第129話 ライラに恨みを持つ者
「そのライラっていう女の子に、私たちは恨みがあるの」
ヘルガの言葉に、オレは息を呑んだ。
どうして、この2人はライラに恨みがあるのだろう?
オレはもう少し、オーレリアとヘルガについて、色々と情報を聞き出さないといけないようだ。
「あの……恨みって、何ですか?」
「恨みは恨みよ、それがどうかしたの?」
太陽はなぜ東から昇るのかと聞かれて、なぜ当たり前のことを訊くんだ?
そんな目で、ヘルガがオレを見つめてくる。
「いえ、その……なぜライラという少女に、恨みを抱いているのか……それが気になったんです」
「いいわ、教えてあげる」
オーレリアがオレの前に出てきた。
よく見ると、オーレリアの胸はヘルガよりも大きいみたいだ。
「私たちはね、ライラの両親であるシャインとシルヴィに、ライラの身代わりにされたのよ」
オーレリアは、明るい声でそう云った。
しかし、話す時のオーレリアの目は、一切笑っていなかった。
「私たちは、西大陸で暮らしていて、その途中でシャインとシルヴィに出会ったの。2人が奴隷商人に追われていると知ったけど、私たちを身代わりとして奴隷商人に引き渡したの。シルヴィのお腹には、すでにライラという女の子がいるから、自分たちの子供を守ろうとしたの」
「おかげで私たちは、大変な思いをしたのよ。奴隷商人に捕まった後、私たちはある貴族の人たちに買い取られたの。そこで事情を知った貴族から、自由を云い渡されたのよ!」
オレは黙ったまま、その言葉を聞いていた。
「それ以来、私たちはライラという銀狼族の女の子を探しているわ。シャインとシルヴィが、トキオ国に行ったことは知っている。だから私たちも、自由になってから後を追って、トキオ国に向かったわ。しかし、トキオ国は滅ぼされていて、シャインとシルヴィも行方不明。ライラという女の子も見つからないの」
「だけど、風の便りで聞いたところでは、ライラはシャインとシルヴィが孤児院に預けたそうね。そして生きているなら、ちょうどあなたと同じくらいの年になっているはず。だから私たちは、銀狼族の女の子を探しているの」
オーレリアとヘルガは、そう話していく。
「それで訊きたいんだけど……ライラって女の子を、知っているかしら?」
「いえ、知りません」
オーレリアの問いに、オレは嘘をついた。
知っているどころか、ライラはオレの妻だ。だが、これまでの話を聞いた後に、正直に答えることなどできない。そんなことをするほど、オレはバカじゃない。
「そうなの、知らないのね」
「銀狼族の匂いがしたから、何か手がかりがあるかと思ったけど……」
ヘルガに続いて、オーレリアがガッカリする。
どうやら、オレの言葉を信じてくれたようだ。そっとオレは、胸を撫でおろす。
「……知らないなら、仕方ないわね」
オーレリアはそう云うと、オレの前に一歩踏み出した。
懐からメモ書きを取り出すと、それをオレに差し出してくる。メモ書きには、住所が書かれていた。
「もしも見つけたら、ここにお手紙を送って教えてね」
「これは……連絡先ですか?」
「そうよ。見つけたら、私たちが2人でうんとお相手してあげるわ。銀狼族の女性に相手してもらうだけでも難しいのに、2人よ? 世の中の男性の半分くらいには、自慢できるんじゃないかしら? まさに両手に花ね。炊事洗濯といった日頃の家事はもちろん、夜のお相手までするわよ?」
「もちろん、私たち2人でね」
「あ……あはは……」
オーレリアとヘルガの言葉に、オレは若干引いていた。
オレが独り身だったのなら、大喜びだっただろう。しかし、今のオレにはライラがいる。それにいくら夜のお相手をしてくれるとしても、さすがに尻尾をモフらせてはくれないだろう。こちらから頼んでも、この2人が尻尾を差し出してくれるとは、考えにくかった。
「ありがとう。それじゃあ見かけたら、教えてね」
「バイバーイ」
オーレリアとヘルガは、そう云って街の中に消えていった。
オレは2人が見えなくなるのを待ってから、駅に向かって一直線に駆け出した。
もしもオーレリアとヘルガが駅に向かっていたら、ライラが危ない!
冷たい空気を吸い込みながら、オレは走っていく。
北大陸の冷え切った空気で、肺が痛みを訴えてくる。
しかし、オレは走り続けた。
一刻も早く、ライラの所に戻らないといけなかった。
オレは急いで改札を抜け、ショートテイル・シェアウォーター号が停車しているホームに向かった。駅員やホームにいる乗客の間を、オレは駆け抜けていく。
「あぶねっ!」
「気を付けろ!」
ぶつかりそうになった人が、オレに怒号を飛ばしてくる。だけど、そんなことは耳に入らない。
オレの頭の中は今、ライラのことでいっぱいになっていた。今すぐにライラの姿を見ないことには、落ち着けなかった。
考えたくもないことだが、もしも今の時点で、ライラの身に何かあったら――。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない!
