第122話 獣人族茶犬族の少女
月明かりが地上の鉄に降り注ぐ中、闇を切り裂く1つの光源が現れ、それがいくつもの並んだ光を連れてきた。轟音と共にやってきたそれは、鉄の上を駆け抜け、辺りの草木を揺らして闇の中を走り抜けていく。
長距離列車の、ショートテイル・シェアウォーター号だ。
停まることを知らないように、先頭で列車を引っ張る大型蒸気機関車は巨大な車輪を回し、ライトで闇を切り裂きながら走り続ける。信号は青。区間の最高速度で進め、と合図を送っている。この先にあるのは、廃駅だ。廃駅では、常に最高速度で駆け抜けることになっている。
廃駅では、列車強盗が列車に飛び乗ってくる危険がある。
列車強盗が飛び乗りにくくするためには、最高速度で駆け抜けるのが主な対処法だ。最高速度の列車に飛び乗ることは、至難の業。ほとんどの者は衝撃で弾き飛ばされ、重傷を負うか、命を落とす。運よく飛び乗れたとしても、そこから車内に入るのはまた難しい。
最高速度で駆け抜けている間は、ほぼ安全といっていいだろう。
しかし、最高速度は常に出せるものではない。
機関車への負担が大きいことや、先行する列車との調整のため、出してもいい状況と区間が決められている。それを理解していないと、いくらベテランの機関士でも、理解している新人の機関助士に劣るとされている。
また、問題は常に外部ばかりに存在するとは限らない。
次の駅まで移動する間、乗客たちの楽しみは、食事や行商人からの買い物が中心となる。
そして夜になると、酒を楽しむ者も中には出てくるのだ……。
オレは、上げたままになっていたブラインドを下ろした。
外の景色は見えなくなり、列車が走る音も少しだけ、静かになった。
ベッドに目を移すと、ライラはすでにすやすやと眠っていた。
寝息を立てながら眠るライラは時折、尻尾や獣耳を動かしている。無意識のうちに動いているのか、何か夢を見ていて、夢の内容と連動しているのか。それはオレには分からない。
ただ1つ云えることは、それがとっても可愛いということだ。獣耳や尻尾が動いていると、オレはつい手が伸びてしまいそうになる。
だが、それはお預けだ。
眠っている時に触って起こしてしまうと、ライラの怒りに触れてしまう。安眠を妨害されて起きた時のライラは、すごく不機嫌になって、怒りっぽくなる。出来心から触って起こしてしまった後は、しばらく尻尾を触らせてくれなかった。その間、オレはモフモフ不足で禁断症状が出るのではないかと、不安になったほどだ。
だから、触るのはお預けだ。
それに今は、銃の手入れをしている。いつ列車強盗が襲ってきてもいいように、万全の準備をしてからでないと、寝につかないようにしていた。銀狼族の村なら必要ないが、旅をしている間はこれがオレとライラの運命を左右することだってある。
「……よし、と」
リボルバーとソードオフ、2挺の銃の手入れを終えてガンベルトのホルスターに戻しておく。
リボルバーには6発の弾丸を込め、ソードオフには対人戦闘用の散弾を込めておいた。
列車強盗が襲ってきても、すぐに戦えるようになっている。
手入れ用具を片付けて、ガンベルトを枕元の机に置いた。
そしてライラが眠るベッドに、オレは入ろうとした。
そのときだった。
「助けてください! 開けてください!!」
若い女性の声と扉を拳で叩くドンドンという音がして、オレは扉を見つめた。
身体中をアドレナリンが駆け巡り、オレは扉から目を離さずに立ち上がると、ガンベルトをズボンの上から腰に巻いた。
「んっ、ビートくん……!?」
扉を叩く音と助けを求める声で、ライラも目を覚ました。
「今の声って……!?」
「ライラ、あそこを頼む!」
「……うん!」
ライラはすぐに靴を履くと、扉の死角になる位置に立ち、扉のドアノブに手を掛けた。
