第137話 グレイシア
オレとライラがやってきたのは、サンタグラード駅の近くにある、人気の少ない道だった。
この一角に、オレたちが向かう場所がある。
ある場所のドアを、オレは数回叩いた。
「グレイシアちゃん、いるかしら?」
「きっと、いるよ」
オレがそう答えると、ドアの鍵が開く音がした。
出てきたのは、1人の銀狼族の少女。オレたちと同じくらいの年の少女は、オレたちを見ると目を見張ってから、表情を緩めた。
「戻ってきたのね、お帰り」
「グレイシアちゃん!」
ライラが、相手の名前を呼ぶ。
銀狼族の連絡員、グレイシアだった。
中に案内されて、オレたちはそこで荷物を下す。
ここは、銀狼族の連絡員が使う隠れ家だ。サンタグラードの中で唯一、銀狼族の村と繋がっている場所でもある。
グレイシアはオレたちに、紅茶を淹れてくれた。
「ありがとうグレイシア」
「ありがとう!」
オレとライラは紅茶が入ったティーカップを受け取り、紅茶をひと口飲んだ。
「トキオ国の跡地は……どうなっていたの?」
「……廃墟になっていたよ」
オレはそう答えるとティーカップを置き、手帳を取り出した。
手帳を開き、そこから一枚の写真を取り出した。
「これが……オレの父さんと母さんなんだ」
写真を差し出すと、グレイシアはそれを受け取る。
「この赤ちゃんがビートくんで、赤ちゃんを抱いた王様と女王様が……ミーケッド国王とコーゴー女王なのね」
「うん。隣に居るのが、シャインさんとシルヴィさん、そしてライラなんだ」
グレイシアが写真を見つめる中、オレは続けた。
「父さんと母さんの墓もあった。父さんと母さんは亡くなっていたことが、はっきりと分かったよ」
「……そう。きっと、優しい王様と女王様だったのね。写真から、人柄が伝わってくるのが分かるわ」
目を細めて写真を見つめると、グレイシアはオレに写真を返した。
「ビートくん……その、残念だったわね」
「えっ?」
何のことかと、オレは首をかしげた。
「トキオ国……めちゃくちゃになっちゃって……」
「あぁ、そのことか」
オレがそう云うと、グレイシアは驚いて目を見開いた。
「そんなこと、気にしてないよ」
「どっ、どうして!? 生まれた故郷なのに!?」
「確かに、オレとライラはトキオ国で生まれたよ。だけど、もうトキオ国は滅ぼされた。だからオレは、トキオ国の跡地で父さんと母さんに誓ったんだ」
紅茶をひと口飲んで、オレは続けた。
「これからは、自分で帰る場所を作っていく。そしてそこを、トキオ国よりも素晴らしい場所にしていこうって。トキオ国の跡地で、そう父さんと母さんに誓った。だから、トキオ国の跡地のことは、もう気にしていないんだよ」
「そうなの……ビートくんは、強いのね」
グレイシアは、どこか遠い目で、オレを見つめていた。
「ところで、いつ出発するの?」
ライラの問いに、ティーカップを洗っていたグレイシアが、答えた。
「そろそろ、交代の連絡員が来るわ。そこで業務を引き継いだら、出発するわよ」
グレイシアがそう答え、ティーカップを洗い終えてから、10分後。
地下へと続くドアが開き、1人の銀狼族の少年が現れた。
「あっ、グレイシアさん!」
「待ってたわよ、ソルト」
ソルトと呼ばれた少年が嬉しそうに云い、グレイシアがやっと来たかという声で、名前を呼んだ。
「グレイシアさん、おっ、お疲れ様です!」
「じゃあ早速だけど、引継ぎを始めるからね」
「はっ、はい!」
グレイシアはソルトを連れ、業務の引継ぎを始める。尻尾をわずかに振りながら熱心に引き継ぎ内容を確認するソルトと、いつものように進めていくグレイシア。グレイシアは早く銀狼族の村に帰りたいのか、事務的に進めていく。
そんな様子を見たオレたちは、顔を見合わせて頷いた。
