第127話 殺戮の天使
ショートテイル・シェアウォーター号が急ブレーキをかけ、列車の速度が一気に落ちていく。
「うわあっ!」
「きゃあっ!」
オレとライラは突然の急ブレーキに間に合わず、部屋の中を転がる。
車輪が発するスキール音が聞こえてくる。大陸間鉄道橋は、ほぼ直線だ。それなのにこれほどのスキール音がするということは、かなり強い力でブレーキを掛けたに違いない。
ショートテイル・シェアウォーター号を牽引する蒸気機関車は、長距離列車用のものだ。当然、パワーもすごい。そんな蒸気機関車が急ブレーキをかけたら、オレたちのような乗客は、成す術もない。
列車が完全に停止すると、オレたちは起き上がった。
「いたた……」
「きゅ、急ブレーキかよ……」
オレとライラは立ち上がり、乱れた衣服を直す。
立ち上がるときに、ライラのスカートの中に見えたパンツを、オレは見逃さなかった。
「ううん……ビートくん、大丈夫?」
「オレは大丈夫。ライラは……?」
「わたしもなんとか……」
どうやら、オレもライラも怪我はしていないようだ。
「さっきの急ブレーキは……?」
「分からない。機関車にトラブルでもあったのかもしれないな」
オレはそう云うと、窓のブラインドを上げて、外を見た。
列車は、大陸間鉄道橋の真上で停車している。下を見ると、何メートルも下に海が見えた。
鉄骨のガードがあるから、ここで脱線しても列車が海に落ちることはない。しかし、見ていると怖くなってきたオレは、ブラインドを閉めた。
「ビートくん、車掌さんに確認しに行く?」
「そうだな。一度、車掌さんを探しに――」
オレがライラの言葉に頷いた時だ。
コンコンッ。
ドアがノックされた。
「お客様、大丈夫ですか? お怪我などはございませんか!?」
車掌さんの声が、ドアの向こう側から聞こえてきた。
その声に安心したオレは、そっと鍵を外してドアを開けた。
「車掌さん!」
「お客様、大変申し訳ございません」
車掌さんは制帽に手を当て、お辞儀をした。
「さっきの急ブレーキは何ですか!?」
「停止信号です。ノルテッシモの駅で列車の出発が遅れておりまして、停車いたしました。信号が変わり次第、出発いたします。お急ぎのところ恐縮ですが、出発まで今しばらくお待ちください」
車掌さんはオレの問いにそう答え、オレたちが怪我をしていないことを確認すると、次の個室に向かっていった。そして同じやり取りを繰り返していく。
それを見届けてから、オレはそっとドアを閉じた。
「停止信号なら、動き出すまで待つしかないか……」
「列車強盗とかじゃなくて、良かったわね」
「そうだな」
大陸間鉄道橋の上で、列車強盗に襲われるなんて話は、聞いたことが無い。
だけど、ライラの云う通りであることも確かだ。
少しして、ゆっくりと列車が動き出した。
低速だが、少しずつ速度が上がっているのが、車輪の音から分かった。
しばらくの間は、ゆっくりしていてもいいだろう。
そう考えたオレは、ベッドでひと眠りすることにした。ガンベルトを外して、オレはベッドに寝転がる。後はこのまま、夕食までゆっくりと……。
そう思って目を閉じた時、隣にライラがやってきた。
オレの隣に寝転がり、ゆっくりと尻尾を振るライラ。
「ライラ……」
「えへへ……ビートくぅん……」
ライラはオレに身体を密着させ、オレの臭いを嗅いでくる。
気づいているのかは分からないが、ライラがこうして密着させてくる間、オレもライラの匂いを嗅いでいる。ライラのいい匂いは女性特有のものだと思っているが、最近は少し疑問に思ってきている。他の女性からは、ライラのような匂いがしないためだ。
もしかしたら、これはライラ特有か、ライラに共通点がある女性からしかしないのかもしれない。だが、オレにはそうだと言い切る自信はない。
しかし、そんなことはどうだっていいことだ。
ライラのいい匂いを、好きなだけ堪能できるのだから。
「ライラ、これじゃあ眠れないよ……」
「眠らなくていいじゃない。まだ夜じゃないんだから。それよりも、もっと撫でて」
「しょうがないなぁ……」
そう云いつつも、オレはライラを撫でた。
確かに少し寝るよりも、このままライラを撫でている方がいいかもしれないな。
「ほらほら……」
「くぅーん……」
オレが頭を撫でると、ライラは犬のような声を出す。
甘えていることがよく分かるが、これでは本当にただの犬にしか見えなくなってきそうだ。
キキキーッ!!