さすがはライラだ。オレの考えていることをすぐに汲み取り、その通りに動いてくれた。もしも万が一、女性の声を使った押し込み強盗か女性が盗賊団の一員だった場合、ライラは奴らの視界に入らなくなる。視界から消えている間に反撃もできるし、ライラだけ逃げ出すこともできる。鉄道騎士団を呼びに行くことだってできるのが、扉の死角となる位置だ。
リボルバーを抜いてから頷くと、ライラは鍵を解除して、ドアを思い切り開けた。
「助けてください!!」
部屋の中に、獣人族の少女が転がり込んできた。
オレは慌ててリボルバーを上に向け、それと同時にライラは扉を閉じて鍵をかける。
転がり込んできたのは、オレたちと同じくらいの年頃の、獣人族茶犬族の少女だった。
身にまとったドレスは汚れていて、顔を見るとアザがあった。
もしかしたら、暴行を受けているのではないかと思い、オレはライラに視線を送った。
「ライラ!」
「ビートくん、任せて!」
オレとライラは場所を入れ替わった。
今度はオレが扉の近くに行き、ライラは茶犬族の少女の元へと向かう。
すると、ドアの外から数人の男の声が聞こえてきた。
「どこに行きやがった!?」
「おい、開けろぉ!!」
オレはリボルバーからソードオフに持ち替えると、背中に隠しながらそっとドアを開けた。
「何ですか、夜遅くに騒々しい……!!」
わざとイラついた声で出ると、そこには4人ほどの男たちがいた。
「おい、獣人族茶犬族の少女がこっちに来なかったか?」
1人の男が、オレに訊いた。
酒臭いな、こいつら……。
食堂車かどこかで、しこたま飲んできたらしい。
こっちまで酔っ払って来そうなほど、強烈な酒臭さだった。
「いえ、来ていません」
「本当かぁ? 隠してるんじゃないだろうなぁ?」
「来ていません。夜遅くに迷惑です。いい加減にしないと、鉄道騎士団を呼びますよ?」
オレが云うと、男たちはきまりの悪そうな表情になった。
「……チッ。そうかい、邪魔したな」
男はそう云うと、乱暴に扉を閉めた。
遠ざかっていく足音に、オレは去っていったと判断して、鍵をかけてからソードオフをホルスターに戻した。
「もう大丈夫だよ」
室内に向かってそう云うと、ベッドの下からライラと、茶犬族の少女が出てきた。
「はい、これで大丈夫よ」
「本当に、ありがとうございます」
ルルティナと名乗った茶犬族の少女は、ライラの手当てを受けながら何度もオレたちにお礼の言葉を述べた。
ライラが応急処置や簡単な手当てを心得ていて、良かった。
「ルルティナちゃんは、どうしてあの男たちに追われていたの?」
「はい。実はですね……」
ルルティナは、なぜ男たちに追われていたのかを、オレたちに話してくれた。
ルルティナは3等車で旅をしている最中だった。
長いこと勤めていた仕事を辞め、故郷へ帰る途中だという。旅の途中で疲れが溜まったのか、どうしても眠れなくなり、食堂車でホットミルクを飲んでいた。昔からホットミルクが好きで、眠れない夜はホットミルクを飲むと朝まで安眠できた過去の経験から、食堂車でホットミルクを飲んでいたという。
ゆっくりとホットミルクを飲んでから、戻って眠る。
そう思っていたところに、先ほどの酔っ払いが絡んできた。
女性1人だったことと、見た目も大人しかったことから、目を付けられたのかもしれない。
さらに犬系の獣人とあって、人族に対する警戒心はあまり強くなかった。
しかし明らかに相手が身体目当てだと気づき、断った途端に暴行してきた。
髪の毛を引っ張られたり、殴られて床に転がったりしつつ、ここまで逃げてきたという。
「ひどいじゃない! そいつら!!」
ルルティナの話を聞き終えたライラが、叫んだ。
「ルルティナちゃん、鉄道騎士団を呼んで保護してもらおうよ!」
「ありがとうございます。でも、ビートさんとライラさんに、これ以上迷惑をかけるわけには……」
「そんなことないよ! ねぇ、ビートくん?」
「うん。ライラの云う通りだ!」
オレは頷いた。
ここまで聴いてしまって見捨てるなんてことをしたら、男が廃る!
