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幼馴染みと大陸横断鉄道~トキオ国への道~  作者: ルト
第10章 長距離列車『ショートテイル・シェアウォーター号』
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第119話 刺青の盗賊

 オレたちは、次の駅へと向かうショートテイル・シェアウォーター号の個室で、トランプを使ったゲームをしていた。同じ絵柄のカードを当てる、神経衰弱というゲームだ。

 単純だが、これがなかなかに奥が深い。オレとライラは熱中していくうちに、列車の中であることを忘れてしまいそうになっていた。


「……はいっ!」

「あっ!」


 ライラが最後のカードを裏返し、図柄を当てる。

 残っていた2枚もひっくり返して、同じ絵柄であることを確認してから、カードを全て回収した。


「やったあ! わたしの勝ち!」

「くうーっ、また負けちゃった……!」


 これまでに5回やって、3対2でライラが勝った。


「ビートくん、後でアイス奢ってね!」

「わかった、好きなアイスを選んでいいよ」


 負けたほうが、アイスを奢る。

 そんな賭けをしながら、オレたちは神経衰弱をしていた。


 持ち掛けたのはオレで、最初は賭け事ということから、ライラはやらないと思っていた。

 しかし意外にも、ライラはノリノリで参戦した。途中で理由を尋ねると、おカネを賭けていなかったことで、参戦する気になったという。

 おカネはダメでアイスならいいという理由が、オレには今ひとつ分からなかった。

 多分きっと、ライラが食べたかったからだろう。


 さて、これからカードを片付けて――。

 そうオレが思っていた時だった。



 キキキーッ!!!!



 突然、急ブレーキが列車全体にかかった。


「「うわあああ!!!」」


 オレとライラは、神経衰弱をしていたベッドから落ち、個室の中を転がった。

 トランプがあちこちに飛び散り、ショートテイル・シェアウォーター号が停車する。


 ポォーッ!

 ポォーッ!!

 ポォーッ!!!


 連続して鳴らされた汽笛の中で、オレとライラは立ち上がる。

 緊急連絡の合図だと、オレは悟った。


「いてて……」

「ビートくん、大丈夫……?」


 オレが頭をさすっていると、ライラが聞いてきた。

 ライラは尻尾がクッションになったためか、服が少し汚れただけで済んだらしい。


「オレは大丈夫。ライラは?」

「わたしは大丈夫。でも、どうして急ブレーキが……?」

「分からない。でも、さっきの汽笛は緊急連絡の合図だ」


 オレは立ち上がり、ズボンの埃を手で払って落とす。


「もう少しで、デンユ領ペトロル地方ナフサだっていうのに……何があったんだ?」

「ビートくん、車掌さんに訊いてみよう!」


 ライラの言葉に、オレは頷いた。

 個室で待っているよりも、こっちから聞きに行った方が、きっと早いはずだ。


「よし、行こう! 念のため、武器を持って行こう!」

「うん!」


 オレはガンベルトを巻き、ライラはホルスターを身につけ、個室を飛び出した。




 デンユ領ペトロル地方ナフサまで、あと100メートルもない場所。

 ショートテイル・シェアウォーター号は、そこまで着ていた。

 しかし、列車はナフサの方を向いたまま、線路の上で停車していた。


 先頭の機関車では、機関士と機関助士、そして車掌が前方を見ていた。


「ナフサの駅から警笛が返らない!!」

「一体何があったというんだ!? 汽笛が返らなかったことなんて、これまで一度も無かったぞ!?」


 機関助士の言葉に、機関士が叫ぶ。


「まさか……先の列車から報告があった、アレが……?」

「馬鹿を云うな! そんな盗賊1人で、町1つを制圧することなんて……」

「あの、何が起きたんですか!?」


 オレが尋ねると、機関士と機関助士、そして車掌が驚いた眼でオレたちを見た。


「おっ、お客様! 機関室は乗務員以外、立ち入り禁止です!」

「急ブレーキがかかった上に、何も連絡がないので、気になったんです!」


 車掌がそう云ったが、オレは構わず続けた。


「教えてください、一体何が――」

「あっ! あれは!!」


 機関助士が叫び、機関士と車掌が機関助士に目を向けた。

 機関助士は双眼鏡を覗いて、ナフサの方角を見つめている。


「……緊急信号だ!」


 その言葉に、機関士と車掌が頷いた。


「直ちに、救援に向かう!」

「お客様、今は個室へお戻りくださ――」


 車掌がオレたちを個室へ戻るよう云いかけて、目を止めた。

 不思議に思って視線の先を追うと、オレのソードオフで止まった。


 それに気づいたオレは、少しだけ口元を緩めた。


「車掌さん、何かあった時のために、僕たちも一緒でいいですか?」

「……よろしくお願いいたします!」


 車掌の言葉に、オレとライラは視線を交わして微笑んだ。


 こうしてオレたちは、再び走り出したショートテイル・シェアウォーター号で、ナフサへと向かった。




 デンユ領ペトロル地方ナフサ。

 石炭の一大産地だが、最近は地下から新たに発掘された石油というものが、注目されている。しかし、石炭に比べて扱いが難しいため、用途はまだ限られているそうだ。

 ここは補給駅であることから、石炭と水を積み込んで、北大陸のノルテッシモまでの燃料を補給する。

 そういうことになる……はずだった。


 ナフサ駅に入っていきながら、オレは機関室の窓からナフサ駅の様子を見ていた。

 そこの光景は、目を疑うものだった。


 どこのホームにも人が溢れ、停車中の列車を寝床にしていた。

 駅員や婦人会らしき女性たちが、食料を配給していて、わずかな食料を分け合っている。駅にいる人々は、ほぼ全員がどこかに傷を負っていた。中には支えがないと、歩けない人までいる。騎士団の騎士までもが傷つき、剣を杖替わりにして歩いていた。その様子は、まるで難民キャンプ……いや、ノワールグラード決戦の後みたいだ。


 とりあえず、襲って来そうなやつはいない。

 それどころか、助けを必要としている人ばかりだ!


