルチキンも食べられるようになるだろう。
オレが夕食について考えていると、ライラが口を開いた。
「それにしても、さっきの銃声は何?」
「実は……」
オレは先ほどあったことを、ライラに話していった。
ゴードンという、奴隷の違法取引を生業にしている、お尋ね者が現れたこと。銀狼族を出せと云ってきて、すぐにライラを探していると気づいたこと。保安官と保安官助手が撃たれたこと。
ゴードンとオレが決闘をして、ゴードンに勝利したこと。保安官から大金貨5枚の賞金を受け取ったこと。
そして……オレがゴードンを射殺してしまったこと。
「本当は気が進まなかったんだけどね……」
「ビートくん……」
ライラは立ち上がると、オレを正面から抱きしめてきた。
オレにライラの体温が伝わり、オレは顔を紅くする。
「わたしを守るために……ありがとう、ビートくん」
満面の笑みで、オレに感謝の言葉を述べてくれるライラ。
その一言で、オレの中にあった罪悪感が、一気に消えていった。
大金貨5枚の賞金よりも、こっちのほうが嬉しかった。
「ライラ……!!」
オレはたまらなくなり、ライラを抱き返した。
オレたちはしばらくの間、お互いのぬくもりを分かち合った。
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次回更新は12月15日の21時となります!





