第117話 さび付いた高射砲
赤錆の嵐を抜けて到着したのは、フランク領アハト地方フラックだった。
フランク領アハト地方フラック。
ここの街には、いくつものさび付いた巨大な大砲がある。しかし、フラックは城郭都市などではない。大砲は全て、地面に固定されていて、動かせないのだ。
しかも大砲は城や軍隊が所有している、先込め式のものとは違う。
全てが空を睨んでいて、大砲ではとても狙えないような上空に、口を向けていた。機械的な部分も手が込んでいて、ずっと高い技術が使われているらしい。
フラックの街が作られるずっと前から、この地には大砲があり、取り壊すこともできずに放置されているという。
オレはその大砲が、ずっと気になっていた。
一度でいいから、近くで見てみたい。
そんな気持ちを抱いていて、フラックに到着する直前になると、少しずつソワソワし出していた。
ショートテイル・シェアウォーター号がフラックの駅に到着し、指定されたホームの指定された場所に、ゆっくりと停車した。
機関士と車掌が完全に停車したことを確認してから、駅員がドアを開けていく。
「フラックに到着いたしました。停車時間は24時間です」
駅員があちこちで、降りてくる乗客に駅名と停車時間を告げている。
乗客たちは次から次へと降りていき、オレとライラも列車から降りた。
「ようし、作業かかれ!!」
1人の駅員が、ホームの隅で待機していた鉄道貨物組合の労働者たちに、指示を出した。
労働者たちは全員が、手にバケツやデッキブラシ、雑巾といった清掃道具を手にしている。駅員の指示で労働者たちは動き出し、ショートテイル・シェアウォーター号の清掃に入っていく。
機関車に水を補給する給水タンクから機関車に水がかけられ、労働者たちのバケツに水が入れられていく。労働者たちはあちこちの車両へと赴き、清掃を始めた。
「掃除してる……?」
「赤錆の嵐を抜けてきたからだな」
首をかしげるライラに、オレがそう云った。
「列車全体に砂鉄がついちゃったから、それを洗い落とすんだ」
「洗い落さないと、どうなるの?」
「見た目が悪くなる。それに砂鉄を誰かが吸い込んじゃったりするんだ。それを防ぐために、赤錆の嵐を抜けてきた列車は、砂鉄を洗い落とさなくちゃいけないんだ」
説明すると、オレはショートテイル・シェアウォーター号を清掃する労働者たちに向かって、軽く頭を下げた。
お疲れ様です。出発までに、どうかきれいな状態に戻してください。お願いします。
オレは心の中で、そう云った。
オレは、フラックに数多くある大砲の1つにやってきた。
大砲は一列に並んでいて、全てが同じ角度で空に口を向けている。中にはツタが絡まっているものもあり、かなり長い間動かされていないことを物語っていた。
フラックの街ができる前からあり、幾度となく取り壊されそうになったが、とても頑丈で取り壊せなかったと聞いている。見たところ、錆びが出ていたりはするが、すぐにでも使えそうだ。頑丈で取り壊せなかったというのも、頷ける。
「これが、フラックの大砲か……」
「すごく大きいね」
オレとライラは、大砲の大きさに圧倒されていた。
どうしてこんなに大きな大砲が作られたのだろう? それも全てが、空に向けられている。空を睨んでいることに、一体何の意味があるのだろう?
「やあ、ビートにライラ!」
背後から聞こえた聞き覚えのある声。
もう振り向いて確認しなくても、分かった。
カリオストロ伯爵だ!
「カリオストロ伯爵!」
名前を呼んで振り返ると、カリオストロ伯爵は肩をすくめた。
「こりゃ参った。もう完全に、声を覚えられてしまったな」
何度も同じように声をかけられてきましたから、もうすっかり覚えちゃいました。
オレが心の中でそう云うと、カリオストロ伯爵はオレたちの近くまで歩み寄った。
「ほう、これは……」
カリオストロ伯爵は、大砲を見上げた。
前にも見たことがあるのか、それほど驚いている様子ではない。それとも、心の中で考えていることが、表情に出にくいタイプなのだろうか?
「カリオストロ伯爵、この大砲が何か、ご存知ですか?」
「うむ。これは高射砲というものだ」
オレの問いに、カリオストロ伯爵はそう答えた。
高射砲。
初めて聞いたその単語が、この大砲の名前なのだろうか?