突然、再び急ブレーキが掛かった。
「わあああ!!」
「きゃあっ!!」
オレは反射的にライラを抱きしめ、ライラはベッドから落ちないように踏ん張った。
ベッドは作り付けだから、動いたりすることはない。しかし、その上に敷かれているシーツは固定されていない。遠心力で落ちないように祈りながら、オレたちは列車が無事に停車するのを待つ。
そしてゆっくりと、列車は停止した。
幸いなことに、オレたちはベッドから落ちることはなかった。
ポォーッ!
ポォーッ!!
ポォーッ!!!
停車直後に、連続して3回も汽笛が鳴り響く。
緊急事態発生の合図だ。
「ライラ、大丈夫?」
「うん。ビートくん、ありがとう」
ライラを放すと、オレはベッドから降りて靴を履いた。
そのままガンベルトを腰に巻き、ソードオフとリボルバーを確認する。
「ビートくん! わたしも行く!」
「わかった。必ずまたここに戻ろう!」
ライラの言葉に頷き、オレたちは個室から出た。
「助けてくれぇ!!」
食堂車に近づいてくると、食堂車とは反対方向に向かって逃げていく乗客や乗組員と出くわした。
この先で、何かしらの騒ぎが起きていることは間違いない。
しかも乗組員まで逃げ出しているということは、重武装した列車強盗の可能性が高い。まさか、大陸間鉄道橋の上から列車を襲うなんて、想像もしていなかったが。
だけど、このまま何もしないでやられるようなオレたちじゃない。
列車強盗とは、何度も戦ってきたんだ。そして勝利してきた。
今回も、やられる前にこっちからやるだけだ!
「ライラ!」
「うんっ!」
オレたちは食堂車に入ると、テーブルやイスを移動したり、ひっくり返した。
積み上げてバリケードを作り、わずかに用意した隙間を銃眼として利用し、銃を構える。
足元には、予備の弾丸も置いた。机の上に残っていたお酒のボトルは、布切れをつけて簡易的な火炎瓶にしてある。できる限りのことは、やったつもりだ。
バリケードの向こう側を睨みながら、オレたちは息をひそめる。
時折、銃声が聞こえてきた。誰かが撃たれているのかもしれないが、それは分からない。
ドガァン!!
銃声が鳴ってから少しして、前方のドアが蹴破られた。
ついに、相手のお出ましか!!
そう思ったオレは、目を見張った。
「あれは……銀狼族!?」
現れたのは、仮面をつけた狼系の獣人族の女性2人だった。
獣人族の女性は、2人ともライラと同じ白銀の髪の毛と尻尾を持っている。間違いなく、銀狼族の特徴だ。見た目の違いは、身長くらいしかない。2人とも仮面で顔を隠し、白い冬用の軍服を着ている。
しかし、どうしてこんなところに銀狼族がいるのだろう?
「ビートくん、どうして銀狼族が!? わたし以外に、この列車に銀狼族が乗っていたの!?」
「わからない! だけど、騒ぎの原因はあの銀狼族2人で間違いない!」
オレは叫んで、銃を構え直した。
「ライラの同朋を撃つのは気が引けるけど……やむを得ない!」
「ビートくん、遠慮はいらないわ!」
「あなたがライラね!!」
その時、仮面をつけた銀狼族の1人が叫んだ。
敵が、ライラのことを知っている!?