 列車が停車すると、駅員がドアを開けていく。

 しかし、この駅の異様な光景に、ほとんどの人が列車から降りようとしなかった。


「おい、一体これは何があったんだ!?」


 機関士が機関車からホームに飛び降り、ナフサ駅の駅員に訊いた。

 オレたちも機関士に続いて、機関車から飛び降りた。


「この駅は尋常じゃないぞ!? このままじゃ、石炭と水の補充もままならない! 教えてくれ、何が起きたんだ!?」

「……刺青の盗賊です」


 絞り出すように、駅員が答えた。


「刺青の盗賊? そいつは、何人居るんだ!?」

「ひ……1人です!」


 なんだって!?

 たった1人の盗賊が、ここまでになるような事態を引き起こしたというのか!?


 とても信じられないが、目の前の光景がそれを否定している。

 全てに絶望し、淀んだ多くの瞳。

 泣いている子供と、そんな子供を抱えて悲しみに耐えている母親らしき女性。


 その中で、オレたちと同じくらいの人族の男性と、獣人族の女性がオレの目を止めた。

 人族の男性は重傷らしく、包帯があちこちに巻かれた痛々しい見た目になっていた。そんな男性を、汚れた衣服を変えることもなく支え続ける、獣人族の女性。カップルだろうか?


 人族の男性と獣人族の女性。

 まるで、オレとライラだ。

 そう思うと、オレはノワールグラード決戦の後の出来事を思い出した。泣きながらオレを抱きかかえていたライラのことは、今もはっきりと思い出せる。あんな悲しいライラの顔は、二度と見たくない。


「ビートくん……」


 ライラが、オレの左腕をギュッと掴んできた。

 少しだけ震えていて、怯えていることがすぐに分かる。


 オレはそっと手を握り、ライラに安心してもらおうとした。


「ライラ、個室に戻れる?」

「ビートくん、1人で街に出るんでしょ?」


 ライラの言葉に、オレは肩をすくめた。

 やっぱり、読まれちゃうよな。


「そういうこと」

「ダメ!」


 ライラは、強くそう云った。


「刺青の盗賊がどんな人か分からないのに、危険すぎるよ!」

「それは分かっているよ。でも、このままナフサの人々を見捨てていくことは、オレにはできない。騎士団でさえも、太刀打ちできない相手だというのは、十分分かっている」


 オレは傷を負った騎士団の騎士たちを見た。

 屈強な騎士たちが、まるで廃兵院にいる傷痍軍人のようだ。


「でも、だからといって逃げるわけにはいかない。幸い、オレにはいくらか戦いの経験がある。それに、AK47もある。使いたくなかったけど、使う時が来たみたいだ」

「ビートくん……!」


 ライラが悲しそうな顔をするが、オレの心は動かなかった。


「大丈夫だって。ライラ、オレがノワールグラード決戦の後に云った言葉、覚えているよね?」

「うん……」


 オレの問いに、ライラは頷いた。


「……わたしを1人置いて、どこかに行ったりはしない。ビートくんにとってわたしは、かけがえのない最愛の女性で、たった1人しかいない幼馴染みで妻だから……でしょ?」

「うん、よく覚えているじゃない」


 オレはライラの頭を、そっと撫でた。


「だから、絶対にライラのところに戻ってくる。心配するなとは云わないけど、心配しすぎないで」

「うん……わかったわ!」


 決心がついたらしく、ライラの表情が変わった。

 オレを信頼しきっている、自信に満ち溢れた表情。

 いくつもあるライラの表情の中で、オレが最も好きな表情の1つだ。


「ビートくん、気を付けてね!」

「あぁ!」


 オレは、握りこぶしを作って、頷いた。




 オレは個室に戻ると、準備を整えた。


 AK47を背負い、ソードオフとリボルバーの点検を行い、予備の弾丸を持つ。

 そして駅員から入手した、刺青の盗賊の情報を整理した。


 刺青の盗賊の名前は、ドブ。

 元々炭鉱と石油井戸で働く労働者だった。その後、腕っぷしを買われて、ナフサの地下格闘技場で選手として戦っていた。チャンピオンにまでのし上がったが、八百長の疑惑をかけられたことで闘技場を追放された。

 そして今は、誰も恐れない残虐非道な強盗になったらしい。


 腕っぷしだけで、ナフサの街1つをここまでにしてしまったんだ。

 1人で百人相当の実力を持っていたとしても、おかしくないだろう。


「ビートくん、十分気を付けてね」

「うん、ありがとう。帰ってきたら、尻尾をモフらせてね!」

「もうっ……ビートくんったら!」


 ライラが呆れたような、どこか嬉しそうな声で叫んだ。




 そしてオレは、騎士団が警備する中、裏口から抜け出してナフサの街に繰り出した。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、6月17日の21時更新予定です!

そして面白いと思いましたら、ページの下の星をクリックして、評価をしていただけますと幸いです!


(2021年6月16日追記)

作者多忙のため、17日の更新は取りやめ、19日の更新予定となります。

楽しみにしていただいている皆様、申し訳ございません。

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