第113話 車内販売ワゴン
個室のドアを開けたオレたちの前に、車内販売のワゴンがやってきた。
車内販売ワゴン自体は、珍しいものではない。
長距離列車では行われているのが一般的だ。売店がない長距離列車もあり、そんな中で車内販売は行商人と同じくらい重宝されている。買い物は長距離列車で旅をする人々にとって、必要なものを手に入れる手段であり、同時に大きな娯楽でもあるためだ。
なお、アークティク・ターン号には車内販売のワゴンはない。
売店があることと、行商人車が必ず編成の中に組み込まれているためだ。
ちょうどこれから、行商人車に行こうとしていた。
そんな絶妙なタイミングで、車内販売のワゴンが現れた。
「いらっしゃいませー。何かご入用ですか?」
獣人族黒猫族の女性が、ワゴンを止めてオレたちに問いかける。胸につけられたネームプレートには『ミーシャ』という名前が書かれている。この黒猫族の女性は、ミーシャという名前らしい。
ワゴンを見たオレたちは、目を見張った。
ワゴンには、溢れるほどの商品がいくつも積み込まれていたからだ。
弁当や保存食といった食料品。
酒やタバコなどの嗜好品。
キャラメルやチョコレートといった菓子。
各種の飲み物。
新聞や雑誌に本といった書籍類。
洗面道具や裁縫道具。
銃や刀剣類の手入れ用具。
携行に便利な医薬品。
さすがに武器や弾丸は売られていなかったが、それでも十分すぎるほどの商品が取り扱われている。
ハッターさんもビックリするような豊富な種類の商品に、オレとライラは食い入るように見入ってしまう。
それにしても、このミーシャさん、すごいな。あの細い体のどこに、これほど商品を満載したワゴンを押すパワーがあるのだろう?
人って本当に、見かけによらないものだな……。
「ビートくん、何か買っていこうよ!」
ライラの言葉で、オレは思考の世界から現実へと引き戻された。
「えっ……買う?」
「そうよ! せっかく車内販売が来たんだから、何か買っていこうよ!」
目を丸くしているオレに、ライラはそう云った。
すっかり、ここで買い物をする気になっている。
「ありがとうございます! どうぞごゆっくり、お選びください」
ミーシャの言葉に、オレたちは商品を物色し始めた。
本当に色々な商品があって、目移りしてしまう。
さて……何かいいものはあるだろうか……。
オレたちはしばらくの間、個室の前で車内販売のワゴンの商品を物色した。
そして買うものが決まると、代金を支払ってそれを購入した。
「ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」
ミーシャが一礼してから、車内販売のワゴンを押しながら進んでいった。
それを見送り、オレたちは個室の中に戻って、ドアを閉めた。
車内販売のワゴンから、オレたちはいくつか商品を購入した。
ライラはいくつかのお菓子とジュース、そしてアイスクリームを購入した。アイスクリームがあると知ったライラは目を輝かせて、すぐに購入を決めた。確かに車内販売のワゴンで、アイスクリームが扱われていることは珍しかった。種類はバニラとチョコだけだったが、それでもライラは大満足だったらしく、バニラアイスを購入した。
そしてオレは、2個の弁当と夕刊の新聞、それにまだ読んだことのない本と飲み物を購入した。2個の弁当は、オレたちの夕食だ。飲み物は食事の時に弁当と調和するよう、弁当の内容と合いそうなお茶を選んだ。夕刊の新聞と本は、ここ最近なかなか活字を読む機会が無かったからか、自然と手にしてしまった。特に本は、まだ読んだことのないタイトルと内容だったため、強く惹かれてしまった。
「久しぶりのアイスクリーム!」
ライラがベッドに腰掛けて、購入したアイスクリームを見て尻尾を振った。
「最後にアイスクリームを食べたのって、いつだっけ?」
「うーん……思い出せないわ」
オレの問いかけに、ライラはそう答える。
そういえばオレも最後にアイスクリームを食べたのがいつか、思い出せない。アイスクリームは、高価なお菓子だ。手が出せない金額ではないが、いつでも買えるような値段ではない。
グレーザー孤児院に居た頃、食べられたのは年に1回だった。慈善団体がアイスクリームを振舞ってくれるその日を、オレたちはいつも待ち遠しく思っていた。
そしてライラは、甘いものが好きだ。
アイスクリームも、喜んで食べていた。
「それじゃあ、溶けないうちに……!」
ライラはそのまま、アイスクリームを口に運んだ。
アイスクリームを一口食べたライラは、幸せそうな表情へと変化した。
「んーっ! 美味しい!!」
尻尾をパタパタと振って、すごく喜んでいる。
そんなライラを見ていると、オレは安心できた。やっぱりライラには、笑顔が一番だ。
オレは微笑んで、イスに腰掛けると、買ったばかりの本を開いた。
ショートテイル・シェアウォーター号に揺られながら、オレたちは個室の中で夕食に弁当を食べた。
それからしばらくして、ライラが先にベッドで横になった。
オレは本を途中まで読んでしおりを挟み、夕刊を開いた。
夕刊に乗っている最新のニュースに目を通し、三面記事の隅にあるクロスワードパズルを解いていく。特に気になるニュースはなく、クロスワードパズルもすぐに解けてしまった。
「んーっ……」
ずっとイスに掛けていたからか、いつしかオレの身体は固くなっていた。
伸びをすると、身体がポキポキと音を立てる。
懐中時計を取り出すと、時計の針は真夜中を指し示していた。
すっかり、夜も更けてしまった。
オレもそろそろ、寝たほうがいいな。
ライラを起こさないように気を遣いながら、オレはそっとライラの隣で横になった。
明かりを消して読書灯だけ点けると、ライラが動いた。
「んん……ビートくぅん……」
「!?」
マズい。起こしちゃっただろうか!?
オレは焦ったが、すぐにそれは勘違いだと知った。
「……尻尾は……らめぇ……あんっ……」
寝言だ。
オレは、起こしてしまったわけではないと安心すると、改めて横になる。
しかし、ライラはどんな夢を見ているのだろう?
オレに尻尾を触られる夢であることは、間違いないと思うけど……。
最近、ちょっと尻尾を触りすぎたかな?
たまには、ライラの尻尾を触るのを自重してもいいかもしれないな。
オレはそう思いながら、そっと目を閉じた。
ショートテイル・シェアウォーター号は、夜の闇を駆け抜けていった。
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