第12話 ショットガンメッセンジャー、ビート
アークティク・ターン号がヨルデムの街へと向かって進む中。
オレは2等車の個室で、ガルさんから預かった封筒を見ていた。
部屋の中の明かりにかざすと、中に入っている書類が微かに見えた。
押印されている証書らしいものが、入っているようだ。もしかしたら、手形のような高価なものなのかもしれない。鉄道貨物組合でも、郵便物や信書を取り扱う時には、鉄道騎士団の立ち合いが必要だった。紛失したために、鉄道貨物組合から除籍された労働者もいた。
これは無くしたら、マズい。
場合によっては、莫大な借金を背負うことになるかもしれない。
上着の右ポケットではダメだ。
もっと安全な場所に保管しておかないと!
そう考えたオレは、旅行カバンを開けた。
旅行カバンの中には、隠しポケットがついている。たとえ旅行カバンそのものが盗まれても、隠しポケットだけは簡単には見つからないように細工が施されている。
オレはそこに、封筒を入れた。旅行カバンを閉じて、ライラのものと並んで置いておく。
これで万が一のことが起きても、大丈夫だろう。
オレが安心していると、ライラが個室のドアを開けた。
「ビートくん?」
「あっ、ライラ!」
「それ、わたしとビートくんの旅行カバンだけど……まさかビートくん、わたしの衣服に変なことしようとしてたんじゃないわよね?」
ライラがジト目で、オレを見つめた。
「例えば、わたしの衣服の匂いを嗅いだりとか」
「いや、そんな趣味はオレにはないよ! 匂いを嗅ぐなら、ライラの髪や尻尾を直接嗅いでるから!」
答えてから、オレは何を云っているんだと、自分で自分にツッコミを入れたくなった。
いくらオレにべったりな嫁とはいえ、堂々とこんなことを云ったら、さすがに引くだろう!
しかし、そんなオレの心配は杞憂だった。
オレの答えを聞いたライラは、顔を紅く染めながら笑顔になった。
「ビートくんってば……そんなにわたしのことが好きだなんて……」
尻尾をブンブンと振りながら、ライラは云う。
すごく喜んでいるようだ。
その直後。
廊下から悲鳴が聞こえてきた。
「なっ、何!?」
「ライラ、オレが見てくるから、ちょっと待ってて!!」
「あっ、ビートくん!!」
オレはソードオフを手に、個室を飛び出した。
廊下に出ると、1人の女性が窓の外を見て怯えていた。
「どうしました!? 何があったんですか!?」
「あっ、あれ!!」
女性が指し示す先を見て、オレは目を丸くした。
馬に乗った男たちが、銃を手にこちらへ向かってきていた。
列車強盗だ!
これまでの経験から、オレはすぐに分かった。
そしてすぐに、オレは旅行カバンに隠した封筒のことを思い出す。
もしも列車強盗に封筒を奪われたら、オレはガルさんからの信頼を失ってしまう!!
それに莫大な借金を背負うことになるかもしれない!!
ライラと共に借金生活なんて、絶対にダメだ!
オレだけならまだしも、ライラまで道連れにすることは、避けなくては!!
