第125話 博覧会
ポォーッ!!
汽笛が鳴り響き、乗客たちに次の停車駅が近づいてきたことを、いち早く知らせた。
長いこと列車に揺られ続けてきた乗客たちにとって、その汽笛はただの汽笛ではない。福音を伝える、天使のラッパにも例えられる。
老若男女問わず、停車駅に無事に辿り着けるのは嬉しいものだ。それは機関士や機関助士、車掌といった乗組員も変わらない。乗組員の中には、次の駅で列車を降りて交代し、休暇に入れる者も居る。
そんな停車駅が近づいてきたことを喜んでいる人々の中には、もちろんオレたちもいた。
「ビートくん、カルチェラタンよ!!」
ライラが、次の停車駅の名前を叫ぶ。
そう、ショートテイル・シェアウォーター号が次に停車駅する駅の名前は、カルチェラタン。東大陸の最北端であり、学園都市として名高いカルチェラタンだ。カルチェラタンは学園都市であり、常に大勢の乗客の乗り降りがある。そのため、カルチェラタンは大陸横断鉄道から近距離を走る列車に至るまで、一部の運行表で定められた場合を除いてほとんどの列車が停車する。
「そうか、この路線も最終的にはカルチェラタンに続いていたのか」
オレはそう云って、壁に掛けられた世界地図を見た。世界地図には路線図が載っていて、列車が今どこを走っているのかが、分かるようになっている。
「ビートくん、カルチェラタンに行ったら、何をする?」
「72時間も停車時間があるからなぁ……」
停車時間については、さっき駅名を知らせに来た車掌さんから、聞いていた。
72時間も停車時間がある上に、カルチェラタンまで来た。列車を降りて、何かしたかった。ずっと列車の中に閉じ込められてきたから、広い場所に出たい。
「そうだ! ダイスにジムシィ、ケイロン博士に会いに行こう!」
「うん! いいと思うわ!!」
ライラはオレの言葉に、何度も頷いた。
「ビートくん、列車が到着したら、すぐにオウル・オールド・スクールに行こう!」
「よし、それじゃあ駅に着いたら、武器を全て貨物車に預けよう」
オレは頷いて、そう云った。
オウル・オールド・スクールだけじゃない。学校や研究機関といった学術機関のほとんどは、武器持ち込み禁止となっているためだ。特別な許可を得ない限り、一切の武器持ち込みが禁止されている。
初めてカルチェラタンを尋ねた時も、オレたちは武器を貨物車に全て預けていった。カルチェラタンでは街中でも、武器を持ち歩いている人といえば、騎士団の騎士くらいしかいない。それに凶悪犯罪も少ないため、武器が無くても安心して過ごせる。
早くもやることが決まり、早く到着しないかとワクワクしているオレたちを乗せ、ショートテイル・シェアウォーター号はカルチェラタンに向かっていく。
カルチェラタンの駅に列車が入り、駅員の手旗信号に従って、機関士が慎重に列車を進めていく。定められた位置にまで来ると、機関士はブレーキを最も強い場所まで持って行き、列車を停めた。
停車を確認してから、機関車からは蒸気が抜かれて、機関士がブレーキを弱める。一度停車してしまえば、後は機関車と列車全体の重さで、動くことはまずない。
駅員と機関士が停車を確認し、待機していた駅員が一斉にドアを開けていく。
待っていた乗客たちは、次から次へと列車からホームへと降り立ち、改札へと向かっていった。
人の出入りがひと段落してから、オレとライラも列車を降りた。
貨物車に武器を預け、必要なものだけ持つと、オレたちも改札に向かった。
改札を出たオレたちは、オウル・オールド・スクールへと向かった。
見学という名目なら、学生じゃなくてもオウル・オールド・スクールに入ることはできる。突然の訪問にダイスにジムシィは驚くかもしれない。
でも、間違いなく喜んでくれることは確かだ。
オレたちは急ぎ足で、オウル・オールド・スクールに向かった。
カルチェラタンの駅に、ショートテイル・シェアウォーター号が到着してから、2時間後。
オレたちは、オウル・オールド・スクールの正門を出ていた。
「ビートくん、残念だったね」
「こればっかりは、仕方が無いよ」
ライラの言葉に、オレは肩を落としつつも、笑顔でそう答えた。
ダイスにジムシィ、そしてケイロン博士に面会しようとして、オレたちは学生課で申し出た。
しかしそこでオレたちは、予想外の事実を伝えられた。
ダイスとジムシィは、ケイロン博士と共に西大陸へフィールドワークに出かけていた。それもつい先日出かけたばかりで、オレたちとはほぼ入れ違いでカルチェラタンを発っていた。
さすがに発ったばかりのダイスとジムシィ、ケイロン博士を列車で追いかけることはできない。オレたちは面会を諦めて、オウル・オールド・スクールを出た。
突然訪ねてきたわけだから、致し方無いことでもある。
常にオウル・オールド・スクールに居ると考えていた、オレたちが甘かった。
さて、これからどうしようか。
やることが無くなって、駅に向かっている最中。
オレは建物の壁に貼り付けられていたポスターで、目が留まった。
『カルチェラタン博覧会がゼウス記念ホールにて開催中! 入場料は無料! 最新技術と伝統文化に、来て観て触れていこう!!』