ライラの所まで、あと少しだ!
オレは2等車に駆け込んだ。
「ライラっ!!」
「ビートくん!」
オレたちが使っている個室に入ると、ベッドの上にライラがいた。
ライラはベッドに腰掛け、雑誌を読んでいた。傷らしきものも見当たらないし、誰かを恐れている様子もない。どうやら、オーレリアとヘルガに見つかったわけではないみたいだ。
ドアを閉めると、ライラが雑誌を置いて立ち上がり、尻尾を振りながらオレに向かってくる。
「ビートくん、身分証明書はあった?」
「……ライラっ!!」
オレは目の前に来たライラを、抱きしめた。
「キャッ!? ビートくんっ!?」
ライラが驚くが、オレはライラを放そうとはしなかった。
「良かった……無事だった……!」
「ビートくん、どうしたの?」
無事を確認して喜ぶオレに、何があったのか分からずにライラが不思議そうに訊いてくる。
「そうだっ!」
オレはライラから手を離した。
「ライラ、大変なことになったんだ!」
「何があったの?」
「実は……ライラに恨みを持っている銀狼族がいるんだ!」
オレはライラに、オーレリアとヘルガのことを話していった。
「……というわけなんだ」
「そんなことがあったの!?」
全てを話し終え、ライラは目を丸くしていた。
無理もない。これまで恨まれるようなことはしてこなかったのに、突然恨みを持って探している者がいると、知ったんだ。オレも未だに、信じられない気持ちでいっぱいだ。シャインさんとシルヴィさんが、オーレリアとヘルガを身代わりにするような人だとも、思えない。きっと、噓をついているか、話を大幅に盛っているに違いない。
しかし、いくら信じられなくても、オーレリアとヘルガがライラのことを狙っている。それだけは確かだ。
「信じられないかもしれないけど……本当なんだ! ライラはオーレリアとヘルガに、狙われている!」
「ビートくん、もちろん信じるよ!」
ライラはそう云って、オレの手を握り締めた。
「ビートくんが、わたしに嘘をついたことなんてないもの! それに、お父さんとお母さんも危ないかもしれない。黙ってやられるなんてこと、できないよ!」
「ライラ……」
「大丈夫! わたしとビートくんは、これまでにどんな苦難だって、乗り越えてきたから! 絶対にオーレリアとヘルガを倒せるわ。ビートくんを2人に奪われるくらいなら、こっちから潰すまでよ!」
オレはライラの目に、怒りの炎が燃え上がっているのが見えた。
オーレリアとヘルガが、オレに色目を使ってきたことに、かなり怒っているようだ。
「ライラ……い、一応相手は銀狼族だよ? ライラの同族だ。そんな、潰すなんて……」
「ビートくん、甘いわよ!」
ライラが、ビシッと叫ぶ。
いつものライラとは思えない、怒りのオーラを放っていて、オレは口を噤んだ。
「たとえ同族であっても、わたしのビートくんを奪おうとするなんて、絶対に許さない! それも相手が同じ女なら、なおさらよ! 女は女に対しては、一切容赦しないの! 男相手には手心を加えることはあっても、女相手には一切無いわ! ビートくんという大切な人に危害を加えようとするなら、手心なんか必要ないわ!」
ライラの中に、これまでにない強烈な闘志が燃え上がっている。
これはオレでも、言葉選びを間違えたら、怒られそうだ。
わざわざ獅子の尻尾を、踏みに行く必要はない。
オレはライラの言葉に頷きながら、落ち着くのを待った。
「ライラ、とりあえず常に一緒に行動しよう」
落ち着きを取り戻したライラに、オレはそう云った。
「オレだって、ライラを失いたくは無いんだ!」
「ビートくん……!」
ライラは尻尾をブンブンと振り、オレに抱き着いた。
「ビートくん、絶対に相手をやっつけようね!」
「ああ……!」
オレはライラの言葉に、強く頷いた。
出発時刻が訪れると、出発を告げる汽笛が鳴り響いた。
駅員からの合図と、信号が青に変わったことで、ショートテイル・シェアウォーター号は動き出した。次の停車駅は、ジオストだ。
雪が舞い散る中、ショートテイル・シェアウォーター号は次の駅へと向かって走り出す。
しかし、オレたちは知らなかった。
ノルテッシモを出発したショートテイル・シェアウォーター号の3等車には、オーレリアとヘルガも、乗客として乗り込んでいたことを……。
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次回更新は、8月17日21時更新予定です!
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ライラに危機が訪れました。
ビートは今回も、ライラを守り抜くことができるのでしょうか?
オーレリアとヘルガの目的は……!?