どうやらカリオストロ伯爵は、この大砲について何か知っているみたいだ。ちょっと聞いてみよう。
この大砲が何なのか。
何のために造られ、どうして今は放置されてしまったのか。
オレの興味は、尽きなかった。
「こうしゃほう……ですか?」
「うむ。高射砲だ」
オレが単語を繰り返すと、カリオストロ伯爵は頷いた。
「高射砲は、何のために造られたのでしょうか?」
「私が知っている限りでは、空高くを飛ぶ兵器を攻撃するために、造られたらしい」
「えっ!? 空を飛ぶ兵器!?」
オレは目を丸くして、叫んだ。
空を飛ぶ兵器。
そんなものが存在するなんて、あり得ない。
空を飛ぶことができるのは、鳥だけだ。
事実、移動手段としても平気としても、空を飛ぶものなど存在していない。馬車に鉄道に船。陸地と水上を移動する乗り物しか、オレは知らなかった。
当然、ライラも空を飛ぶ兵器なんて、知らない。
「そっ、そんなものが実在するんですか!?」
「実在する。……いや、正確には実在していた、と云った方が正しいな」
カリオストロ伯爵は、そう云って高射砲を見上げた。
「遥か大昔には、実在していたとされている。巨大な鉄の鳥が大空を飛んでいて、その中には戦争で使われていた鉄の鳥がいた。戦争では、鉄の鳥は地上へと襲い掛かったりしていた。これは太古の記録に残されている。比喩的な表現かもしれないが、恐らく実在していたと考えて、間違いないだろう」
「まさか……それを撃ち落とすために、高射砲を……?」
「恐らく、それで間違いないはずだ。地上へ襲い掛かる鉄の鳥を撃ち落とすために、高射砲は作られた。そして使用されていたとみていいだろう」
そのとき、オレはエンジン鉱山で見たものを思い出した。
エンジン鉱山に横たわっていた、あの大きな鉄の塊。いくつも窓のようなものがあって、中ほど辺りからはプレートのようなものが伸びていた、あれだ。
大きな鉄製の鳥なんて、あの時は思っていた。
もちろん、あり得ないなんて思いつつ。
だけど、それが当たっていたなんて……!
「鉄の鳥に、それを撃ち落とすための高射砲……なんだか、物語の話みたい」
ライラの言葉に、オレは頷く。
どう考えても、ファンタジーの存在としか思えないことだ。だけど、大昔にはそれが実在していた。ファンタジーではなく、リアルだったということだ。
「……昔の人って、すごいものを作っていたんですね」
今の技術では、とても作れそうにない。
そんなものを、遥か大昔の人たちが作っていた。
そんなすごいものを作っていたのだから、大昔は今よりもずっと、いい時代だったのかもしれない。
オレがそう思っていると、カリオストロ伯爵が口を開いた。
「そうだな。しかし……私は今の時代のほうがずっといいな。高射砲が鉄くずになっている、今の時代がな……」
カリオストロ伯爵はそう云うと、懐中時計を取り出した。
「さて、私はそろそろ約束があるので、これにて失礼するよ」
「ありがとうございました、カリオストロ伯爵!」
「また、色々と聞かせてください!」
オレとライラがお礼を云うと、カリオストロ伯爵は頷いた。
「うむ、お安い御用だ。それでは、さらば!」
カリオストロ伯爵はオレたちに背を向け、駅の方へと歩いていった。
「ねぇ、ビートくん」
カリオストロ伯爵が立ち去った後、ライラがオレを呼んだ。
「どうしてこんなすごいものなのに……今は鉄くずになっちゃったのかしら?」
「うーん、分からないな……」
高射砲が鉄くずになった理由。
きっともう、必要とされなくなったからかもしれない。だけど、必要なくなったとしても、簡単に鉄くずにしてしまうようなものでもない。
オレたちには考え付かないような、何か理由があってこの場所に放置され、そのまま鉄くずになっていったのだろう。
「でも……カリオストロ伯爵の云う通り、このまま鉄くずになっているほうが、きっといいんだと思う」
「ビートくん……?」
「その方が、平和だってこと」
オレはそっと、ライラを抱き寄せた。
しばらくの間、並んだ高射砲を見物してから、オレたちは列車に戻った。
列車に戻って昼食を食べた後、オレは眠くなってベッドに寝転がった。
いつでもこうして気兼ねなく眠れる。
これこそ、平和な証拠だ。
オレはライラと共に、個室のベッドでゆっくりと昼寝を楽しんだ。
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