第120話 破戒僧
ナフサの街は、死んだように静まり返っていた。
ほとんどの建物は窓ガラスやドアが破壊され、鍵が無意味になっていた。
しかし、気になるのはほぼ全ての建物に、弾丸が撃ち込まれていることだ。弾丸は連続して撃ち込まれていて、さらに弾痕の間隔から、短時間の間に複数発撃ち込まれている。これは人力では困難なことだ。複数人で同時に撃つか、AK47のような連射できる銃でもない限り、不可能だ。
本当に、これは1人で行ったことなのだろうか?
オレにはとても、そうは思えなかった。
いや、もしかしたら……。
オレはそこまで考えて、頭を横に何度も振った。
まさかだ。オレの持っているAK47のような、連射できる銃を持っているなんて!
だが、あり得ないことではない。
導きの使徒だって、黒い銃を持っていた。
他にどこかで見つけてきた奴が居ても、全くおかしくない。
「考えても仕方ない!」
オレは宣言するように云い切ると、走り出した。
とにかく誰か見つけて、ドブの行方を探ろう。
「やぁ、そこのお方」
ナフサの街を進んでいく中で、オレは神官から声をかけられた。
黒い僧衣を身にまとった神官は、手にロザリオを持っていて、オレに一礼をした。
こんな荒れ果てたナフサの街で、何をしているのだろう?
そう思ったが、オレはこの神官が何か知っているかもしれないと、考えた。
「あの、神官さま……お尋ねしたいことがあります」
「どんなことですか? この神官ボードゥに答えられることなら、何なりとお話ください」
ボードゥと名乗った神官は、穏やかな声でオレにそう云ってくれた。
良かった。変な人などではない。多くの街にある教会にいる、神官だ。
「僕はビートといいます。今、ドブという男を探しているんです」
「あぁ、今この街で暴れまわっている男ですね」
ボードゥは、うんうんと頷いた。
「もちろん、知っていますよ」
「ほっ、本当ですか!?」
オレが驚きつつ問うと、ボードゥはゆっくりと頷く。
まさかいきなり、ドブのことを知っている人に出会えるなんて!
運がいいなぁ、オレ。
「教えて下さい! ドブは今、どこに居るんですか!?」
「ドブは今……」
ボードゥはそう云いながら、北の方を指し示した。
「この街の北側の外れにある、石油井戸にいるよ」
「石油井戸……?」
聞きなれない言葉だった。
少なくともオレは、これまでに聞いたことが無い。
オレが首をかしげていると、ボードゥは微笑んだ。
「石油という、新たに発見された油を産出している基地のことです。石炭は鉱山のように山を掘って採掘しますが、石油は井戸水のように地下から湧いてくるのです。それを掘って汲み上げるので、石油井戸と呼んでいるんですよ。他の地方では、まず見受けられないものですね」
「なるほど……」
通りで、聞いたことが無かったわけだ。
オレは納得した。
「それで……そこにドブがいるんですか!?」
「あぁ。あそこを乗っ取って、生活しています」
ボードゥが頷く。
よし、ついにドブの居場所を突き止めたぞ!
「ありがとうございます! 僕はこれから、ドブを退治してきます!」
「頼みました。実は石油井戸には、教会があります。そこは、かつて私の居場所でした。取り返してもらえると嬉しいです」
「分かりました! きっと取り返して見せます!」
「ありがとうございます。君が勝利できるように、神に祈りを捧げていますね」
ボードゥから見送られて、オレは石油井戸に向かった。
なんとしても、石油井戸を乗っ取っているドブを、やっつけよう。
オレの心の中は、そんな思いで溢れていた。
石油井戸は、周りをフェンスに囲まれた、基地のような場所だった。
中にはタルがいくつも置かれていて、中心部には鉄塔が建っている。鉄塔の先端には火がついていて、燃え続けていた。まるで地上に突き立てられた、巨大な葉巻のようだ。
正面から向かって左側には、教会。きっとあれが、ボードゥがいた協会に間違いないだろう。右側には、いくつものパイプが通っていて、それが建物へと続いていた。あのパイプの中を、石油が通っていることは想像がついた。パイプは全て、中心にある鉄塔の下から、右へ向かって伸びているためだ。
正面の奥には、工場のような建物がある。きっとあそこに、ドブがいるはずだ。
「……それにしても」
オレは、足元を見た。
そこには、いくつもの白骨が散らばっている。
白骨の周りには、武器が散らばっていた。ほとんどが剣で、どれもさび付いている。
「なんてひどい……!」
この白骨は、きっとドブを倒そうとして、命を落としていった人たちだろう。
数えていくと、少なくとも5人はここでドブにやられたらしい。
あまり長居するのは、得策とはいえないな。
オレは石油井戸に入り、鉄塔へと続く道を進んでいく。
道に罠などは仕掛けられていないらしい。しかし、道は直線だ。奥の建物から狙撃するとしたら、これほど狙いやすい場所もないだろうな……。
進んでいくと、鉄塔の下に1人の男が立っていた。
筋肉質な体付きの男は、鉄塔の下でタルをハンマーで破壊していた。
オレの存在に気づくと、男はハンマーを置いて、オレをじっと見つめてくる。
あれが……ドブだろうか?
