第136話 サンタグラードのお祭り
「ありがとうございました、カリオストロ伯爵!」
「ありがとうございました!」
サンタグラードの駅を出たオレたちは、カリオストロ伯爵に改めてお礼の言葉を述べた。
今やオレたちにとって、カリオストロ伯爵は命の恩人だ。
「もったいなきお言葉、恐れ良いります。ビート王子にライラ王女」
「わわっ! こっ、ここでは止めてくださいっ!」
「そっ、そうですよ! 目立っちゃいますから!」
カリオストロ伯爵がそう云って、オレたちの前で跪いてしまいそうになり、オレたちは慌てた。
見るからに貴族の身なりの男性が、ただの少年少女に跪いて首を垂れる。貴族で長身の男性と、銀髪獣耳の美少女と武装した少年。ただでさえ目立つ組み合わせなのに、そんな光景が駅前で行われたりしたら、注目の的だ。
「いえ、ビート王子にライラ王女。お2人の前で礼を欠いたことは……」
「僕は王子じゃあ――いえ、今は礼のことは気にしないで、自然に振舞ってください。これは命令です」
オレは王子じゃないと云おうとして、途中で云い換えた。
王子じゃないと否定しても、そうは問屋が卸してくれない。ならば王子として振舞ったほうが、事がスムーズに進むと思ったからだ。
「かっ、かしこまりました!」
そしてオレの予想通り、カリオストロ伯爵はそれに従ってくれた。
「カリオストロ伯爵は、これからどうするのですか?」
カリオストロ伯爵に尋ねると、カリオストロ伯爵は一礼してから、答えた。
「私の使命は、トキオ国の王家……すなわちミーケッド国王とコーゴー女王の王家にお仕えすることです。ビート王子は、今もトキオ国の王位を継ぐことができる、正当なる王位継承者でございます。ライラ王女を迎えられた今となっては、トキオ国を再興することも可能でしょう。なのでビート王子の意のままにいたします」
「僕の、意のままに……」
オレはそっと、自分の手を見つめた。
オレの生まれた故郷を、立て直すことができるかもしれない。
カリオストロ伯爵は、確かにそう云っていた。
「ビート王子が望まれるのであれば、トキオ国を再興し、ミーケッド国王とコーゴー女王から王位継承をすることもできます。もちろん、私は最後までビート王子に、お仕えいたします」
「ビートくん、どうする?」
ライラが、オレに声をかけてきた。
「わたしは、どこまでもビートくんについていくよ。ビートくんの行きたい場所が、わたしの行きたい場所。ビートくんのしたいことが、わたしのしたいことだから!」
「ライラ……」
本当に、ライラと結婚して良かった。
そこまで云ってくれる女性は、ライラだけだ。
オレは、カリオストロ伯爵に向き直った。
「カリオストロ伯爵……」
「はっ!」
「悲しいことですが、トキオ国は、もう無くなってしまいました。だから僕ももう、王子じゃありません。なのでこれからは、あなたの好きなことをして、幸せな人生を送ってください。父さんと母さん……ミーケッド国王とコーゴー女王も、きっとそれを望んでいると思います」
オレは、王子じゃない。
それはずっと、思ってきたことだ。
「本当に……それでよろしいのですか?」
「はい」
オレは、頷いた。
「ミーケッド国王とコーゴー女王の血を引いている僕は、トキオ国でなら確かに王子でした。だけど、トキオ国は滅びてしまいました。かつての国民も多くが殺され、生き残った人々も散り散りです。元あった場所にトキオ国を再興したとしても、そこは父さんと母さんが治めていた、かつてのトキオ国ではありません。それに崩壊するところを目にして、心に深い傷を負った人々も、大勢いたと思います。そんな人たちに『国を再興したから、戻ってきて下さい』とは、とても云えません。今の場所で過ごすことで、辛い過去の記憶に耐えている人も、きっといると思うんです」
「ふむ……」
「それに、父さんと母さんなら『自分で帰る場所を、作っていきなさい』と云うと思います。僕はそこを、ライラと一緒に、トキオ国よりも素晴らしい場所に、していきたいんです」
父さんと母さんは、トキオ国の跡地で、そう云っていた。
オレは一人前の男になった。だから、自分で帰る場所を、自分で作っていくことができる。グレーザーでも、銀狼族の村でもいい。ライラと共に、そこをトキオ国よりも豊かで素晴らしい場所にしていく。
きっとそれが、父さんと母さんを早くに亡くしたオレにできる、唯一の親孝行だろう。
オレが云い終えると、カリオストロ伯爵は微笑んだ。
「御意。ありがとうございます、ビート王子。もしお力になれることがありましたら、いつでもこちらにお手紙を下さい」
カリオストロ伯爵はそう云って、懐からカードサイズの紙を差し出した。
受け取って見つめると、それは連絡先を書いたカードだった。
「カリオストロ家の名誉にかけ、いつでも助太刀いたします」
「ありがとうございます。強い味方を、得られた思いです」
「ありがとうございます、カリオストロ伯爵!」
オレたちは再び、カリオストロ伯爵に頭を下げた。
「さて……これからお祭りがあります。よろしければ、ご一緒にどうですか?」
カリオストロ伯爵の言葉に、オレたちは驚いて顔を見合わせた。
お祭りがある。そんなこと、全く知らなかった。オレたちが知っているサンタグラードのお祭りといえば、ニコラウス祭だけだ。しかし、今はニコラウス祭の時期ではない。
「お祭りが、あるんですか!?」
「はい、ビート王子」
カリオストロ伯爵は、頷いた。
どうやら、オレのことを王子と呼ぶのだけは、身体に染み付いてしまっているみたいだ。こればかりは、オレがお願いしても止めないだろうな。
「北大陸には、獣人族の雪狐族が暮らしています。その雪狐族の中でも、サンタグラードに暮らしている雪狐族たちが行う、雪まつりというものです。たくさんの美味しい屋台が、立ち並ぶのです」
やけに詳しいなと思ったが、オレはハッとした。
カリオストロ伯爵は、大食いだ。
雪まつりの屋台を、きっと全て制覇する気でいるんだ!