オレたちは驚いて、引き金にかけていた指をそっと離した。もしかしたら、銀狼族の村にいた誰かかもしれない。全員を把握しているわけではないが、銀狼族の村にいた女性なら、何人か知っている。
だけど、仮面で顔が隠れているから、誰なのかは分からない。
すると、銀狼族の女性が仮面を外した。
仮面は手を経由して、足元へと落とされる。
仮面の下から現れたのは、見たことのない顔だった。
美人であることは確かだが、目つきは鋭くて冷たい。あんな銀狼族の女性は、銀狼族の村には居なかった。銀狼族の女性は、オレの見た限りでは鋭くて冷たい目つきはしていなかった。
可能性としては、銀狼族の村以外で育った銀狼族か、もしくはメラさんのように銀狼族に見た目が似ているだけかだ。できることなら、後者であってほしい。
「あたしの名前は、オーレリア」
「私はヘルガよ。よろしくね」
背の高い銀狼族がオーレリアと名乗り、背の低い銀狼族がヘルガと名乗った。
「会いたかったわよ……ライラ」
「えっ、わたしに?」
「そうよ」
ヘルガはそう云うと、軍服の中からリボルバーを取り出した。ヘルガに続いてオーレリアも、同じリボルバーを取り出した。オレたちが持っているものと似ているが、少々旧式のもののようだ。
「あなたの両親が……すべて悪いのよ!!」
「どっ、どういうこと!?」
「うるさい! 死ね!!」
ライラが尋ねるが、オーレリアとヘルガはそれに答えなかった。
そして同時に、引き金を引いた。
ダァン!
ダァン!!
「……ぐはっ」
オーレリアとヘルガのリボルバーから発射された弾丸は、2発ともライラに命中した。
ライラの胸から血が噴き出し、口からも血を吐いて、ライラは後ろへと倒れていく。
オレはその瞬間が、スローモーションのように見えた。
婚姻のネックレスが千切れ、ライラの元から去っていく。それと同時に、ライラの目は光を失っていく。
とても信じられない光景が、目の前に現れた。
「ライラっ!!」
我に返ったオレは、すぐにライラに駆け寄った。
「ライラ! しっかりしろ!!」
オレはライラを抱きかかえる。
しかし、弾丸はライラの心臓を撃ち抜いたらしかった。左胸の辺りから血が流れ、ドレスを赤く染めていく。口からも血が流れて美しい髪を汚し、床に落ちていった。
もちろん呼吸はしておらず、すでに目に光は宿っていない。
一目でライラから、命が消えたことを悟った。
「ライラ……ライラぁっ!!!」
夢であってほしい。
この出来事全てが、悪い夢なんだ。
そう思いたかったが、オレの手についた赤い血が、冷酷に夢ではないことを証明していた。
「……許さねぇ……!!」
オレはそっと、ライラを横に寝かせた。
自分の服で血を拭うと、そっとライラの顔を撫でる。
両目のまぶたを閉じると、オレは立ち上がった。
「……よくも、オレのライラを……!!」
オレはゆっくりと、オーレリアとヘルガに銃口を向けた。
「……死ねぇっ!!」
ダァン!
ダァン!!
オレはオーレリアとヘルガに、1発ずつ弾丸を撃ち込んだ。
オーレリアとヘルガが倒れると、そのまま残っていた弾丸を撃ち込み、さらにソードオフの弾丸も撃ち込んだ。
オーレリアとヘルガは腹の辺りから、真っ二つになって横たわっていた。
45口径の弾丸と、対人戦闘用の散弾を受けたんだ。これで助からないはずがない。
だが、オレの怒りは収まらなかった。
「よくもライラを、よくも……!!」
オレは、ぐちゃぐちゃになっているオーレリアとヘルガを、両足で何度も踏みつける。
跳ね返ってきた血や肉片で汚れても、気にならなかった。
ライラを奪われた怒りで、オレは狂戦士のようになっていた。
そのせいで、オレは新たに現れた敵に気がつかなかった。
「よくもやってくれたな!」
「誰だ!?」
男の声がして、オレは顔を上げる。
そこに居たのは、黒いコートを着た2人の男だった。
「オーレリアとヘルガが!!」
「このガキ、死ね!!」
男たちが銃を構え、オレは反射的にリボルバーを構えた。
そして、引き金を引く。
カチン!
しかし、弾丸は出なかった。
オーレリアとヘルガに全弾を撃ち込んでから、リロードをしていなかった。
「しまった!」
オレが叫んだ直後。
ダァン!!
