第107話 吟遊詩人
ポォーッ!!
バーン・スワロー号をけん引する蒸気機関車が、汽笛を上げた。
コンテナシティの駅を、ゆっくりと出発し、列車は少しずつスピードを上げていく。アップタウンからダウンタウンに入る頃になると、列車のスピードはかなり上がっていた。市街地だというのに、速度は70キロ近い速度が出ている。
列車に飛び乗ってタダ乗りしたり、安心しきっている乗客から強盗しようとする連中がいる。そいつらを寄せ付けないために、わざと高速で走っていると車掌さんから聞いた。
やがてコンテナシティのダウンタウンを抜け、バーン・スワロー号は海岸近くに敷かれた線路の上を走り出した。
「ビートくん、夕陽がすごくきれいよ!」
ライラが、窓から見える海と夕陽を指して云う。
オレが目を向けると、海が夕陽を反射してキラキラと輝いていた。
海を見るのは、久しぶりだ。
そしてオレは、海を見るのは好きだ。
「きれいだなぁ」
「ねぇ、わたしとどっちがきれい?」
「そりゃあ、ライラのほうがきれいだ」
「嬉しい!!」
オレの答えに、ライラは満面の笑みになる。
あぁ、やっぱり平和がいちばんだ。
これからしばらくは、ヤクザや強盗と勝負するようなことは、無いといいな。ライラと一緒に、平和な時間を過ごすのが、オレには合っているのだから。
夕陽をしばらく見つめた後、オレとライラは夕食を食べに、食堂車へと向かった。
食堂車に近づいてきたときだった。
「今日は、吟遊詩人が来ているんだってな」
「あぁ。どんな話を聞かせてくれるのか、楽しみだぜ」
オレとライラの前を進んでいた2人組の男たちが、そう話していた。
吟遊詩人。
オレはその言葉に、少しだけ心が躍った。
吟遊詩人とは、各地を放浪しながら様々な物語を話している人だ。
音楽に乗せて語る様々な物語は、古典や神話から異国での出来事まで、幅が広い。長距離を走る列車に乗っていると、聞けないような話が聞けることもある。
「ビートくん、今の聞いた!?」
「もちろん!」
ライラの問いに、オレは頷く。
「夕食を食べながら、吟遊詩人の語る物語が聞けるぞ!!」
「わぁ、楽しみ!!」
ライラはブンブンと、尻尾を振った。
「きっとこれから混雑してくるはず。ライラ、急いで席を確保しよう!」
「もちろんよ!」
オレとライラは頷き、食堂車に足を踏み入れた。
「それでは、次のお話へと移ります」
オレたちが食事をしている途中で、吟遊詩人がそう告げた。
「次のお話は、かつて大海原に沈んでいった豪華客船のアナスタシア号のお話です」
「ビートくん」
ライラが、グリルチキンを食べながら云う。
「アナスタシア号って、あの北の海で氷山にぶつかって沈んだ船の?」
「そうだね」
アナスタシア号については、オレたちも知っていた。
オレたちが生まれるずっと前に、北の海で沈んだ当時の豪華客船だ。浮沈船と云われた船の沈没事故は衝撃的だったらしく、豪華客船の就航数が減少するという事態にまでなったと、オレは本で読んだことがある。
「どんなお話なのかな?」
「もうすぐ、始まるみたいだよ」
オレはそう云って、グリルチキンを口に運んだ。
吟遊詩人は、小型の手回しオルガンを回しながら、語り始めていた。
「それでは始めます。それはそれは、まだ人族と獣人族の間に、深い溝があった時代のこと。アナスタシア号に乗り込んだ乗客の中には、ある男女が居りました――」
吟遊詩人の語る物語が始まると、オレたちの頭の中に、映像が流れ始めた――。
吟遊詩人は、アナスタシア号以外にも、様々な物語を語り聞かせてくれた。
英雄譚、神話、古典――。
語り終えるころには、1時間も経っていた。
「それでは、これにておしまいです。聞いていただいた皆様、ありがとうございました!」
吟遊詩人が終わりを告げると、食堂車の中は拍手に包まれた。
オレとライラも、多くの物語を語ってくれた吟遊詩人に、惜しみない拍手を送った。
食事を終えて食堂車を出るとき。
オレは吟遊詩人に、金貨を1枚おひねりとして手渡した。
ライラと共に個室に戻ってきても、オレの頭の中は吟遊詩人の語った物語に支配されていた。
あのアナスタシア号の物語は、本当に良かったなぁ。
当時は人族による獣人族差別が残っていた時代なのに、オレたちのような人族と獣人族のカップルが居たとは……。
そしてオレたちのように、本気で愛し合っていたなんて……。
もしもオレがあの時代に生きていたら、今と同じようにライラと接していただろうか……。
いや、考えなくても答えは決まっている。
もちろん、今と同じだ。
誰が何と云おうと、オレはライラのことが好きで、愛している!
それはこれからもずっと、変わらないはずだ!
「ねぇ、ライラ――」
オレが振り返ろうとしたときだ。
ムギュッ。
ライラが、オレに抱き着いてきた。
「……ライラ?」
「ビートくん……」
ライラが、オレの胸に顔を埋めて、匂いを嗅いでくる。
いつもオレの匂いを嗅いで来る時と似ているが、少し様子が違った。
「どうしたの?」
「ビートくん、今はいい時代になったね」
ライラはそう云って、オレの顔を見上げた。
「アナスタシア号が沈んだ時と違って、わたしがビートくんと一緒に歩いていても、白い目で見られることが無いから!」
「そうだな。でも、オレは何があったとしても、ライラを守るよ」
「本当!?」
「だって、結婚式のときにそう誓ったから」
オレがそう云うと、ライラは再びオレの胸に顔を埋めた。
尻尾をブンブンと振り、とても喜んでいる。
「ビートくん、嬉しい……!」
「じゃあ、尻尾に触ってもいい?」
「もちろん!」
ライラから、許可が出た。
オレはライラと共に、ベッドに向かった。
その後、オレは夜遅くまで、ライラの尻尾をモフり続けた。
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次回更新は、5月24日の21時更新予定です!
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