第103話 帰ってきたビート
わたし、ライラは起きた時、ビートくんが隣に居ないことに気づきました。
いつもなら、ビートくんが起きるとすぐに気づいてわたしも起きていたのに、どうして気がつかなかったのでしょう?
時計を見ると、まだ夜中の3時です。
「ビートくん!?」
眠気は一気に吹き飛びました。苦いコーヒーを飲むよりも、ビートくんがいない現実の方が、わたしの目を一気に覚ましてくれます。
少しでもビートくんの匂いがするものは、どこかにないでしょうか!?
わたしは鼻をクンクンとさせて、ビートくんの匂いを探ります。
すると、机の方からビートくんの匂いが漂って来ました。
「!?」
机の上には、置手紙が置いてありました。
わたしは机に駆け寄り、すぐに置手紙に目を通します。
そこには、次のように書かれていました。
ライラへ。
夜の間に、西の砂漠に行ってエメラルドを探してくるよ。
明日には戻るから、心配しないでね。
ビートより。
「ビートくん……」
わたしは、後悔していました。
エメラルドが欲しいなんて、云わなければよかった!
わたしが欲を出したことで、ビートくんが危険な西の砂漠に行くなんて……!
今から後悔しても、遅すぎることは分かっています。
でも、わたしはビートくんの所まで行かなくちゃいけません!
わたしの居場所は、ビートくんの腕の中だけです!!
急いで服を着替えて、わたしは個室を飛び出しました。
外に出たわたしは、あまりの寒さに驚きました。
「寒い……!」
わたしは急いで、ケープのフードを被りました。
砂漠の夜は寒いと聞いていましたが、思っていた以上に寒さがあります。まるで北大陸のようです。
でも、ビートくんは今も西の砂漠でこの寒さと戦っている。
それを思いますと、少々の寒さなんて気にならなくなりました。
「ビートくん!」
わたしは駅から出て、一直線に西の砂漠へと向かいました。
あと少しで西の砂漠に出られるところで、わたしは騎士団に止められました。
「待ちなさい!」
立ちはだかってきた騎士団に驚き、わたしは立ち止まってしまいます。
「この先は西の砂漠だ。こんな夜中に出歩く場所じゃない! すぐに帰りなさい!」
「イヤです!!」
わたしは息を切らしながら、叫びました。
「わたしの大切な人が、西の砂漠に居るんです!!」
「西の砂漠は迷いやすくて危険だ!」
「ビートくんは、もっと危険な状態なんです!!」
騎士団とわたしは、押し問答を繰り返します。
時間がもったいない!!
こんなことをしている場合じゃ、ないというのに!!
「残念だけど、西の砂漠に出すわけにはいかないよ。夜に西の砂漠に出るなんて、それこそ自殺をするようなものだ」
「じゃあ、ビートくんは……!?」
「……すまない」
騎士がわたしから目を逸らします。
それが何を意味しているのか理解して、わたしはその場に座り込んでしまいました。
もう二度と、わたしはビートくんとは会えない。
エメラルドを少しでもほしいと思ってしまった、わたしのせいで。
ビートくんは、砂漠の砂に埋もれて、そのまま名も無き白骨となってしまう。
「ビートくん……!!」
わたしの目から涙が溢れて、ポタポタと砂の上に落ちていきます。
落ちた涙は砂に吸い込まれて、すぐに分からなくなってしまいました。
エメラルドなんか、いらない。
ビートくんが戻って来てくれるなら、もうそれ以上何もいりません。
わたしにとってビートくんは、エメラルド以上の価値がある人。わたしが世界で一番愛している人です。ビートくんのいない世界で生きていくことなんて、わたしにはできません。
神様、お願いします!!
エメラルドなんていりません!!
ビートくんを、返してください!!
