第119話 刺青の盗賊
オレたちは、次の駅へと向かうショートテイル・シェアウォーター号の個室で、トランプを使ったゲームをしていた。同じ絵柄のカードを当てる、神経衰弱というゲームだ。
単純だが、これがなかなかに奥が深い。オレとライラは熱中していくうちに、列車の中であることを忘れてしまいそうになっていた。
「……はいっ!」
「あっ!」
ライラが最後のカードを裏返し、図柄を当てる。
残っていた2枚もひっくり返して、同じ絵柄であることを確認してから、カードを全て回収した。
「やったあ! わたしの勝ち!」
「くうーっ、また負けちゃった……!」
これまでに5回やって、3対2でライラが勝った。
「ビートくん、後でアイス奢ってね!」
「わかった、好きなアイスを選んでいいよ」
負けたほうが、アイスを奢る。
そんな賭けをしながら、オレたちは神経衰弱をしていた。
持ち掛けたのはオレで、最初は賭け事ということから、ライラはやらないと思っていた。
しかし意外にも、ライラはノリノリで参戦した。途中で理由を尋ねると、おカネを賭けていなかったことで、参戦する気になったという。
おカネはダメでアイスならいいという理由が、オレには今ひとつ分からなかった。
多分きっと、ライラが食べたかったからだろう。
さて、これからカードを片付けて――。
そうオレが思っていた時だった。
キキキーッ!!!!
突然、急ブレーキが列車全体にかかった。
「「うわあああ!!!」」
オレとライラは、神経衰弱をしていたベッドから落ち、個室の中を転がった。
トランプがあちこちに飛び散り、ショートテイル・シェアウォーター号が停車する。
ポォーッ!
ポォーッ!!
ポォーッ!!!
連続して鳴らされた汽笛の中で、オレとライラは立ち上がる。
緊急連絡の合図だと、オレは悟った。
「いてて……」
「ビートくん、大丈夫……?」
オレが頭をさすっていると、ライラが聞いてきた。
ライラは尻尾がクッションになったためか、服が少し汚れただけで済んだらしい。
「オレは大丈夫。ライラは?」
「わたしは大丈夫。でも、どうして急ブレーキが……?」
「分からない。でも、さっきの汽笛は緊急連絡の合図だ」
オレは立ち上がり、ズボンの埃を手で払って落とす。
「もう少しで、デンユ領ペトロル地方ナフサだっていうのに……何があったんだ?」
「ビートくん、車掌さんに訊いてみよう!」
ライラの言葉に、オレは頷いた。
個室で待っているよりも、こっちから聞きに行った方が、きっと早いはずだ。
「よし、行こう! 念のため、武器を持って行こう!」
「うん!」
オレはガンベルトを巻き、ライラはホルスターを身につけ、個室を飛び出した。
デンユ領ペトロル地方ナフサまで、あと100メートルもない場所。
ショートテイル・シェアウォーター号は、そこまで着ていた。
しかし、列車はナフサの方を向いたまま、線路の上で停車していた。
先頭の機関車では、機関士と機関助士、そして車掌が前方を見ていた。
「ナフサの駅から警笛が返らない!!」
「一体何があったというんだ!? 汽笛が返らなかったことなんて、これまで一度も無かったぞ!?」
機関助士の言葉に、機関士が叫ぶ。
「まさか……先の列車から報告があった、アレが……?」
「馬鹿を云うな! そんな盗賊1人で、町1つを制圧することなんて……」
「あの、何が起きたんですか!?」
オレが尋ねると、機関士と機関助士、そして車掌が驚いた眼でオレたちを見た。
「おっ、お客様! 機関室は乗務員以外、立ち入り禁止です!」
「急ブレーキがかかった上に、何も連絡がないので、気になったんです!」
車掌がそう云ったが、オレは構わず続けた。
「教えてください、一体何が――」
「あっ! あれは!!」
機関助士が叫び、機関士と車掌が機関助士に目を向けた。
機関助士は双眼鏡を覗いて、ナフサの方角を見つめている。
「……緊急信号だ!」
その言葉に、機関士と車掌が頷いた。
「直ちに、救援に向かう!」
「お客様、今は個室へお戻りくださ――」
車掌がオレたちを個室へ戻るよう云いかけて、目を止めた。
不思議に思って視線の先を追うと、オレのソードオフで止まった。
それに気づいたオレは、少しだけ口元を緩めた。
「車掌さん、何かあった時のために、僕たちも一緒でいいですか?」
「……よろしくお願いいたします!」
車掌の言葉に、オレとライラは視線を交わして微笑んだ。
こうしてオレたちは、再び走り出したショートテイル・シェアウォーター号で、ナフサへと向かった。
デンユ領ペトロル地方ナフサ。
石炭の一大産地だが、最近は地下から新たに発掘された石油というものが、注目されている。しかし、石炭に比べて扱いが難しいため、用途はまだ限られているそうだ。
ここは補給駅であることから、石炭と水を積み込んで、北大陸のノルテッシモまでの燃料を補給する。
そういうことになる……はずだった。
ナフサ駅に入っていきながら、オレは機関室の窓からナフサ駅の様子を見ていた。
そこの光景は、目を疑うものだった。
どこのホームにも人が溢れ、停車中の列車を寝床にしていた。
駅員や婦人会らしき女性たちが、食料を配給していて、わずかな食料を分け合っている。駅にいる人々は、ほぼ全員がどこかに傷を負っていた。中には支えがないと、歩けない人までいる。騎士団の騎士までもが傷つき、剣を杖替わりにして歩いていた。その様子は、まるで難民キャンプ……いや、ノワールグラード決戦の後みたいだ。
とりあえず、襲って来そうなやつはいない。
それどころか、助けを必要としている人ばかりだ!