カルチェラタンで行われている、博覧会の告知ポスターだった。
真ん中には燕尾服を来てトップハットを被り、正装した紳士が両手を広げている。その周りに、列車や船、何かわからない機械や多種多様な人々が描かれている。
開催期間を確認してみると、ちょうど今、開催されていることが分かった。
博覧会には、参加したことが無い。
グレーザー孤児院に居た頃、孤児院に届けられた新聞を見て、博覧会が行われていることを知った。もちろん、グレーザーのような小規模な町では、開催されることはない。新聞に載っていた博覧会だって、西大陸で行われていたものだった。
しかし、オレはそれから博覧会というものに、ずっと参加してみたいと思っていた。あちこちの領地や王国が名物を出し合ったり、開発された最新技術を間近で見られる。博覧会はまさに、一生に一度参加できるかどうかの、ビッグイベントだ。
カルチェラタンでの博覧会となれば、さぞかし立派な博覧会が行われていたとしても、おかしくはない。
これを見て行かない手は、無いはずだ!
「ライラ、博覧会だって」
「博覧会?」
ライラが、オレの言葉に耳を立てた。
「カルチェラタンでちょうど今、開催されているみたいなんだ。これを見て行くのなんて、どうかな? 博覧会は色々と展示されているから、72時間の間に色々と見て回れそうだ」
「うん、行こうよ!」
ライラはそう云うと、オレの手を取った。
「ビートくんの行きたい場所が、わたしの行きたい場所!」
全く、ライラはいつもブレないな。
オレはそう云い切ったライラに微笑み、手を握り返した。
こうして、オレたちは博覧会に向かった。
博覧会の会場となっているゼウス記念ホールに行くと、オレたちは圧倒された。
いくつもの露店が出ていて、食べ物や飲み物が売られている。それに大勢の人が群がり、博覧会の会場からは常に人の出入りがあった。カルチェラタンだからか、アカデミックマントを着用した学生の姿が目立ち、さらには研究者らしき人の姿も見えた。
まるで、お祭りのようだった。
オレとライラも、飲み物だけを購入して、その中に加わった。
順路に沿って進みながら、オレたちはいくつもの展示を見て行く。
まずは最新技術の紹介だった。電気を使って動く馬を使わない馬車に、髪を一瞬で乾かす小型の機械。ゴミを吸い取ってしまう箒。家庭でパンが焼ける小さな火を使わない竈。火を使わずに暖がとれる機械……。
それ以外にもたくさんあるが、オレたちは1つ1つの展示を驚きながら、見て行った。
「ビートくん、これすごいね!」
ライラが、髪を一瞬で乾かす小型の機械を使っていた。
実際にその技術を体験できるらしく、ライラ以外にも数多くの女性が試していた。
「初めに髪を濡らしてからやってみたけど、本当にすぐ乾いちゃった! これなら、自然に乾くのを待ったり、暖炉で乾かしたりしなくていいね!」
「そりゃ、すごいや」
「これ、欲しくなっちゃった!」
「でも、電気が無いと使えないのが、難点だなぁ……」
オレの言葉に、ライラはハッとした。
銀狼族の村には、電気がない。サンタグラードには電気が来ているが、銀狼族の村では明かり取りはランプやローソクが主流だ。
「そうね……ちょっと残念」
「オレも残念だよ。それでライラの尻尾を乾かしたら、ものすごくモッフモフになるかもしれないのに!!」
「もうっ、ビートくんったら、そればっかり!!」
ライラが顔を紅くしながら、尻尾を振った。
最新技術以外にも、博覧会では様々なものが展示されていた。
空の彼方から降ってきたという、巨大な石。
遺跡から発掘された、用途不明な黒い板。
ほとんどお目に掛かれない、珍しい生き物。
いくつもの展示を見て行くうちに、展示の内容が獣人族の暮らしへと移っていった。
「ビートくん」
「ん?」
展示を見ていると、ライラが口を開いた。
「銀狼族の暮らしなんて、展示されたりしてないよね?」
「銀狼族の暮らしかぁ……」
オレは見ていた展示から顔を上げ、辺りを見回す。
桜狐族、砂狐族、猛虎族……。
銀狼族ほどではないが、あまり数が多くない獣人族についての展示は、いくつか見受けられる。しかし、その中に銀狼族は無かった。
やっぱり、銀狼族は北大陸の奥地に行かないと出会えない希少さからか、展示は無いのかもしれない。
「……パッと見たところ、それらしい展示は無いみたいだな」
「やっぱり、無いのね……」
「残念?」
「ううん、そんなことないよ!」
ライラはそう答えた。
「銀狼族は珍しいから、無くても仕方ないよ」
「……そうか」
オレは、そう答えることしかできなかった。
ライラがいいというなら、それでいいのだろう。
そう思うことにした。
そのときだった。
「なぁ、聞いたか? この先に銀狼族の暮らしの展示があるって!」
「聞いた、聞いたよ! なんでも、オウル・オールド・スクールの高名な教授が監修しているって!」
「これを見て行かないと、帰れないな!」
2人の若い学生が、オレたちの後ろをそう話しながら、歩いていった。
銀狼族の暮らしの展示?