「鉄道騎士団のところまで、護衛しよう。武器はあるから」
オレはソードオフをホルスターから抜き、ショットシェルが装填済みなことを確認した。
相手が誰であっても、これがあれば怖くはない。
だけど、今は止めておこう。
散弾が跳弾すると、オレたちも危険だ。
オレはリボルバーに、持ち帰ることにした。
オレたちは、個室から出た。
念のため、オレとライラでルルティナを挟むように立ち、2人でルルティナを護衛することにした。
ショートテイル・シェアウォーター号の客車の通路は、一本道だ。
どちらから来られても、これなら対処ができる。武器を持っていないルルティナを守るために、最もいい方法だ。
「ライラ、いい?」
「もちろん!」
ライラも腰にガンベルトを巻き、手にはリボルバーを持っていた。
オレもリボルバーを手にしていて、いつでも撃つ準備はできていた。
「よし、鉄道騎士団のところまで行こう!」
オレがそう云って出発しようとした。
その直後だった。
「いたぞぉ!!」
「!?」
男の声に、オレは驚いて前方を見た。
さっきの酔っ払いが、どういうわけかそこにいた。
こいつらどこでオレたちのことを見張っていたんだ!?
というか、タイミング良すぎるだろ!
少しは空気読めよ!!
いや、そんなことを考えている場合ではない!
「やっぱりいたぞ!」
「あのガキ、匿っていやがったな!!」
「早く、一発やらせろぉ!!」
血走った目で、男たちはこちらに向かってくる。
まるでケダモノだ。
「ひいいっ!」
ルルティナが、オレの背後で悲鳴を上げる。
このままじゃ、ルルティナが危ない!
やむを得ないな……。
オレは、酔っ払いたちにリボルバーを向けた。
「それ以上近づくな! 撃つぞ!!」
「撃てるものなら、撃ってみろ!!」
酔っ払いの1人が叫び、オレは眉間にシワを寄せた。
そしてそっと撃鉄を下ろし、引き金を引いた。
ダァン!!
銃声が轟いた。
「……へ?」
1人の酔っ払いが、右腕を見て目を丸くする。
風穴が空いていて、そこから赤い液体が流れていき、洋服を染めていく。
オレの持っているリボルバーの銃口からは、硝煙が立ち上っていた。
「……ぎゃあああっ!!」
男が腕を抑えながら叫び、他の男たちも慌て始めた。
どうやらやっと、酔いが覚めたみたいだな。
「ライラ、今のうちに!」
「うんっ!」
ライラがルルティナを連れて、駆け出した。
そして5分後に、鉄道騎士団を連れて戻ってきた。
もちろんオレはその間、酔っ払いたちが逃げ出したりしないように、リボルバーを突きつけて見張っていた。
オレが撃った酔っ払いは、鉄道騎士団によって手当てを受けた後に、連行されていった。
容疑はルルティナに対する婦女暴行。
オレの発砲については、酔っ払いへの聞き取りとルルティナの証言から、正当防衛とみなされた。
「ビートさんにライラさん、ありがとうございました!」
ルルティナが頭を下げてお礼を述べた。
「ルルティナちゃん、これで安心して眠れるわね」
「はいっ! 本当に、ありがとうございます!」
ルルティナは保護のため、鉄道騎士団の詰所近くにある乗務員室で眠ることになった。
酔っ払いたちは、貨物車に移動させられ、そこで監禁されることになったらしい。
ルルティナが鉄道騎士団と共に去ると、オレとライラは個室へと戻った。
オレたちは朝までぐっすりと、同じベッドで眠った。
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