いや、ドブであろうとなかろうと、関係ない。
ドブでないのなら、その時はドブがどこにいるか、問いただすだけだ。
「誰だぁ……おめえ……?」
太くさびた声で、男が云う。
「僕はビートです。ドブという男がここにいると聞いて、ここに来ました」
「ドブってのは、俺のことだ」
ドブと名乗った男は、そう云った。
筋肉質な身体は、さすがは元地下格闘技場の選手といったところか。肉体労働で鍛えられた部分も、大きいだろう。
まるで図鑑で見た太古の生物、ゴリラというものを彷彿とさせる。
正直、こんな奴が大暴れしたら、誰も勝てないだろう。
しかしその顔を、オレはどこかで見たことがあるような気がした。
「お前は何者だ? 町の人間じゃないな?」
「僕は、北大陸に帰る途中なんです。でも、ドブという男が街を荒らしまわっているせいで、汽車が出ないんです。すぐに止めて下さい!」
「うるせえ!!」
ドブが叫んだ。
「俺から街の奴らは、全てを奪ったんだ! 奴らへの復讐は、まだまだ始まったばかりなんだ。奴らが全員、この街を出ていくまで、俺はここを動いたりはしない!!」
「八百長の疑いを掛けられたことは、気の毒に思います。だけど、町の人全員に責任を負わせて復讐するなんて、いくらなんでもメチャクチャじゃないですか!」
オレが反論すると、ドブが一瞬だけ目を見張った。
どうやらオレが八百長のことを知っていたことに、驚いたらしい。
しかしそれも、すぐに元に戻った。
「うるさい! 俺から地位もカネも仕事も奪い、さらに生まれ故郷まで奪ったんだ! 奴らにはこれまでの対価を全て、支払ってもらう!!」
「生まれ故郷も……!?」
生まれ故郷。
その言葉に、オレは耳を疑った。
地位にカネに仕事を奪われた。
それは分かる。八百長が本当であれ濡れ衣であれ、地位にカネに仕事を失うのは分かる。
だけど、生まれ故郷を奪われるとは、どういうことだろう?
街を追い出されて、ここに流れ着いたということか?
「もしかして……ナフサの街を追われたから、街に帰りたいんですか?」
「違う! 俺の生まれ故郷は、この石油井戸だ!!」
ドブが叫ぶ。
この石油井戸が、生まれ故郷なのか!?
オレは足元に広がる、石油井戸を見た。
「それは、どういうことなんですか!?」
「話したところで何になる!? さっさと失せないと、お前も命の保証は無いぞ!?」
「僕も、生まれ故郷を失っているんです!!」
オレの言葉に、ドブは目を見開く。明らかに、驚いているようだ。
「お前も、ナフサの出身なのか!?」
「違います。僕は、西大陸のトキオ国出身で、育ちは南大陸のグレーザーです。トキオ国は戦争で滅ぼされ、僕は両親を喪い、グレーザー孤児院で育ちました」
「……ビートといったな。ここがどうして俺の生まれ故郷なのか、知りたいか?」
「教えてください!」
そうだ、きっと分かるはずだ。
オレもドブも、同じ故郷を失ったという共通点がある。共通点があると、相手に共感を抱きやすくなるのは、ハズク先生が教えてくれた。
「……わかった。話してやる」
ドブはそう云うと、語り始めた。
「ここは今は石油井戸になっているが、元々は俺が生まれた家があったんだ。俺はそこで家族と共に、仲良く暮らしていた。金持ちではないが、貧乏というほどでもない。中流として十分な生活を送っていた。だけど、俺の家の地下に石油があると知ってから、ナフサの奴らは目の色を変えてきたんだ。石油は新しい燃料でカネになるから、街のためにも立ち退けって、土地を捨てるよう要求してきたんだ」
オレはドブの言葉を、黙ったまま聞き続けた。
「もちろん、両親は反対した。両親は戦災で家を失ってから、命からがらここまで逃げてきて、苦労して家を建て、俺を育ててくれたんだ。そんな両親を、街の奴らは事故に見せかけて殺害した!」
「……!」
「馬車の事故に見せかけてな。もちろん俺は、街の奴らが仕掛けたものであることを知っていた。だけど、騎士団も誰も、俺の言葉を信じなかった。俺は家と両親を奪われてから、鉱山奴隷に混じって働きながら、地下格闘技場で選手として闘った。そしてファイトマネーを稼いでいったんだ。石油基地になった思い出の土地を買い戻すためには、莫大なカネが必要だ。だからファイトマネーを貯めて、この土地を買い戻そうと必死だった。だけど、街の奴らがそれに気づいて、今度は俺に八百長の濡れ衣を着せたんだ……!」