列車が停車すると、駅員がドアを開けていく。
しかし、この駅の異様な光景に、ほとんどの人が列車から降りようとしなかった。
「おい、一体これは何があったんだ!?」
機関士が機関車からホームに飛び降り、ナフサ駅の駅員に訊いた。
オレたちも機関士に続いて、機関車から飛び降りた。
「この駅は尋常じゃないぞ!? このままじゃ、石炭と水の補充もままならない! 教えてくれ、何が起きたんだ!?」
「……刺青の盗賊です」
絞り出すように、駅員が答えた。
「刺青の盗賊? そいつは、何人居るんだ!?」
「ひ……1人です!」
なんだって!?
たった1人の盗賊が、ここまでになるような事態を引き起こしたというのか!?
とても信じられないが、目の前の光景がそれを否定している。
全てに絶望し、淀んだ多くの瞳。
泣いている子供と、そんな子供を抱えて悲しみに耐えている母親らしき女性。
その中で、オレたちと同じくらいの人族の男性と、獣人族の女性がオレの目を止めた。
人族の男性は重傷らしく、包帯があちこちに巻かれた痛々しい見た目になっていた。そんな男性を、汚れた衣服を変えることもなく支え続ける、獣人族の女性。カップルだろうか?
人族の男性と獣人族の女性。
まるで、オレとライラだ。
そう思うと、オレはノワールグラード決戦の後の出来事を思い出した。泣きながらオレを抱きかかえていたライラのことは、今もはっきりと思い出せる。あんな悲しいライラの顔は、二度と見たくない。
「ビートくん……」
ライラが、オレの左腕をギュッと掴んできた。
少しだけ震えていて、怯えていることがすぐに分かる。
オレはそっと手を握り、ライラに安心してもらおうとした。
「ライラ、個室に戻れる?」
「ビートくん、1人で街に出るんでしょ?」
ライラの言葉に、オレは肩をすくめた。
やっぱり、読まれちゃうよな。
「そういうこと」
「ダメ!」
ライラは、強くそう云った。
「刺青の盗賊がどんな人か分からないのに、危険すぎるよ!」
「それは分かっているよ。でも、このままナフサの人々を見捨てていくことは、オレにはできない。騎士団でさえも、太刀打ちできない相手だというのは、十分分かっている」
オレは傷を負った騎士団の騎士たちを見た。
屈強な騎士たちが、まるで廃兵院にいる傷痍軍人のようだ。
「でも、だからといって逃げるわけにはいかない。幸い、オレにはいくらか戦いの経験がある。それに、AK47もある。使いたくなかったけど、使う時が来たみたいだ」
「ビートくん……!」
ライラが悲しそうな顔をするが、オレの心は動かなかった。
「大丈夫だって。ライラ、オレがノワールグラード決戦の後に云った言葉、覚えているよね?」
「うん……」
オレの問いに、ライラは頷いた。
「……わたしを1人置いて、どこかに行ったりはしない。ビートくんにとってわたしは、かけがえのない最愛の女性で、たった1人しかいない幼馴染みで妻だから……でしょ?」
「うん、よく覚えているじゃない」
オレはライラの頭を、そっと撫でた。
「だから、絶対にライラのところに戻ってくる。心配するなとは云わないけど、心配しすぎないで」
「うん……わかったわ!」
決心がついたらしく、ライラの表情が変わった。
オレを信頼しきっている、自信に満ち溢れた表情。
いくつもあるライラの表情の中で、オレが最も好きな表情の1つだ。
「ビートくん、気を付けてね!」
「あぁ!」
オレは、握りこぶしを作って、頷いた。
オレは個室に戻ると、準備を整えた。
AK47を背負い、ソードオフとリボルバーの点検を行い、予備の弾丸を持つ。
そして駅員から入手した、刺青の盗賊の情報を整理した。
刺青の盗賊の名前は、ドブ。
元々炭鉱と石油井戸で働く労働者だった。その後、腕っぷしを買われて、ナフサの地下格闘技場で選手として戦っていた。チャンピオンにまでのし上がったが、八百長の疑惑をかけられたことで闘技場を追放された。
そして今は、誰も恐れない残虐非道な強盗になったらしい。
腕っぷしだけで、ナフサの街1つをここまでにしてしまったんだ。
1人で百人相当の実力を持っていたとしても、おかしくないだろう。
「ビートくん、十分気を付けてね」
「うん、ありがとう。帰ってきたら、尻尾をモフらせてね!」
「もうっ……ビートくんったら!」
ライラが呆れたような、どこか嬉しそうな声で叫んだ。
そしてオレは、騎士団が警備する中、裏口から抜け出してナフサの街に繰り出した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!
次回更新は、6月17日の21時更新予定です!
そして面白いと思いましたら、ページの下の星をクリックして、評価をしていただけますと幸いです!
(2021年6月16日追記)
作者多忙のため、17日の更新は取りやめ、19日の更新予定となります。
楽しみにしていただいている皆様、申し訳ございません。





