第106話 ハッターさん再び
「そ……そんな、買うものがないのに見物料が必要なんですか!?」
オレは、ヤクザに問う。
対話が通じる相手だとは、当然思っていない。
だけどオレは、事を荒立てたくなかった。
もしもボコボコに殴られたりしたら、列車に戻った時にライラが悲しむ。ナヴィ族から貰った傷薬があっても、できることなら殴られたくはない。
なんとか、穏便に済んでくれると嬉しいが……。
「当たり前だろう? 慈善事業で商売やってるんじゃないんだ。買うならいらねぇが、買わないで見るだけなら見物料をもらう。そうしないと、誰も買わなくなっちまうだろう?」
「でも、買うつもりだったのに欲しいものが無かった時は、どうするんですか?」
「それでも見ていったんだ。見物料はいただかなくちゃなぁ!」
ヤクザたちは、それが当たり前であるかのように云ってくる。
一歩たりとも譲る気は、ないようだ。
仕方がない。
穏便に済ませたいけど、今の状況ではそれは望めないようだ。
「見ただけなのに金を払えとか、後から要求してきた奴に出会ったのは、初めてだ」
オレは、口調を変えた。
その変化に、ヤクザたちの表情も変わっていく。
「ここは有料の博物館なのか? 通りで古い武器しかないと思っていたよ。マスケット銃なんて、旧式ライフルが普及してからほとんど需要は無いんだから。そうか、高すぎてこの博物館には展示ができないのか。それじゃあ、見物料は払えないなぁ。だって見たところで、楽しくないんだもんね!」
オレが挑発すると、ヤクザたちは怒鳴った。
「このガキ!!」
「バカにするのも、いい加減にしろ!!」
ヤクザはそう云って、壁を蹴った。
ガンパウダーの缶が落ちて、辺りに火薬が散らばる。
「そうですか」
オレはそう云うと、ガンパウダーにリボルバーの銃口を向けた。
ヤクザが目を見開くのを、オレは見逃さなかった。
「見物料は支払いませんが、これで保険金なら支払われますよ?」
「……!!」
もちろん、本当に撃つ気など無い。
これで相手が白旗を挙げるのが、オレの狙いだ。
「ちょいと、邪魔するぜ」
そのとき、1人の大柄な男が入ってきた。逆光で、顔はよく見えない。
もしかして、ヤクザの援軍か!?
緊張したオレだが、すぐにその緊張は消えることとなった。
「おぉっ、もしかしてビートか!?」
大柄な男が、オレを見てオレの名前を呼んだ。
そしてその声には、聞き覚えがあった。
もしかしてあの大柄な男の人は……!!
「ハッターさん!?」
「やっぱり、ビートか!」
ヤクザを押しのけて、ハッターさんが入ってきた。
ハッターさんは、オレがアークティク・ターン号で知り合った行商人だ。オレたちにとって良き友人でもあり、ノワールグラード決戦では武器を提供してくれた、恩人でもある。
「ビート、どうしてここにいる?」
「実はですね……」
オレはこれまでの出来事を、ハッターさんに話していった。
全てを話し終えると、ハッターさんは頷いた。
「そういうことか。ビート、こいつらの相手をするなんて、時間の無駄だ。行こうぜ!」
「はいっ!」
「おい、待てコラ!」
ヤクザが外に出ようとしたオレたちの前に、立ちはだかった。
「どいてもらおう」
「見物料を払え!」
「わかった。これが見物料だ」
ダァン!
オレはヤクザにリボルバーを向け、発砲した。
そしてその場に倒れたヤクザを踏み、外に出る。
「待ちやがれ!」
他のヤクザがオレたちを追いかけようとしたが、オレは先に、再びリボルバーを撃った。
今度はヤクザなんかではなく……床に散らばったガンパウダーだ。
ボワアッ!!
