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幼馴染みと大陸横断鉄道~トキオ国への道~  作者: ルト
第10章 長距離列車『ショートテイル・シェアウォーター号』
116/140

第116話 赤錆の嵐

 ハルの演奏を聴き終えた後。

 オレとライラは食堂車で、食事をしていた。




 そのとき、食堂車に車掌が入ってきた。


「お食事中のところ、失礼いたします。これより、乗務員から指示があるまで、決して窓を開けないでください」


 車掌が突然、そう告げる。

 食堂車の中を歩きながら、車掌はしきりに窓を開けないようにと、指示を繰り返していた。


 ポークアンドビーンズを食べていたオレたちは、手を止めて顔を見合わせた。


「窓を開けちゃダメだって」

「嵐でも来るのかな……?」


 窓を開けてはならないと車掌が云って回るほどなんて、どんな嵐が来るのだろう?

 気になったオレは、車掌が近くまで来ると、手を挙げて車掌を止めた。


「お客様、いかがなされましたか?」

「どうして、窓を開けてはいけないのですか?」


 オレが車掌に尋ねる。


「赤錆の嵐が、来るためです」

「赤錆の嵐……?


 車掌の答えに、ライラが首をかしげた。


「この季節には、よくあることです。決して窓を開けたり、車外に出たりしないようにしてくださいね」


 車掌はそう云うと、食堂車を抜けて次の車両へと移動していった。


 赤錆の嵐か。

 これはまた、厄介なことになってきたな。車掌が、窓を絶対に開けないように指示を出してきたのも、納得だ。赤錆の嵐を無事に抜けるか、次の停車駅に到着するまで窓は開けられないな。


 オレがそんなことを考えていると、ライラがオレに視線を飛ばしているのに気がついた。


「ねぇビートくん、赤錆の嵐って何?」

「赤錆の嵐っていうのは、この辺りで起きる自然現象のことだよ」


 オレはそう云って、ライラに赤錆の嵐のことを説明した。


 赤錆の嵐とは、東大陸の北西部でよく起きる自然現象だ。

 地上に露出した古代遺跡に残された、遺物が細かい錆びた砂鉄となり、嵐に乗って巻き上げられる。その巻き上げられた砂鉄は、周辺の街や通過する列車に襲い掛かってくるのだ。そしてこの赤錆の嵐は、時には盗賊以上に厄介かつ危険な存在になる。

 それは、健康被害を引き起こすためだ。窓やドアが空いていると、そこから赤錆の嵐は容赦なく入り込み、人々に襲い掛かる。細かい砂鉄は目や鼻に入り込み、失明や呼吸器の病気を引き起こす。最悪の場合は、砂鉄が入り込んだことから病気になり、命を落とすことだってある。砂鉄が身体に入らないような大きなものであったとしても、それが飛んでくることで建物を破壊したり、人に当たって怪我を引き起こすことだってある。

