第110話 お礼の接待
「お客様! お2人様のおかげで、我々銀狐族は救われました!!」
支配人が、オレたちに向かって云う。
「是非、お名前をお聞かせください!」
「え、えーと……僕はビートです」
「わたしはライラです! ビートくんの奥さんです!」
ライラ、そこまでは求められていないよ。
オレがそう思っていると、支配人はすぐにメモを取り出し、記入した。
「ビート氏に、ライラ夫人でございますね?」
「はい、そうですが……?」
「それでは、これからスイートルームへとご案内いたします! コウ!」
「かしこまりました!」
えっ、スイートルームだって!?
オレたち、そんな部屋に宿泊していた覚えは無いんだが……!?
オレが意見を口に出す前に、オレたちはコウと支配人によって、狐月庵の奥へと連れていかれた。
ライラはウキウキしていたが、オレは連れていかれるスイートルームがどんなものなのか想像もつかなかった、そのため、不安な気持ちを抱えたまま廊下を進んだ。
「うおおっ!?」
「すごーい!!」
コウと支配人によって、スイートルームに案内されたオレたちは、感嘆せずにはいられなくなった。
スイートルームは、これまで宿泊してきたどの部屋よりも、立派だった。
ベッドはキングサイズ。さらに家具も王侯貴族の邸宅にしかないような、立派なものが並んでいる。部屋の中では靴も脱げるらしく、敷き詰めてあるじゅうたんは、ライラの尻尾のようにモフモフしている。寝転がってみたくなるが、今は我慢だ。
大きな窓からは、手入れされた庭がよく見える。庭はそのまま、温泉にも通じている。しかも温泉は専用温泉らしく、他のお客さんが出入りしている様子は見受けられない。
まさか、こんなすごい部屋に案内されるなんて……!
「ご出発の日まで、こちらを通常料金でご利用いただけます。もちろん、荷物は後ほどお部屋までお運びいたします。そして、コウがビート氏とライラ夫人の、専属コンシェルジュとしてお供いたします」
「よろしくお願いいたします」
支配人の言葉に続いて、コウがお辞儀をした。
「あ、あの……僕たちはこんなすごい部屋には――」
「これは、私たち銀狐族からのお礼の気持ちでございます」
支配人がそう云って、跪いた。
「お2人は、我々銀狐族の恩人でございます。そしてこの気持ちは、我々銀狐族が仕事を通してお返ししたいと考えております。どうぞ、受け取っていただけませんでしょうか」
「わ……わかりました。謹んでお受けいたします」
そこまで云われてしまうと、無下に断るのは失礼になるだろう。
ここは受け取っておいた方が、良さそうだ。せっかくくれると云っているのだから、受け取らない手はない。
こうしてオレたちの宿泊する部屋が、最上級までグレードアップした。
「それでは、いつでもこちらのベルでお呼びくださいませ」
コウがそう云って部屋を出ると、オレたちの緊張は一気に解かれた。
「さて……と」
人目を気にしなくて良くなったオレは、じゅうたんの上に寝転がった。
「うぉおおっ! フカフカだぁ!」
「ビートくん、ベッドもすっごく大きいよ!」
ライラが勢いよく、ベッドに腰掛ける。
するとベッドが反発して、ライラが少しだけ宙に舞ってから、再び座った場所に落ち着く。
「すごーい! アークティク・ターン号でも、ここまですごい部屋は無かったよ!」
「これで通常料金とは、すごくお得だな!」
オレたちは、生まれて初めて宿泊するスイートルームに、テンションが上がっていた。
こんなすごい部屋に宿泊するなんて、予想外だった。
「……そうだ!」
オレは起き上がり、ベッドに座るライラへと近づいていく。
「ライラ……尻尾のことなんだけど……」
「うん、分かっているよ」
オレの言葉に、ライラは頷いてベッドに座り直す。
隣に座ると、ライラはオレの前に尻尾を出してくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
オレはそっと、ライラの尻尾に触れる。そのまま手を動かし、モフり始めた。
「んあっ!」
尻尾をモフると、ライラが身体をビクンと震わせる。
オレは尻尾に顔をうずめたり、尻尾の毛並みを触りながら、ライラの尻尾を楽しむ。
「ふはぁ……最高……!」
「び、ビートくん……んうっ!」
ライラが喘ぐような声で、オレを呼ぶ。
その反応が可愛くて、ついついオレは尻尾を撫で続けてしまう。
「ライラの尻尾、最高だ!」
「やぁん、恥ずかしいよぉ……ひぃんっ! そこはダメぇっ!!」
ライラがそう云うが、オレは触るのを止めない。
まだまだモフり足りないのと、ライラが本気で嫌がっているのではないと、分かっていたためだ。
尻尾を触らせてくれるライラに感謝しつつ、オレは満足するまでモフり続けた。
そしてモフった後は、もちろんライラと共に温泉に入り、ライラを労った。
