第130話 象撃ち銃
北大陸の大地を、ショートテイル・シェアウォーター号は駆け抜けていく。
空は青く晴れ渡っていて、雪が降り積もった雪原は地平線まで、どこまでも白一色に染まっている。
オレたちは、そんな雪景色を見ながら優雅に食事をする……ことはできなかった。
「ビートくん、ブラインドを上げちゃダメ?」
「止めておいたほうがいいよ」
ライラの問いかけに、オレはそう答える。
オレたちは2等車の個室にいて、ブラインドを下ろしていた。昼間だが、部屋の中は明かりをつけている。その下で、携帯食料の食事をしていた。
「雪は太陽からの光を反射するから、晴れた日に直接見るのは危険だよ。サングラスがあれば話は別だけど、オレたちはサングラスを持っていないから……」
「サングラス無しだと、どうなるの?」
「最悪の場合、失明することもあるよ。それに雪からの反射光で、肌が日焼けするのも避けられないね」
オレが答えると、ライラは顔を真っ青にした。
「失明も日焼けも嫌!!」
「だから、ブラインドを上げないほうがいいんだ」
そう云うと、ライラは納得して携帯食料を口に運んだ。
とはいえ、このままずっと外を見られないのも、つまらない。
しっかりとした晴れではなく、せめて曇りくらいになってくれると、すごくありがたいが……。
そんなオレたちを乗せ、ショートテイル・シェアウォーター号はジオストに向かっていく。
ジオストでは、これまで2回も足止めを食らっている。きっと今回も、吹雪か何かで足止めされるに違いない……。
ショートテイル・シェアウォーター号が汽笛を鳴らし、オレはブラインドを上げて前方を見た。
いつしか空は雲に覆われ、雪が舞っていた。
そしてその先には、雪に覆われた街が見える。
間違いなく、ジオストだ。
「ビートくん、ブラインドを上げても大丈夫なの!?」
「ほら、見てごらん」
オレがそう云うと、ライラは外を見た。
「あんなに晴れていたのに……」
「不思議だよな……」
再びショートテイル・シェアウォーター号が汽笛を鳴らし、ジオストに向かっていった。
ジオスト駅に到着したショートテイル・シェアウォーター号から、オレたちはホームに降り立った。
「ビートくん、これからどうするの?」
ライラが、赤いケープのフードの下から、オレに訊いてくる。
オーレリアとヘルガが、近くに居るかもしれない。そう思ったオレは、ライラにケープを身につけさせた。ライラもその気だったらしく、すぐに身につけてフードを被った。
「とりあえず、温かいショコラトルでも飲もうか。車内販売は停車中は来ないから、売店に買いに行こう」
駅に停車している間は、車内販売ワゴンは回ってくることは無い。
売上金を駅を通して納めたり、販売して少なくなった商品の積み込みを行ったりするためだ。それに駅によっては、販売員の交代もある。車内販売ワゴンや列車内の売店は、その間利用できない。
しかし代わりとして、各駅にも売店はある。それに列車内とは違い、その土地ならではのものや、列車内では手に入りにくいものも置いてあったりする。だから必然的に、みんな駅の売店を利用したがるのだ。
「ショコラトル!? 飲みたい!」
ライラがショコラトルと聞いて、尻尾を振った。
ショコラトルを飲み終えたオレたちは、ジオストの街に出た。ショコラトルで身体を温めたオレたちは、雪景色を見ながら食事をしようと考えていた。
「ビートくん、どこで何を食べる?」
「うーん、どうしようかなぁ……」
「わたしはね、グリルチ――」
「ちょいと、お尋ねいたします」
ライラの言葉を遮り、男の声がした。
オレとライラが声がした方を見ると、2人の男が立っていた。
1人が人族で、もう1人は獣人族だ。牛系の獣人らしく、頭には立派な角がある。
一体、この2人は何者だ?
服装を見る限りは、貴族のようだ。いかにも高そうな防寒着を身にまとい、その下には高貴な身分の人じゃないと着れないような、上等な衣服が見える。
しかし何だろう……この胸騒ぎは。
「なっ、何ですか……?」
「私はノーゼル侯爵です。隣は猛牛族のロストダディ公爵でございます」
人族の男がそう云うと、獣人族の男が軽くお辞儀をした。
「どうも」
「突然すみません。私たちは、この列車に銀狼族が乗っていると伺いまして、こちらに参りました」
ノーゼル侯爵が、ショートテイル・シェアウォーター号を見ながら云った。
この列車に乗っている銀狼族……。
もしかして、ライラのことだろうか?