「しょ、証拠は……!?」
オレの問いに、ドブは頷いた。
「もちろん、ある。だが、奴らはそれを認めず、捏造したと決めつけた。ファイトマネーは没収されて、俺は地下格闘技場からも追放された。だからもう、我慢ならん!!」
ドブは怒りと悲しみに燃えた目で、オレを見た。
「街の奴らは、親も思い出の場所も、俺から全てを奪っていったんだ!! 両親も俺も、悪いことをしたわけじゃない! ただ地下に石油があるというだけで……!!」
「ドブ……気持ちは分かったけど、どうして1人で、ここまでできたんですか!?」
「これだ!」
ドブは叫ぶと、背後から1挺の銃を取り出した。
円盤のようなものを取り付けた、小ぶりだが長い銃だった。
「これはトミーガンだ。50発の弾丸を連続して発射できる唯一の銃だ! こいつは1挺で、百人分の働きをするといっても過言じゃない。騎士団も街の奴らも、これには勝てなかった。歯向かってきた街の奴らは、何人も殺した! 俺の邪魔をするのなら、誰であろうと容赦はしない!!」
「……っ!!」
オレは咄嗟に、AK47を構えた。
まさか、AK47やRPK以外にも、連射ができる銃が存在していたなんて!
しかし、そんな凶悪な銃を持っていると知っては、野放しにしてはおけない!
それに、オレは……!!
「ドブ! 銃を捨てるんだ!! 連射ができるのは、トミーガンだけじゃない。このAK47だって、連射ができるんだ!」
「撃てるものなら、撃ってみろ」
ドブは笑いながら、挑発してきた。
「石油井戸には、大量の石油があるんだ。そこら辺に、いくつもタルがあるだろう? タルの中には、大量の石油が入っている。この石油は、石炭なんかとは比べ物にならないほど、引火しやすいんだ」
「何!? まさか……引火したら、爆発するのか!?」
「ほう、察しが良いな。その通りだ」
オレの額を、冷や汗が流れ落ちる。
もしも間違ってタルに当てたりしたら、大惨事になる!!
「一度引火したら、この街ごと火の海になる。もちろん俺は死ぬだろう。だが、お前も街の奴らも死ぬ。俺にとっては、そのほうが好都合だけどな。弾丸で殺す手間が省ける」
「くっ……!!」
笑うドブの前で、オレは奥歯をかみしめる。
うかつに手が出せない。もしもナフサの街が火の海になったら、それこそ取り返しがつかない。
もしもライラが、火の海の中に取り残されたりしたら……!!
「ドブ!!」
その時、背後から聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこには先ほどの神官、ボードゥがいた。
「ボードゥさん! ここは危険です!」
「おぉ、兄ちゃん!!」
「!?」
ドブがそう叫び、オレは目を見開く。
兄ちゃん?
つまりボードゥは、ドブの兄だというのか!?
そうか!
ドブを見た時に、どこかで見たことがあると思ったが、こういうことだったのか!
ボードゥとドブは、そっくりだ!!
「ドブ、よくやったな!」
ボードゥはドブに駆け寄ると、肩を叩いた。
「よくやってくれた。俺たちの土地を取り戻してくれて、ありがとう」
「兄ちゃん! やっと帰ってきてくれたんだね!」
「あぁ。ドブが石油井戸を取り返したと聞いて、飛んできたんだ。ナフサの奴らも、震え上がっていたな。兄としても、誇らしいよ」
「どっ、どういうことなんだ!?」
オレは叫んだ。
神に仕え、平和と博愛を説いて人々を正しい方向に導くのが、神官としての役目だ。
それなのに、ドブの行いを褒めたたえているなんて!!
「ビート、私は元々神官だった。だけど、これまでいくつも人に裏切られてきた。そんな現実を見て行くうちに、神も何もあったもんじゃないと、気づいたんだ。そしてそれを教えてくれたのは、弟のドブだった」
「そんな……!」
「だからこそ、私も戦うんだよ……!」
ボードゥはそう云うと、神官服の下から、ドブと同じトミーガンを取り出した。
「さぁ、これから街の奴らも、皆殺しといこう! まずは、そこのガキからだ!!」
「この……破戒僧め!!」
オレは、戦うことを決め、AK47の安全装置を解除した。
そして銃声が、石油井戸に轟いた。
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