ガンパウダーに火が付き、小規模な爆発が起きた。
そしてそのまま、銃砲店に火が回っていく。
「うわあっ!」
「はっ、早く火を消すんだ!!」
ヤクザと店主が、慌てて水汲みに走っていく。
「ビート、行くぞ」
「はいっ!」
その間に、オレとハッターさんはアップタウンへと向かっていった。
「ハッターさん、ありがとうございました」
アップタウンに入り、コンテナシティの駅まで戻ってきたオレは、ハッターさんにお礼を云う。
「いやいや、俺は何もしていないぜ。それにしても、ビートがトキオ国の王子だったとは、初耳だったぜ」
オレはここに来るまでの間に、ハッターさんにこれまでのことを話した。
そこでオレが、トキオ国の王子であることと、銀狼族の村に帰る途中であることも話した。
「ハッターさんは、行商の仕事でここに来たんですか?」
「あぁ、そうだ。しかし、ここは噂に聞いていた通りにひどい。貧困層が多いせいか、ロクに買わずに商品へのケチばかりつけてくる奴が多すぎる。仕入れるようなものもない。コンテナシティは、噂通りハズレだ」
ハッターさんは、やれやれと首を振る。
「あの、もしよければ昼食なんていかがでしょうか? 助けてくれたお礼もしたいですし、ハッターさんがもし弾丸を持っていましたら、買いたいです」
「ありがとう、ビート。それなら是非、ライラちゃんも連れてきてくれると、ありがたい」
「わかりました! では、少し待っていてください」
オレは頷くと、駅の中に入っていった。
バーン・スワロー号の個室で待っていたライラを連れて、ハッターさんの所まで戻ってくる。
「ハッターさん!」
「ライラちゃん、久しぶりだな!」
ハッターさんを見たライラは、尻尾を振って近づいていく。
久しぶりに再会できたことに、喜んでいるようだ。
「ハッターさん、アレはありますか?」
「もしかして……これのことかい?」
ライラの問いに、ハッターさんはピンク色の液体が入った小瓶を取り出す。
避妊薬だと、オレはすぐに気づいた。
それを見たライラは、頷いた。
「はい! これです!」
「在庫ならたくさんあるよ。だけど……その前に食事にしようか。そろそろお昼だから、ライラちゃんもお腹が空いているはずだ」
「そっ、それでは、先に食事に行きましょう!」
ここは駅前だ。
避妊薬を昼間から駅前で堂々と取引していたら、駅員から注意される。最悪、騎士団を呼ばれるかもしれない。
ハッターさんも、そのことはちゃんとわきまえてくれたみたいだ。
オレたちは駅前から、アップタウンのレストランへと向かっていった。
コンテナシティのレストランだけは、ちゃんと営業していた。
しかし、メニューは量が多かったり、野菜が少ないものばかりだった。かつて、工場労働者たちが多く暮らしていた時代の名残なのだろう。
「うん、これは美味い」
ハッターさんは、フライドチキンを口に運び、味わっていた。
「食事だけはまともで助かった。うん、美味い」
「ビートくん、これも美味しいよ!」
ハッターさんに続き、ライラもカントリーフライドステーキを食べながら云う。
揚げてあるステーキとか、ものすごいカロリーモンスターだ。ライラが太ってしまわないか、少し心配になる。
「ところで、ハッターさんはノワールグラード決戦の後、どちらへ行商に行っていたんですか?」
オレが尋ねると、ハッターさんはフライドチキンを置いた。
「西大陸に、行っていたんだ。そこでひと儲けして、東大陸にやってきたんだ。西大陸は少し前まで景気が良くてな、行商人で歓迎されない奴はいなかった。そうなると書き入れ時よ。とにかく、在庫を払拭する気で売れるものは何でも売る。在庫が無くなれば、仕入れてまた売る。それの繰り返しよ」
ハッターさんは笑いながらそう云うと、再びフライドチキンを口に運んだ。
「そして今は……お2人さんとまた一緒にいるわけさ」
「そうだったんですね……そうだ!」
オレは、大切なことを思い出した。
弾丸だ。リボルバーの弾丸と、ソードオフのショットシェルを補充しないといけない!