オレは少しだけ、ライラとつないだ手に力が入った。
「銀狼族に……?」
「はい。見ておりませんでしょうか?」
ロストダディ公爵が、問いかけてくる。
その時、ライラがオレの手を軽く引いた。ライラに目を向けると、ライラはフードの下でわずかに首を横に振った。この2人は危険だと、ライラは伝えている。
オレはライラの手を握り返して答えると、ノーゼル侯爵とロストダディ公爵に向き直った。
「いえ、見ておりません」
「ほう、見ておりませんか……?」
「はい」
ノーゼル侯爵が反すうすると、オレは頷いた。
大丈夫だ。嘘をついたなんて、きっと顔には出ていないはずだ。そもそも初対面の相手が、オレの嘘を見抜けるわけがない。相手は騎士や保安官ではないんだ。
「では、僕たちは急いでいるので、これにて失礼しま――」
「おかしいですねぇ。お隣に銀狼族が居るというのに、見ていないなんて」
「!!?」
ロストダディ公爵の言葉に、オレたちは凍り付いた。
まさか、見抜かれていたというのか!?
「あなたを探していたんですよ、ライラさん」
「どっ、どうしてわたしの名前を!?」
ライラが叫ぶが、相手は何も云わない。
このままでは、ライラが危ない!
そう思ったオレは、ソードオフを取り出した。
「動くなっ――!!」
オレが叫んでソードオフを構えた直後。
カチャリ。
ノーゼル侯爵とロストダディ公爵が、旧式ライフルを構えていた。
悪いことに、銃口はオレとライラに向けられていた。
「これは何のマネだ!?」
「先に銃を構えたのは、そちらですよ? 撃たれたくなければ、銃を下ろしてください。そうすれば、私たちも銃を下ろします」
ノーゼル侯爵が答えた。
「云っておくが、ここで引き金を引いたところで、相打ちになるだけだからな?」
「大切なライラさんを失いたくはないでしょう? 私たちも、手荒なことはしたくないのです」
「くっ……!」
オレは引き金に掛けていた指を離すと、ソードオフをそっと下ろした。
それに呼応するように、ノーゼル侯爵とロストダディ公爵も、旧式ライフルを下ろしていく。
1分にも満たない間の出来事なのに、オレは炎天下に10分居たくらいの、大量の汗をかいていた。
「あの……訊きたいことがあります!」
ライラがそう云って、フードを取った。
銀狼族だとバレたのだから、フードは必要ないと思ったのだろう。
「どうして……わたしの名前を知っているのですか!?」
「よろしい、答えましょう」
ノーゼル侯爵は頷いた。
「オーレリアとヘルガ。この2人の銀狼族から、教えてもらいました」
だから、ライラの名前を知っていたのか。
オレは納得した。
しかし、ここでまた別の疑問が浮かんでくる。オーレリアとヘルガから名前を聞いたとして、どうしてオレと一緒に居る獣人族が銀狼族と分かり、名前がライラだと分かったのだろう?
「なるほどな。だけど、どうして銀狼族でライラだと、分かったんだ!?」
「簡単なことです。食堂車で人々が話す噂話に耳を傾けながら、それらしい人族の少年と獣人族の少女を探すだけです。おかげでディナーを食べながら、見つけることができました」
「子供の名付け親になったり、強盗を撃退するショットガンメッセンジャーになったり……色々と忙しいみたいですな」
なんてことだ!
オレたちは知らず知らずのうちに、知名度が上がっていたのか。ハッターさんやカリオストロ伯爵を始めとした、オレたちのことを知っている人は、オレたちのことをペラペラ話したりはしない。だけど、面識のない人の噂話は、どうやっても止めることはできない。
こんなところに、落とし穴があったなんて!
「それで、わたしを奴隷として売り飛ばす気……!?」
「いえいえ、私たちは奴隷商人にあなたを売り飛ばす気は毛頭ありません」
ライラの言葉に、ノーゼル侯爵が首を横に振った。
それなら、ライラをオーレリアとヘルガに引き渡すのだろうか?
あり得ないことではない。オーレリアとヘルガは、ライラに恨みがあると云っていた。オーレリアとヘルガからライラのことを知ったのだから、つながりがあることは明白だ。
「じゃあ、オーレリアとヘルガに引き渡すのか!?」
「いえ、それも私たちには興味の無いことなのです」
「私たちはライラよりも、そのお父さんに用があります」
ロストダディ公爵の言葉に、オレとライラは顔を見合わせた。
ライラのお父さん……つまりはシャインさんだ。
シャインさんに用があるとは、どういうことなのだろう?
