第102話 エメラルドの街
ポオーッ!
バーン・スワロー号を牽引する蒸気機関車が汽笛を鳴らし、その汽笛がオレたちのいる個室にまで聞こえてきた。砂漠地帯の先に、またしても町が見えてくる。
「グリーンベリルの町だ」
オレは地図を見て、町の名前を告げた。
東大陸クロン領ベア地方の町、グリーンベリル。
砂漠地帯の中にある町でも、グリーンベリルは有数の金持ちの町として名高い。その理由は、グリーンベリルの近くにある砂漠には、エメラルドが産出される鉱山があるためだ。その鉱山を所有しているのは、グリーンベリルの町にあるエメラルド組合だ。
まさにエメラルドで成り立っているグリーンベリルでは、もちろんエメラルドを取り扱う商売をしている人が多い。
なお時折、鉱山以外にグリーンベリル付近の砂漠でも、エメラルドが見つかることがある。鉱山で産出されたエメラルドは、全てエメラルド組合によって管理されて取引される。しかし、砂漠で見つかったエメラルドは、見つけた本人のものとなる。そのため大きな利益を求めて、エメラルドを砂漠に探しに出るならず者もいる。
だけど、砂漠にエメラルドを探しに出た者は、その半分が二度と生きて帰ることは無かった……。
バーン・スワロー号がゆっくりとグリーンベリルの駅に入っていき、長距離列車用のホームに停車する。
車掌が先に降りて安全確認をすると、ドアが開かれた。
「グリーンベリルに到着いたしました。停車時間は36時間です。出発の1時間前には、列車までお戻りください」
乗客たちは次々に降りていき、駅員は同じ内容をしきりにアナウンスしている。
もちろんオレたちも、乗客たちに混ざってバーン・スワロー号から一時的に降りた。改札を抜けて、オレたちはグリーンベリルの町へと繰り出した。
「ビートくん、エメラルドって、あの宝石のエメラルド?」
「もちろんだよ」
ライラの問いに、オレは答える。
「エメラルドは、グリーンベリルのあちこちで取り扱われているけど、取引そのものはエメラルド組合によって仕切られているんだ。だからエメラルドを買いたいときは、エメラルド組合に行くんだ」
「ねぇ、もしかして騎士が多いのも、エメラルドと関係あるの?」
「さすがはライラ、いいところに気づいたね!」
オレの言葉に、ライラは笑顔で尻尾を振った。
「エメラルドは人気がある宝石だから、盗まれることも多いんだ。だからエメラルド鉱山や、エメラルド組合には騎士団が常駐していて、24時間体制で見張っているんだ。騎士も剣だけじゃなくて、強力な新式ライフルを常に持って警備しているんだ」
そう説明しながら、チラリと通りを警備している騎士団の騎士を確認する。
剣以外にも、新式ライフルを持っている。しかも天才射撃少女のカラビナが使用していたものと同じ、威力と命中精度が高いものだ。
あれで狙われたら、オレでも逃げ切る自信はない。下手に騒ぎが起こっても、ここではオレが出るよりも騎士団に任せておいた方が良さそうだ。
すると、ライラがオレの手を取った。
「ねぇビートくん、せっかくだからエメラルド組合に行ってみようよ!」
「えっ、オレにはエメラルドなんて買えないよ!?」
「大丈夫! 見るだけよ、見るだけ!」
ライラは笑顔でそう云うが、それって冷やかしっていうんじゃないのか?
オレは呆れつつも、見るだけならタダだからいいかと考えた。
こうしてオレたちは、エメラルド組合に足を運んだ。
エメラルド組合では、騎士団が警備する中でエメラルドの取引が行われていた。
取り扱われているエメラルドは、掘り出した原石のままのものもあれば、磨いてあってすぐにでも売りに出せそうなものまである。そこに宝石商やジュエリー職人、大金持ちの貴婦人などが集まって、エメラルド組合の人と商談をしている。すぐに商談が決まることもあれば、難航しているところもある。商談ではトラブル防止のためか、必ず1人以上の騎士が立ち会っている。
「ビートくん、これがエメラルド!?」
「そうだよ」
ケースの中に入ったエメラルドを見て、ライラが叫んだ。
オレたちの目の前にあるケースの中には、エメラルドの中でもかなり小さいものが入っている。質も輝きもあまり良くない、最底辺の価格帯に入るエメラルドだ。
そしてそんなエメラルドでも、腐っても鯛……ならぬ腐っても宝石。
お値段は、安くても金貨1枚からだった。
「こんなに高いなんて……!」
「エメラルドは人気がある宝石だからね。安くても金貨1枚からで、上は青天井。どこまでも高くなるんだ」
驚くライラに、オレはそう告げた。
エメラルドについては、グレーザー孤児院に居た頃に本で読んだことがある。緑色の美しい輝きを放つが、その価格はとんでもなく高い。手に入れることなど、永遠にないだろうと、オレは思ったものだった。
しかし、後になってエメラルドをタダで入手する方法を知った。
「でもねライラ、エメラルドをタダで手に入れる方法があるんだ」
「ほっ、本当!?」
ライラは、オレにグイッと近づいてくる。
ライラ、そこまで近づかれると、ちょっと恥ずかしいから……。
「どうすれば、タダで手に入るの!?」
「西の砂漠に、行ってみるといいですよ」
そのとき、オレたちの話に1人の男が割って入ってきた。
