第104話 オアシス
バーン・スワロー号は、走り続けていた。
オレたちを乗せたバーンスワロー号は、砂漠地帯を疾走し、オレたちは進んでいく。
「ビートくん、なんだか水の匂いがするわ」
「水の匂い?」
オレは何度か匂いを嗅ぐ。
しかし、水の匂いは感じない。
ライラ特有のいい匂いなら、いくらでもオレの鼻腔をくすぐってくるが。
「トイレでも故障したのかな?」
「ビートくん、トイレの水の匂いじゃないわ」
ライラが、オレの考えを否定する。
「飲んでもいいような、水の匂いよ!」
「そんな水の匂いなんてどこから……?」
オレが外を見た時。
ライラがなぜ水の匂いを感じ取っていたのか、オレはやっと理解できた。
バーン・スワロー号が向かう先に、巨大なオアシスが見えた。
緑が生い茂る中に、潤沢な水を蓄えた泉。まさしくオアシスだ。
そして少しずつ、バーン・スワロー号の速度が落ちてくる。どうやらバーン・スワロー号は、あのオアシスで停車するようだ。
それなら、もうオレたちがやることは決まったようなものだ。
オレは、ライラに向き直った。
「ライラ、列車が停止したら、オアシスで出発までゆっくりと羽を伸ばそう!」
「うん、賛成!!」
オレの決断に、ライラは2つ返事で頷いた。
オアシスの中に造られた駅で、バーン・スワロー号は停車した。
砂漠の中のオアシスとだけあって、オレたちは真っ先にバーン・スワロー号から降りて、駅を出た。
駅を出た直後、目の前にオアシスが広がった。
「おぉ……!」
「すごーい!」
オレとライラは、目の前の景色に感動して心を奪われた。
砂漠の中にあるのに、暑くはないオアシスには、いくつもの植物が生い茂っていた。中には木の実をつけたものもあり、美味しそうな果物がたわわに実っていた。
辺りには誰もおらず、オレたちのプライベート空間のようだった。
「ビートくん、お水飲んでいこうよ!」
「そうだな。喉がカラカラだ」
喉が渇いていたオレたちは、まっすぐに水辺に向かった。
しゃがみ込んで、水面を覗き込む。水は透き通っていて、ゴミや変な虫などは見えない。手を入れてみると、冷たさが手に広がった。どうやら、この水は湧き水のようだ。そして、飲めるみたいだ。
我慢できなかったオレたちは、手で水を汲み、口に運んだ。
冷たい水が、身体の中に染み渡るようだ。ゴクゴクと喉を通過していくたびに、身体中の細胞が大喜びしているような気になった。
「……ぷはぁっ! 美味い!!」
「美味しい!!」
オレとライラが同時に云う。
そしてオレたちは顔を見合わせて、笑った。
オレたちはあちこちに生い茂る木から、果物を収穫していた。
市場にも滅多に出回らないような、珍しい果物が数多くあり、オレたちは夢中になって果物を集めた。
そして木陰に腰を下ろすと、収穫した果物を分け合って食べ始める。
皮ごと食べられる果物が多く、オレたちは夢中になって食べ進めていく。新鮮な果物を食べたのは、久しぶりだ。砂漠では新鮮な果物は、どこに行っても高い。そうそう気安く食べられるものではない。
だからこそ、タダで好きなだけ食べられるこの状況を、今は楽しんでおこう。
「はぁ、美味しかった……」
ライラが最後にオレンジを食べると、そこで手を止めた。
隣には、ライラが食べた果物のゴミが積まれていた。どうやらオレの倍以上、果物を食べたらしい。
「……ねぇ、ビートくん」
「ん?」
オレは、食べていた果物を飲み込んで、ライラに向き直った。
「どうしたの?」
「わたし今気づいたけど、オアシスに来るのって、初めてかも」
ライラに云われて、オレは過去の記憶を振り返った。
確かに、オアシスに足を踏み入れたのは、これが初めてだ。
オレもオアシスのことは、本でしか知らなかった。ましてや砂漠にそんな場所があるなんて、想像もできなかった。
「オレも初めてだよ。砂漠の中にポツンとある、水と緑が豊かな場所。楽園と表現する以外に言い表せない、オアシス。本でしか読んだことが無かったけど、本当にあったんだね……」
オレは木陰から、水を飲んだ場所を見つめた。
どうして砂漠の中に、こんな素敵な場所ができるのだろう?