昼食の時間が近づいてきた時、オレたちは食事に行こうと決めた。
「そろそろお昼だ。朝食を食べたレストランか、どこかに食事に行こうか」
「いいわね!」
オレの言葉に、ライラが頷いて立ち上がった。
その時、ドアがノックされた。
「誰だろう?」
オレが個室のドアを開けると、そこにはコウが立っていた。
「ビート様にライラ様、お昼のお食事はいかがいたしましょうか?」
「あぁ、今どこかに食べに行こうかと思っていたんだけど……?」
「もしよろしければ、お部屋でフルコースのお食事をお楽しみいただけます」
「部屋でフルコースが……!?」
詳しく訊くと、スイートルームでは無料のルームサービスがついていた。
それを利用するかどうかは、スイートルームの宿泊客の意思に任されている。頼めば、部屋まで食事を持って来てくれるし、給仕や後片付けまでしてくれる。
それだけでなく、料理はフルコース料理で、全て狐月庵の専属料理人が調理したものだという。通常料金で食べた場合、大金貨2~3枚は掛かるような料理だ。そんなすごい料理が、スイートルームで食べられる。
オレとライラの気持ちは、すぐにそこに持って行かれた。
「ビートくん、これにしようよ!」
「そうだな。それでは、部屋で食べます」
「かしこまりました。それではすぐ、ご準備にかかります」
コウは昼頃に配膳に伺うと告げ、部屋を去っていった。
そして12時近くになると、再びコウが現れた。
「お待たせいたしました。それではこれより、お昼の準備に取りかからせていただきます」
コウが部屋に上がると、料理人の銀狐族が数人、一緒に入ってきた。
テーブルの近くまで来ると、そこですぐに食事の準備を始める。コウと料理人がテキパキと動いては、あっという間にテーブルの上が一流レストランへと早変わりした。
用意された料理の数々に驚き、オレたちは目を見張る。フルコース料理なのは確かだが、どうしてここまでしてくれるのか、オレたちは疑問だった。いくら売上金と給料を強盗から取り返したとはいえ、さすがにオーバーな気がしてきた。
「どうぞ、お掛けください」
コウに促され、オレたちは席に座った。
すぐにコウが飲み物を用意し、オレとライラはフルコース料理の昼食を食べ始めた。
どれもこれもが、想像を絶するほど美味しい。
オレたちにとっては、一生に一度、食べられるかどうかの料理ばかりだ。舌鼓を打ちつつ、ここまで尽くしてくれるコウたち銀狐族の従業員に、オレは不思議な感情を抱いていた。
「あの、コウさん」
「はい、なんでしょうか?」
次の料理を配膳している途中で、オレはコウに声をかけた。
どうしてもオレには、はっきりさせておきたいことがあった。
「その……僕たちは、本当にここまでのサービスを受けてもいいんでしょうか?」
「はい。支配人と私たち従業員は、全く疑問に感じておりませんが……?」
まるで「当然のことをしていますが、何か?」という表情で、コウは云った。
自分たちが行っているサービスは、全く大げさなものではない。それはプロとして当然のことであり、それを受ける権利が、オレたちにはあって当然といった様子だ。同行して料理を盛っている料理人も、当然のことのように頷く。
だけど、オレはそこまでのお礼を受けることは、していないと思っていた。
「僕たちが行ったことは、売上金と給料を強盗から取り返して、お返ししただけです」
オレはただ、奪われたものを本来の持ち主に返しただけのことをした。
誰かの命を救ったり、戦争を防いだりといった、特別なことをしたわけではない。誰のものか分からない財布を拾って、それを騎士団詰所に落とし物として届けたのと、同じことだ。
「だから、僕たちにここまでしてもらわなくても――」
「いいえ、それは違います」
コウは、オレの言葉に首を横に振った。
「ビート氏とライラ夫人は、私たち銀狐族にとっては、命の恩人も同じです」
「そうです、命の恩人です」
「コウさんの言葉は、ごもっともです」
料理人2人も、コウの言葉に頷いた。
「どうして、売上金と給料を取り返しただけで、ここまで……?」
「あの売上金は、狐月庵の様々な支払いに充てるためのものだったんです」
コウはそう云って、オレたちに話してくれた。
オレたちが取り戻した売上金は、狐月庵が抱えている借入金の返済資金や、設備投資のために使うための重要な資金だった。特に借入金の返済に充てるための金額は大きく、さらに返済期限は数日後に迫っていた。狐月庵に事業資金を融資しているのは、主に領主だった。
そして今の領主は、前の領主とは違って、借入金の返済に厳しい男だという。
「もしも売上金が戻って来なかったら、狐月庵はどうなっていたの?」
「間違いなく、倒産していました」
ライラの問いに、コウは断言する。
倒産なんて、そんな大げさなことが!?