どうやらエメラルド組合の人らしく、白手袋をつけて紳士的な身なりをしていた。
「西の砂漠……?」
「えぇ、西の砂漠です。このグリーンベリルの町の西側に広がっている、広大な砂漠です。あの辺りは太古から、エメラルドの降る砂漠と云われています。これは太古の時代、エメラルドは産出されるものではなく、夜空の星が地上に落ちて、エメラルドになると考えられていたためです。西の砂漠では、鉱山と同じか時にはそれ以上のエメラルドが見つかることがあります」
男の話に、ライラは目を輝かせていく。
しかし、それも長くは続かなかった。
「ですが、行くのはオススメできません。生きて戻ってきた人は、ほとんどいないためです。理由はエメラルドを探して歩き回るうちに、方角を見失ってしまい、帰れなくなってしまうのです。西の砂漠には、目印となるものがありません。そのため盗賊団でさえも、立ち入ろうとはしないのです」
「そんなぁ……」
「夢を壊すようで申し訳ございません。しかし当組合でエメラルドを購入されたほうが、質が良いエメラルドが手に入るかと思います」
男はそう云うと、お辞儀をして去っていく。
盗賊団さえ入らないような場所なら、本当に危険なんだろう。もしかしたら方角が分からなくなるだけじゃなくて、何か他にも理由があるのかもしれない。
君子危うきに近寄らず、という言葉もある。行かないほうがいいな。
すると、ライラはオレの手を取った。
「ビートくん、エメラルドは諦めるよ」
「ライラ、エメラルドが欲しかったの?」
「うん」
ライラは、寂しそうに頷く。
「エメラルドって、夫婦の愛を深めるって、聞いたことがあるの。だから、わたしとビートくんで持てば、もっと絆が深まるんじゃないかなって考えてたの……」
そういうことだったのか。
ライラの考えを聞いて、オレはやっとライラがエメラルドに食いついていた理由が、分かった。
しかし、エメラルドは高い。
賞金稼ぎでいくらか稼いだけど、エメラルドは高い。ライラのために購入したい気持ちがないわけじゃないが、易々と購入できる金額ではない。
西の砂漠……か。
オレはライラと共に駅に向かいながら、先ほどの話を思い出していた。
夜になった。
オレはライラが寝静まっているのを確認すると、ベッドから抜け出した。
服をトイレで着替えると、改札を抜けてオレは西へと向かっていく。
エメラルドが降る、西の砂漠。
そこに行けば、エメラルドがタダで手に入れられるかもしれない。
月明かりが、常に降り注いでいて明るい夜なら、道を見失うこともないだろう。
グリーンベリルの町を出ると、すぐに西の砂漠に入った。
確かに、一面砂だらけで、目印になるようなものは何もない。月や星が出ているから、コンパスさえあれば方角が分かる。
「美しい……」
オレは、西の砂漠の美しさに見とれてしまった。
砂漠のあちこちで、キラキラと月明かりを反射して輝いている。どうやら、砂粒になったエメラルドが光っているらしい。砂粒になったエメラルドには、価値はつかないだろう。
だけど、こんな美しい景色を作ってくれるなんて……!
しかし、それにしても寒い。
夜の砂漠は寒いと聞いていたけど、この寒さは尋常じゃない!
まるで北大陸に来たような寒さだ。
「ううっ……早いとこエメラルドを見つけないと、凍えて死にそうだ……!」
オレは意を決して、西の砂漠に足を踏み入れた。
西の砂漠に入ってから、どれくらいの時間が流れただろう?
歩きに歩き続けて、月の位置がかなり変わった時。
オレはやっと標的を見つけた。
「うわあっ、すっげえ!!」
オレは叫び声をあげて、エメラルドを持ち上げた。
人の頭と同じくらいの大きさがある、エメラルドの原石だ。ここまで大きなエメラルドを、オレは見たことが無い。グリーンベリルのエメラルド組合でも、ここまで大きいものは置かれていなかった。
これはもしかしたら、歴史的な大発見かもしれない!!
すっかりオレは、トレジャーハンターの気分になっていた。
これをエメラルド組合に売り払えば、かなりの値段がつくはずだ!
ライラにも、エメラルドのアクセサリーをプレゼントできる!
きっとライラも、喜んでくれるはずだ!
オレはエメラルドを持ちながら、その場でスキップをした。
もうこれを持ち帰れば、オレは大金持ちになったも同然だ!
しかし、帰ろうとした時に、オレは大変な事に気がついた。
方角が……わからない。
砂漠はどこを見渡しても、目印となるものが無かった。
そのときになって、オレは足元にガイコツが落ちているのにも気がついた。
きっと、この西の砂漠でエメラルドを探しに来て、命を落としたんだ。
1つだけじゃない。見渡すとあちこちに、骨が落ちている。それも人族も獣人族もある。
さらに厄介なことに、寒さが増してきたようだ。
このままじゃ、オレもこのガイコツの仲間入りになってしまう!
「ど……どうすればいいんだ……!?」
オレは、夜空に輝く星と月を見つめて、その場にたちすくんだ……。
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次回更新は、5月14日の21時更新予定です!
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