灼熱地獄とは無縁の場所。ここでライラと昼寝をしたり、本を読んだりするのは、きっと最高の贅沢だろう。
周囲を見回しても、オレたち意外には誰も居ない。
今なら、ちょっとくらいなら大丈夫だろう……。
「ライラ」
「なあに?」
オレが名前を呼ぶと、ライラはすぐに反応してくれた。
「オレにとってオアシスっていうのはね……ライラなんだよ」
「わたしがオアシス? それって、どういう意味?」
ライラが首をかしげる。
「……いつもオレのことを癒してくれる、大切な存在っていうこと」
「……!!」
オレがそう云うと、ライラは顔を真っ赤にしていく。
ちょっと、キザっぽい表現だったかな?
顔を真っ赤にしたライラは、笑顔になって尻尾をブンブンと振った。
照れてしまったかと思ったけど、喜んでもくれたみたいだ。
「ビートくんってば……!」
すると、ライラがオレの前に尻尾を差し出した。
「ライラ……?」
「ビートくん、わたしからのお礼。さっきの言葉、とっても嬉しかった。だから、好きなだけ触っていいよ!」
「本当!?」
オレが問うと、ライラは頷いて尻尾をゆらゆらと揺らす。
まるで触ってくれと云わんばかりに、ライラの尻尾はオレを誘惑してきた。
あぁ、もう我慢できない!!
触り心地最高の、ライラの尻尾だ!!
オレは尻尾を、思いっきり掴んだ。
「ふにゃああああん!!!」
ライラが、いつか聞いたような声で叫ぶ。
しまった!
強く握りすぎた!!
オレがそう思った直後だった。
「ふにゃああああん!!!」
オレは気がつくと、ベッドの上でライラの尻尾を握り締めていた。
「わあっ!?」
驚いて、オレはライラの尻尾を手放した。
おかしい。さっきまでオアシスにいて、ライラと果物を食べていたはずなのに……!?
オレは夢を見ているのかと思い、自分の頬をつねる。
しかし、痛いだけで目が覚めたりはしない。
そこでオレは、さっきまでの出来事は、全て夢だったことを悟った。
「もっ……もうっ、ビートくん!!」
ライラが珍しく、少しだけ怒りを含んだ声で叫んだ。
「尻尾を強く掴まないでって、前にも云ったじゃない……!!」
「ごっ、ごめんね! ライラ!!」
オレは慌てて、ライラに謝る。
「ビートくんってば……もうっ! 気持ちよく寝ていたのに……!」
ライラは尻尾を何度も、ベッドに打ち付ける。
それはライラが、不機嫌になっている何よりの証拠であることを、オレはよく知っていた。
「もしかして、嫌がらせじゃないわよね?」
「ちっ、違うよ!」
「じゃあ、どうして尻尾を掴んだの?」
ライラは、不思議そうにオレを見つめてくる。
オレ、過去に1回でも嫌がらせで尻尾を触ったりしたことが、あっただろうか?
いや、今はそんなことはどうでもいい!
幸い、先ほどまでの夢の内容は覚えている。
それを正直に、話してしまおう。
オレは、夢の内容を話しだした。
「……というわけで、目が覚めたらライラの尻尾を掴んでいたんだ」
夢の内容を話し終えると、オレは再び、ライラに頭を下げた。
「夢の出来事とはいえ、ライラの尻尾を許可なく強く掴んじゃったのは事実だ。ライラ、本当にごめんね」
「ううん……いいよ、ビートくん」
あれ?
意外とあっさり許してくれたな。
オレがそんなことを思っていると、ライラがそっとオレに抱き着いてきた。
「夢の中でも、ビートくんがわたしのことを大切に思ってくれていることが知れて、嬉しかったわ。尻尾を強く握ったことなんて、なんだかどうでも良くなってきちゃった」
「ライラ……ありがとう」
そう云ってくれたライラを、オレは抱き返した。
これからも、ライラのことはかけがえのない最愛の女性であり、大切な人であることに変わりは無い。
オレたちはバーン・スワロー号で、次の停車駅に向かって進んでいった。
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予想以上に多忙となってしまい、執筆もプロットもできておりません!
なので次回更新を、隔日とさせていただきます!
申し訳ございませんでした!