「……はい、引継ぎは以上!」
「あっ、ありがとうございます!」
ソルトはグレイシアに頭を下げると、グレイシアはすぐにまとめていた荷物を取りに向かった。
「ビートさんにライラさん、お連れ様です!」
「お疲れ、ソルト」
「お疲れ様!」
オレたちは挨拶を返した。
ソルトのことは、銀狼族の村で知り合った。真面目で仕事熱心だが、どこか抜けているところがある。
「後のことは、僕にお任せください!」
「頑張ってね。大変かもしれないけど、交代まで気を付けて!」
ソルトにオレがそう云うと、グレイシアがトランクを手に、戻ってきた。
「さぁ、行くわよ!」
地下でトロッコに荷物を積み終えると、オレたちはグレイシアが運転するトロッコで、地下のトンネルを進んでいく。
いつ来ても暗くて寒いが、ここを通らないことには、銀狼族の村には安全に向かえない。地上を通っていくのは、自殺行為だ。あっという間に吹雪で方角が分からなくなり、遭難してしまう。
「ライラちゃんが、羨ましいわ」
「えっ、どうして?」
グレイシアの一言に、ライラが反応した。
自分のことが羨ましい。なぜそう思ったのか、ライラは気になったようだ。
「グレイシアちゃん、どうしてわたしが羨ましいの?」
ライラはトロッコから身を乗り出して、牽引車の運転席に座るグレイシアに訊いた。
「ビートくんという、大好きな人と結婚しているからよ。もしもだけど……ビートくんが結婚していない独り身だったら、私が告白していたかもしれないの」
「グレイシアちゃん、その気持ちはすっごくよく分かるよ!」
グレイシアの言葉に、ライラは何度も頷いた。
「ビートくんは優しくてカッコよくて強くて……それにとっても一途なの。グレイシアちゃんがビートくんに気持ちが惹かれるのは、分かるよ!」
「本当!? 分かってくれる!?」
「もちろん! でも、ビートくんは渡さないからね! グレイシアちゃんの頼みでも、それだけは聞けないから!」
「わかっているわよ。ライラちゃんの大切な旦那さんを奪う気なんて、無いから」
ライラとグレイシアの会話に、オレは顔を赤くしてしまう。
オレって、そんな優しくも無ければカッコよくも強くもないと思うんだけどな……。
どうやらこの2人の目には、オレがすごい奴に映っているらしい。ライラはともかく、クールなグレイシアまでそう思ってしまうなんて……どうなっているんだ?
「はぁ……ライラちゃんが羨ましいわぁ……」
「グレイシアちゃんのことを好きな人も、いるわよ」
ライラがそう云うと、グレイシアは驚いて振り向いた。
「どうして分かるの?」
「さっきのソルトくん、グレイシアちゃんのことを意識していたわよ。それも、分かりやすいくらいに」
「まさか!!」
ライラの言葉を、グレイシアは否定した。
「あの臆病なソルトに限って、それは無いわよ!」
「ソルトくんって、臆病なの? 大人しそうだとは思ったけど……」
「臆病よ!」
グレイシアは、キッパリと云った。
「私は小さい頃から知ってるけど、本当に臆病なのよ。いつも誰かの後ろに隠れて、ブルブル震えていたわ。根性も無いから、途中で諦めちゃうことも多かった。どうして連絡員になれたのか、今も分からないの」
「へぇ、じゃあ幼馴染みなんだ!」
「まぁ、銀狼族の村では、みんながみんな幼馴染みみたいなものよ」
グレイシアはふうとため息をついて、再び前を向いた。
カーブに差し掛かったため、スピードを調整し、カーブを線路に沿って曲がっていく。
「グレイシア、ソルトが仕事を終えて戻ってきたら、訊いてみたらどうかな?」
「バカ云わないでよ!」
オレの問いかけに、グレイシアはそう云った。
トンネルの暗さでよく分からなかったが、その顔が微かに赤くなっていたように見えた。