それに、オウル・オールド・スクールの高名な教授の監修?
オレとライラは、顔を見合わせた。
銀狼族の暮らしの展示がある。
オウル・オールド・スクールの高名な教授とは、きっとケイロン博士のことだ。
「ビートくん!」
「ライラ、行ってみよう!」
オレたちは、展示を見ながら先へと進んでいった。
少しばかり人だかりができているところに、オレたちは入っていく。
その先にあったのは、確かに銀狼族の暮らしの展示だった。
「わぁ……!」
「本当にあった……!」
そこにあったのは、銀狼族の村で作られた保存食や、近くの鉱山で産出されたスノーシルバー。
そして何枚にも及ぶ、ケイロン博士のレポート。
ケイロン博士の成果の集大成とも呼べるものが、そこに並べられていた。
「ビートくん、すごく詳しく書かれているね」
「本当だ。ケイロン博士だけじゃない、ダイスとジムシィも、作成に携わっているみたいだ!」
ケイロン博士のレポートの最後には、ダイスとジムシィの名前も記されていた。
ダイスとジムシィ、それにケイロン博士には会えなかったが、素晴らしいものを見ることができた。
まるで3人に再会できたような気がして、オレは笑顔になった。
「おや、もしかしてあなた、銀狼族ですか?」
突然、オレたちの横から声がして、振り返る。
そこに居たのは、1人の紳士だった。
「どっ、どういうことですか……?」
「そちらのお嬢さんですよ。ケイロン博士のレポートに記されていた、銀狼族の特徴。美人で美しい白銀の髪と尻尾を持つ、狼系の獣人。まさしく銀狼族の特徴、そのままではありませんか!?」
ヤバい!
ライラが銀狼族だと、見抜かれた!!
オレは全身から冷や汗が流れ出るのを感じ、ライラの手を強く握った。
こんな人の多い場所で、銀狼族だと知られたら、大混乱になりかねない!!
ここはなんとかして、銀狼族であることを否定しないと!!
「ビートくん、わたしは白狼族よ!」
ナイスだ、ライラ!
すぐにオレの意図を汲み取ってくれた!
「そうなんです! 実は――」
「銀狼族なんですって!?」
紳士がオレたちの言葉を遮り、大声で叫んだ。
その声で、周囲の視線が一度に、オレたちに注がれた。
こいつ、なんてことしやがる!
すぐにぞろぞろと、人が集まってきてしまった。
「銀狼族がいるって聞こえたけど……?」
「銀狼族の本物が、展示スペースにいるのか!?」
「もし本当なら、解説してくれ!」
「一度でいいから、見てみたかったんだ!」
集まってきた人が、オレたちを囲んで好き勝手に話し始める。
なんとかして否定し、ここから脱出したいが、どこにも逃げる場所がない!
ライラの手が、微かに震えている。
銀狼族だと分かって、しかも大勢の人から囲まれて、怯えている。
「銀狼族なら、奴隷商人が高値で買い取ってくれるらしいぞ!!」
どこからかそんな声がして、ライラの震えはさらに強くなった。
誰だ!? そんなことを云う奴は!?
武器があったら、警告射撃をしているぞ!!
そうだ、今は武器が無い。
リボルバーもソードオフもAK47も、全て置いてきてしまった。
こんなことになるなんて予想していなかったから、今のオレには石頭しか武器が無い。だが、ここで石頭を使って切り抜けるのは、さすがに無理だ。
このままじゃ、ライラが奴隷商人の手に渡るかもしれない!!