 赤錆の嵐がよく起こる土地には、誰も住んでいない。盗賊団でさえ、赤錆の嵐からは逃げることしかできない。


 人族や獣人族が赤錆の嵐に対してできることは、ただ1つだけ。

 赤錆の嵐が通り過ぎるのを、建物などの中でじっと待つだけだ。


「ビートくん、そんなにすごいの!?」


 オレの話を聞き終えたライラが、驚きと恐怖の表情で尋ねてくる。

 目の前にまだポークアンドビーンズが残っているが、それどころではない。ライラの目はそう云って、オレの答えを待ち望んでいた。


「……正直、不安なんだ」


 オレは頷いて、窓の外を見た。


「このショートテイル・シェアウォーター号が、赤錆の嵐に耐えてくれるのかどうか……」


 列車が進む先には、赤く見える場所がある。砂鉄を多く含んだ大地だ。

 砂鉄は地面を覆いつくし、ほとんど赤錆だらけの砂漠に見えた。大地を覆っているこの赤さびた砂鉄が、かつては古代遺跡の一部だったなんて……。

 知らない人なら、一生涯知ることは無いことだろうな。


 オレは不安を押し込めるように、残っていたポークアンドビーンズを口に運んだ。




 個室に戻る頃に、ショートテイル・シェアウォーター号は赤錆の嵐へ突入した。


 赤錆の嵐の中を列車が進むことは、珍しくない。

 先行列車や駅からの連絡で、待機命令などが出ない限り、走り抜ける。蒸気機関車のほとんどは、運転室も外とは隔離されるように作られているため、走行するのに問題はない。

 今回は、先行列車や駅から連絡が無かった。そのため、機関士の判断で赤錆の嵐を突き抜けることになったらしい。




 カツン、カツン。

 窓に物が当たる音がして、ライラが窓を見つめた。


「ビートくん、今の音は何?」

「砂鉄が窓に当たった音だな」


 オレはそう答える。


「赤錆の嵐で巻き上げられた砂鉄が、窓や車体にぶつかって音を立てているんだ」

「なんだか、ノックの音みたいね」


 ライラの言葉に、オレは頷いた。


 確かに、ノックの音と似ているよなぁ……。

 ドアの方から聞こえたりしたら、ノックと聞き分けられるかどうか……。


 その時、オレはあることを思い出した。


「そういえば……過去にはもっとひどい赤錆の嵐が起きたこともあるんだ」

「ビートくん、それって本当?」

「もちろん、本当のことさ」


 ライラが不安そうに聞いてきて、オレは頷いた。


「どんなことが起きたの……?」

「鉄道事故さ」


 オレが答えると、ライラはビクンと身体を震わせた。


「まだ赤錆の嵐への対策が不十分だった頃のことなんだけど……。赤錆の嵐の中を走っていた列車の窓が、飛んできた砂鉄によって割れちゃったんだ」


 その出来事は、かつて図書館車に置かれていた本で、読んだことがあった。

 過去の鉄道事故をまとめた本で、怪談話になっているのが特徴の本だ。怪談話は人気があるためか、何人もの人が読んだらしく、他の本に比べて痛み方が激しかった。


「それで、どうなったの……?」

「もちろん、砂鉄が列車の中に飛び込んできて、乗員と乗客は赤錆の嵐に苦しめられた。列車はなんとか赤錆の嵐を抜けて、停車駅に辿り着いたよ。でも……」


 オレは少しだけ声のトーンを、落とした。


「乗員乗客の半分以上が、赤錆の嵐で亡くなったんだ。そしてそれ以来、その事故で死んだ人々が、今も助けを求めて事故が起きた場所を彷徨っているらしい。その路線を通っている最中に赤錆の嵐に遭遇すると、不可解な現象が起きるんだって。ドアがノックされたのに、誰も居なかったり。苦しむような声が聞こえてきたりとか……」

「そ、それって……本当……!?」


 ライラは、ガクガクと震えていた。

 尻尾を前に持って来て、抱き枕のように両手でしっかりと抱きしめている。かなり怖がっていることが、すぐに分かった。


「さぁ、それはオレも体験したことがないから、分からないよ。ただ1つ云えることは……」


 少しだけ間を置いてから、オレは云った。


「……その事故が起きたのは、ちょうど今、列車が走っている辺りなんだって」

「イヤー!!」


 ライラが叫んだ。


「そういうの最後に持ってくるの、やめて!」

「ライラ、本気にしているの?」


 オレは怖がるライラを見つめながら、ころころと笑う。


「大丈夫だって、これは怪談話。作り話だよ」


 オレはライラにそう告げる。

 そうだ、これは作り話。この線路で事故が起こったことは本当だけど、その事実に後で脚色して作られた、作り話だ。不可解な現象が起きたなんて話は、聞いたことが無い。それが、この怪談話が本当に起きたことではなく、作り話であることの何よりの証明だ。


「でも怖いよー!」

「ごめんごめん、ライラにはちょっと、怖すぎたかな?」


 オレはそっと、怖がるライラを抱き寄せる。

 ただの作り話なのに、ここまで怖がるとは思わなかったなぁ……。


 そういえば、ライラは怖い話が苦手だったな。

 グレーザー孤児院で夏に怖い話の朗読会があっても、ライラはほとんど不参加だった。他の女の子からも呆れられるほど、怖い話は避けていた。


 話のチョイスを間違えちゃったかな……?