その日のうちに、オレたちは銀狼族の村に帰ってきた。
グレイシアの馬車で銀狼族の村に入ると、それを見計らっていたかのように、村長のアルゲンがやってきた。
「おぉ、グレイシア!!」
「村長!」
グレイシアは馬車を停め、飛び降りた。
「よくぞ戻ってきたな!」
「お待たせしました。たくさんのものを持ち帰ってきました。それと、ビートとライラも、トキオ国の跡地から帰還しました!」
グレイシアがアルゲンに話している横で、オレたちも馬車から地面に降り立った。
やっぱり、銀狼族の村は良い。空気が澄んでいるし、春のように穏やかな気温の中にいると、身も心も洗われるようだ。
「おぉ、ビートにライラ! 長旅、ご苦労じゃった!」
「アルゲンさん、お変わりないようですね」
「ただいま、アルゲンさん!」
オレとライラが一礼すると、アルゲンも一礼した。
「……って、そうじゃ!」
アルゲンは何かを思い出したように、グレイシアに向き直った。
「グレイシアよ、薬は持ち帰って来てくれたかの?」
「薬……っ!?」
アルゲンの言葉から少しして、グレイシアの顔がみるみるうちに青ざめていった。
何か良くないことが起こったのは、火を見るよりも明らかだった。
「グレイシア、まさか……!?」
「わ……忘れた!!」
「な、なんじゃと!?」
アルゲンが叫び、グレイシアはよろめいて、馬車に手をついた。
「グレイシアちゃん、大丈夫!?」
ライラが駆け寄り、グレイシアを支えた。
「な、なんということじゃ……!」
「アルゲンさん、薬って何ですか!?」
「入院している子供たちのための……特効薬じゃ」
アルゲンによると、病院には今、子供たちが数人入院していた。
子供たちの病気を治すためには、サンタグラードで手に入るある薬が必要だった。それをグレイシアに買い付け、持ってくるように手配していた。
しかし、グレイシアはそれを入手したものの、忘れてきてしまったのだった。
病気は大病というわけではなかったが、このままでは子供たちに後遺症が残ってしまう。
もしも子供たちに後遺症が残ったら、それはグレイシアの責任ということになり、連絡員はクビになる。それどころか、子供たちの母親からグレイシアは恨まれる。そうなると銀狼族の村で生活することは難しくなり、村を出ていくしかなくなってしまうかもしれなかった。
「そんな危険な病気の特効薬を、どうして備蓄しておかないんですか!?」
オレは怒鳴った。
グレイシアのミスであることは明らかだけど、そんな大切な薬を万が一に備えて、備蓄していない。そんな村の危機管理意識の欠如が、もっと問題だとオレは思った。
オレたちのような旅人でさえ、よく使う薬や応急処置セットは、常に持ち歩いているというのに……。
「すまぬ……全て使用期限が切れてしまったのじゃ」
アルゲンが、申し訳なさそうに云った。
「今回グレイシアに余裕を持って購入してもらい、残った分を備蓄に充てるつもりだったのじゃ……」
「ビートくん……」
ヒートアップしかけていたオレに、ライラが声をかけてきた。
「どうにかして、薬を手に入れることはできないかな……?」
「うーん……」
オレはカバンから応急処置セットを取り出し、中を見た。
とても、代用できるような薬は入っていない。元々、消毒液と痛み止めくらしか薬は入っていないのだ。
「ダメだ。どれも代用にはならない」
オレは奥歯をかみしめた。
「どうしよう……私の責任だわ……!!」
オレたちの横で、グレイシアは悲嘆に暮れていた。
どうすれば、いいんだ!?
オレはその場に、立ち尽くすことしかできなかった……。
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