銃声が轟いて、オレは意識を失った。
「わああっ!?」
オレは叫びながら、起き上がった。
周囲を見回すが、そこは食堂車ではない。
オレとライラが使っている、2等車の個室だった。
「ビートくん!?」
ライラがオレよりも遅れて、身体を起こした。
オレは反射的に、ライラを見た。
撃たれたりは、していない。
その証拠に、ライラの胸に弾丸で撃たれた跡は無かった。オレの方を、不思議そうな顔で見つめている。
「ライラ……?」
「どうしたの? 叫び声が聞こえたから――」
「ライラっ!!」
オレは反射的に、ライラを抱きしめた。
「あぁっ、良かった……良かった……!」
「きゃっ!? ビートくん、悪い夢でも見たの?」
突然抱きしめたにも関わらず、ライラはオレを引き離そうとせず、そっと抱き返してくれる。
そんなライラに感謝しながら、オレは涙をポロポロと零した。
そのままオレは、落ち着きを取り戻すまでライラを抱きしめていた。
「そんな怖い夢を見たのね……」
落ち着きを取り戻してから、オレはライラに見た夢の内容を話した。
「でも、夢で良かったわね」
「本当に、夢で良かったよ。ライラが撃たれたときは、どうしようかと思った。でも、正直まだ不安なんだ。嫌な予感が、消えないんだ」
あれは単なる夢じゃない。
オレは何故か分からないが、そう思っていた。
あまりにも内容が、リアルだったからかもしれない。
「ビートくん、考えても仕方ないよ」
ライラがそう云って、そっとオレの手を掴んだ。
「ビートくん、お腹空いてきちゃったから、食事にしようよ」
「……そうだな」
オレは頷いて、ベッドから立った。
考えても仕方がない。確かに、ライラの云う通りだ。
オレはライラと共に、食堂車に向かった。
夕食が終わってから少しして、先にライラが眠りについた。
オレはまだ眠れずに、イスに座ってミーケッド国王とコーゴー女王が写った写真を見ていた。
「父さん、母さん……」
オレは写真の中に写っている、ミーケッド国王とコーゴー女王に語り掛ける。
「夢の中で見た出来事が、まるで現実になりそうで、すごく不安なんだ。オレ、どうしたらいいのかな?」
写真に写っている人物に話しかけたところで、答えが返ってくるなんてことはない。
意味が無いことだということは、十分理解しているつもりだ。
だけど、オレにはそうすることしかできなかった。それに言葉に出すことで、自分を落ち着かせることができるかもしれないと、オレは考えた。
でも、何か勇気づけてくれるようなことが、あったらいいなぁ……。
オレがそんなことを思いながら、写真に視線を戻した時だった。
「ビート、気を付けるんだ。敵は、意外な人物だ」
「あなたが見た夢は、間違いなく警告よ。十分に気を付けて。私たちからは、それしか言えないわ」
突然、写真の中で微笑んでいたミーケッド国王とコーゴー女王が、真剣な目でオレにそう告げた。
しっかりと口が動き、言葉を発していた。
「えっ……!?」
写真の中の父さんと母さんが、話した!?
オレは驚いて、何度か瞬きをしてから、再び写真に目を向けた。
しかし、写真の中のミーケッド国王とコーゴー女王は、微笑んでいた。
真剣だった表情はどこにもなく、変わる前の表情に戻っている。
「さっきのは……幻か?」
だけど……確かに父さんと母さんがそう云ったような気がする。
オレには確かに、父さんと母さんの声が聞こえたのだから。その声は、トキオ国の跡地で耳にした父さんと母さんの声と、同じだった。
これはきっと、父さんと母さんからの警告だ。
ライラに危機が迫っている。なんとしてでも、ライラを守り抜け。
そういうことを、伝えたかったのかもしれない。
「父さん、母さん……ありがとう」
オレは写真を、そっと手帳に挟み込むと、ライラが眠るベッドに向かった。
それから少しして、オレはその警告が正しかったことを知ることとなった。
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いきなりかなり長いお話になってしまいました。
北大陸で、ビートとライラに試練が襲い掛かります!!