そしてその予想は、正しかった。
「これから、全ての屋台で買い食いをしようかと思います。トキオ国に居た頃は、人目を気にしてなかなかできないことでしたが、今となっては貴族でも気軽に楽しめます。美味しいんですよ」
「では、是非ご一緒に!」
「わたしも行きたいです!」
オレとライラが云うと、カリオストロ伯爵は頷いた。
「かしこまりました」
オレたちはカリオストロ伯爵と共に、雪まつりに向かった。
雪まつりの会場で、オレたちはカリオストロ伯爵と共に、屋台回りを楽しんだ。
雪まつりに参加したのは初めてだったが、雪まつりの中で買い食いをしていると、寒さも忘れてしまった。串焼きやショコラトル、フルーツサンドを食べていく。
楽しい時間は、あっという間に過ぎ去ってしまう。
もしもトキオ国が滅びずに、カリオストロ伯爵が側近として常に近くに居たら、王子としても楽しい生活ができていたかもしれないな……。
ライラを王女として迎え、こうしてお祭りを、カリオストロ伯爵と共に楽しむ。
庶民派王子として、親しまれていたのかもしれないな……。
オレはそんなことを考えながら、買い食いを楽しんでいた。
久しぶりに、平和な時間を過ごすことができたオレたちの心は、穏やかになっていった。
雪まつりが終わると、カリオストロ伯爵はサンタグラード駅へと戻ることになった。
「ビート王子にライラ王女、ここでお別れとなります」
サンタグラード駅のロビーで、カリオストロ伯爵はそう告げた。
「私はこれから、西大陸に戻らなくてはなりません」
「もう、帰ってしまうんですか?」
ライラが問うと、カリオストロ伯爵は頷く。
「留守を預かっている使用人たちが、私の屋敷で待っています。交代に来た者たちと入れ替わりで、休暇を与えてあげないといけません」
「それは大変ですね」
「えぇ。しかし、こうして私が動くことができるのも、使用人たちのおかげです」
カリオストロ伯爵は、改札の前で立ち止まった。
「カリオストロ伯爵、どうかお元気で!」
「はい、ビート王子にライラ王女。またお会いできる日を、楽しみにしております」
オレの言葉にそう答え、カリオストロ伯爵は改札の内側へと入っていく。
「さようならーっ!」
「お元気でーっ!!」
カリオストロ伯爵の姿がホームの奥に消えるまで、オレとライラは手を振りながら、カリオストロ伯爵を見送った。
その時に、オレは確かに見た。
カリオストロ伯爵が、少しだけ目元に涙を浮かべていたのを――。
「……行っちゃったね、ビートくん」
「うん……」
カリオストロ伯爵の姿が見えなくなると、オレとライラはロビーに残された。
先ほどまでは感じなかった寒さが、今になって身体に突き刺さるように、感じられる。
あぁ、温かいものに触れたい!
そう思ったオレは、ライラの手を握った。
「……オレたちも、行こうか」
「うん!」
笑顔で返事をしたライラと共に、オレたちはサンタグラード駅を出ていく。
そうだ、オレたちも、行かなきゃいけない場所がある。
オレたちは雪が舞うサンタグラードの街中を、進んでいった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!
次回更新は、8月24日21時更新予定です!
そして面白いと思いましたら、ページの下の星をクリックして、評価をしていただけますと幸いです!
カリオストロ伯爵のモデルとなったのは、風の谷のナウシカのクロトワです。
あんまり似ていないですが(笑
ルパン三世カリオストロの城とは、名前が同じ以外は関係ありません。