よく分からないことに、なってきたな……。
「わたしのお父さんに……?」
「左様です」
ノーゼル侯爵は頷くと、オレたちに一歩近づいた。
「我々はあなたのお父上様が、象撃ち銃を持っていることを、オーレリアとヘルガから伺いました。つきましては、その象撃ち銃を譲っていただきたいのです」
「象撃ち銃……?」
ノーゼル侯爵の言葉に、ライラは首をかしげた。
そしてオレに目を向けてくる。
「ビートくん、象撃ち銃って知ってる?」
「いや……知らない」
オレは首を横に振ることしかできなかった。
シャインさんが象撃ち銃を持っているなんて、聞いたことが無い。
いや、オレも『象撃ち銃』という単語を耳にしたのは、これが初めてだ。
どういうものなのか、さっぱり分からない。
「なんですか? 象撃ち銃って?」
「ご存じないのですか? トキオ国で製造された銃のことです。巨人族さえ倒せるという噂が流れているほど、魅力的な武器なのです。しかし残念なことに、トキオ国の崩壊後はそのほとんどが行方不明になってしまいました。我々は長い間、象撃ち銃を探し続けまして、やっと銀狼族のシャインが持っていることを知りました。しかもシャインは、ライラのお父上様であると知り、またとないチャンスだと思ったのです。1挺だけであったとしても、確実に手に入れるためには、ライラのお父上様から手に入れる以外に方法がないのです」
「どうか、我々を銀狼族の村に案内してくれませんか? もちろん、銀狼族を奴隷にすることは考えておりません。あくまでも、象撃ち銃を譲っていただきたいだけなのです」
ノーゼル侯爵とロストダディ公爵の提案に、オレたちは迷った。
シャインさんが持っている銃が、本当に象撃ち銃なのか分からない。それに銀狼族の村に連れていってもいいか否かは、オレたちだけでは判断できなかった。
それに最も気になるのは、象撃ち銃をどんな目的で使うのかだ。
巨人族さえ倒せる威力があるというのが本当なら、シャインさんだってそのことを分かっているはずだ。そんな恐ろしいものを手放すとは、ちょっと考えられなかった。もしもオレがシャインさんだとしたら、そんな恐ろしいものは自分以外には触らせないはずだ。たとえライラであったとしても、手に取ることは許さないだろう。
ましてや出会ったばかりの人なら、なおさらだ。
「……どうして、象撃ち銃が必要なんですか?」
「それを知る必要はありません……と云いたいところですが、まぁいいでしょう」
ノーゼル侯爵は頷いた。
「かつて我々の仲間であった、奴隷商人のアダム率いる導きの使徒が、すべてやられてしまいました。その仇を討つためには、強力な武器がどうしても必要です。そこで我々は、象撃ち銃に目を付けました。だからどうしても、象撃ち銃が必要なのです」
「分かりましたか? 分かっていただけましたら、銀狼族の村に案内していただきたいのですが……」
そういうことか。
オレはフーっと、息を吐いた。
「ライラ、決まったね」
「うん、ビートくん」
オレたちがそう云うと、ノーゼル侯爵とロストダディ公爵の目の色が変わった。
「あっ、案内してくれるのですか!?」
「どっ、どうなのですか!?」
詰め寄ってくるノーゼル侯爵とロストダディ公爵。
オレとライラは、その2人に向かって、口を開いた。
「「ダメです!!」」
同時に叫ぶと、ノーゼル侯爵とロストダディ公爵は一気に表情を変えていった。
目つきが穏やかなものから、冷酷なものへと変わっていく。たった一言で、ここまで変わっていくものなのかと、オレは驚いた。
「あなたたちのような人は、絶対に銀狼族の村に案内なんてできません!」
「それに、導きの使徒を皆殺しにして、アダムを殺したのはこのオレだ!」
オレたちの言葉に、ノーゼル侯爵とロストダディ公爵は目を見開いた。
「なっ、なんですとぉっ!!?」
甲高い叫び声が、駅の中に響き渡った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!
次回更新は、8月18日21時更新予定です!
そして面白いと思いましたら、ページの下の星をクリックして、評価をしていただけますと幸いです!