 オレは少し反省しつつ、ライラの頭を撫でた。




 そのときだった。


 コンコンッ。


 個室のドアが2回、ノックされた。


「えっ……?」

「!?」


 オレが驚き、ライラは今にも泣き出しそうな目で、ドアを見つめる。

 あんな話をしたオレが云うのも何だが、少し気味が悪くなってきた。


 さっきのノックは、なんだろう?


 背筋が寒くなる中、ライラがオレに強く抱き着く。


「ビートくぅん……」


 ガクガク震えるライラ。

 これはオレが、ドアを開けて確かめないといけないな。


「お……オレが確かめてくるよ……!」


 オレは震える声でそう云うと、ベッドから立ち上がった。

 ゆっくりとドアに歩いていき、そしてリボルバーを手にして、ドアのカギを解除する。


 ドアの向こう側には、誰が居るのだろう?


 そっと、ドアを開けた。


「はーい……?」


 しかし、ドアを開けたオレは、固まった。

 ドアの向こう側には、誰も居なかった。廊下には誰もおらず、ただ列車の走る音だけが響いている。静まり返った廊下は、不気味そのものだった。


「誰も居ない……!?」


 まさか、あの話は本当の出来事なのか!?

 オレは一気に、全身の鳥肌がざわっと立つのを感じる。


 誰かに、見られているような気もした。

 もしかして、本当に事故で亡くなった人が、今も助けを呼んでいるというのか!?




「どうも、ありがとうございました」

「いえいえ、それでは、失礼します」


 隣の部屋から、そんなやり取りがしてドアが開いた。

 ドアから、車掌が出てきて個室に向かって一礼をすると、ドアが閉まる。


 ドアが閉まると、車掌はオレの方へと顔を向けてきた。


「あっお客様、失礼いたしました!」


 車掌はすぐにオレの所へと駆け寄る。


「ノックをしたのですが、隣のお客様から急な対応をお願いされまして、急きょそちらに行っておりました。大変、失礼いたしました」


 車掌はそう云って、お辞儀をする。

 なるほど。さっきのノックは、車掌だったのか。


「えーと、それで何か……?」

「そうでした!」


 オレの問いかけに、車掌は思い出したように声を上げた。


「赤錆の嵐を無事に通過いたしました。もう窓を開けていただいて大丈夫です。ご理解とご協力に、感謝いたします。それをお知らせに参りました」


 再び、車掌はお辞儀をする。

 オレは車掌の背後の窓から見える外の景色を見て、車掌の言葉が真実だと悟った。


 先ほどまで吹き荒れていた赤錆の嵐は、もうどこにもない。

 広がっているのは、青い空と乾いた大地だ。


 どうやら、ノックが亡くなった人のものだというのは、オレの思い込みだったようだ。


「そうだったんですね。ありがとうございます」

「いえいえ。次の停車駅には、あと1時間ほどで到着いたします。それでは、失礼いたしました」


 車掌は挨拶をして、次の部屋へと向かっていった。

 車掌が次の部屋のドアをノックして、中の人と話し始めると、オレはそっとドアを閉じた。




「びっくりしちゃったぁー」


 ドアを閉めると、ライラがため息をついてそう云った。


「まさか本当に、亡くなった人が助けを求めてきたかと思っちゃったよー!」

「オレも……ちょっとだけ、ビックリした」


 まさか、あんな絶妙なタイミングでノックがあるなんて、思ってもみなかった。

 亡くなった人が助けを求めて化けて出るなんて、現実に起きてほしくないことだ。


 しばらく、怖い話をするのは止めよう。

 オレもこれには、少しだけ懲りた。




 そんなオレたちを乗せたショートテイル・シェアウォーター号は、赤錆の嵐を抜けて、次の停車駅に向かって線路を進んでいった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、6月11日の21時更新予定です!

そして面白いと思いましたら、ページの下の星をクリックして、評価をしていただけますと幸いです!

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