フーにある唯一の旅館で、どう見ても経営が苦しいようには見えないが……。
「私たちの給料が支払われない上に、倒産していたことは間違いありません。そうなってしまったら、借金だけが残ってしまいます。銀狐族は一族郎党、出稼ぎに行くか奴隷になるか。その選択をしなくてはならなかったでしょう。でも、私たちは狐月庵が好きで、この仕事に誇りを持っています。なので、他の場所に行って働こうという気持ちが、そもそもありません。それに……」
そこまで云うと、コウは窓の外を見た。
「私たち銀狐族は、ほとんどが、このルナル地方で生まれました。だから、生まれ故郷でもあるルナル地方を、離れたくないのです」
「そういうことか……」
生まれ故郷がある。
その気持ちは、オレも分かるような気がした。
オレには、生まれ故郷というものがない。
本来ならトキオ国が、生まれ故郷になるはずだった。しかし、トキオ国は滅ぼされてしまった。だが、今となっては銀狼族の村が、オレの帰る場所となった。グレーザーもいいところだったが、オレは銀狼族の村が好きだ。生まれ故郷とは、いつでも安心して帰れる好きな場所だ。そこを離れたくない気持ちは、オレにも分かった。
「だから、私たち銀狐族はビート氏とライラ夫人に、助けられました。そのご恩返しを、是非とも狐月庵のサービスを通して、させていただきたいのです」
コウがそう云うと、料理人の銀狐族も頷く。
そういうことなら、遠慮せずに受け取るのが、礼儀だろう。
オレは頷いた。
「ありがとう、コウさん。僕たちがフーの町を出発するまでの間、お世話になります」
「お任せください!」
コウは笑顔でお辞儀をすると、料理人の銀狐族に指示を出した。
「それでは、次の料理を!」
「かしこまりました!」
それからオレたちは、フルコース料理を堪能し、大満足の昼食を終えた。
もちろん受けたサービスは、フルコース料理だけではない。
狐月庵のお抱えマッサージ師による、健康マッサージ。
備え付けの劇場で行われる、演劇の鑑賞。
スポーツ観戦に、コウによる名勝案内。
その全てを堪能し、オレたちは思う存分、狐月庵でのひと時を楽しんだ。
本当はカジノもあり、オレはカジノも楽しんでいきたかったが、そこはライラから止められてしまった。
そしてあっという間に、オレたちがフーの町を離れる日がやってきた。
フーの駅には、オレたちの専属コンシェルジュを務めてくれたコウと、支配人が見送りに来てくれた。
「見送りまで、ありがとうございます!」
「いえいえ、お安い御用です。お2方は、狐月庵と我々銀狐族の恩人でございますから」
「……そうだ!」
すると、ライラがコウに、金貨が入った小袋を手渡した。
心づけだなと、オレは口元を緩めた。
「これ、心づけ!」
「そっ、そんな! 受け取れません!!」
「いいの、いいの! 受け取って!」
ライラはそう云って、コウに心づけを渡した。
「コウちゃんのサービス、どれもこれも細かな気遣いで、すごく嬉しかった! これからもいろんなお客さんが来ると思うけど、頑張ってね!」
「……はい! ありがとうございます!」
コウが涙目になりながらも、嬉しそうにそう云った。
ポォーッ!
汽笛が鳴り響き、駅員が出発時刻を告げる。
「そろそろ、出発でございます。道中が安全であることを、狐月庵一同、心より祈っております」
「お世話になり、ありがとうございました! きっとまた、泊まりに来ます!」
支配人にそう告げ、オレたちはバーン・スワロー号に乗り込んだ。
そしてドアが閉まり、バーン・スワロー号はゆっくりと、線路の上を進み出す。スピードが上がっていく中、コウと支配人はオレたちに向けて手を振ってくれた。
「さようならーっ!」
「お元気でーっ! またのお越しをお待ちしておりますーっ!!」
手を振るコウと支配人に、オレたちも手を振り返した。
フーの町を出発したオレたちは、バーン・スワロー号に揺られながら、次の停車駅ケンゼスシティへと向かった。
ケンゼスシティで、いよいよバーン・スワロー号ともお別れだ。
乗り換える列車は、どんな列車になるのだろうか……。
オレは北大陸の方角を見つめながら、考えていた。
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