第112話 新たなる長距離列車
ショートテイル・シェアウォーター号は、オレたちの目の前に停車していた。
アークティク・ターン号を牽引する蒸気機関車、センチュリーボーイに匹敵する大きさの蒸気機関車、パシフィックバレットが連結されていた。その後ろには、青色の客車がいくつも連結されている。パシフィックバレットの煙突からは蒸気が上がり、出発を今か今かと待ちわびているように見えた。
「これが……!」
「ショートテイル・シェアウォーター号……!」
オレたちが圧倒されていると、ハッターさんが口を開いた。
「この列車は、アークティク・ターン号に次いで、長距離を走る列車だ。北大陸のサンタグラードから、西大陸のマルセまでを結んでいる。しかも、ルートは行きと帰りで変わるんだ」
「そうなんですか!?」
ハッターさんの説明に、オレは驚いた。
「そこまで行くなら、長距離列車じゃなくて、大陸横断鉄道じゃないですか?」
「いや、南大陸まで行っていないから、大陸横断鉄道にはならないんだ。大陸を3つまで走破する列車は、長距離列車だ。4つの大陸全てを走破して、初めて大陸横断鉄道の称号が与えられるからな。そしてそれが可能な唯一の列車は、アークティク・ターン号だけだ」
ライラの問いに、ハッターさんは答える。
それは、オレも知っていた。鉄道貨物組合でクエストを請け負っていた時、先輩のエルビスから教えてもらったことだ。大陸横断鉄道と呼ばれる列車は、アークティク・ターン号だけと決まっている。4つの大陸全てを走破できる列車は、アークティク・ターン号以外には存在しないからだ。
だから今でも、大陸横断鉄道として扱われる列車は、アークティク・ターン号だけだ。
「そうなんですね」
「よし、そろそろ列車に乗り込もう!」
ライラが納得したところで、オレたちはショートテイル・シェアウォーター号に乗り込んだ。
乗り込んでから、ハッターさんは行商人車へ向かい、オレたちは個室に向かった。
切符に記された部屋番号を探しながら歩いていくと、2等車でオレたちの個室を見つけた。
ライラと共に切符に記された番号と同じであることを確認すると、オレは個室のドアを開けた。
個室の左側にはベッドがあり、右側には壁に備え付けられた机とイス。
壁には路線図が掲げられている。クローゼットは無いが、荷物はベッドの下に入れて置けるよう、ベッド下にはスペースが設けられている。
オレたち2人で過ごすには、ちょうど良い広さの部屋だ。ベッドは1つしかないが、それでいい。アークティク・ターン号でも、セミツインサイズのベッドで一緒に寝ていた。ここでもライラと一緒に眠れることが、オレには嬉しかった。きっとライラも、喜んでいるだろう。
「……なんだか、懐かしいな」
「うん。アークティク・ターン号の個室と、似ているわね」
オレがそう云うと、ライラも頷いた。
個室の中に入り、荷物を置いてオレたちはベッドに腰掛けた。
荷物の重さから解放されると、力が抜けたように感じられた。
ポォーッ!
出発の時刻を告げる汽笛が、鳴り響く。
その音が聞こえてから、個室全体が大きく動いた。
発車したな。
オレは窓の外の景色を見て、心の中でそう云った。ゆっくりとだが、景色が動き始めたからだ。
動く景色は、少しずつ動く速度を速めていく。
やがて景色は駅のホームから、ケンゼスシティの街中へと変わり、そして平原へと変わっていった。ショートテイル・シェアウォーター号が、ケンゼスシティから出た瞬間だった。
「……ビートくん、なんだか眠くなってきちゃった」
「……オレもだ」
ライラの言葉に、オレはそう返す。
食後だからだろうか?
それとも、個室の中に陽が差し込んでいて、暖かいからかもしれない。
「ビートくん、ちょっと横になってもいい?」
「オレも、少し横になりたいよ。一緒にいい?」
「いつも一緒に、寝ているじゃない」
ライラが眠そうな顔をしながら、微笑む。
それもそうだなと、オレは頷いた。
セミツインサイズのベッドに、オレたちは寝転がった。
少し狭いが、すぐ隣にライラを感じられて、オレは狭さなど全く気にならなかった。
「ビートくぅん……」
「ライラぁ……」
オレたちはまどろみながら、いつしか眠りに落ちていった。
ダァン!
ダァン!!
「たっ、助けて!!」
ライラの声に、オレは辺りを見渡す。
いつの間にかオレは、北大陸の街中にいた。
寒さは感じないが、オレの目に映る雪で覆われた街は、どう見ても北大陸の街そのものだった。
ここは、サンタグラードだろうか?
いや、今はそんなことはどうでもいい!!
ライラが、助けを求めていた。
オレはすぐにでも、ライラを助けないといけない!
「ライラ、どこだ!?」
オレは街中に向けて、叫ぶ。
「ビートくん、助けて!!」
「待てぇ!!」
声を耳にして振り向いた先には、ライラがいた。
ライラは、必死になって2人組の男から逃げていた。男たちは旧式ライフルを手に、ライラを追いかけている。奴隷商人らしい。きっとライラが銀狼族だと知って、自分たちの儲けにするために追いかけているに違いない。
そうか!
