第114話 海沿いの線路
「ビートくん、海よ!」
ライラのその一言で、オレは目を覚ました。
ベッドから起き上がると、ライラはすでに起きていて、ドレスに着替えていた。窓の外を見て、はしゃいでいる。
「んー……海がどうかしたの?」
「すごく綺麗よ!」
子供のようにはしゃぐライラを見て、オレはベッドから離れた。
ライラの隣に立って窓の外を見たオレは、一瞬で目を奪われた。
どこまでも広がる青い海が、太陽の光を反射して、キラキラと輝いていた。
久しぶりに見た海に、オレはため息が出た。
東大陸の西側に広がる、広大な海。
その海を一望できる路線を、ショートテイル・シェアウォーター号は北へ向けて走り続けていた。
昼前にショートテイル・シェアウォーター号は、ポウセ領デンタル領ナミアに到着した。
ナミアは、海沿いにある港町だ。
西大陸のマルセやニューオークランドに、北大陸のノルテッシモなど、これまでにいくつもの港町を訪れたことがある。しかし、ナミアにはマルセやニューオークランドにはもちろん、ノルテッシモにもないナミア特有のものがあった。
それは、水揚げされた魚介類を流通させるために港の近くに設けられた、鮮魚卸売市場。
そして卸売市場から、魚介類を各地に運ぶための専用列車、鮮魚特急だった。
ショートテイル・シェアウォーター号が停車してドアが開くと、オレたちはホームに降り立った。
出発時間は、12時間後。
24時間が設定されることが多い中で、半分となる12時間は、少し短めだ。
すると、突然駅員が叫び声をあげた。
「2番線を、鮮魚特急が通過いたします! 危険ですので、ホームの内側へお下がりください!!」
駅員が放った、鮮魚特急という聞きなれない単語に、ライラが首をかしげる。
「ビートくん、鮮魚特急って何?」
「すぐに分かるよ」
オレがそう云った直後。
ポォーッ!
ポォーッ!!
連続して汽笛が鳴り響いた。
汽笛からすぐに、ヘッドライトを輝かせながら、流線型の大型蒸気機関車が姿を現した。赤とオレンジのデイライト塗装と呼ばれる塗装を施された蒸気機関車が、オレたちの目の前を猛スピードで駆け抜け、いくつもの貨物車を牽引していく。駅の中で速度を落としているとはいえ、かなりの速度だった。時速40キロは出ていても、おかしくはない。船の絵が描かれた貨物車が10両ほど通り過ぎると、最後の貨物車がテールランプの輝きを見せつけながら、ホームに静寂を残していった。
「さっきのが、鮮魚特急だよ。ナミアで水揚げされた魚介類を運ぶために作られた、専用列車なんだ。スピードが出る機関車が使われていて、冷房装置がついた貨物車で魚介類を運ぶんだ」
「そうなんだ……すごく、潮の臭いがしたわ。それに、魚介類特有の生臭さも」
ライラは少しだけ顔をしかめて、そう云った。
すると、今度は反対側から汽笛が聞こえてきた。
そしてオレたちがいる2番線側のホームと、向かい側にある3番線側のホームの間に敷かれた線路の上を、再び鮮魚特急が走り抜けていく。デイライト塗装を施された流線型の大型蒸気機関車が、先ほどよりも多い20両の貨物車を引っ張りながら、鮮魚卸売市場へと向かっていく。貨物用の通過線を通ったためか、鮮魚特急はほとんど速度を落とすことなく、ナミアの駅を駆け抜けていった。
「ビートくん、鮮魚特急の機関車って、どれも同じ色をしているのね」
「うん。あれはデイライト塗装と呼ばれていて、機関車のベースとなっている黒色が夜を、塗装が太陽を現しているんだ。24時間、日夜走り続けて魚介類を1日も早く届けるという、鮮魚特急のポリシーを表したものなんだ」
「そうなんだ! ビートくん物知り!」
ライラからそう云われて、オレは少し照れた。
ほとんど、先輩のエルビスからの受け売りなんだけどなぁ……。
鮮魚特急の通過を見たオレたちは、ショートテイル・シェアウォーター号が停まっている1番線のホームから離れ、ナミアの駅を出て街へと繰り出した。
ナミアの駅を出るまでの間に、もう2回ほど、鮮魚特急がナミアの駅を通過していった。
いったい、どんな過密ダイヤで運行されているのだろうかと、オレは少しだけ気になった。
「せっかくだから、お昼は海鮮料理にしようか」
「うん! 久しぶりに食べたい!」
昼が近づいてきた時、オレはライラに提案した。
オレの提案に、ライラは二つ返事で頷く。ライラは、魚介類特有の生臭さが好きではない。しかしそれは、魚介類が嫌いというわけではない。これまでにも何度も、ライラは海鮮料理を口にしてきた。肉料理の方が好きなことと、食べる機会が少ないだけで、決して嫌いなわけじゃない。
せっかくの港町に来たのだから、普段はなかなか食べる機会がない海鮮料理を、とことん味わいたいとオレは考えていた。