オレはソードオフを取り出した。
銃身を折り、中にショットシェルが装填されていることを確認すると、銃身を戻した。
乗降口を開けて、ソードオフを構える。
その先には、列車強盗が。
「返り討ちにしてやる!!」
オレはソードオフの銃口を列車強盗に向け、引き金を引いた。
何度か列車強盗に向けてソードオフを放った。
馬に乗った列車強盗は、分が悪いと判断したのか、撤退を始めた。
アークティク・ターン号から遠ざかり、地平線の果てに消えていくのを見届けると、オレはソードオフをそっと下ろした。なんとか、列車に飛び移られたりしなくて済んだ。
これで何度目か分からないが、列車強盗と対峙するときは、いつも肝が冷える。
個室に戻って、ライラに膝枕をしてもらえないか、頼んでみよう。
オレが乗降口を閉めて、デッキから廊下に戻った時だった。
「ありがとうございました!!」
突然、オレは大勢の人に囲まれた。
そして、盛大な拍手を送られる。
「君はすごいよ!」
「1人で列車強盗を追い払ってしまうなんて、驚いた!」
「ソードオフで戦う姿、まさにショットガンメッセンジャーだ!」
「駅馬車時代の英雄が、帰ってきたみたいだった!」
乗客たちから口々に称えられ、オレは戸惑う。
まさか、ショットガンメッセンジャーと呼ばれるなんて、予想外だった。
ショットガンメッセンジャーとは、鉄道が今よりも発達していなかった時代に、活躍していた職業の人だ。
鉄道が張り巡らされる前。交通の要となっていたのは、駅馬車だ。駅馬車には現金や有価証券といった金目のものが積まれることもあり、強盗にとっては格好の的でもあった。
そんな強盗から駅馬車を守るために、駅馬車に護衛として乗っていたのが、ショットガンメッセンジャーだ。
その名の通り、ショットガンで武装していたために、この名がつけられた。
そして持っていたショットガンは、オレが持っているものと同じ、水平二連式のソードオフが多かった。
駅馬車を守るために活躍し、中には強盗との撃ち合いで亡くなった人もいた。
命を懸けて駅馬車を守る。だからこそ、英雄として称えられてきた。
主要な交通が鉄道にとって代わられた今では、ほとんど見なくなった。
鉄道騎士団が、その任務を引き継いだからだ。
だから今では、鉄道が通っていない地域を走る駅馬車でないと見られない存在だ。
オレは称賛の嵐の中、多くの乗客から握手を求められ、カメラを持っている人からは記念撮影にも応じた。
ほぼ自分のためだけに行動したのに、望まずともヒーローになってしまった。
そしてアークティク・ターン号は夕方に、ヨルデムの駅に到着した。
オレはアークティク・ターン号から降りて、そのままヨルデムの駅を出た。
まだ夕方になったばかりの時間で、空には星が見えてきているが、ほのかに街は明るい。
ガルさんから預かった手紙を、旅行カバンから取り出して、ヨルデムの保安官事務所まで届ける。
それを今日中に、なんとしても終わらせたかった。
「よし、急ごう!」
「ビートくん、待ってよ!」
動きだしたオレに向かって、ライラが追いかけながら云う。
いつものように、オレの隣にはライラがいた。
ライラと共に、ヨルデムの街を進んでいく。
最初に来た時は、ジャック・リッパーという切り裂き魔のおかげで、観光することも銀狼族を探すこともできなかった。しかし、今はジャック・リッパーもいなくなり、ヨルデムの街は平和そのものだった。
「ビートくん、どうしてそんなに急ぐの?」
保安官事務所に向かって速足で進むオレに、ライラが訊いてきた。
「列車は明日の午後まで停まっているんだから、ゆっくりして明日からでも良かったんじゃないの?」
「預かった荷物は、できるだけ早く渡しておきたいんだ。届くのが早ければ早いほど、信用が増すんだよ」
オレはそう答えた。
荷物が届くのが早ければ早いほど、信用が高まり、いい仕事を回してもらえるようになる。オレはそのことを、鉄道貨物組合のクエストでよく知っていた。先輩のエルビスからも、よく「荷物は少しでも早く届けるようにしろ」と云われてきた。そしてその言葉に、嘘は無かった。お客さんと鉄道貨物組合、双方から高い信用を集められるようになると、報酬が高い仕事も優先的に紹介してくれるようになったし、時にはお客さんからチップももらえた。
早さが、信用になる。
だからこそ、オレは預かった荷物は一刻も早く、相手に届けたかった。