さっきの銃声は、あいつらの旧式ライフルの銃声だったのか!!
「ライラ、今助けるから!」
オレは叫ぶと、リボルバーをホルスターから抜いて、走り出した。
走りながらリボルバーを構えて、撃鉄を下ろしながら、オレは引き金を引いた。
バァン!
バァン!!
リボルバーが火を吹き、男たちに命中する。
しかし不思議なことに、男たちはリボルバーの弾丸を受けても、平然としていた。
どっ、どういうことだ!?
リボルバーの弾丸は、騎士が着ている甲冑でさえ、貫通する威力がある。それなのに、あの男たちは弾丸を受けても、平然としているぞ!?
オレは背筋が寒くなった。こんなことは、生まれて初めてだ!
弾丸を食らうと、まず思うように動けない。ノワールグラード決戦で弾丸を受けたオレは、その威力と恐ろしさは身をもって知っている。それだというのに、あの男たちはなぜ平気でいられるんだ!?
驚いていると、男たちがオレの存在に気づいた。
ライラを追いかけるのを中断し、オレに旧式ライフルを向ける。
くそっ!
こうなったら、至近距離まで詰め寄って、旧式ライフルを奪うしかない!
オレは左右にジグザグに走りながら、男たちに近づいていく。
こうすれば、狙いを定めにくくなる。ライフル銃の欠点は、至近距離ではリーチが長すぎて、取り回しが悪くなることだ。至近距離に持ちこんでしまえば、リボルバーとナイフを持っているオレが有利だ。それに旧式ライフルを奪ってしまえば、逃走するにも役に立つ!
よし、この距離なら楽に奪えるぞ!
それに頭に、弾丸を撃ち込むこともできる!!
オレは確信して、リボルバーを構えようとした。
しかしその時、オレは男たちの旧式ライフルを見て、目を見張った。
ただの旧式ライフルではない。
あれは、象撃ち銃だ!!
装弾数は5発と旧式ライフルにしては少ないものの、強力な弾丸を発射できる。
強度が今ひとつとされる旧式ライフルとは思えないような、頑丈さを持ち、分厚い耐火レンガの壁さえも撃ち抜くことができる恐ろしい銃だ。聞いた話では、西大陸にいる巨人族でも、象撃ち銃の威力には成す術もないという。
しかも悪いことに、象撃ち銃の銃口は、オレを捕えていた。
男の指が、引き金に掛かった。
しまった!!
「あばよっ」
ドガァン!!
男の言葉と共に、オレの身体を象撃ち銃の弾丸が引き裂いた。
力が入らない。痛みは感じなかったが、もう自由に動けなくなったことを、オレは悟った。
あぁ、オレは死ぬのか……。
「ビートくーん!!」
ライラの泣き叫ぶ悲痛な声が、オレの耳を突いた。
オレはライラを、助けられなかった。
オレはライラを、守れなかった。
目の前が、一気に真っ暗になっていく――。
「うわあっ!?」
オレはベッドから、起き上がった。外はすでに暗くなっていて、夜になっている。列車は走り続けていて、一定の間隔でガタンゴトンという走る音が、聞こえてきた。
慌ててオレは、自分の身体を確かめた。
確か、心臓の辺りを撃たれたはずだ!
しかし、どこを触っても、銃で撃たれた後などは見当たらない。
服もめくって確かめた。それでも、オレの身体に新しい銃創はどこにもなかった。
さっきのは……夢だったのか……?
夢だと気づいたオレは、ため息をついた。
全く、なんて夢だ。
象撃ち銃で撃たれる夢なんて、新しい長距離列車に乗り込んで早々、縁起が悪い。
「あぁ……また悪夢を見た」
「んぅ……ビートくん?」
すると、ライラも起き上がった。
ライラは大きく伸びをしてから、辺りを確認して、枕元の読書灯を点けた。
読書灯の光が、暗闇になれたオレの目を刺激し、オレは少しだけ涙が出た。
「どうしたの? 悪い夢でも見たの?」
「うん……」
オレはさっき見た夢の内容を、ライラに話した。
「とんでもない夢を見ちゃったよ」
「夢で良かった。ビートくんが象撃ち銃で撃たれるなんて、想像したくもないよ」
そう云って、ライラがオレに抱き着いてくる。
「あうっ……!」
ライラの豊満な胸が、オレにまとわりつくように食い込む。
そしてライラ特有のいい匂いが、オレの鼻孔を刺激する。
「ビートくぅん……」
「おうう……!」
あぁ、さっきの夢のことなんて、どうでも良くなってきた。
オレは抱き着いてくるライラの胸の柔らかさと、匂いを堪能しているうちに、嫌な夢のことなど忘れてしまった。
「ビートくん、そろそろ夕食にしようよ」
ライラからそう云われて、オレは時計を見た。
夜の7時だ。食堂車はきっと、混みあっているだろう。
「そうだな……。久しぶりに、ハッターさんから何か買って食べようか?」
「いいわね! そうしよう!」
オレの提案に、ライラは二つ返事で頷いた。
よし、決まりだな。
オレは財布を持ち、個室のドアを開けた。
しかしその直後、予想しても居なかったことが起こった。
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