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幼馴染みと大陸横断鉄道~トキオ国への道~  作者: ルト
第10章 長距離列車『ショートテイル・シェアウォーター号』
115/140

第115話 音楽の魔女

 ショートテイル・シェアウォーター号は、次の停車駅に向かって走り続けていく。

 オレとライラは、昨夜が遅かった。

 そのためいつもよりも、ゆっくりと眠ってから起き上がる。


 オレが時刻を確認すると、9時を過ぎていた。

 その頃には、太陽はすっかり昇りきっていた……。




 朝食を食べてから、個室でゆっくりと過ごしている時だった。


 コンコンッ。


 オレたちの部屋の入り口のドアが2回、ノックされた。

 朝早くに、誰が尋ねてきたのだろう……?


「誰かしら?」

「うーん、出てみるかぁ……」


 オレはベッドから立ち上がり、入り口へと向かう。

 少々身体が思いが、動けないほどではない。


 それにしても、誰が尋ねてきたのだろう?

 車掌さんが、切符の拝見にでも来たのだろうか?


 そんなことを考えながら、オレはドアのカギを解除し、そっとドアを開けた。


「はーい……?」

「あぁ、良かったわ。起きていたのね」


 オレがドアを開けると、そこには1人の獣人族の女性が立っていた。

 猫系の獣人らしく、細くて長い尻尾を持った女性は、背中にギターを背負っていた。年寄りでもないのに、なぜか杖を手にしている。目にはおしゃれのつもりなのか、黒いサングラスをかけている。年齢はオレたちよりも上で、30代くらいだろうと、オレは推測した。


「あの、あなたは……?」

「私の名前はハル。人々は私のことを、音楽の魔女と呼ぶわ」


 ハルと名乗った女性は、そう云った。


「さすらいの音楽家ですか?」

「そうです。もしよろしければ、一曲いかがですか?」


 ハルがそう云うと、背後からライラが声をかけてきた。


「ビートくん、誰?」

「ハルさんっていう、音楽家さん」

「あら、もう1人いらしたのね? お嬢さん、良かったら一曲聞いていかない?」


 ハルはライラにも、そう声をかける。


「いいじゃない! ビートくん、演奏してもらおうよ!」

「ライラがそう云うなら……」

「ありがとう。それじゃあ、中に入ってもいいかしら?」

「どうぞ!」


 ハルの問いにライラが答え、オレたちはハルを室内へと案内した。


「……あら?」


 個室に入ると、ハルが鼻をすんすんと動かして、臭いを嗅ぐ。


「この臭いは何かしら……? 少しだけ鼻にツンとくる、独特な臭いね……」

「き、きっと、長旅で臭いがこもっちゃったんだと思います! すみません、気づかなくて!」


 オレはそう云いながら、全身から冷や汗が出るのを感じた。

 昨夜何があったかなんて、ハルに悟られたくはなかった。精力がついていたとはいえ、さすがに少々、やりすぎたな……。


「そう……まぁ、気にするほどでもないわね」


 ハルはそう云うと、そっとギターを下ろした。

 そしてイスに腰掛けると、ギターを手にして、弦の調子を確認する。サングラスは室内に入っても、外したりはしなかった。

 弦を整えている間に、オレとライラはベッドに腰掛けた。


「これでよし……と」


 どうやら調整が終わったらしく、ハルはギターを持ち直した。


「それじゃあ、そろそろ始めるけど、いいかしら?」

「はいっ、お願いします!」


 ライラの言葉に、ハルは口元を緩めて、頷いた。


「それじゃあ、行くわよ!」


 ハルはそう云って、演奏を始めた。


 ハルのギターは、著名な曲を奏で、ハルはそれに合わせて歌った。

 その声は美しく、どこかもの悲し気な雰囲気を漂わせていた。しかし、もの悲し気な雰囲気はあまりなく、力強さや陽気さの方がずっと強かった。

 一曲だけ、と思っていたが、それだけで治まらなかった。

 オレとライラはリクエストを飛ばし、ハルはそれに応じて次から次にリクエストを受けてくれた。


 気がつくと、昼近くまで時間が経っていた。




 演奏が全て終わると、オレとライラは惜しみない拍手をハルに贈った。


「素晴らしかったです!」

「いい演奏でした! ありがとうございます!」


 オレとライラが拍手をしながら云うと、ハルはそっと頭を下げた。


「ありがとう。聞いた人に喜んでもらえると、私も嬉しいわ」

「あの、もしよければ、素顔を見せてくれませんか?」


 ライラが、ハルに云う。


「えっ、私の素顔を……?」

「はい! 是非、どんなお顔なのか見てみたいんです!」

「うーん……そうねぇ……」


 ハルはギターを置いて、少し考えるように口元に指を当てる。

 オレもライラと同じで、ハルの素顔が気になっていた。サングラスでよく見えないが、こんなにも素晴らしい演奏をするハルの素顔とは、どんなものなのだろう?