特にこのナミアは、入り組んだ海岸線が近くに多いことから、カキの養殖が昔から盛んに行われている。ナミアのカキは品質が高く、味が良いとして王侯貴族から庶民に至るまで、人気がある。鮮魚特急が誕生したのも、この地で生産される高品質なカキを各地にいち早く輸送するのが、当初の目的だったとも伝わっているほどだ。
ライラはどうか分からないが、オレは是非ともカキを食べておきたかった。
こうしてオレたちは、海鮮レストランへと足を踏み入れた。
「お待たせいたしました!」
注文をしてからしばらく待っていると、白猫族の店員が注文した料理を運んできた。
ライラが注文したのは、サルマガンディーとアヒポキという、シーチキンを使った料理だ。そしてオレが注文したのは、カキ料理のフルコース。オイスターシューターに生カキ、カキの海鮮パスタやカキのアヒージョなどが含まれた料理だ。まさにカキづくしと云ってもいい。
食事が始まってしばらくすると、ライラがオレに声をかけてきた。
「ビートくん、そのカキって、美味しいの?」
「んっ?」
ちょうど、オイスターシューターを飲み込んでいたオレは、ライラに視線を向けた。
カキが口の中に入り込み、オレはそれを噛んで飲み下す。
美味い。濃厚なカキの味と、ソースの味が口の中で混ざり合い、後味もスッキリだ。
「……美味しいよ。ライラはカキって、食べたこと無かった?」
「無いの」
「良かったら、食べてみる?」
オレは生カキを1つ、ライラに差し出した。
カキの殻を皿替わりにしていて、傾ければカキの身が口の中に滑り込むようになっている。
「好きなソースで味付けしたらもちろん、そのままで食べても美味しいよ」
「ありがとう! いただきます!」
ライラはオレの手からカキを受け取ると、ソースを2滴たらしてから、カキを口に運んだ。
何度か咀嚼してから、ライラはカキを飲み込んだ。
「……磯の香りが、すごい」
ライラは顔をしかめて、そう云った。
どうやら、ライラの口には合わなかったらしい。
「ビートくん、すごいよ。これが食べられるなんて」
「そう? ありがとう」
オレはそう云って、生カキを食べた。
磯の香りが強いものは、ライラは苦手なのかもしれないな。今度は、グリルチキンをご馳走しよう。
オレはそう決めて、カキ料理を食べていった。
「美味い、美味い!」
食事が終盤に差し掛かったころ、レストランの一角で聞き覚えのある声がした。
「ビートくん……」
「うん……まさかと思うけど……」
オレたちは、声がした方に視線を向ける。
そこにいた人を見て、オレたちは目を見張った。
カリオストロ伯爵だった。
カリオストロ伯爵は、店員が次から次へと運んでくる生カキを、次から次へと口に運んでいた。そのスピードはものすごく、1つの皿が運ばれてくると、テーブルの上の皿が1つ空っぽになるほどだ。当然、オレたち以外にも、カリオストロ伯爵の大食いを見て驚いている人は、大勢いた。
「さすがはナミアの生カキだ。濃厚でクリーミーだが、それでいて後味はスッキリしている。うん、美味い!」
ワインを飲みながら、カリオストロ伯爵は次から次へとカキを食べていく。
「ビートくん、すごいね……」
「さすがのオレでも、あそこまでは食べられないなぁ……」
オレたちは唖然としながら、カリオストロ伯爵の食事を見守る。
いったいどんな胃袋があれば、あそこまで食べられるのだろう?
そしてついに、カリオストロ伯爵は食事を終えた。
「美味しかった! お勘定!」
「はっ、はい! 合計で……生カキ175個になります!」
175個だって!?
どんな大食漢だよ!?
オレが驚いていると、辺りから拍手が沸き起こった。
カリオストロ伯爵は満足そうに頷きながら席を立ち、拍手を送る人々に右手を挙げて、挨拶をしていた。
「これまで最も多くのカキを食べたという、ビスマルク侯爵に並んだ。今日はまさに記念日だ!」
カリオストロ伯爵はそう云って会計を済ませると、レストランを出ていった。
それを見送ってから、ライラが口を開いた。
「……ねぇ、ビートくんも挑戦してみる?」
「いや、さすがにカキ175個は無理かな……」
そんなに食べたら、いくらなんでも胃がおかしくなりそうだ。
オレは首を振って、残っていたカキのアヒージョを平らげた。オレには、これくらいの量で充分だ。
カリオストロ伯爵にまたしても驚かされながら、オレはカキ料理を堪能した。
出発時間までに、オレたちはショートテイル・シェアウォーター号へと戻り、個室の中に入った。
機関車が汽笛を鳴らして出発時間を告げると、ゆっくりと動き出し、列車はナミアの駅を出発する。そして再び、海沿いの線路を北大陸へと向かって進み出した。
出発時間が来るまでの間に、鮮魚特急が数本、ナミアの駅を通過していった。
ナミアの鉄道貨物組合で、クエストを請け負ったりしなくて良かったと、オレは心底そう思った。
そしてその日の夜。
カキで精力がついたオレは、夜遅くまでライラを抱きしめていた。
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