「ハッターさん、食事が終わったら弾丸を売ってください!」
「おぉ、もちろんだ。在庫はたくさんあるから、好きなだけ持って行くといい」
「わたしも、アレをお願いします!」
「わかった。食事を終えたら、列車に戻ってから取引しよう」
オレとライラに向かって頷き、ハッターさんは笑顔になった。
食事を終えて、レストランから出た直後だった。
「おい、よくもダウンタウンの銃砲店を滅茶苦茶にしてくれたな!」
オレたちの前に、ヤクザが立ちはだかった。
その中に、先ほどのヤクザがいた。
あいつら、まだ見物料を要求してくる気か!?
オレが1人葬ったというのに、諦めが悪すぎるだろう。
いや、目の前で1人殺されても来るということは、頭が悪すぎるのか?
……って、今はそんなことを考えている場合じゃない!
「そこのガキ、お前いいメスを連れているじゃねぇか」
ヤクザの1人が、ライラを舐めるように見つめる。
ライラが驚いて、オレの腕を握り締めた。
「まだ見物料を諦めていないのか?」
「違うな。仲間を殺されておいて黙ったままだと、メンツが立たないんだよ」
メンツがどうとか、人に迷惑かけておいて云えた口か?
つくづく、ヤクザの考えていることは分からない。
「そのメスを引き渡せば、手打ちにしてやる。だから、そのメスをよこせ!」
「断る!」
オレはそう云って、リボルバー……ではなく、ソードオフを取り出した。
「これ以上、関わってくるな! ソードオフで吹っ飛ばされないうちに、失せろ!」
「そんなもの、怖くねぇぞ!」
「待ちな!」
そのとき、ハッターさんがオレとヤクザの間に出てきた。
ハッターさん、何を考えているんだ!?
驚いたオレは、ソードオフの銃口を下ろした。
間違っても、ハッターさんを撃ってはいけない。それを防ぐためだった。
「なんだテメェ!?」
「このお2人さんは、大切な友人であり、お得意様だ。お得意様に危害を加えることは、俺の商売の邪魔をするということだ。それが何を意味しているか、分かっているのか?」
「るせえ!!」
ハッターさんの言葉に対し、ヤクザはナイフを取り出した。
おい、オレがソードオフを持っていることを、もう忘れたのか?
ナイフでソードオフを相手にして、勝てるわけないだろう。
「行商人が出しゃばるな!」
「構うことはねぇ! やっちまえ!!」
来た!!
ヤクザたちがナイフを手に、動き出す。
オレはそっと、ソードオフの引き金に指を掛けた。
ドガガガガガッ!!
突然、連続した銃声が轟き、ヤクザが次々に倒れていく。ヤクザはオレたちの2メートル手前で、全員が動かなくなった。穴あきチーズのように身体に大穴が空き、そこから血が流れていく。
その独特な銃声に、オレは聞き覚えがあった。
まさか……!
「ハッターさん!?」
銃声が鳴り止むと、ハッターさんが振り返った。
ハッターさんの手には、AK47が握られていた。銃口からは、硝煙が立ち上っている。
「お2人さん、もう大丈夫だ」
ハッターさんはそう云うと、コートの下にAK47をしまった。
「俺は、商売の邪魔をされることが大嫌いなんだ。お得意様のお2人さんに危害を加えようとした、当然の報いを受けたまでのことさ」
「あ……ありがとうございました!」
ハッターさんが、オレたちを守ってくれた。
オレとライラは、ハッターさんに頭を下げた。
その後、バーン・スワロー号に戻ったオレたちは、ハッターさんから商品を購入した。
オレは弾丸。
ライラは避妊薬を多めに購入していた。
そして取引が終わった後、ハッターさんもバーン・スワロー号に乗って行商することを知った。
「俺はいつでも、行商人車にいる。また何か入り用だったら、いつでも訪ねてきてくれよ!」
ハッターさんはそう云って、オレたちの個室を後にしていった。
次も、ハッターさんから必要なものを購入しよう。
オレとライラは、そう決めた。
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