 しかし、オレは男だ。男が女性に素顔を見せろと要求するのは、エチケット違反だろう。

 ライラがオレと同じことを考えていて、本当に良かった。


 少ししてから、ハルは口を開いた。


「……驚かないと、約束してくれるかしら?」


 驚かないと約束する?

 いったい、どうしてそんなことを?


 しかし、ハルが提示した条件はそれだ。

 素顔が見たければ、それに従うしかない。


 オレとライラは顔を見合わせて頷くと、ハルに向き直った。


「はいっ!」

「お願いします!」


 オレとライラが云うと、ハルは頷いた。


「わかったわ。それじゃあ……」


 ハルはそっと、黒いサングラスを顔から外した。




 サングラスの下から現れたのは、白猫族の顔だった。

 30代くらいと思っていたが、ずっと若く見えた。そしてどういうわけか、両目は閉じたままだ。


 そしてハルが、両目を開いた。


「……!」

「……!!」


 オレとライラは、ハルの目を見て、目を見張った。

 ハルの目には、全く光が宿っていなかった。黒い瞳の中はどこまでも暗く、まるで新月のようだ。

 これは、何かしらの理由で目が見えない人に見られる特徴だ。


 そのときに、オレたちはハルが盲目であることを知った。


「……驚いたでしょ?」


 ハルが、オレたちの心の中を見透かしたように、云った。


「すみません、驚かないと約束しましたが……ビックリしました」

「いいのよ。私が目が見えないと知った人は、みんな同じことを云ったわ」


 オレの謝罪に、ハルはそう云った。

 そして目を閉じると、サングラスを掛けた。


「どうして、目が見えなくなったんですか?」

「生まれつきなの」


 ライラの問いに、ハルはそう云った。


「生まれたときから目が見えなかったから、世界がどんなものなのか、見たことが無いの。でも、音楽だけは目が見える人と同じように聞けたの。音楽は私に生きる意味を与えてくれたわ。だから、目の見えない私にもできる楽器を探して、行きついたのがこのギターなの」


 ハルはそう云って、ギターをそっと撫でた。


「私にとっての相棒。これがあれば、どこでも演奏ができるからね。幸い、旅の手助けをしてくれる人は大勢いたわ。鉄道を使いながら、あちこちへ風のように移動しながら生きているのよ」

「どこか、行く当てはあるんですか?」

「当ては無いわ」


 オレが問うと、ハルはそう云った。


「風の吹くまま、気の向くままよ。当てなんか無いわ。あなたたちのような、私の音楽を楽しんでもらえる人が居る場所に行くだけよ」

「そうですか……」


 オレは何故か、それがハルにとってはピッタリな気がした。

 どこかに留まったり、誰かと一緒になるのではなく、ただ流れ続ける。目が見えないことなんて感じさせず、自分の音楽の腕とギターで生きる。

 それが、あの音楽を生み出しているのだろう。


 オレとライラは、演奏のお礼として、ハルにおカネと保存食をプレゼントした。




「ありがとう。あなたたちに聞いてもらえて、私も嬉しかった」


 個室から出たハルは、オレたちにそう云った。


「きっとまた、どこかで会いましょう」

「はい、また会えることを楽しみにしています!」

「また素晴らしい演奏、お願いします!」


 オレとライラの言葉に、ハルは口元を緩ませて頷く。

 サングラスの下の目が喜んでいることは、オレたちにも分かった。




 ハルは一礼をしてから、列車の後方へと向かって進んでいった。

 オれたちはハルを見送ってから、食堂車に昼食を食べに向かった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、6月9日の21時更新予定です!

そして面白いと思いましたら、ページの下の星をクリックして、評価をしていただけますと幸いです!


ハルのモデルとなったのは、最後の瞽女ごぜと呼ばれている、小林ハルさんです。

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