「でもライラ、オレに同行しないで列車で待っていてもよかったのに。どこにも寄り道しないから、すぐに戻るよ?」
「寄り道なんてしなくてもいいの。わたしは、いつでもビートくんと一緒に居たいだけ!」
ライラはそう答えた。
「それに、ヨルデムにはジャック・リッパーがいたでしょ? ジャック・リッパーは逮捕されたけど、また同じようなことが起きない保証はないでしょ? だから、1人よりも2人のほうがいいよ!」
「確かに、用心するに越したことは無いな!」
オレはライラの言葉に頷いた。
ライラの云う通り、保安官事務所に行くとはいえ、その間に犯罪に巻き込まれない保証はない。用心しておくことに、越したことは無いな。
だって、オレの隣には常に美しい銀狼族の少女がいるのだから。
そしてオレたちは、ヨルデムの保安官事務所に辿り着いた。
「失礼します」
オレは扉を開け、保安官事務所の中に足を踏み入れた。
ペジテの街の保安官事務所と似た作りで、中には数人の保安官補佐と、1人の保安官がいた。そして部屋の奥には、留置場がある。しかし、その中には誰もいなかった。
どうやら、ここはペジテよりは平和なようだ。
「ペジテの保安官事務所の、ガル保安官より手紙を預かってきました。ビートと申します」
「おぉ、君がアークティク・ターン号のショットガンメッセンジャーか」
イスに掛けていた人族の保安官が、オレのことをそう呼んで立ち上がった。
ショットガンメッセンジャーと呼ばれ、オレは驚く。オレのことをショットガンメッセンジャーと呼んでいたのは、アークティク・ターン号の乗客だけのはずだ。
なぜ、ヨルデムの保安官がオレのことを知っているのだろう?
「ど、どこでその言葉を……!?」
「アークティク・ターン号の乗客から、聞いたんだ」
保安官はオレたちの前まで、歩み出た。
黒いスーツを着ていて、右足の付け根辺りに、ホルスターを取り付けている。ホルスターからは、リボルバーのグリップが顔をのぞかせていた。そして左胸には、星形のバッヂがついている。
「珍しい獣人族の嫁を連れた少年が、ソードオフで武装して強盗を撃退したってね。ソードオフで戦う姿が、駅馬車時代に活躍したショットガンメッセンジャーそのものだったと、あちこちで聞いたよ。そして今、それが本当のことなんだと、確信した」
「は……はぁ……」
「すごいじゃないか。保安官や鉄道騎士団でも強盗を撃退するのは難しいことなのに、それを1人でやってのけるなんて。ショットガンメッセンジャーと呼ばれたのも納得だ。是非、保安官補佐としてスカウトしたいくらいだ」
保安官から直々に、保安官補佐にしたいと云われるなんて。
中々ないことではあったが、オレはそれを丁重にお断りした。
オレは、トキオ国の跡地にライラと共に向かう途中だ。銀狼族の村を離れて、ヨルデムの街に保安官補佐へ志願するために来たわけじゃない。
「……って、そうだ!」
オレは握りしめていたものを思い出し、右手の中にあるものを保安官に差し出す。
ガルさんから預かった、手紙だった。
「ガル保安官からの手紙を、預かってきました!」
「おぉ、すっかり忘れていた。ありがとう」
オレはヨルデムの保安官に、やっと手紙を渡すことができた。
これで、ガルさんとの約束は、ちゃんと果たした。
保安官はオレから手紙を受け取ると、その場で封を解いた。
中から押印された証書のようなものを取り出し、目で文章を追う。最後まで目を通すと、満足げに頷いた。
「うむ。確かに受け取った。君たちのおかげだ、ありがとう」
保安官からお礼の言葉を受け取り、オレたちは保安官事務所を後にした。
保安官事務所を出たオレたちは、夜のメインストリートを進んでいく。
レストランや酒場からは明かりが漏れ、楽しそうな声が聞こえてくる。
「ビートくん、すごく褒められたね!」
「正直、意外だったよ。まさかショットガンメッセンジャーと呼ばれたことが、もうここまで広がっていたなんてさ……」
「わたし、誇らしいよ! ビートくんの隣に居られるのが、すごく嬉しい!!」
「ライラ、わかったから、ちょっと落ち着いてくれ……!」
オレはライラにそう云った。
辺りからオレは、生温かい視線を感じている。
正直、恥ずかしい。
オレは恥ずかしさに耐えながら、ヨルデムの街を歩いていった。
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次回更新は12月13日の21時となります!