わたしは心の中で、念じます。
そうしているうちに、夜が明けてきました。
太陽が地平線から昇って朝日を放ち、夜空の星をかき消していきます。
あぁ、ビートくんもきっと、あの星のように消えて行ってしまう……。
その時、わたしの耳は確かに、聞き覚えのある声を掴みました。
「……おーい!」
「!!」
わたしの耳がピクンと動き、声に反応します。
何度も耳にした、あの安心する声。
大好きな人の、温かみのある声。
「ビートくん!!」
「ライラ!!」
こちらに向かって、西の砂漠から走ってくる人。
それは間違いなく、わたしの夫、ビートくんでした。
やった! この方角で間違いなかった!
オレはエメラルドを抱えながら、安堵した。
もしも方角を間違えていたら、きっと飢えと渇きで苦しめられただろう。
だけど、オレはグリーンベリルの町に戻って来れた。これから朝食の時間だ。パンとスープで、冷え切った身体を温めよう。
あれ?
町の入り口に、ライラがいるぞ?
それに、騎士団もいる。何があったのだろう?
「……おーい!」
オレが叫ぶと、ライラが顔を上げた。
そして周りにいた騎士たちも、驚いて走ってくるオレを見てくる。
入り口近くまで来ると、はっきりとライラだと分かった。
ライラは立ち上がると、オレに向かってくる。
「ライラ!」
「ビートくん!」
オレが叫ぶと、ライラはオレに抱き着いてきた。
あぁ、やっぱりライラはいつもブレないなぁ……。
「あっ、あの西の砂漠から戻ってきた!?」
「あり得ない! どうやって迷わず戻って来れたというんだ!?」
騎士団が、オレを見て騒いでいる。
いや、本当にたまたまだったんだけどなぁ……。
「それにしても、あのエメラルドはすごいぞ!?」
「原石にしては大きすぎる。信じられないが、事実だ」
騎士団がそう云っているのを聞いて、オレははっとする。
そうだ!
まだ、このエメラルドの原石をエメラルド組合に持ちこんでいない!!
これをこのままライラに渡しても、ライラが困るだけだ。
まずは、エメラルド組合に売り渡すんだ!
そのおカネで、ライラにエメラルドを買おう!
「ライラ、とりあえずこれをエメラルド組合に持って行きたいんだけど……?」
「うん! わかった!!」
ライラはオレから離れたが、手だけは離さなかった。
その後、エメラルド組合に持ちこまれたエメラルドの原石は、組合の人々を驚かせた。
100年に1度、出るか出ないかというクラスの、巨大なものであった。
すぐに騎士団立ち会いの下、鑑定が行われた。
そして鑑定の結果、オレが持って来た巨大エメラルドの原石には、大金貨100枚という法外な値段がつけられた。売るか否か尋ねられたが、これを売らない手はない。オレはすぐに売買契約書にサインをして、エメラルドの原石を売り払い、大金貨100枚を受け取った。
この日、最も大きなエメラルドの取引となったのは、これが最初で最後だった。
「はい、ライラ」
オレはライラに、エメラルドをあしらえたブレスレットを手渡した。
ライラがエメラルド組合のショーケースに入ったアクセサリーの中で、最も見つめていたものだった。
「ビートくん、ありがとう!」
ライラは笑顔で受け取った。
「そして……ごめんなさい」
「えっ、どうして?」
オレが首をかしげていると、ライラは顔を上げた。
「わたしが、エメラルドが欲しいなんて思ったから、ビートくんが西の砂漠に行って危険な目に遭って……」
「ライラ、オレはこの通りちゃんと帰ってきたよ」
オレは右腕を挙げて、ガッツポーズを作る。
「どこか怪我したり、病気になったわけじゃない。書置きにも書いておいたよね? ちゃんと帰ってくるからってさ。それに、オレはライラにエメラルドをプレゼントできて、本当に良かったと思っているよ」
「ビートくん……!!」
ライラは目をウルウルさせながら、左腕にブレスレットをつけた。
手首で、エメラルドをつけたブレスレットが輝いた。
「ビートくん、大好き!!」
「うわっと!?」
オレは、ライラに抱き着かれて、そのままベッドに倒れ込んだ。
それからキス攻撃が始まったのは、あえて云うまでもないだろう。
そして再び、バーン・スワロー号はオレたちを乗せて、砂漠地帯を走りだした。
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次回更新は、5月15日の21時更新予定です!
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