明らかに何人かは、ライラを品定めする目で見ている!
誰か、助けてください!!
オレはライラを抱きしめながら、願い続けた。
「その少女は、銀狼族ではない!!」
突然、人々の背後から聞き覚えのある声がした。
そして人だかりが分かれ、1人の男性がこちらに向かって歩いてきた。
誰かは分からないが、はっきりと銀狼族ではないと否定した。
現れたのは、カリオストロ伯爵だった。
「カリオストロ伯爵!!」
「やぁ、ビートにライラ。お困りのご様子だね」
オレが名前を呼ぶと、周囲にいた人々が目を丸くした。
「あ、あのカリオストロ伯爵だって!?」
「世界中を旅する貴族で、大食いの!?」
「それに、様々な知識を持っていて、色々なことに詳しいと有名な……カリオストロ伯爵!?」
人々が驚いていると、カリオストロ伯爵が口を開いた。
「この少女は確かに銀狼族に似てはいるが、銀狼族ではない。白狼族だ!」
「カリオストロ伯爵、どうしてそう云い切れるのですか!?」
「よろしい、説明しよう!」
カリオストロ伯爵は、オレたちの前に立った。
その背中は、頼もしい大人といった風格を放っていた。
「この少女が銀狼族に見えるのは、両親のどちらかが、黒狼族だからだ。遺伝子により、白狼族と黒狼族の両親の間に生まれた子供には、時として色が混ざり合い、双方の遺伝子が作用した毛色になることがある。これは論文にも記された、科学的な事実だ。さらに銀狼族は、北大陸の奥地にしかいない。各地を巡る商人でさえも、滅多にお目に掛かれない存在だ。カルチェラタンでは、ケイロン博士とその子弟以外では、見た人が居ない。そんな希少な銀狼族が、わざわざこの展示を見に来ることなど、考えられるだろうか?」
カリオストロ伯爵は最もらしい内容を、スラスラと話していく。
もちろんその内容に嘘が含まれていることを、オレたちは知っていた。遺伝のことはよく分からないけど。
カリオストロ伯爵はさらに続けて、ライラが白狼族であるというでたらめを話していく。
説明が終わると、ほとんどの人がライラへの興味を失っていた。
「なんだ、白狼族だったのか……」
「白狼族なんて、珍しくもなんともないよ。ここにだって居るんだし……」
「誰だ、銀狼族だなんて云ったのは?」
「期待しちゃって損した」
オレたちを取り囲んでいた人々は、次から次へと去っていき、やがて1人もいなくなってしまった。
「ふむ……なんとか、この場を納めることができたな」
「カリオストロ伯爵、ありがとうございました!!」
人々が去ってから、オレはカリオストロ伯爵に頭を下げる。
もしカリオストロ伯爵が居なかったら、ライラが連れ去られていたかもしれない。カリオストロ伯爵は、またしてもオレたちを助けてくれた。
「おかげで、助かりました!」
「なぁに、気にすることは無い。お2人が無事で、私も嬉しいよ」
カリオストロ伯爵は、微笑んでそう云う。
「あの、1つ伺ってもいいですか?」
「どうぞ。どんなことかね?」
「カリオストロ伯爵は、どうして行く先々で、僕たちを助けてくれるのですか?」
オレは、ずっと気になっていたことを、訪ねた。
カリオストロ伯爵がオレたちを助けることで、何のメリットがあるというのだろう? オレたちには、特別な力などはない。カリオストロ伯爵のように、爵位なども持っていないし、特別な人脈なんかもない。どこにでもいるような存在を助けて、カリオストロ伯爵は何をしたいのだろう?
それが分からないオレは、どうしてオレたちを助けてくれるのか、不思議だった。
「ふむ……確かに、不思議に思ったとしてもおかしくはないな。しかし、それはいずれ分かることになるだろう」
カリオストロ伯爵はそう答えると、懐中時計を見た。
「私はこれから、行くべき場所がある。それでは、また会おう。ビートにライラよ!」
カリオストロ伯爵はそう云うと、人混みの中に消えていった。
オレたちは追いかけようとしたが、あっという間にカリオストロ伯爵の姿は、見えなくなってしまった。
結局、答えは聞けなかったな……。
オレとライラは少し残念に思いつつも、カリオストロ伯爵に感謝し続けた。
その後、博覧会の売店にオレたちは立ち寄った。
シャインさんとシルヴィさんへのお土産を購入してから、オレたちはショートテイル・シェアウォーター号へと戻った。
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